ツクモガング!!
螺子巻ぐるり
ひいじいちゃんの部屋
明け方、高いビルの屋上。
「感知出来るか、ブーストフォックス?」
強い風が吹き抜ける中、少年は腰に下げた小さなケースに手を当て、目を閉じる。
「確かにいる。だが微弱だ。まだ眠っているのだろう」
答える声は、凛とした、男のものか女のものか分からない声で。
少年はその答えを聞いて、息を吐いて目を開く。
「なら、自分たちで探すしかないってことか」
「そうなるな。だが可能だろう、クオンなら?」
「当然だ」
言い切って、少年はケースの中から、一枚の紙のカードを取り出した。
うすいスリーブに入ったカードを、少年は手放して……ふわり。
屋上から、身を投げ出した。
少年の身体は真っ逆さまに地上へ落ちる。
だがその時、強い風を受けたカードが、光と共に姿を変える。
「行くぞ、ブーストフォックス」
たんっ! 軽やかな音と共に、それはビルの壁面を蹴り、落下する少年の身体を受け止めて……中空を、駆けるように飛んでゆく。
「了解だ、クオン。けれど……」
「けれど?」
それは、鮮やかな蒼い炎を身にともす、二尾の大キツネであった。
キツネは、自分の背に乗った少年を横目でちらりと見て、続ける。
「屋上から飛び降りるのは、止めた方が良い。……私の肝が冷える」
*
ひいじいちゃんの部屋がオレのモノになったのは、ひいじいちゃんの一周忌が終わってからのことだった。
ひいじいちゃんは長生きで、年齢が三ケタを超えても一ケタのオレと毎日遊んでくれるような、パワフルでやさしい人だった。
オレはそんなひいじいちゃんが大好きだったし、ひいじいちゃんが教えてくれる昔のおもちゃは、オレの心をわしづかみにしていた。
小学校に入ってからは、だんだんと友だちと遊ぶ時間の方が増えてたけど、約束の無い日はやっぱりひいじいちゃんと遊んでいて。
だからひいじいちゃんは、自分がいなくなった後……自分の部屋や残したモノを、全部オレにくれると言っていた。
今日は、引っ越しの日だった。
元の小さなオレの部屋から、一階の広々としたひいじいちゃんの部屋への。
「リョウヤ、要らないモノがあったらここに入れてね」
「あー、うん。つっても、もう大したモンねぇだろ?」
母ちゃんが大きなごみ袋を何枚か置いて行く。
けれどじいちゃんは、最初に入院したその日から、自分の持ち物の整理を始めていた。
よく知らない何かの人形や、プラモデル。それから大量の紙の本に、オレが遊ばなくなった昔のおもちゃたち。
前はそんなモノがたくさんあったこの部屋だけど、ひいじいちゃんはそういうモノをみんな、欲しがる人やコレクターショップに持って行ってしまった。
『俺と一緒に焼かれちまうよか良いのさ』なんて、ひいじいちゃんはシブい声で言っていたけど……今になってみると、少しさびしい。もうちょっとくらい、オレに分けてくれたって良かったのに。
(オレにくれるって、部屋だけになっちまってんじゃんか)
ひいじいちゃんのコレクションがどういうモノなのか、オレはよく知らなかった。
昔のアニメとか、ヒーローとか、詳しくないし。
でも、ひいじいちゃんがコレクションを見ている時の満足そうな顔は好きだったし、そんな風に大切に思っているものを分けてくれるっていうのが、オレには嬉しかったのだ。
(まぁでも、部屋が広くなるだけでも良いかぁ)
それだけでも十分ありがたい。
気を取り直して、オレは部屋を片付けながら、何を残して何を持ってくるか考える。
机は、ひいじいちゃんのをもらおう。父ちゃんからもらった学習机よりかっこいい。
カーペットは、オレの部屋のを持ってこよう。カーテンは……変えたいけど、オレの部屋のはサイズが合わないし、今度買ってもらうか。
(あっ、そうだ、押し入れ!)
まだ押し入れの中をチェックしてなかった!
引き戸を開けると、ホコリっぽい臭いがオレの鼻を刺激する。
押し入れには、今は使ってない家具とか、車いすとか、映画の紙パンフレットとかの入った段ボールがみっちりつまっていた。
紙パンフは、なんか気になるから後で読もう。それから……
(ん……? 奥の箱って……)
押入れの奥には、まだ別の箱があった。
しかも、ただの段ボールじゃなくて……真空機能の備わった、しっかりしたケース。
(なんだろ、大事なモンなのかな)
手前の荷物をどかして、ケースを手に取る。
大きなケースではない。しかも中身は、軽い。中身はなんだ?
(これも、オレのモノってことで良いんだよな、ひいじいちゃん……?)
ちょっと迷ってから、オレは箱を開ける事にする。
ボタンを押すと、ぷしゅぅ、という音と共に空気が入り込んで、ケースのロックが外れる。ケースの中に入ってたのは……
「……箱?」
日に焼けた、古い箱だった。
なにかのパッケージだろうか。絵が描かれていたのだろうけど、色あせて良く分からない。相当古いものみたいだけど……
――かさっ。
「ひぇっ」
その時、箱の中で、何かが動く音がした。
生き物!? いや、んなわけない。真空ケースだぞ? 虫が入り込んだりするわけないし……入ってたとしても、生きてるわけないし……
どうしよう……。ちょっと怖くなってきたけど、オレは大きく息を吸い込んで、思い切って箱を開いた。
「……ドラゴンだ」
箱には、小さな赤いドラゴンが入っていた。
正確には、ドラゴンっぽいなにかの、おもちゃ。
赤くて大きい翼や、長くするどいツメは、昔っぽいデザインだけど、どことなく強そうな雰囲気がしてカッコいい。
箱の中には、それ以外何もなかった。
きっと、動いたと思ったのは気のせいだろう。もしくは、このおもちゃの翼が箱にぶつかっただけ……とか。
「でもひいじいちゃん、なんでこれだけ残したんた?」
ドラゴンのおもちゃは、状態も良かった。ショップやコレクターなら引き取ってくれただろうに、どうして?
もしかして、オレに残してくれたのかな。それとも、手放したくないくらい大事だった……とか?
どっちにしても、ひいじいちゃんの形見だ。これは大事に取っておこう。
そう思って、ドラゴンを手に取った瞬間……
「う、お……? なんだ、開けてくれたのか……?」
「えっ」
ドラゴンが。
しゃべった。
おもちゃなのに。
「ん……? えっ、んん……?」
「どうした、リョウマ? ああ、そうか驚いているのか! ハハっそうだろうな!」
とまどうオレの目の前で、ドラゴンはゆっくりと身体を起こし、うれしそうにそう言った。気のせいじゃない。しゃべってるし、動いてる。
「聞いてくれリョウマ! ついにこうして、俺は動けるようになった! リョウマが大事にしてくれたおかげだな」
「いや、いや。オレの名前リョウヤだし。リョウマじゃないし」
首を振る。リョウマってたしか、ひいじいちゃんの名前だ。
まぁそっか、これひいじいちゃんのモノだしな。
「何を言ってるんだリョウマ? 俺の事を忘れたのか? 一緒に遊んでいたじゃないか!」
「だからオレはリョウヤ! サニマ・リョウヤ! ひいじいちゃんなら去年、もう……」
はぁ、とため息を吐く。よくよく考えたら、こんな昔のおもちゃがベラベラしゃべるわけないじゃんか。
「ひいじいちゃん、最新式のロボットトイも持ってたんだな。昔のばっかかと思ってた」
「ロボトイ? なんだ、よく分からんが、思ったより驚かないなリョウマ……?」
「いや、ビックリはしたけどさ。見たことない形だし、めっちゃ性能良いし、マジで昔のおもちゃかと思ったけど……人工知能付きロボトイなんて、今時めずらしくねーじゃん?」
「そうなのかっ!?」
今度は、なぜかドラゴンの方がおどろいていた。
どうも話がつながらない。でもまぁ、ロボトイってこんなもんか。
「待ってくれ。ちょっと整理させてくれ、リョウマ。……ええと……今、西暦何年だ?」
「リョウヤだってば」
混乱してるな、こいつ。
まぁでも、ひいじいちゃんがこんなの持ってたってオレも知らなかったくらいだし、全然起動してなかったんだろう。答えれば日付設定されるんだろうし、教えてやろう。
「今は西暦二一二〇年、九月十五日だよ」
「はっ……」
ふら、とドラゴンがおどろき、後ずさる。
「ひゃっ……一〇〇年経ってるじゃないかッ!!!」
*
ドラゴンの名前は、『ドラガイア』。
一〇〇年近く前に流行ったおもちゃ、らしい。
「マージでバッテリー入ってねぇ……ここだよな……?」
「むっ、ぐぅ……リョウヤ、くすぐったいぞ! そのくらいにしてくれ!」
信じられないけど、実際ドラガイアにはスイッチが入ってなかったし、バッテリーらしきものも入っていなかった。
タンサン、とかいう電池を使うらしいけど……そんな電池自体、オレは見たことないし。
「しかし……本当に、リョウマはいなくなってしまったのだな……」
パチン、と脇腹のフタを閉めつつ、ドラガイアはつぶやいた。
ドラガイアの顔は、目と口くらいしか動かない。だけどどうしてか、オレにはドラガイアが悲しんでいるということがよく分かった。
「お前さ、ひいじいちゃんが遊んでたおもちゃなんだよな?」
「ああ。リョウマが君と同じくらいの頃からな」
「……なんで動くわけ?」
「さぁ、なんでだろうな……」
細かいことは、ドラガイア自身にもよく分かってないらしかった。
ただ最近、何となく意識がハッキリして、身体が動くようになって……
「しかし、箱の中にいたからな。心地よくてずっと眠っていた」
「ふぅーん……」
それを、オレが起こしてしまったというわけだ。
「せっかく動けるようになったというのに、肝心のリョウマがいないとはな……」
「……遊びたかったのか、ひいじいちゃんと?」
「当たり前だ。俺はリョウマとずっと一緒に遊んでいた。リョウマが忙しそうにするようになってからも、棚の上からずっとリョウマを見守っていた。だというのに……」
ひいじいちゃんが死んだ時、ドラガイアは箱の中で眠り続けていた。
「ひょっとしてリョウマは、俺のことなどどうでもよくなっていたのだろうか……」
肩を落とすドラガイア。
でも、それはちょっとちがうとオレは思った。
「大事にしてたと思うぜ、ひいじいちゃん」
ドラガイアが入っていた真空ボックスは、コレクションを風化から防ぐためのものだ。
それに、ひいじいちゃんは生前にコレクションをほとんど手放していた。
見た感じ、ドラガイアなら探せば引き取り手はいくらでもいただろう。
「最後まで、お前の事は誰にも渡さなかったんだぜ?」
それは、大事にしていたってことなんじゃないだろうか。……多分、だけど。
「……そう、なのか……最後まで……」
「ああ、だから気を落とすなって」
「最後まで……ということは……リョウヤは……他のおもちゃは売り払ったんだな……?」
「え、まぁ、そうだけど……?」
うつむいたドラガイアの肩が、ぷるぷると震えだす。
やべ、怒ったか?
同じおもちゃとして、他のヤツらも一緒に置いといて欲しかったとか……
「そうか……タートビットも、ヘラクレイズも、みんなだな……?」
「あー……うん、多分……?」
名前言われても分かんないけど、似たようなおもちゃは無いし……
起きたばっかで、つらい思いばかりさせてしまっただろうか……?
「ハハ……ハハハ……フハハハハハハッ!!」
なんて、思ってたら。
ドラガイアは、急に大きな声で笑いだした!
「やはり! リョウマにとって一番大事なのは俺だったということだ! リョウマの中のおもちゃ大賞は永遠にこの俺! こんなにうれしい事は……ないッ!」
「えええ、何言ってんのお前……」
「だってそうだろう! 俺、だけを! 手元に残した! つまり俺の事が一番大事!」
さきほどとは打って変わって、ドラガイアは楽し気な雰囲気で翼をはためかせ、部屋を飛び回る。
「ああリョウマ、会えないことは悲しいが、その想いッ! 俺はうれしい……うれしいぞリョウマ……! フハハハハハハ……ハ……はっ……?」
高笑いしながら、天井をぐるんぐるんと飛び回るドラガイア。
だけどその身体は、急に力を失い……
「ちょっ、ドラガイア!?」
ドラガイアは、真っ逆さまになって落下した。
床に激突する寸前で、オレはなんとかその身体をキャッチする。
「おいおい、大丈夫かぁ……?」
「ダメだ……腹が……腹が減った……」
「ってメシかよ! ……あれ、おもちゃってメシ食うの……?」
おもちゃが食べるメシってなんだろう。……電池?
「単三を……単三をくれぇぇ……」
「いや、ンな電池もう売ってねーだろ……」
百年前の電池だろ?
作ってないだろうし、残ってても使えないだろうな……
「ぐぅ……そうか……俺も、結局はリョウマと共にゆく事になるのだな……」
「いや、いやいやいや! なに死ぬみたいな雰囲気出してんだよ!?」
そもそもコイツ、生きてんの!?
ワケ分かんないままだけど、このままほっとくのもなんか……ひいじいちゃんに悪い気がする……!
「あー……仕方ない! 電池、探しに行くから待ってろ!」
もしかしたら、何か手があるかもしれない!
「いや……待て……俺も、いく……」
「お前もぉ!?」
「外の世界を見たい……」
わりと余裕あんなコイツ!?
まぁでも、何十年も箱の中にいたなら、見たいよな。
「しばらくは持つんだな?」
「飛んだり跳ねたりしなければ、多分……」
「……わーかったよ!」
オレはドラガイアを抱きかかえて、外に出る。
部屋の片づけは……まぁ、一休みってことで!
【続く】
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