第7話 あけぼのいろ

 翌朝。

 そわそわと教室の入り口をくぐった奈々実は、自分の席に着く前に、窓際に夕希の姿を探した。相変わらず一人きりでいる背中を見つけて、胸を撫で下ろす。


 ひとまず椅子に座り、ランドセルの中身を机の中へと移した。そして何気ないふうに教室じゅうを見渡す。

 教卓を占領して大きな声で笑う大谷のグループ、あちこちでふざけ合う男子たち、さざめくようにおしゃべりする女子たち。大丈夫、いつもどおりだ。


 全身を巡る血がざわざわと騒いでいた。

 心臓が痛いほどに鼓動を打っている。

 たぶん、最初にこの教室で自己紹介をしたときの何倍も、何十倍も速く。


 大きく息を吸い込む。意を決して席を立つ。何人かがこちらを見た気がした。しかしもう、ためらう気持ちはひとかけらもない。


 教室を横切り、窓際へ向かう。夕希の席がだんだん近づいていく。

 奈々実の動きに、大谷たちが気づいたかもしれない。それでもいい。何があったとしても、自分の気持ちを捻じ曲げて、大切なものを傷つけるのはもう嫌だ。

 やがて、夕希のもとにたどり着く。


「おはよう、ゆうきちゃん」


 力強い心臓が送り出した声。

 夕希が顔を上げ、奈々実の姿を認める。強張っていたその表情が、ほっと緩んだのがわかった。そしていつものように、にっと笑って言った。


「ななみちゃん、おはよ」


 カーテン越しの日差しが、教室を明るく照らしていた。



—了—

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夕やけ色をまた明日 陽澄すずめ @cool_apple_moon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ