エッグモンスター

「エッグモンスター」といえば、懐かしのおもちゃとして有名だ。2、30年前に大流行して以来、今でも子供達の心を鷲掴みにしてきている。


大きさは手のひらに乗るくらいの卵型で、モニターが付いている。

その中でドット絵のキャラクターが動き回るのが、「ペット」みたいで可愛らしい、というわけだ。


「飼い主」、すなわちプレイヤーは、コマンドでキャラクターの世話をする。「エサやり」「遊ぶ」「トイレ」、どれかを選択することによってキャラクターが変化するのだ。


うまく育てれば可愛く、かっこよく、素直なコになる。反対にあまり世話をせず放ったらかしたりして育成に失敗すると、カッコ悪いコになり性格もイマイチ。


一定以上育つとキャラクターは巣立ち、また新しいキャラクターを育てることになる。


かわいいし、ゲームとしてかなり画期的なのだが、私は苦手だ。


苦手になった訳がある。


私も小学生の頃、「エッグモンスター」で遊んでいた。何世代目かのリリースで、初期と比べてキャラクターの種類も豊富、動きもより細かくなり、ますますペット感覚で遊ぶ人が増えた。


何より斬新だったのが、当時話題の「ダウンロード形式」だった。ゲーム店などの各拠点に設置された機器に接続し、ゲームをダウンロードする。ダウンロードでしか手に入らないレアキャラクターや道具もたくさんあったので、私を含む小学生たちはこぞってせっせと新しいデータを入れていたのだ。


新しいキャラクター、新しいエサや遊び道具。与えるエサやおもちゃの内容で、キャラクターもコロコロ変化するのが楽しくてしょうがない。


もっとエサをやりたい。

もっと変わったおもちゃで遊ばせたい。

もっと変化させて、誰も持ってないようなレアキャラに育てたい。


それでも、毎日のように「世話」していると…飽きてくるものだ。いくら新しいエサやおもちゃがあっても、基本コマンドは「エサやり」「遊ぶ」「トイレ」しかない。「トイレ」に至っては、単に画面内で水が流れるアクションだけだ。だから、実質2つのコマンドしかない。


この2つを往復するだけでは、マンネリだった。


それが変わったのは何度目かのダウンロードだった。


新しいコマンドが増えている。

「しつけ」。

キャラクターを「しつける」ことで、性格面を矯正するのだ。


例えば、育て方に失敗したキャラクターをしつける。すると、いくらか良いコになるのだ。

ただし、しつけ過ぎると逆効果で、キャラクターが拗ねたり、いじけたりする。

見た目も、可愛くないものになってしまう。


私は、キャラクターをたくさんしつけた。

もっといいコに。

失敗したからって、悪いコになるのは許せない。

拗ねるのも気に入らない。

私がせっかくしつけていいコに育ててやろうとしているのに、いじけてこっちを悪者みたいに思うのが許せない。


「しつけ」を重ねるうちに、キャラクターは、見たことのない形に変化した。


「いいなー、それレアキャラじゃない?」

友達に見せたら、あっという間に注目の的。クラスの誰も持っていないキャラクターなのだそうだ。キャラクターはヘンテコな形だけど、私は気をよくした。


やっぱり、しつけるのが良いんだ。

キャラクターが拗ねてもいじけても、どんどんしつけてやるべきだ。


友達はしかし、「しつけ」コマンドのことは知らないと言った。みんな、3種類のコマンドだけしか持っていないという。「エッグモンスター」にかなり詳しい人でさえ、「しつけ」は聞いたことがない。


「きっと、何百人に一回しか出ないんだよ!」

友達ははしゃいで言った。


さらに新しいデータがダウンロードできると聞き、私は本体を握りしめて拠点へ向かった。

「しつけ」だけでは、物足りなかった。何しろ「しつけ」は、必ずしも言うことをよく聞く良いコになるとは限らないからだ。


もっと徹底的に…そう、従順にさせたい。

言うことを聞くようにしたい。

私は飼い主なんだから。


ダウンロードが完了して、コマンドはこう変わっていた。

「いじめ」

どきっとした。

さすがに、いじめるつもりはない。

いじめたいわけじゃない…。


それでも、しばらくすると当たり前のように「いじめ」を繰り出していた。


「いじめ」コマンドの内容は、「エサ抜き」と「おもちゃを取り上げる」の2つ。


『モンスターはおなかをすかせている』

『エサをたべている』

『エサをとりあげた』

『モンスターはないている』


『おもちゃをあげた』

『たのしそうにあそんでいる』

『おもちゃをとりあげた』

『モンスターはないている』


このコマンドを繰り返しているうちに、キャラクターの体にトゲやツノが生えた。性格も「すなおさ」や「やさしさ」バロメーターが減った。画面の中でうずくまり、怯える姿はあまり可愛いとは言えなかったが、

「すげー、カッコいい!」

今度は男子に人気が出た。

「見せてみせて!」

「これオレも欲しい!」

「どうやって育てんだよ?」

そこで私は「いじめ」コマンドのことを説明すると、これも誰も知らないようだった。


私はいじめ続けた。


次にダウンロードしたとき、コマンドは「ぎゃくたい」に変わった。それを選ぶ私の指先に、もう躊躇はなかった。


「ぎゃくたい」選択時の2つのコマンド、「ムチたたき」と「ナイフさし」を、繰り返し、繰り返し、出し続けた。

キャラクターの動きが気に食わなかった。鳴き声がうるさく感じた。その度に「ムチたたき」。「ナイフさし」。


気がつくと、何日もまともに「エサやり」も「遊ぶ」も「トイレ」もしていなかった。

なぜか、私のキャラクターは死ななかった。


通常は世話を怠ると、「死ぬ」はずだった。それなのに、私の画面の隅で震えて縮こまっていても、「死ぬ」ことはなかった。

これもきっと、レアキャラだからだろう。


たまにエサをやると、がっつくようにして食べた。それがいじましくて…余計に腹が立った。たまに遊ぶと、機嫌が良くなった。それが健気で…それ以上にむかついた。


お前は楽しむ権利なんてない。心地よく過ごすなんて生意気。

もっとダメージを受けろ。

私は本気で叩いているんだから。

何をされても喜べ。

お前の主人にされたことなんだから、叩かれようが刺されようが、嬉しがって然るべきだろう。

なのに、嫌がるってどういうことだ?

もっと苦しめ。

お前には罰が必要だ。


ふと、虚しくなることがあった。


いくらムチで叩こうがナイフで刺そうが、キャラクターは一定の反応しか見せないからだ。


私、何をしてるんだろう…こんな、ドット絵相手に。


目の前のキャラクターはぼろぼろ。今や片目が潰れ、手足はなく、歪んだ体にトゲだのキバだのが生えて醜怪だった。女の子にも男の子にも、もはや「カッコいい」とか「すごい」とか言われなくなってしまった。


画面内で体を引きずるキャラクターに嫌気がさし…

私は本体ごと放置した。


何日間も忘れていたのだが、久しぶりに新データがリリースされた。


「ぎゃくたい」以上に刺激のあるコマンドが出るかもしれない。机の奥にしまい込んだ本体を引っ張り出した。


キャラクターは消えていた。

「巣立ち」とも違う消え方で、画面から消えていた。


その後どれだけ探しても、私の飼っていたようなキャラクターはおろか、「しつけ」コマンドや「いじめ」コマンドの情報も見つからなかった。


私は「エッグモンスター」自体を卒業した。


あれから10年。私はもういい大人だ。しかし今でも子供達は「エッグモンスター」で遊んでいる。

懐かしいとは思うが、同時にやるせなくなる。目を背けたくなる。


後悔、ではない。


無性に感じてしまうからだ。


「もっと『ぎゃくたい』してやりたい」とー。

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