第8話「しんきょくライブ」



 爽やかな風が吹き抜け、波飛沫に陽光がキラキラと踊る。温かくて、なのに涼しさを感じることができ、その気候は楽園の2文字を連想させる。キュルルたちはここ、みずべちほーへと来ていた。


「うわぁ〜、すっごいね〜!」


「パークにもこんなところがあるのね」


 見渡す限り、どこまでも水が広がるその光景。2人はすっかり圧倒されていた。穏やかな波はとても平和な気持ちをもたらしてくれる。事実、博士たちによると、アイドルユニットPPPの拠点となるここみずべちほーは、他のちほーより諍いは少ないそうである。


「〜〜!!」


 居ても立っても居られなくなったのか、キュルルはズブズブと足首まで水の中に入っていく。


「カラカル、カラカル〜」


 呼ばれてキュルルの方を向くカラカル。すると、ピュッ、とキュルルの合わせた手から、一筋の水が噴き出した。


「エヘヘ〜、ビックリした?」


 笑顔のキュルルに対し、水を顔面で受け止めたカラカルは、無言で両前足を使ってコシコシと水滴を拭う。それが終わると、これまた無言で近づいてきた。


「えっと、カラカ、ル?」


 俯き、表情を見せないまま、キュルルと同じ深さまで辿り着くカラカル。キュルルは恐怖で動けない。


「キュ・ル・ル〜〜〜!!」


 顔を上げると、目を吊り上げたカラカルが。


 そしてカラカルはキュルルに背を向けて四つん這いになり、後ろ足で大量の水を巻き上げた。


「ちょ、ごめんカラカル! 待って、タンマタンマタンマ! うわぁ〜!!」


 抵抗虚しく、キュルルはカラカルの上げた水飛沫に飲み込まれていくのであった。









「うぅ〜、酷いやカラカル〜」


 ちょっとしたイタズラで手痛いしっぺ返しをくらい、全身ビショビショなキュルル。カラカルは、自業自得! とでも言いたげな顔である。


「ったく、バカなことしてないで、ライブ会場を探すわよ」


「はぁい」


 促されながらも、涙目を向けるキュルル。その視線に耐えきれなくなったのか、カラカルも悪かったわよ、と謝る。


 幸いみずべちほーは温暖である。ほっとけば乾くか、とキュルルたちは探索を開始した。









「ねぇ、あれじゃない?」


 キュルルの服がある程度乾いてきたところで、カラカルが声を上げた。指差す方向にあるのは、桟橋で繋げられた半円状の広場。ようやく見つけた目標に、キュルルたちの足取りも軽くなる。


「ん? あれ……誰かしら?」


 言われてキュルルも足を止める。半円状に展開された座席の中に1人、ポツンと座るフレンズがいた。暖かな空気に包まれた周囲とは正反対に、そこだけ色を失ったかのような雰囲気を漂わせている。


「なんだろう。落ち込んで、る?」


「行ってみましょう」


 言うが否や走り出すカラカル。キュルルは1人取り残されてしまう。


「……カラカル?」


 首を傾げた呟きは、照りつける太陽に消されていくのであった。









 胸いっぱいに息を吸い込み、溜まったものと一緒に吐き出す。わざとらしいその行動が、何の成果も挙げていないことは、その表情から明らかだった。黄昏に沈むフレンズ。そんなフレンズにカラカルは横から声をかけた。


「となり、良いかしら?」


 かけた黒縁眼鏡が特徴的なそのフレンズは、不思議そうにカラカルを見上げると、コクリと頷く。カラカルは満足気な笑顔を浮かべると、せっかくとばかりに寝そべる。同じネコ科のフレンズとしてその気持ちは理解できるのか、クスリ、と笑顔を溢した。


「えっと、あなたは?」


 カリカリと座席で爪研ぎを始めるカラカルにフレンズは問いかける。


「カラカルよ。そんで……」


 ふい、と視線を上げるカラカル。その先には息を切らしたキュルルがいた。


「はぁ、はぁ、速いよカラカル……」


「ま、ちょっとね。それより、自己紹介しときなさい」


「え? あ、えっと、僕はキュルル。よろしくね」


「わたしはマーゲイです」


 自己紹介を終え、キュルルもくたびれた脚を休めるため、寝そべるカラカルの隣に腰を下ろす。


「マーゲイ、わたしたち、PPPの新曲ライブを観に来たのだけど、ここで合ってる?」


「……ええ、間違いありません。一週間後ですが」


 PPP、その言葉に反応したのか、マーゲイの顔に再び陰が差す。その反応をカラカルは見逃さなかった。


「……何かあったの?」


 射抜くような視線を投げかけるカラカル。その視線からマーゲイは逃げるように顔を逸らしてしまう。しかし、チラリと横目でキュルルを見ると、意を決したように口を開いた。


「実はわたし、PPPのマネージャーをやっているんです。次のライブで、サプライズイベントにお芝居を計画していたのですが、プリンセスさんから『新曲に集中したいから、今回は必要ないかも』と言われちゃいまして。こんなではマネージャー失格ですよね……」


 無理な笑顔でマーゲイは、同意を求めるように2人を見る。しかし、そんなマーゲイへの返事はポカンと呆けた顔だけだった。その顔にマーゲイは一層心を曇らせる。


「……すいません、突然こんな話をされても困りますよね。忘れてください……」


「あ、いや、そんなんじゃないわよ」


「う、うん、ちょっと驚いちゃっただけ。気にしないで」


 思わぬ誤解に両手を突き出して否定するキュルルたち。どうにか意は伝わったようで、マーゲイは気持ちを持ち直す。


「それにしても、今回だけでマネージャー失格は言い過ぎなんじゃない?」


「いえ、マネージャーならばPPPのみなさんのことを第一に考えなきゃ。なのに……」


「……ねぇ、マーゲイさん」


 沈み込むマーゲイに、それまで考えこんでいたキュルルが口を挟んだ。


「マーゲイさんはどんなお芝居をしようとしてたの?」


「えっと、こちらの絵本です」


 キュルルの質問に、マーゲイはそれまで抱えていたもの差し出す。それは、『ペンギンの勇者たち』と題された一冊の絵本だった。


「ちょっと読ませてもらっていい?」


「えっと、読めるんですか?」


「えっへへー、まぁね」


 マーゲイから了承をもらい、早速絵本の中身を確認してみる。そこに描かれていたのは、争いやセルリアンに苦しめられたフレンズのために戦う5人のペンギンの物語だった。


「博士からこのお話を紹介してもらったとき、思ったんです。PPPはここに描かれる勇者たちみたいだ、って」


 キュルルが読み終えたことを確認して、マーゲイは語り出す。


「お客さんたちにも感じて欲しかったんですよ。今、勇者はここにいるって。わたしたちを助けてくれる存在がいるって。でも、独りよがりでした……」


 顔を伏せるマーゲイ。そんなマーゲイに、キュルルは真剣な目を向けた。


「マーゲイさん。やろうよ、お芝居」


「えっ?」


「僕たちはマネージャーとかってよくわからないけどさ、マーゲイさんの気持ちは間違ってない気がする。だからやろうよ、お芝居。PPPのみんなを勇者にしちゃおうよ!」


「でも、PPPのみなさんは必要ないって……」


 助けを求めるようにカラカルを見るマーゲイ。そんなマーゲイに対し、カラカルは呆れた顔で首を振る。


「安心なさい。コイツがこんな顔してる時は、なんか思いついたときだから」


 その言葉に違わぬ笑顔を携え、キュルルはマーゲイに言い放った。


「エッヘヘ、一緒にPPPにサプライズしちゃおうよ!」









 ── 一週間後 ──




「ど、どうしよう。始まっちゃう……。大丈夫でしょうか。怒られるんじゃ……」


ライブ直前、キュルルたちは震えるマーゲイとともに舞台裏にいた。緊張からくる不安により、マーゲイの頭には悪い未来ばかりが浮かび上がる。しかし、そんなマーゲイにキュルルたちは笑顔を向けた。


「大丈夫だよ!マーゲイさんの気持ちはきっとPPPのみんなに伝わるよ!」


「それに、もし怒られたらわたしたちが謝るわよ。」


「うん!だから、安心して!」


「キュルルさん……カラカルさん……」


2人の笑顔に目配せし、落ち着こうと目を瞑るマーゲイ。そのまま何かを確かめるように頷くと、ゆっくりと目を開けた。


「2人とも、ありがとうございます。お芝居、絶対成功させましょう!」


「おー!」


握り拳を上げて応えるキュルルに、マーゲイは笑顔を浮かべた。


「じゃ、わたしは反対の方行って、PPPの誘導をするわね。」


「はい!お願いします!」


カラカルのその言葉を皮切りに、各々最後の準備を始めるのであった。









「よし、開始時間になったわね。みんな、行くわよ!」


ステージに設置された日時計で時間を確認し、プリンセスが緊張に震えるメンバーに声をかける。


「うぅ、大丈夫でしょうか……」


「よ、よし!ロックに行くぜ!」


「ねぇねぇ、コウテイが固まってるよ〜」


「まったく、安心なさい!あれだけ練習したんだから大丈夫よ!」


プリンセスの言葉に決意を固めるペンギンたち。しかし、そんなPPPたちを止める声があった。


「ちょっと待って!」


「あなたは?」


「わたしはカラカルよ。今は訳あってマーゲイに協力しているの。出場のタイミングなんだけど、わたしの指示に従ってもらっていいかしら?」


「?どういうことだよー?」


「できれば事情については聞かないで欲しいの。お願い。」


必死で頭を下げるカラカル。そんなカラカルの目をプリンセスは覗き込む。


「……あなた、マーゲイに協力しているのよね。」


「ええ。そうよ」


カラカルもまた、プリンセスの視線に目を逸らさない。その目に、睨みつけるようにカラカルを見ていたプリンセスの顔がふっと緩んだ。


「わかったわ。あなたのこと、信じるわ。みんなもそれでいい?」


プリンセスの言葉にPPPの皆は各々の返事を返す。その温かさにカラカルの胸は熱くなった。


「ありがとう!」


「その代わり、バッチリ決めさせてよね!」


「任せて!」


そんな会話の横でステージは動き出す。ステージの左端に登場したキュルルを見ながら、カラカルは呟いた。


「マーゲイ、このお芝居、きっと上手くいくわよ」









PPPの新曲ライブを見に来ていたお客たちは、突然登場した見たこともないフレンズに一同困惑していた。中には、PPPはー?などの声を上げる者もいるほどだ。ざわめく場内、しかしその中でも冷静な者はいた。


「この……匂い。もしかして……」


1人のお客の変化など知る由もないキュルルは、会場のざわめきに負けないよう、大きく息を吸い込む。


『それは、遥か昔のことでした。』


マイクとスピーカーにより音量の上げられた声に、お客たちの好奇心が揺さぶられた。目の前で何が行われるのか目を向けてみよう、というような空気が出来上がる。


少しだけ手応えを感じたキュルルは、強くスケッチブックを握りしめた。この台本に書かれている物語が全ての鍵である。プレッシャーに負けないよう、ゆったりとキュルルは語り出す。


『パークは争いで満ちていました。食べ物はなく、セルリアンはいっぱいで、誰も味方なんていない、そんな想いで溢れていました』


少しずつざわめきは収まっていく。会場の誰もが物語の世界に引き込まれ、その物語を他人事のようには感じられなくなりつつあった。


『しかし、誰もが憎み合う世界の中、世界を救うために立ち上がる、5人の勇者がいました』


次第に静まっていく会場とは裏腹に、ステージ裏は大混乱だった。


「ちょっと!わたしたち、お芝居の練習してないわよ!」


「ど、どうしましょう」


「とりあえず入場しねぇと」


「待って!」


慌てるペンギンたちをカラカルが制止する。こんな状況でお客を待たせる事態にPPPたちは目を白黒させた。しかし、カラカルは落ち着いたままである。


「もうちょっと待ってて。きっとなんとかするから」


その時、ちょうど良いタイミングでスピーカーから声が張り上げられた。


ジェーン『みなさん!今、パークはとても大変なことでいっぱいです!」


イワビー『セルリアンは出るわ、腹は減るわで、ロックに行けねぇ時だってある!」


突然上げられたジェーンとイワビーの声に、舞台裏はさらに混乱が深まっていく。


「イワビー、急に何言っているの〜?」


「いや、俺は喋ってねぇぜ」


「いや、違う。これは……」


「「マーゲイ!!」」


その間にも、《PPP》の演説は続いていく。


フルル『でも〜』


プリンセス『みんな安心して!ここにはわたしたちがいる!もう誰かを傷つける必要なんてない!」


コウテイ『みんな立ち上がってくれ!ここには敵なんて誰一人としていやしない!私たちは……』


もうステージにも、舞台裏にも、言葉を発する者は誰一人としていなかった。誰もが言葉の続きを待ち、誰もが心を一つにしていった。そして、マーゲイは最後の一言を発するため、大きく息を吸い込む。


『私たちは、フレンズだ!!』


その一言と共にキュルルは袖のカラカルに視線を送る。その視線を受けて、カラカルは待ちに待った一言を言い放った。


「入場よ!」









カラカルの合図と共に、腹でステージを滑るようにPPPが入場する。統制された見事な動き、そして完璧なタイミングでの起き上がりを見せる。


もう、緊張の色は消えていた。自分たちがステージと溶け合ったかのような錯覚が生まれ、自然と身体が動いていく。喉を震わせていく。


「おっしゃぁ!全員、準備はいいかぁ!?ロックに行くぜー!」


「早速新曲いくわよ!『アラウンドラウンド』!」


音が爆発した。熱が渦を巻き、光は踊り狂った。会場が一つのうねりと化し、その場の全てを巻き込んでいく。


怒号と化した歓声は、まるで終わりを知らぬかのように鳴り響いていた。









新曲ライブが大成功に終わり、観客が笑顔で帰っていったステージ上、PPPは全ての力を絞り出し、へたり込んでいた。


そこに、キュルル、マーゲイ、カラカルは近づいていく。


「みんな、お疲れ様!」


「ライブ、凄かったわよ」


キュルルたちの声かけに笑顔で応え、そしてPPPの視線はマーゲイに集まる。


「マーゲイ……」


「あ、えっと、ごめんなさい!必要ないって言われたのに勝手にお芝居しちゃって、それに勝手にみなさんの声で……」


視線と声に怖くなってしまったのか、マーゲイは必死に謝り倒す。そんなマーゲイにプリンセスは不穏に近づいていった。


「えっと、それに、それに……」


「マーゲイ……」


プリンセスはマーゲイの手をガシッと掴む。


「今日のお芝居、凄かったわね!次回も同じようなこと、できないかしら!?」


予想外の言葉にマーゲイの目が点になる。


「お、怒ってないんですか……?」


「何を怒ることがあるのよ。いつもライブが大成功に終わるよう、工夫してくれてるのはマーゲイでしょ?」


「で、ですが、わたし、PPPのみなさんに迷惑かけて……。独りよがりに巻き込んで……」


「何言ってんだよ。マーゲイ以外、誰がマネージャーやるんだよ。」


「マーゲイさんにはわたしたち、いつも助けられているんですよ?」


「マーゲイ、ご飯まだ〜?」


「マーゲイ。ステージに立つのはわたしたちだが、マーゲイだってPPPの一員なんだ。『PPP』は6人のユニットだ。」


みんなから寄せられた温かな言葉に、浮かべられたその笑顔に、マーゲイの涙腺は容易く決壊する。


「う、ゔぅ、ゔぁ、みなざぁ〜ん!!」


「まったく、泣き虫なんだから。」


プリンセスの胸の中、マーゲイの泣き声は響き渡るのであった。









「それにしても、君、ヒトだろ?」


マーゲイの涙がだいぶ落ち着いてきた頃、コウテイはキュルルに確信の問いをかけた。


「え?うん、そうだけど……」


「ふふっ、懐かしいですね」


コウテイに同調するように、ジェーンは懐古の笑みを浮かべた。


「え!?ヒトを知ってるの!?」


「あぁ、PPPができたばっかの頃、助けてもらったことがあるんだよ。ロックな奴だったぜ」


「そのヒトはどこに!?」


「ヒトの縄張りを探して海を渡っていってしまったんだ。」


「それって……」


「前に博士たちが言っていたヒトと、同じヒトっぽいわね……」


目新しい情報ではなさそうなことに、キュルルとカラカルは落胆する。


「何?あなたたちもヒトの縄張りを探しているの?」


「僕たちの場合はついでだけどね」


キュルルが苦笑で答えたときだった。


「あの!」


横からキュルルたちへ声がかけられる。


「今、『ヒト』って言いましたか?」


キュルルが振り向くと、青と黄色のオッドアイがまっすぐこちらを貫いた。

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