美術館や画廊が集まる芸術の都ピータバロ市。市内に建つピータバロ・シティ・アカデミアは、表向きは資産家の子女が集まる名門美術学校だが、裏では非合法な手段で手に入れた絵画を取引する闇ブローカー集団だった。
ひょんなことから真実を知った貧乏画家のキースは、元締めである女教師レイチェルに贋作師としてスカウトされる。一度は誘いを断ったキースだが、女子生徒ミリーから「教師陣を追い出して、真の芸術が集まる美術館を作ろう」と持ちかけられ……。
非凡な才を持つが芽が出ず、いつも厄介事に首を突っ込んでしまうお人好しなキースと、美術の知識に詳しくお転婆なお嬢様ミリーの凸凹コンビが楽しくていいですね。
そしてイギリスといえばホラーがつきもの。幽霊から自画像を依頼されたり、絵に閉じ込められた息子を助けて欲しいと頼まれたりと、実にオカルティック。その過程で犯罪組織とトラブルになったり、殺人鬼と出会ってしまったり、事件の真相にはさらに一捻りあって興味をかきたてられます。
コミカルなドタバタ展開で飽きさせない絵画ミステリー。
(「お嬢様と僕」4選/文=愛咲 優詩)
作者の西洋美術に対する深い知識が、嫌みなく過不足なく取り入れられており、美術に疎い自分でも問題なく楽しむことができ、また勉強になった。
時折、重要な絵のリンクが挿入されているのもありがたい。
本作のテーマは「贋作」。
贋作というと、偽物、本物の劣化版、というネガティブな印象を抱きがちであるが、本作におけるそれは必ずしもそういうわけではない。
限りなく本物に近い贋作を描く、という稀有な才能を持つキース。
もとより並々ならぬ画力を持っていた彼ではあるものの、様々な椿事に遭遇する中で、作品を求める相手の事情や心情を慮り、魂をこめた作品作り(これは贋作とは限らない)を続けるうちに、彼自身はもちろん、彼を取り巻く人々の感情を動かす。
特に、キースが勤める名門美術学校の生徒ミルドレッドが、“本物よりも、キースが描いた贋作の方がずっと、いい絵ね” と心中で思うシーンには胸をつかれる。
美術品に関する知識豊富で高飛車な彼女にそう思わせたのは、単に絵の技量それだけではなく、贋作作りに命を賭ける彼の生き様や、絵に対する真摯な姿勢に魅せられたからに他ならないだろう。
そして、くせの強い登場人物が多い中でも、特に謎の多いイヴァン・クロウ。
本作の最後に収録されている短編を読むことで少しはイメージできる点もあるが、彼をどう捉えるかということも、本作の楽しみのひとつだろう。
幽霊が出てくるなどホラー的な要素もあるが、重苦しい感じはなく爽やかな文体で一貫している。ぜひ読んでほしい。