贋作を通じて揺れ動く心と、それぞれの信念。
- ★★★ Excellent!!!
作者の西洋美術に対する深い知識が、嫌みなく過不足なく取り入れられており、美術に疎い自分でも問題なく楽しむことができ、また勉強になった。
時折、重要な絵のリンクが挿入されているのもありがたい。
本作のテーマは「贋作」。
贋作というと、偽物、本物の劣化版、というネガティブな印象を抱きがちであるが、本作におけるそれは必ずしもそういうわけではない。
限りなく本物に近い贋作を描く、という稀有な才能を持つキース。
もとより並々ならぬ画力を持っていた彼ではあるものの、様々な椿事に遭遇する中で、作品を求める相手の事情や心情を慮り、魂をこめた作品作り(これは贋作とは限らない)を続けるうちに、彼自身はもちろん、彼を取り巻く人々の感情を動かす。
特に、キースが勤める名門美術学校の生徒ミルドレッドが、“本物よりも、キースが描いた贋作の方がずっと、いい絵ね” と心中で思うシーンには胸をつかれる。
美術品に関する知識豊富で高飛車な彼女にそう思わせたのは、単に絵の技量それだけではなく、贋作作りに命を賭ける彼の生き様や、絵に対する真摯な姿勢に魅せられたからに他ならないだろう。
そして、くせの強い登場人物が多い中でも、特に謎の多いイヴァン・クロウ。
本作の最後に収録されている短編を読むことで少しはイメージできる点もあるが、彼をどう捉えるかということも、本作の楽しみのひとつだろう。
幽霊が出てくるなどホラー的な要素もあるが、重苦しい感じはなく爽やかな文体で一貫している。ぜひ読んでほしい。