デュエリングマジシャンズ

 言葉の意味を理解した時には、全力で走っていた。


「なんだよ、回収って……!」

 カバンとドラガイアを脇に抱えて、背中を向けて、全速力。

 アイツら、ドラガイアを捕まえるつもりだ!

「待てリョウヤ、なぜ逃げる!?」

「バカ! アイツらの狙いはお前なんだぞ!?」

「し、しかしだな……っ?」

 ぶわっ。ドラガイアが言う前に、オレの横を強い風が吹き抜ける。

「……逃げられると、思うのか。この私の足から」

 キツネだ。ブーストフォックスとか呼ばれてたヤツ。

 ほんの一瞬で、オレを抜かして道をふさいだんだ。

(やっ……ぱ勝てねぇ!)

 あれはきっと、ツクモガングだ。

 人間の足や力じゃ対抗出来ない。

 じゃあどうする? 戦うのか? 狙われてるドラガイアで?


「サニマ・リョウヤ、だったか、確か」


 考えているオレに、キツネの背の男が聞いてくる。

「なんで、オレの名前……」

「事前に調べてある。オレの名前はエニシ・クオンだ」

「聞いてねぇよ別に!」

 エニシと名乗った男子は、落ち着きはらった態度でオレを見下ろす。

 その顔はほとんど無表情に近くて、何を考えているのかサッパリ分からない。


「サニマ・リョウヤ。キミの所持しているそのおもちゃは、『ツクモガング』と呼ばれる危険な存在だ。悪い事は言わない。今すぐ我々に預けてほしい」


「……はぁっ!?」

「昨日の戦い。あれで分かるだろう。ツクモガングの持つパワーは一個人の所有していいものではない。だからオレたちは、ツクモガングを収集、管理している」

 つらつらと、暗記したセリフを読むみたいにエニシは続けた。

 やっぱり、昨日のことは調べがついてるんだ。なら、情報操作もこいつらが?

「素直に渡してくれるなら、手荒な真似はしないと約束する。どうか落ち着いて――」

「それがイヤだから逃げたんだって!」

 ハッキリと答えた。

 確かにツクモガングはすごい力を持っている。

 それを好き勝手あばれさせたら困るってのも、分かる。

 けど、オレはこいつらが信用できる存在なのか分からないし、なにより……


(ドラガイアは、ひいじいちゃんの形見なんだ)


 ひいじいちゃんが、唯一オレに残しておいてくれたおもちゃ。

 そして、共に戦い……楽しいって気持ちを、ほんの少し思い出させてくれた、パートナー。

 それを、急に出てきたよく分からない子どもに渡すなんて、出来るわけがない。

「悪いんだけど、渡すとかは無い!」

「対価は支払う。相場より高く」

「たっ……いや、ムリ! マジで!」

 ひいじいじゃんは、こいつを売らなかった。

 金より大事にしてたものを、どうしてオレが勝手に金と引き換えに出来る?

「うむ、よく言った! 俺もリョウヤ以外の持ち物になるつもりはない!」

 ドラガイアも、そう言ってエニシに反発した。

 オレたちの返答を聞いて、エニシは細い眉をよせる。

「交渉決裂か。なら、力づくで回収することになる」

「……っ、そうかよ……!」

 戦いは避けられないらしい。

 逃げることも、やっぱり出来ない。オレは深く息を吸い込んで、覚悟を決める。

「ドラガイア、行けるか?」

「俺はいつでも大丈夫だ! バッテリーも余裕があるしな!」

 どん、とドラガイアは自分の胸を叩く。

 オレはドラガイアの脇腹のスイッチに触れ、電源を、入れる。

 同時に、ドラガイアは大きく空へと羽ばたいた。

 ぱたっ、ふわっ、ぶわり! 風は羽ばたきごとに強く激しく変化し……ズシン。音を立て、巨大化したドラガイアがオレの目の前へ着地する。

 エニシはその間にキツネの背から降り、二歩、三歩とオレたちから距離を取っていた。

 それからエニシは、腰に下げたケースから、五枚のカードを取り出して……


「マジック・エフェクト。『蒼き炎の社』!」


 その中の一枚を、地面に投げる。

 投げつけられたカードは中空で青い光に姿を変え、地面に落ちるや否や、強い輝きを放ってオレたち全員を包む。

 思わず、顔を背けて目を閉じた。

 それから数秒経ち、光が収まったのを見計らって目を開くと……


「……はっ?」


 オレたちの周囲は、青い火の粉の舞う、暗い異空間へと変化していた。


 *


 空は深夜のように暗く。

 それなのに、お互いの顔は昼間のようにハッキリと見える。

 周りは古い和風の塀で囲まれていて、オレたちはその中の広い空間で戦っていた。


(何が起こったんだ……?)


 考える。多分、あのカードで場所を変えられてしまったんだろう。

 電波は……通っていないらしい。もちろん、VRでもない。

「リョウヤ! 今は目の前の相手だ!」

「あ、ああ! そだな!」

 戸惑っている間にも、ブーストフォックスは攻撃をしかけてきた。

 足音のほとんどしない軽やかな動きで、ブーストフォックスは素早くドラガイアの背後に回り込む。

「後ろだ、ドラガイア!」

「おぅっ!」

 ぶんっ! ドラガイアの尻尾がブーストフォックスを狙うが、相手はひらりと飛び上がり、その攻撃を避けてしまう。

「『ミスティックファング』!」

 エニシが技の名前らしきものを叫ぶと、キツネの口元に青い炎が噴き上がり、巨大なキバのようになってドラガイアへ迫る。

「ぐあぁっ!?」

 ガギンッ! 炎のキバが、ドラガイアを貫いた。

「ぐぅぅ、むぅ……」

 いや。よく見れば、ドラガイアの身体にキズはない。

 ドラガイアの体を貫通したかに見えたキバだけど、昨日のシャドウサーペントとの戦いのように、ドラガイアのパーツが削れたりはしていない。

「ドラガイア、大丈夫か!?」

「大丈夫……では、ないな。力が……」

 反撃を避け、ブーストフォックスが距離を取る。

 その向こうで、エニシはじっとオレたちの様子を見つめていた。


「……ブーストフォックスの攻撃は、ツクモガングの体力を直接削る」


 そしてエニシは、つぶやくようにオレたちに言った。

 体力ってことは、体にキズがなくとも、ドラガイアにダメージは入ってるってことか。

「どうやらそのようだ。攻撃を受けた瞬間、俺は確かに衝撃を受けた……」

 ドラガイアはうなづいて、「どうする」とオレに問う。

 相手は素早い。ただ単純に向かって行っても、攻撃は当たらないだろう。

 とはいえ、ただ待っていてもどうにもならない。ここは……

「ドラガイア、飛べるか!?」

「当然だ!」

 ぶわり。ドラガイアは赤い翼で空へ空へと飛び上がる。

 上空なら、ブーストフォックスの速度にも対応できるだろう。

「ブーストフォックス、行かせるな!」

「了解っ!」

 ブーストフォックスは、空を駆けるようにしてドラガイアの後を追う。

 空も追いかけてこれるのか! 少しおどろいたけど、それも想定の範囲内だった。

 たんっ、たんっ、たんっ……キツネの歩調を読んで、タイミングを見計らう。

 追い付かれるまで、あと一歩、二歩……

「そこだ、ドラガイア!」

「ドルァァアッ!!」

 ぶんっ! タイミングを合わせて、ドラガイアが大きく尻尾を振る。

 狙いは、ブーストフォックスが次にステップを踏む、その場所だ。

「っ……!」

 先読みしての攻撃に、ブーストフォックスは対応できない。

 ばちんっ! 打撃音がして、ブーストフォックスが地上へ真っ逆さまに落下する。

「っしゃ! 高所キープはゲームの基本っ!」

 高い位置に陣取れば、ドラガイアの視界は広がる。

 指示を出すオレとしても、戦うツクモガングたちの動きが見やすくなる。

「どうだ! 諦めて帰ってくれ!」

 こいつらが諦めてくれないなら、マジでとことん戦うしかない。

 なにせオレは、この不思議な空間から出る方法も分からないのだから。

「……すまない、クオン。少し油断した」

 地面に叩きつけられたブーストフォックスが、よろけながらも立ち上がる。

「問題ない。想定の範囲内だ」

 エニシはそう答えながら、腰のケースから更にカードを一枚引いて、手元に加える。

(カード……そういえば、この空間もカードから生まれたような……)

 もしかして、アイツの使ってるツクモガングってカードゲームなのか?

 電動プラモにコマにカード……ツクモガングって色々いるんだな……


「……こちらとしても、ツクモガングを放置する、という選択肢はない」


 引いたカードをちらりと確認しながら、エニシは言う。

「そちらがどう主張しようと、ツクモガングの力を野放しにしていては、危険だ」

「いやでも、昨日のは向こうが襲って来たから……!」

 別に、オレはツクモガングを使って暴れようなんて思っちゃいない。

 攻撃してくるヤツがいなければ、戦う必要だって無いんだから。

「悪用すんなっていうなら気を付けるよ。だから……良いだろ、別に」

「今はそのつもりがなくとも、今後の保証はないだろう。キミにも、ツクモガングにも」

「む。俺か。なぜ俺だ?」

 上空で、ドラガイアが首をかしげた。

 確かに、オレが信用出来る出来ないの話なら分かるけど、なぜドラガイア?

「襲われた、と言ったな。なら分かるだろう。ツクモガングは純粋で、だからこそ……危険な存在になり得る」

「……あー……」

 言われてみれば、昨日シャドウサーペントがオレを狙ってきたのは、『昔ひいじいちゃんに負けた恨み』みたいな感じだった。

「ツクモガングは、その想いを暴走させやすい。暴走したツクモガングは人間に悪影響を及ぼし、周囲に被害をもたらす。そうなる前にオレたちがツクモガングを収集、管理しているんだ」

 つらつらと述べる言葉は、やっぱり暗記したセリフを並べてるみたいな雰囲気で、どうもこいつには話が通じないんじゃないかという気配を感じる。


「っていうかさ、ツクモガングってそもそもなんなの?」


 それだけ知ってるなら、オレの疑問にも答えてくれるだろう。

 そう思って問いかけると、エニシはちらりとドラガイアを見て、こう答えた。


「妖怪だ」

「……ようかい?」


 なんか、聞いたことあるな。

 ゲームとかでたまに見る、昔の日本のモンスターだったか。

「いやいやいや、んなわけ……」

「正確には、付喪神。長い時を経た器物が、魂を宿し化けたもの」

 エニシは、マジメな顔で付け加える。

 冗談を言っている顔には、見えない。

 確かに、ドラガイアも巨大化したり電池なしで動き回ったりしてたけど……


「玩具が変化した付喪神は、その玩具持つ設定と特性を身に宿す。つまり……」


 エニシは、カードを一枚選んで場に投げる。

「サモン、『マスラオリガミ』」

 投げられたカードは、空中で姿を変え、折り紙で出来たサムライのような何かとなる。

 サムライはひらひらと浮遊しながら、紙の刀を前に構えた。

「更にマジック・エフェクト。『シキガミラージュ』。場の式神モンスター一体と同じカードを場に召喚出来る」

 続けざまに発動したカードの効果か、エニシの腰のケースから、更に二体の紙サムライが出現。場は一気に四体一になってしまう。

「そしてオレは、ブーストフォックスのスキルを使う。三体のマスラオリガミを、ブーストフォックスのエネルギーにする。……『ブーストテール』!」

「オォォーーンッッ!!」

 ブーストフォックスが雄たけびを上げると、三体の紙サムライは蒼い炎になってブーストフォックスに吸収される。

「『蒼き炎の社』の効果で、マスラオリガミは手札にもどる」

 更にエニシはそう言って、三枚のカードを手札にもどした。

「……うっわ……」

「……? リョウヤ、あれはどういう意味があるんだ? せっかくたくさんツクモガングがいたのに、一体にもどってしまったぞ?」

 ドラガイアは呑気に首をかしげるけれど、オレとしては、最悪な予感しかしなかった。

 エニシの話を聞く流れになってたから、ついカードを使わせてしまった。

 なにやってんだオレ。アイツのツクモガングが『ブーストフォックス』なんじゃなくて『カードゲーム』なんだとしたら、それは止めなきゃいけなかった!

「気をつけろドラガイア! 多分アイツ――」

「ブーストフォックス、『ミスティックファング』」


 ダンッ!


 指示する前に、ブーストフォックスが動いた。

 その動きは、さっきまでの動きとはまるでちがっていた。ただ一歩の踏み込みで、一気にドラガイアの目の前まで迫り……ぼんっ!

「っ……!」

 ドラガイアの身の丈ほどもあろうかという炎のキバが、ドラガイアをかみ砕く。

 反応とか、作戦とか、そういうレベルじゃない。


「……遊びのルールや設定に従えば、ツクモガングはより強い力を放つ」


 だから、危険なのだ……と。

 空から落下するドラガイアを見上げ、エニシはつぶやくように言う。


「オレのツクモガングは、『デュエリングマジシャンズ』の『式神デッキ』。キミの『ドラグクロニクルのドラガイア』については、情報を確認済みだ」

「ドラガイアっ!」

 ずじゃんっ! 音を立て、地面に叩きつけられるドラガイア。

「ぐ、う……リョウ、ヤ……」

 駆けよると、ドラガイアは苦し気な声を上げながら立ち上がる。

 良かった、まだ体力は残ってる。……でも……


「もう一度頼もう。キミの持つツクモガング、オレたちに預けてくれないか?」


 ……勝ち筋が、頭に浮かばなかった。


【続く】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る