ドラガイア

「ドッ……ルァアアアッ!!」


 ドラガイアの雄たけびに、ガラスがビリビリと震える。

 赤い翼がばさりと動くと、街路樹が悲鳴をあげるように左右にゆれた。

「それが……貴様の真の姿というわけだ、ドラガイア?」

 シャドウサーペントは、舌をちろちろと動かしながら、身を低くしてドラガイアの攻撃に備えている。

「ああ。……やはり、電池があるとちがうな。力が湧く」

「いや……いやいやいや……」

 オレはといえば、ガードレールにしがみついて、今にもへたりこんでしまいそうな足を必死に立たせ、ドラガイアを見上げていた。

「力がとかそういう問題じゃなくない!? デカくなってんだぞお前!」

「ああ、リョウヤのおかげだ! これが、これこそが……『ドラグクロニクル』の主役であるドラガイアの、真の姿なのだ!」

「『ドラグクロニクルの』、って……」

 シャドウサーペントの時も思っていたけど、彼らの姿は、おもちゃのそれとは大きくかけ離れている。

 いや、正確に言えば、ドラガイアはデカくなってるだけで、見た目はそのままなんだけど……にしたって、おかしいものはおかしい。

 まるで、アニメやマンガの存在がそのまま現実に現れた、みたいな。

(……VR使って……ないよな、オレ)

 思わず、目元をこすってしまう。

 裸眼だ。分かっちゃいたけど、目の前にいるのは本物の……

(本物の……なんだ……?)

 ドラガイアはおもちゃだし、シャドウサーペントも、大蛇の姿はしているけど、その本体はコマだ。オレには、彼らが一体どういう存在なのか、全く理解できていない。

 いや。一つだけ、ドラガイア達を示していた言葉があった。

「ツクモガング……」

 言葉の意味が分からないままに、二体のツクモガングは戦いを始める。

 上空から急降下し、尻尾を叩きつけようとするドラガイア。

 けれどシャドウサーペントは、ぐいっと方向を変え、尻尾をよけたかと思えば、がら空きになったドラガイアの身体に頭突きをくらわせる。

「ぐぅっ……!」

 うめき、よろめくドラガイア。

 勝負は出来るレベルになった。でも、やみくもに攻撃したって、シャドウサーペントを倒す事は出来ない。

「どうした、サニマの子孫! 貴様は見ているだけか!」

「いや、んなこと言われても……」

 オレに何が出来るっていうんだ?

 二体の戦いに割り込むなんて、ただの小学生であるオレには出来ないことだ。

 かといって……このまま見ているだけじゃ、ドラガイアは負けてしまうかもしれない。


(……負けるのは、イヤだ)


 ドラガイアが壊れ、ボロボロになってしまう所を想像すると、ヒザがふるえる。

 負けるのは、どうしてもイヤだった。

 もうこれ以上、負け続けるのはイヤだった。

「……ドラガイア! オレになにか、出来ることはないか!」

 叫ぶ。どうしていいか分からずに。

「出来ること……か」

 ドラガイアは、再び空に舞い上がり、オレの元へとやってくる。

「リョウヤ。一つ、思っていた事がある」

「なんだよ?」

「俺は……誰のモノだ?」

「はっ!?」

 今聞くことなのか、それ!?

「マジメな話だ! 俺はかつて、リョウマのパートナーのようなものだった。だがそのリョウマも今はいない。俺は、誰の、おもちゃだ?」

「……そりゃあ……」

 ひいじいちゃんは、オレに自分の部屋と、そこにある全てのモノをくれると言っていた。

 大半はとっくになくなっていたけれど、ドラガイアがそこに残されていたのなら……


「……オレの、だろ。ドラガイアは、オレのモノだ」

「そうか、安心した!」


 ドラガイアはそう言って、楽し気に笑った。

 オレは、質問の意味も、ドラガイアが喜ぶ理由も分からなくて、ただ首をかしげる。

「オレがお前のモノだというのなら、心配はいらない。すべきことは一つだ」

「だから、何をしたらいいんだよ!」

「遊べ! 全身全霊で!」


 ドラガイアはオレの目を見て、言い切った。


 遊ぶ? この状況で……?


「……」

 とまどうオレを、ドラガイアはただじっと見つめていた。

 何も言わず、オレの言葉を待つように。

「指示しろ、とか……作戦とかじゃなくて……?」

「それがお前の遊びなら、それで良い。俺と、あのシャドウサーペント……二つのおもちゃで、どう遊ぶべきか想像するんだ」

「お前らで……」

「何度か攻撃を受けて理解した。アレは、口では恨み事ばかり言っているが……ただ、遊びたいだけなのだ」

 俺には分かる、とドラガイアは言った。

 長く、暗い箱で一人眠っていた自分には、分かる。

「かつてリョウマと戦い、持ち主と離れ……最後に残ったのが、負けた悔しさだというのなら……思い切り遊ぶことでしか、それは晴らせない」

 おもちゃとして。

 遊ばれることでしか、満足できない。

「そっ、か……」

 ドラガイアの言葉は、オレが欲しかった戦い方とか、弱点とかの話ではなかったけれど、すとんと納得できることだった。

 ひいじいちゃんも言っていたことだ。

 おもちゃは、遊ばれてこそ意味がある。

 今、ああなってしまったシャドウサーペントと遊べるのは、オレとドラガイアだけ。


「……分かったよ! 遊べばいいんだろ、遊べば!」


 すぅ、と息を吸う。

 どうせ何もしなくたって負けるんだ。

 ドラガイアの言う通り、コイツと遊んでやったって良いじゃないか。

(だとすると、まず……)

 相手は、コマだ。ぶつかって勝負する方が良いのかもしれない。

「ドラガイア、翼で風を起こすんだ!」

「ん……おう!」

 ばささささっ! ドラガイアの大きな翼が空気をつかみ、突風を引き起こす。

「ぬぅぅ……!」

 その風を受けて、シャドウサーペントはよろめいた。

 正確には、本体であるコマが。シャドウサーペントは、コマの状態とシンクロする部分があるみたいだ。

「よし、そこだドラガイア! 体当たりでふっとばせ!」

「ああ! ドルァァァッ!」

 だんだんだんっ! 地面をゆらしながら、ドラガイアがシャドウサーペントに突撃する。よろめいたシャドウサーペントは、それを避ける事が出来ない。

「ぐわぁっ!」

 ばきん、と音がして、シャドウサーペントの身体がふっとんだ。

 本体のコマも大きくはじけて、街路樹の方へ飛んでいく。

「よしっ! これで回転も……」

「……まだだっ!」

 けれど、コマが木にぶつかる寸前で、シャドウサーペントは大きく尾を振った。

 ばぎゃんっ! そしてその尾は、コマの激突とほぼ同時に街路樹をへし折り……

 からんっ! コマは止まることなく、ふらつきながらも回転し、勢いづいてドラガイアの方へもどっていく。

 その速度は、吹っ飛ばされた威力分、速くなっていて……

(ヤバい! これを受けたらドラガイアは……!)

 ドラガイアの巨体で。体重を込めた体当たりをした直後で。

 すぐさまあの一撃を避けることは、出来ない。


「どう、すれば……」


 頭が、真っ白になる。考えが浮かばない。

 ダメだ。オレは負けるのか?

 ドラガイアに身体を張ってもらったのに。

 オレの作戦がマズかったから。甘かったから。

 あの時と変わらない。あの時と同じだ。


「信じろ、俺を! お前の……パートナーを!」

「っ……」

 重くなる頭に、ドラガイアの声が突き刺さる。

 そうだ、まだ負けたわけじゃない。

 この遊びは、まだ終わってない。

 だったら、ドラガイアの負けを、持ち主のオレが認めちゃいけない。

「受け止めてくれ、ドラガイアァァァァッッ!!」

 腹の底から、声を出して、願った。

 負けたくない。負けてほしくない。

 だってドラガイアは……ひいじいちゃんの、最高のパートナーだったんだろ!

「フハハハハ! ……ああ。受け止めるのは、オレの得意分野だッ!」

 両の足を大きく開き、ドラガイアの目がシャドウサーペントを見据える。

 走るコマと共に、シャドウサーペントが、目にもとまらぬ速さで迫りくる。

「これでようやく……我の勝ちだ、サニマッ!」

「負けはしない! 俺のパートナーが、そう望んだのならばッ……!」

 シャドウサーペントの尾が、風を切りさき、ドラガイアの胴体に直撃する。

 ずざ、とドラガイアの足が地面をこすった。

「吹き飛べ、ドラガイアッ!」

 勢いは、止まらない。

 振りぬかれたシャドウサーペントの尾は、地面を強く叩き、その身体自体を大きく浮き上がらせる。

 そしてシャドウサーペントは、自らの尾を口にくわえると……輪のような形となって、回転しながらドラガイアの身体を攻撃し続ける。

「ぐ、ぬ、ぅ……!」

 ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃり!

 シャドウサーペントのウロコが、ドラガイアの体をけずる。赤い粉が吹き出し、ドラガイアの身体は少しずつ、少しずつ押されて行き……

「う、ぬ……ぐ……アアアアアッ!!」

 それでも、ドラガイアは退かなかった。

 ダメージを受けながら。痛みをこらえるような声を上げながらも、両の足を一歩も下げることなく、大蛇の身体を受け止め続け……

 腕を、伸ばす。大蛇の身体を締め上げるように抱いて、力を込めながら……

「ァァアアアアアッッ!!」

 腕からも、赤い粉は吹き上げる。

 いつ吹っ飛ばされても、倒れても、おかしくはない。

 けれど、大蛇の回転もまた、ドラガイアの締め上げによって弱まっていき……

「っ……まさか……貴様……!」

「覚えておけ! お前を倒すのは、この俺……『ドラグクロニクル』のドラガイアと……」

 ドラガイアの片足が、持ち上がる。

 勢いに負けた、のではない。むしろその逆だ。

 ぐぐぐ、とドラガイアは大蛇の身体を高く、高く持ち上げて……


「その持ち主! サニマ・リョウマのひ孫……サニマ・リョウヤであるとッ!」


 叩き、つけた。

 ぼぅんという低い音と、地面のゆれる感覚と。

 同時に、シャドウサーペントの身体から、黒い墨のようなものが噴き出して……


「……そうか。結局我は……また、勝てなかったな……」


 コマの回転が……止まる。

 最後の言葉を残して、シャドウサーペントの身体は消えてなくなった。

 数秒立って、自分が、呼吸を止めていた事に気が付いて。

 大きく息を吸って、吐いて。


「どうした、リョウヤ。……勝てたんだ、喜んだっていいんだぞ?」

「あ……はは……いや、うん……」


 勝ってうれしいとか、安心したとか。怖かったとか、とまどいとか。

 色んな感情がうずまいて、何を言っていいのか、どんな顔をしていいのか分からなくなっていて。

 ……それでも、ひとつだけ。


「なんか……なんだろうな……?」


 心臓が。魂が。

 バクバク高鳴って、テンション上がりまくって。


「オレ、めっちゃくちゃ、ワクワクしてる……気が、する」


 *


「こちらエニシ・クオン。現場の状況を確認しました」


 砕けたガラス扉や、折れた木々。

 えぐれた地面に、割れたコンクリート。

 住民たちがざわざわと言葉を交わしながら、写真や動画を撮り始めている。


「少し、遅かったようです。対象と思われるツクモガングは発見しましたが、力は使い果たした後らしく……恐らくは、バトルが行われた後、かと」


 報告をしながら、クオンは腰のケースから一枚のカードを取り出し、地面に投げる。

「マジック、エフェクト」

 つぶやくと、カードは強い光で周囲を包む。

 同時に、ざわついていた人々は撮影を止め……口を閉じ、その場を後にし始める。

 数秒も立てば、その場に少年以外の人間の姿は見えなくなった。


「……ブーストフォックス、匂いは追えるか?」


 少年の声に応え、カードケースから、蒼い炎を身に灯した二尾のキツネが姿を現す。

 キツネは静かに地面へ鼻先を近づけると、数度匂いをかいで、顔を上げる。

「問題はない。恐らく、この赤い粉の持ち主が戦った相手だろう」

 少年は、キツネの言葉に「そうか」と答えると、地面に散らばった粉を指で取り、じっと見つめる。

「粒子が細かい。巨大化時の傷が戻った跡だな」

「……実体系か。どうするんだ、クオン?」

 キツネが目を向けると、少年は指先の粉を払い、少し考えてから答える。

「情報を集めてから、だな。デッキを調整して確実に捕えたい」

「分かった。……しかし、このツクモガング……」

 少年の返答にうなづいて、キツネは地面に転がったコマに鼻先を向ける。

「邪気の臭いがほとんどしない。赤いツクモガングが祓ったのかもしれないな」

「……だとしても、オレたちのやる事は変わらない。まずは確保だ」

 少年は、紫のコマを拾い上げようとして……ふと、手を止める。

「どうしたんだ、クオン? 拾わないのか?」


「処理班が到着しないと、金が払えない。そこの店の品だろう、これ」


「……ああ、しかし……いや。そう、だな」

 真面目な顔をして答える少年に、キツネは何かを言いかけて。

 それでも最終的には、何も言わずにうなづいた。


「クオン、君は立派だ。私は誇りに思う」

「……ああ、ありがとう?」


 ため息混じりのキツネの言葉に、少年はただ、首をかしげた。


【続く】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る