長い眠り
カザリ・フウラはその日、家族で博物館へ遊びに行っていた。
彼の親友が学校に不思議なおもちゃを持ち込んだ、その翌日のことだ。
博物館には、恐竜の骨や希少な動物のはく製、それに人類の歴史を示す様々な資料など、多くのものが飾られていたが……その日、とりわけフウラの目を引いたのは、ある一つの展示品であった。
「あれ? このおもちゃ、リョウヤが持ってたのに似てる……」
玩具の歴史、と銘打たれたそのコーナーには、数百年前から最近のものにかけて、様々なおもちゃやゲームの類が並べられていた。
さして大きなコーナーではない。メインの展示品たちから少し離れた所にある、定期的に入れ替えられる企画展のようなものらしい。
そのコーナーの一角に、その玩具はあった。
説明によれば、一〇〇年前に発売されたおもちゃ、とある。やっぱり、あのおもちゃと同じシリーズのものだろう、とフウラは思う。
「グリフォリア……鳥、みたいな馬……?」
伝説上の生き物、グリフォンをモチーフとした緑色の電動プラモは、キレイにみがかれ、ガラスケースの中で沈黙していた。
その姿を見て、カザリは親友とそのおもちゃのことを思い出す。
どうやってかは分からないが、見事な改造をほどこされ、言葉を話し動き回るようになった昔のおもちゃ。少しケンカをしていたようだけれど、彼らはまるで友だちのように仲が良く見えた。
(……ちょっと、うらやましいな)
フウラは思う。自分とリョウヤは、長い付き合いの親友だ。
きっと、リョウヤも自分の事を親友だと思ってくれてはいるだろう。
けれど……リョウヤは、ここしばらくの間ずっと、自分に遠慮をしている。
大会に負けた時からだろうか。チームの負けを自分のせいだと思い込んで、前みたいな元気さが無くなってしまって。
その事を、ずっとフウラは気にしていた。けれど言葉をかけようにも、その話題に近づいただけで、リョウヤは心を閉ざしごまかしてしまう。
あのおもちゃのように、怒らせることすら、出来はしなかった。
友だちなのに、頼られていないのだ。その事実が、フウラにとってはさびしかった。
(ボクがもっと強かったら、ちがったのかな)
ゲームの腕がもっとあれば、リョウヤに頼ってもらえたのだろうか。
お前のせいじゃない、なんて気を使われずに済んだのだろうか。
もう少しくらい……辛い気持ちを、話してくれたのだろうか。
あのおもちゃ、ドラガイアに見せたような顔を、見せてくれたのだろうか。
『――ドラガイア?』
その時、どこからか声が聞こえた、気がした。
『そうか、貴方は……強い力が、欲しいのだな?』
*
「ツクモガングの力は、設定とルールに従っている」
「うん、それ聞いた」
エニシ・クオンと戦った翌日、オレはドラガイアを連れて、モノレールに乗っていた。
目的地は、エニシの所属するという政府機関。
目的は、オレとドラガイアを、ツクモバトラーとして認めてもらうこと。
「その力の源流は、『この道具にならこういう事が出来る』という人の認識……もしくは幻想、なんだ。だから、設定を知ったり、より強く思い込むことで、ツクモガングは強くなる」
もちろん、限界はあるが……と、エニシは言う。
全く無関係な想像じゃ効果は無いし、エネルギーだって無限じゃない。
それでも、あやふやなまま戦うよりは、ハッキリしたイメージがあった方が能力は上がるらしい。
「技名叫ぶのもそのせい?」
「ああ。言葉を使えばより明確にイメージ出来るだろ?」
エニシの言葉に、オレはうなづいた。
なるほど、それで技名叫ぶとドラガイアが強くなったりするのか。
オレの中のイメージが、ドラガイアの能力に繋がる。あの時は夢中でやってたけど、改めてそう言われると、なんだか面白い。
でも、今気になるのはそこじゃなくて。
「ツクモバトラーってのになれば、ドラガイアは取られないんだよな?」
「そうだ。元々は飛鳥時代、陰陽寮まで話はさかのぼるが……」
「いや、いい! そういうのはいい!」
薄々気付いてたけど、コイツ話し出すと長いタイプだ。いちいち言葉の量が多い。
「……とにかく、オレはドラガイアと一緒にいられりゃ良いよ。な?」
「ああ。俺もリョウヤと離れるつもりはない!」
カバンの中で、ドラガイアが返事をする。
今日は、そのためにわざわざ都心まで向かうのだ。
子どもだけでモノレールに乗るのは初めてだから、正直ちょっと落ち着かないけど。
オレたちを乗せたモノレールは、それからしばらく走って目的の駅にたどり着く。
ビルばかりが並んだビジネス街を、エニシは慣れた様子ですたすたと進む。
「……ここだ」
やがて着いたのは、なんの変哲もない低めの少し低いビル。
政府の建物、って言われて想像する感じではない。なんか、普通の会社のビルっぽい。
中に入ったエニシは、顔認証のセキュリティゲートを開く。
止められたりしないかな、と不安になりながら、オレはエニシの後に続いた。
「リョウヤ! 人が全然いないな?」
カバンの中から外を見ていたドラガイアが、そんな事を言い出す。
「そうか? 別に普通じゃね。……いや、よく知らないけど」
こういう建物に慣れているわけじゃないけれど、特におかしなことは無かったと思う。
答えると、ドラガイアは「受付とか……」と付け加えた。
そういえば、ここの受付はロボットだったな。今は普通だけど、ドラガイアの時代は人間がやってたらしい。大変そうだ。
それからオレたちはエレベーターに乗って、ビルの地下に向かう。
エニシが押した階は……地下、十階。思っていたより深いビルだった。
「やぁエニシくん! おはよう!」
「おはようございます。ウドウさんは?」
「奥の部屋にいるよ。その子が例の候補生だね!」
目的の階に着くと、エニシは廊下で大人の男性に呼び止められる。
ワイシャツにネクタイを締めた男性は、多分ここの職員なんだろう。
オレは職員に会釈をして、先に進む。
「そういえば、もうドラガイアを出しても構わない。ここの職員はみんな知ってるから」
「むっ。それは助かる。カバンは狭くて眠くなってしまうからな!」
「マジか。もう何十年も寝ただろ?」
カバンを開けてやると、ドラガイアは身体を伸ばして、ぱたぱたとオレの隣を飛ぶ。
「ツクモガングの睡眠と人間の睡眠は違う。そもそもツクモガングの睡眠は、どちらかといえば冬眠に近い」
「へぇ~……って、どういうこと?」
「カンタンに言えば、回復のためにじゃなく、節約のために眠るということだ」
そもそもツクモガングのエネルギーは、眠っても回復しないらしい。
ドラガイアの場合は電池を入れ替えればパワーが出るけど、基本的に、ツクモガングのエネルギーはツクモガングを操る人間から得られているそうだ。
「でも、オレが初めてドラガイアを見た時、もう動いてたぞ?」
「元の持ち主からエネルギーを得ていたんだろう。ほとんどのツクモガングがそうだ」
「なら、俺が動けるのはリョウマのおかげということだな!」
ふふん、とドラガイアが自慢げに鼻を鳴らす。
ツクモガングは、長い時間を過ごしながら少しずつ持ち主から命をもらい、自分のモノにしていく。そうしていつの日か、ツクモガングとして目を覚ます。
エニシの説明を聞いて、オレはひいじいちゃんの事を思った。
ドラガイアには、ひいじいちゃんの命の一部が流れている。
やっぱり、ひいじいちゃんがオレとドラガイアを引き合わせてくれたってことなのかな。
考えていると、オレたちは目的の部屋の前に着く。
エニシはちらりとオレの顔を見てから、こんこんとドアをノックした。
少し間を置いて、「入っていいぞ」という声が聞こえてから、エニシはドアを開く。
「やぁ、よく来てくれたね」
中にいたのは、2mはあろうかという大男だった。
肩幅も広く筋肉質で、なんだか強そうな見た目をしていたけれど、そんな身体とは裏腹に、顔はどことなく子どもっぽく、明るい笑みを浮かべている。
「私はウドウ・ツカサ。この『ツクモガング特別対策室』の室長を務めている」
「えっと……サニマ・リョウヤです。こっちは……」
「『ドラグクロニクル』のドラガイアだ!」
「おおっ! ドラグクロニクル!」
胸を張って挨拶するドラガイアを見て、ウドウさんは目を輝かせた。
「当時の大人気玩具だね。その後何度かリバイバルもしていて、第四期の『ドラグクライシス』シリーズの玩具なら私もいくつか持っているんだが、いやぁ第一期の主役玩具を目の前に出来るとは光栄だ! しかも! 状態が良い!!」
「むっ。なんだ、俺の後にそんなにシリーズが……?」
「出ていたとも! 人気だったからね、ドラクロは! って、まぁ私もその辺は資料で知ってるだけなんだが……とにかく君のひいおじいさん、素晴らしい方だ!」
「えっ、えぇっ……? ありがとうございます……」
なんか突然褒められた。
っていうかテンション高いなこの人。政府機関の人って聞いてたから、もっと硬い感じの人なのかと思っていたのに。
「いやいや、昔の玩具を状態よく保存している人は珍しくてね。特に大量生産かつ少子化の時代のものは数も限られて……経年劣化や使用時のキズも多い。いや使用時のキズは問題ないんだがね。よく遊ばれたというのは悪い事じゃあない。ないんだが……!」
「ウドウさん、本題に入ってください」
エニシがすぱっと話を切ると、ウドウさんはハッとした顔をして、咳ばらいを一つ。
「すまないね。つい興奮してしまった……ドラクロの玩具が見れると聞いて……」
気まずそうに言うウドウさん。見た目のわりに子どもっぽい人なんだな。
とにかく座ってくれ、といわれたオレは、ドラガイアをヒザに乗せ、柔らかいソファに腰掛ける。奥から出てきたロボットが茶を入れて、テーブルに置いた。
「さて。我々の活動については、エニシ君から聞いていると思う」
「……ツクモガングを回収してる、んですよね?」
「その通り。もしツクモガングが街中で暴れでもしたら、恐ろしい被害が出かねない」
エニシやウドウさんたち『ツクモガング特別対策室』では、そんなツクモガングたちの情報を集め、一体一体を回収し、管理しているらしい。
「その、管理ってどういうことなんですか?」
「この下にある保管室で、眠ってもらっている」
「……眠る?」
「冬眠のようなものだね。ツクモガングは……」
「ウドウさん、その話はしました」
またエニシが話を切った。まぁ要するに、ドラガイアが保管箱の中でずっと眠っていたのと同じような状況にある、ということらしい。
(でも、それって……)
「なにか、気にかかっている顔だね」
オレの考えを見透かしたように、ウドウさんは言う。
確かに、引っ掛かる。それってつまり、おもちゃを誰の手も届かないところにしまい込むってことじゃないのか?
「……おもちゃは遊ばれてこそ意味のあるものだ、って、ひいじいちゃんは言ってました」
「けれど、ツクモガングを放置すれば危険だ」
「それは……そうなんだけど……」
エニシに言われて、言葉に詰まる。
ウドウさんたちの活動が、間違っているとは思えなかった。シャドウサーペントみたく、自分の無念を晴らすため、周りの事を考えず暴れるヤツがたくさんいるのなら。
けど、冬眠させたツクモガングは、その後どうなるんだ?
保管室に入れたまま、ずっと目を覚まさないで……遊ばれないで……
「……眠らせたツクモガングは、ずっとそのままなんですか?」
「そんなことも無いよ。場合によっては、眠らせたツクモガングに協力してもらうこともある。……でも、そうだね。今のところは、そのままになっている子も多い」
ウドウさんは、目を伏せながらそう答えた。
「そうか。君はそれを心配出来る子か」
「うむ! リョウヤはリョウマのひ孫だからな!」
「いやそれ分かんねぇって」
知らない人にひいじいちゃんの名前を持ち出して自慢をするの、やめてほしい。
けど実際、オレがそういう所に引っ掛かるのは、ひいじいちゃんの影響が強いんだろう。
ひいじいちゃんは、色々なおもちゃでオレと遊んでくれていたけれど……それは同時に、色々なおもちゃたちを遊ばせていた、という事でもあるのかもしれない。
「さて、それじゃあサニマ君。君はこの組織に協力は出来ないと、思っているかい?」
じっと、ウドウさんがオレの目を見て尋ねた。
断れば、ドラガイアを持っていることが難しくなるかもしれない。
でも協力すれば、他のツクモガングが『誰にも遊ばれないおもちゃ』になってしまうかもしれない。
正直に言えば、どちらもイヤだった。
「……オレは……オレも、おもちゃは遊ばれてこそだと、思います」
「そうだな。それに勝る喜びはない!」
「だから、この組織がそれの可能性を無くしてしまうものなら、オレは……」
顔を伏せながら、言葉を続けようとした、その時だ。
ビィィィィィィッッ!!
辺りに、けたたましいサイレンが鳴り響く。
びくりと身体をふるわせたオレとドラガイアは、その拍子にテーブルのお茶を倒してしまう。
「だっ、わっ、ごめんなさい!」
「いや、いい。それより……」
「ツクモガング、反応ありました! 既に暴れ始めています!」
「場所は!?」
「M市N区です!」
駆け込んできた職員の報告を聴き、ウドウさんの表情が変わる。
険しく、重苦しい空気。オレとドラガイアはどうしていいか分からず、顔を見合わせる。
「……よし」
数秒の沈黙のあと、ウドウさんは一人うなづいて、それから、言い放った。
「サニマ君、頼みがある。……今回だけでも良い、行ってきてくれないか?」
「……へっ? どこに、ですか?」
「決まっているだろう? 今出たツクモガングの所にさ!」
【続く】
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