ルールと空想
「悪い話ではないハズだ。こちらも、ツクモガングを破壊したいわけじゃない。ただ確実に、安全に管理するだけだ」
エニシはそう言って、オレに降参するように勧めた。
ブーストフォックスは強化され、ドラガイアの力じゃ太刀打ち出来ない。
断ろうにも、それを押し通して勝つビジョンが、頭に浮かばない。
(……やっぱオレ、無理なのかな)
ドラガイアとなら、楽しい遊びが出来るんじゃないかと思っていた。
負けてばっかの日々が終わって、ひいじいちゃんと遊んでた頃みたく、楽しい毎日が過ごせるんじゃないか、って。
けど結局、オレはツクモガングでも負けて、ひいじいちゃんの残したモノも守れない。
(ひいじいちゃんなら、まだ勝てるんだろうな)
オレが何度追い詰めたって、本気のひいじいちゃんには勝てなかったから。
どんな遊びでも、本気になったひいじいちゃんは、最後には笑って逆転した。
『まだまだだな、リョウヤ』って言って、オレを悔しがらせた。
そんな風に、オレもなりたかったけど。
「――まだだッ!」
心が、折れかけた時。
ドラガイアが叫び、ずしんと一歩前に出る。
「まだ負けていない。俺は立っている。バッテリーも残っている!」
そうだろう、とドラガイアはオレに言う。
うなづけなかった。確かに体力は残ってる。でもそれは、それだけのことだ。
「悪い。……どうしていいか分かんねぇよ、オレ」
「方法は教えたハズだ、既に!」
けれど、ドラガイアは認めなかった。
首を振り、オレに何かを思い出させようとする。
教えた? ドラガイアが、オレに……何を?
「勝て、とは言わない。全力でやってダメなら、俺もそれで諦めよう。だが……だがリョウヤ、俺は言った! 俺がなんのために在り、お前になにを望むかを!」
「ドラガイアが、なんのために……?」
考える。ドラガイアは、ツクモガングだ。
一〇〇年前に発売されたおもちゃで、ひいじいちゃんの形見で、今は、オレの……
「……ああ、そうだったな」
言われて、ようやく思い出した。
ってか、つい昨日の事なのに、なんで忘れちゃってたんだろうな、オレ。
ツクモガングとか、危険な存在とか、回収とか、色々言われて頭から抜けていた。
オレはまだ、全力で遊んじゃいなかった。
「ドラガイア、飛べッ!」
腹の底から声を出す。
ドラガイアはうなづいて、ばさりと翼を広げ空へと飛んだ。
「っ……素直に渡す気にはなれない、と?」
「だーれが渡すかっての! ドラガイアはオレの大事なおもちゃなんだからな!」
ひいじいちゃんの形見だから、守らないといけないと思った。だから焦った。
でもそれ以前に、こいつはオレのモノだ。
ただの悪あがきだとしても、カンタンにくれてやるつもりはない。
「ブーストフォックス、追え!」
「了解したっ!」
だんっ! ブーストフォックスが強く地面を蹴り、ドラガイアを追う。
その速度はやっぱりメチャクチャ速くて、今のドラガイアじゃ追い付かれる。
「リョウヤ! 俺はお前を信じている。それはお前も同じだな!?」
翼をふるうドラガイア。全速力はとっくに出していて、それでもブーストフォックスの速さに追い付かれようとしている。そうなれば。もう一度地面に落とされたら。ドラガイアに二度目は無い。
相変わらず、オレはどうすれば勝てるかなんか分かっちゃいなかった。
だけど、叫ぶ。肺の中の空気を全部出して、ドラガイアの言葉に答える。
「決まってんだろ! お前が最強だって、オレは信じてる!」
「ならば俺はなろう! お前が思い願う、最強の俺にっ!」
黒く染まる空の上。ドラガイアは上昇を止め、オレにそう宣言する。
最強に。なれるのか? 疑問に思う心は、ひとまず捨てる。
(なれなきゃ、勝てねぇ!)
だったら。他に手を思いつかないなら。考えるだけムダな事。
(それに、エニシは言ってた)
ツクモガングの力は、玩具の持つ設定やルールによって変化する。
カードのツクモガングがカードの組み合わせで強くなるなら、ドラガイアはどうすれば強くなる?
分からない。でもとりあえず、強そうに見える雰囲気は作ってみよう!
「ドラガイア! 『スピンテール』!」
「!? っ、ドルァァアッ!」
ドラガイアは一瞬目を見張り、それからその場で大きく尻尾を振る。
尻尾は、ドラガイアを追うブーストフォックスの頭に叩きつけ……られなかった。ギリギリのところでブーストフォックスが横に逸れて、回避する。
「ああ~……!」
「だがリョウヤ! 今のは良い! 力が出る!」
「そうか! んじゃやっぱ読みは当たってんな!」
技名を叫ぶ事に、効果があった。
もしかして、って思ったんだ。きとエニシもそれを狙って――
「『ミスティックファング』!」
「だっ! ええと、『バリアウィング』!」
間髪入れず、エニシが反撃の指示を出す。
オレはそれに合わせ、とりあえず防御できそうな技名を叫んでみた。
ドラガイアは翼で相手の攻撃を受けようとするが……ガギンッ!
「ぐぬぁっ……! ダメだリョウヤ、この技は出来ない! そもそもどういう技だ!」
「えっ、翼でこう……バリアを張る的な……」
「バリアは張れんっ!」
落下しながら、ドラガイアが怒る。バリアはムリらしい。
んじゃやっぱ、出来ることと出来ないことはあるんだな。
「ってか、まだいけるか!?」
「ギリギリだが! 次は頼むぞリョウヤ!」
「おうっ!」
体力はまだもう少しだけ。あと一撃がせいぜいってとこか?
とにかく、技名には意味があった。あの真面目そうなヤツが叫んでるくらいだ、何かあるんじゃないかと思ったけど、大正解。
(んで、ドラガイアが出せそうな技っつったら……)
オレは、『ドラグクロニクル』の設定を良く知らない。だから適当に叫んだけど、全く関係の無い技は放てないらしい。
「クオンっ! この状況はマズいぞ!」
「分かっている。……サモン、『マスラオリガミ』」
オレが考えてる間に、エニシはもう一度紙のサムライを呼び出した。
それから、ドラガイアが体勢を整える前に、またいくつかのカードを発動する。
「マスラオリガミ、スニークスネークの二体をブーストフォックスに――」
結果、二体のモンスターがブーストフォックスのエネルギーとなる。
「……更にオレは、ブーストフォックスのエネルギーを一つ消費し……『バーストソウル』を発動させるっ!」
ぐぐぐ、とブーストフォックスの口の中に、青白い光の球が生まれ始める。
アレは……多分、受けたらマズいヤツだ!
「どうする、リョウヤ!?」
「えっ、えぇー……バリアはムリで……バッテリーもアレだし……」
失敗は、出来ない。
ミスれば終わる。
大事なものを失う。
考えただけで、腹の底が冷えた。思考が止まりそうになってしまう。でも……
(ドラガイアは、オレを信じてる)
空で戦ってるパートナーが、オレを待ってるんだ。だったら精いっぱい、ダメ元で思い切りやってみればいい!
「そうだ、必殺技……」
最後に試すなら、それだ。ドラガイアの必殺技。ドラガイアに聞いてる時間は、無い。
何なら出来る? バリアは張れない。超能力みたいなものはなさそうだ。飛べるし、尻尾や爪で攻撃は出来る。ドラゴンだし。……ドラゴン……?
「あっ」
思いつく。そりゃそうだ。ドラゴンなら、出来そうな技があるじゃんか。
「ブーストフォックス、『ブーストバースト』ッ!」
「フゥゥ……ハァァッ!!」
青白い光の球から、甲高い音と共に、一閃。
まばゆい光の線が、ドラガイアへ向け放たれる。考え込む時間はもう無くて、オレはとっさに思いついた言葉を組み合わせ、口にする。
「『ガイアボルケーノ』ッッ!!」
「っ、ド、ル、ァァァァァァッッ!!」
きっと声が届いてから、ドラガイア自身も意味を理解する前に。
その身体が赤く光り、炎のようなものが身体から噴き出して。
口から放たれた火炎流が、青い光線とぶつかり合い、はじける。
炎のブレス。ドラゴンの定番技。それなら出来るんじゃないかと、思ったんだ。
少し遅れて強い風が吹き、オレの身体は軽く飛ばされ、それから、熱。
思わず目を伏せたオレが顔を上げたのは、ずしゃ、という何かが落ちる音を聞いてから。
「……ドラガイア?」
煙と、赤い火と、青い火。
黒い世界の中で、それらだけがはっきりと見えて。
一歩、二歩とオレは煙の中に近づいた。火には不思議とさっきまでの熱さは無く、音もなく、きっと戦いは終わったのだろう、という予感は、確信へと変わっていく。
「ブーストフォックス」
煙の向こうから、声がした。
エニシの声。それは何かを指示する声というよりも、何かを確かめるような声で。
もう二歩進んで、ようやく煙が晴れた。
「すまないな、クオン。油断した」
煙の中には、ススで汚れた、二尾のキツネの姿。
じゃあ、ドラガイアは? ざわつく胸を抑えて、進む足が速くなる。
「仕方がない。オレが見誤った」
煙の向こうから現れたエニシは、どこか残念そうに首を振る。
と、その時。こつん、と何かがオレのつま先に当たった。
「う、ぐ……」
ドラガイアだった。もうすでに、その身体は元のおもちゃサイズに戻っている。
……って、ことは。やっぱりオレたち……
「設定に合わせた、空想による補強。まさかあんなに早くモノにするとは思っていなかった。だから……ブーストフォックスのせいじゃない」
しゃがんでドラガイアを拾い上げた時、エニシはそう言った。
顔を上げると、ブーストフォックスの姿は、すでに薄く淡く変化しており……悲し気に鼻を鳴らした後、一枚のカードとなって、はらりと地面に落ちる。
「お前と、ドラガイアの勝ちだ」
エニシもしゃがみ込み、落ちたカードを拾い上げる。
それから、オレたちを包んでいた世界もゆっくりと幻のようにうすくなっていき……元の、通学路の風景が見えるようになっていく。
カードの効果が、切れたんだ。って、それ……
「フ……ハハ……やったなリョウヤ……! やはり、俺たちは強い……!」
「……ほとんど相打ちだけどな?」
思わず、苦笑いしてしまう。
とにかく、勝ったんだ。ギリッギリだったけど……!
「ただ。申し訳ないが、それでもオレたちにツクモガングを放置する選択肢はない」
「はぁっ!? なんで!? こっちの勝ちだろ?」
「勝てば見逃すと言った覚えも、無い」
さらりと返されて、オレは言葉を失う。
そういえばそうだ! オレがイヤだっつったから戦う流れになっただけで、勝てばどうとかって話は一切、していない!
「どっどどどどうするドラガイア? ダッシュで逃げる?」
「……。ちょっと思っていたが……リョウヤ、まず逃げようとするよな……?」
「しょっ、しょうがないだろ! 基本、しょうがない!」
逃げなきゃいけないことばっか起こる方が悪い。
ってかまぁ、それで逃げられた試しも無いんだけど。
「話を聞け。キミは話を聞かない」
はぁ、とため息混じりにエニシが言うので、オレは固まった。
聞くって、何をだ? まだなんか話すことあるのか?
「いいか。オレたちはツクモガングを野放しには出来ない。けれど、管理下にさえあればある程度自由も聞かせられる……ことになっている」
考え込みながら、エニシはゆっくりと言葉を続ける。
迷って、どことなく不服そうに。それでも、どこか納得した顔で。
「端的に言おう。キミを、政府直属のツクモバトラーにスカウトする」
「……はいぃ?」
政府! 政府って言ったぞコイツ!
ってかツクモバトラーって……なに!?
【続く】
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