藁人形の呪い

 Mさんは、お母さんのことが大嫌いでした。なぜって、いつもいつも小言ばかり。遊びに行っちゃダメ、塾に行きなさい。遊んでないで勉強しなさい、もう来年は受験なのよ。ゆっくりしている時間なんてないんだから。

とにかく、来年受験を控えたMさんに勉強しなさい、勉強しなさいと、毎日のように言うのです。友達と遊びに行くのも門限が早いし、塾には毎日のように行かされるし、しかも成績が少しでも下がると、ガミガミお説教です。


この間の夜も、お母さんの機嫌が悪かったのか特に長々と怒られてしまいました。なんでこんなことも出来ないの、本当に頭が悪いのね。お母さんがっかりしたわ。呆れた。こんなに馬鹿な娘とは思わなかった。

Mさんにしてみれば、彼女なりに勉強を頑張ってきていたのです。それなのに、努力を労ってくれなくて、自分のことを非難してばかりのお母さんのことが憎くて仕方なくなってしまいました。怒られたあと、Mさんは悔しくて悔しくて、一人で泣き続けました。


その日以来、例の怒られたことを何をしていても思い出してしまって、勉強にも身が入らず、友達と話していても楽しくありません。夜も眠れなくなってきて、そうなるとますます成績が下がり、お母さんはその度に怒るようになりました。


そんな日々が続いて、Mさんのストレスが溜まりに溜まったときでした。M

さんはもう、お母さんの顔すら見たくなくなってしまったのです。自分の部屋でお母さんに言われたことを思い出しては、憎くて憎くてムカムカと腹を立てていました。

お母さん酷い。私は悪くない。頑張っているのに、ちゃんとやっているのに。

酷い酷い酷い。

死んじゃえばいいのに。

死んじゃえ死んじゃえ。

 そして、Mさんはとあることをネットで調べ始めました。


「呪いの藁人形 作り方」

 まず藁を集めて人型に作り、その中に呪いたい人の髪の毛を入れる。そして顔写真、もしくは氏名を書いた紙を貼ってそれに釘を打ち込む。人形の手足から初めて、胴や頭、最後に心臓に当たる部分まで、7日間かけて刺し続けると成就するというものでした。本当は、「丑の刻参り」と言って深夜に神社で行うものなのですが、まさか一人で夜中出歩いたり神社にまで行ったりする気はないので、Mさんは部屋の中で呪うことにしました。


方法が分かってから、Mさんは一人チャンスを待ちました。そして、待望のある時がやってきたのです。それは、お母さんに留守番を頼まれることでした。

お母さんが行ってしまってから、Mさんはこっそりとお母さんの寝室へ入りました。そして、素早くその辺のいろいろなものを触りました。


まずは床の上。そして帽子。コートの襟元やスカーフ。これにも付いていない…。

—早くしないと。

早くしないとお母さんが来る。帰ってきちゃう。どこに、どこかにないの…。

焦って喉がからからになりながら探していると、突然、Mさんは心臓が跳びはねるような気持ちになりました。


あったあ!


あった、あったあった。あった…。

 お母さんの好きなラベンダー入りの枕に、一本だけ白髪が残っていました。見つけたときは、まるでそれが宝物のように貴重に思われました。

うふふ、うふふふ。ふふふふふ。

—これで、本当に呪いをかけるんだ。


 一本の白髪をただ手に入れるということが、そのときはとんでもなく悪いことをしているようでどきどきするような、それでいてお化け屋敷に入るようなぞくぞくした楽しさもあるような気がして、髪の毛を摘んだ手を震わせながらMさんは部屋へ戻りました。これさえあれば、人形の半分は出来上がったようなものです。


人形の本体も、本物の藁はなかなか手に入らないので布で済ませることにしました。2枚の布をぐるぐると筒状に巻いて、片方を半分に折り曲げると、これが頭から両足までの部分になります。もう片方を、両腕に見立てて折り曲げた方と交差するように重ねます。そして、二つを糸で固定すれば、立派に人形の出来上がりです。


 出来上がった夜、Mさんは早速実行しました。雰囲気のためにろうそくを一本灯して、ホームセンターで買ってきた釘を人形に刺しました。ぐさ、ぐさ、と刺していると、なんだか段々と頭が熱くなってきて、気がつくと人形の手がボロボロになるまで刺していました。

ぐさっ。

ぐさっ。

ざくざくざくざく。

それを見ると、なんだか不思議なほど気分がすかっとして、何かをやり遂げたという満足感でいっぱいでした。


翌日も、その翌日も、Mさんは気に入らないことがあるたびにその人形を出しては、ぐさりと釘をさしました。学校へ行くときも塾へ行くときも、カバンへ忍ばせてこっそりと刺したのです。

「ママなんか死んじゃえ」

「ママ死んで」

「クソババア死ね」


ところが。Mさんの呪いはなかなか成就しないのです。そろそろ7日目になるという頃になっても、お母さんに変化は現れません。前と同じように、「勉強しなさい」の繰り返しです。そんな小言を言われるたび、呪いが上手くかからない苛立ちも加わって、ますます激しく人形をいじめるようになりました。


前にも増して、いらいらしながらMさんが道を歩いていたときです。ふと、目の前にお母さんに似た人が歩いているのが目に入りました。その人は、もちろんよく見ればお母さんとは違う人です。でも、Mさんはその人を見て無性に腹が立ちました。お母さんに似た白髪混じりの髪。同じくらいの背丈で、同じように少し太り気味のお腹をしています。その似ている特徴すべてが、Mさんを苛立たせるのでした。


「なんだこの女は。あのクソババアに似やがって。目障りなんだよ。」


おもむろに、Mさんはカバンから人形を取り出しました。そして、隅に隠れて釘を刺し始めました。

ぐさっ。

ぐさっ。

ぐさっ!

 

 そのあと、女の人が角を曲がって見えなくなってしまうまで、Mさんは人形に釘を刺していました。右手は、釘をずっと握っていたせいで金物くさくなっていました。苛立ちと、物を破壊した興奮で頭は白熱し、目も火花が出そうなほどぎらぎらしていました。

それからというもの、お母さんに似た人を見つけては、Mさんは人形に釘を刺しました。何も、そっくりに似た人がたくさんいるわけではありません。しかし、ほんの少しでも特徴が一致していると、もう憎くて憎くて堪らないのでした。白髪混じりの頭をしているだけであっても。背丈が同じくらいというだけでも。少し太めのお腹をしているだけであっても。


あいつも、あいつも、あいつも。

クソババアみたいな格好をしやがって。

うぜえんだよ、全員死ねばいいのに。

死ね。死ね死ね死ね。

クソババア、クソババア、クソババア!

—殺せ。殺せ。殺してやる!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す

ざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざく。


 次第に、目にする中年の女性のほとんどが、Mさんにとっては憎しみの対象となりました。藁人形は、すっかり人形の姿を留めていないほどぼろぼろになりました。今では、Mさんは人目もはばからず人形を出しては釘でざくざくと刺していたからです。


あれから7日はとっくに過ぎましたが、Mさんの呪いは成就したでしょうか。今でも、人形に釘を突き立てているかもしれません。通りを行く人すべてに、呪いの念を発しながら…。

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