けものフレンズ2 リバース
大熊猫
第1話「めざめのたてもの」
天井がひび割れ、パラパラと瓦礫が落ちてくる。
蓋の空いたカプセルの中、敷き詰められたキラキラとした物体の上にいたモノは、ムクリと体を起こす。
「うぅん……」
凝り固まった体をほぐしながら、辺りを見回す。程なくして、ひびから差し込む明かりとは違った、一筋の細長い光に気付いた。
「あれは……?」
自分と同じようにカプセルに入れられていたショルダーバッグを掴み、キラキラと光を反射する羽のついた帽子を被ると、カプセルから飛び降りる。そして、そのモノは誘われるかのように光の元へと歩みを進めた。自身の知識を頼りにドアノブを握り、重さを感じさせる扉を押し開けると、
「うわぁ〜」
そのモノを光が包み込んだ。
目覚めた理由は音だった。
黒い大きな耳と橙色のリボンが特徴的な少女、カラカルは藍色の目を光らせる。
寝そべっていた枝から音を立てずに起き上がると、自分を起こした足音の方向を見つめた。
そこには、見たこともない変なフレンズ? が自身の下を歩いていくのが見えた。
「あんた……何のフレンズ……?」
警戒心と、自身の縄張りに侵入されたことからくる不快感を声に乗せて、侵入者に問いかける。葉の作る暗がりに紛れているため、侵入者からはこちらを発見できないでいる様子が伺える。
「答えなさい! あんたは一体何の……」
言い切ることはできなかった。
突如侵入者は逃げ出したのだ。無論、それを許すカラカルではない。
「待ちなさい!」
しなやかに枝から飛び降りると、侵入者へと飛びかかる。ひとっ飛びで侵入者へと追いつくと、その勢いのまま押し倒し、馬乗りとなって逃げることを封じた。
「もう逃げられないわよ! あんた、何のフレンズなの? 答えなさい!」
自慢の鋭い爪を向け、敵意むき出しで問いかける。
その問いかけに対して、侵入者は唐突に両手の平を頭上に挙げた。
「まいった! 降参!」
「はぁ?」
( よくわからない建物から出て、好奇心のまま森林を歩いてたら、上から声をかけられて、逃げたら押し倒された)
相手の訝しげな目に冷や汗をかきながら、状況の分析に努める。が、分析してもどうにもならなそうだった。
「どういうことよ?!」
「だから、降参。次は僕が鬼だね」
「はぁ!? 何言ってんのよ!」
「何って、鬼ごっこ? ほら、僕捕まっちゃったから」
「じゃなくて! あんた何のフレンズなのかさっさと答えなさい!」
「やっぱり誤魔化されてくれないよね……」
完全に火に油を注いでしまった状況に嘆息する。
その時、自分の上にいる少女の耳がピクリ、と動く。
少女は立ち上がると、茂みに向けて睨みつける。
「どうしたの?」
遅れて立ち上がり、問いかける。その問いに答えるかのように、木々がざわめき、青色のナニかが飛び出してくる。四角い体に円筒状に飛び出した眼球。こちらの2倍ほどの体格を、先端が太くなった三本足で支えるソレは、まさしく化け物としか形容できないものであった。
「思ったよりデカい! 逃げるわよ!」
「えぇ!?」
一足先に駆け出した少女に、つられるように足を動かす。
「あれ何!?」
「あれはセルリアンよ! 早く逃げないと食べられちゃう!」
「どうにかできないの!?」
「石を攻撃すればすぐに倒せるわ! でもパッと見だと見えない! あとは光に誘き寄せられるらしいけど……来るわよ!!」
反射的に横に大きくジャンプする。直後、数瞬までいた位置にセルリアンの勢いのつけた体当たりが襲いかかる。
「見えた! 石は背中ね!」
体当たりを大きくジャンプすることで躱した少女の叫びを聞きながら、バランスを立て直し、再び足を早める。
気付けば森林を抜け、平原に出ていた。
「デカい上に石が背中にあるなんて、やっかいね!」
「ねぇ!」
「何!?」
「背中が見えればいいんだよね!」
「そうだけど、どうするのよ!」
「えっへへ!」
おもむろに帽子を脱ぐと、羽の部分が下に来るようにズボンに挟む。先端の羽が日の光を浴びてキラリと光る。
「尻尾取りでもしようかと思ってね!」
平原の上を挟んだ帽子を揺らしながら、弧を描くように走る。
ギョロリとした、大きな単眼が自分に釘付けになっていることを意識する。気を抜けば震えそうになる足を必死に動かす。
「ねぇ、知ってる?」
セルリアンの大きな足が振り下ろされるのを間一髪で躱しながら、嘯くように口を動かす。
「『尻尾取り』の必勝法ってさ、誰かが囮となって逃げてる隙に、他の人が尻尾を取ることなんだよ?」
セルリアンの背後に影がさす。
飛び上がった少女は、眼前の『へし』に狙いを定め、
勢いのまま、
自慢の爪を叩きつけた。
パッカーン
そんな音とともに、セルリアンは小さく砕けた。そして、安堵と達成感が作った笑顔だけが残ったのだった。
「囮になるとかバカじゃないの!?」
戦闘の後、カラカルは持っていた疑問をそのままぶつけた。
「アハハ、それしか思いつかなくって……」
「ハァ……そんなことして怖くなかったわけ?」
「怖かったよ。だから、助けてくれて、ありがとう」
無邪気にかけられた感謝の言葉に、カラカルは完全に毒気を抜かれる。
「ハァ……もういいわよ。こっちこそ、助かったわ。ありがとう」
「どういたしまして」
「で」
戦闘についてひと段落したところで、カラカルは切り出す。
「あんた、何のフレンズなのよ」
どったんばったん大騒ぎしていて、有耶無耶になってしまっていた、最初の質問をカラカルは投げかけた。
「えーっと、それが実は……」
「わからない!?」
元侵入者からこれまでの経緯を聞き、出てきた答えにカラカルは大きな徒労感に包まれる。ついつい、ガックシと肩を落としてしまう。
「アハハ、なんかごめんなさい」
その様子に苦笑いとともに謝罪の言葉がかけられる。
「それならあんた、ど……」
カラカルが新たな質問を投げかけた時、
ぐ〜、きゅるるるるるる
間抜けな音が鳴り響く。
「何よあんた、お腹空いてるの?」
呆れたカラカルは半眼で視線を突き刺す。視線の先の本人は慌ててしまって、何も言えなくなってしまっていた。
「じゃあ、あんたの名前、キュルルね。はい決まり」
「えぇ!?」
「何よ、文句あるの?」
「いや、お腹の音を名前にされるのは不本意というか……」
「じゃあ、他に何か案があるっていうの?」
現在進行形でお腹を鳴らしている身として、ぐぅの音も出なくなってしまう。お腹からならいくらでも出ているのだが。
結局、肩を落とし諦めることにした。
その様子を見たカラカルは踵を返す。
「付いて来なさい」
「これは……?」
声をかけられた木の辺りまで来ると、丸いものを差し出される。
「ジャパリまんよ。さっきのお礼に一つあげる」
そう言いながら、自身のぶんも取り出し、齧り付く。
「ありがとう! えーと……」
「そういえば自己紹介してなかったわね。カラカルよ」
「えっと、カラカル……さん?」
「カラカルでいいわよ」
「うん! ありがとう! カラカル!」
その後は2人とも、ジャパリまんの味を楽しみ。無言となる。
お互いジャパリまんを食べ終えた頃、カラカルは先ほど聞きかけた質問を改めて投げかけた。
「キュルル、あんたいったい、どこから来たのよ?」
「この向こう。そこにさっき話した建物があるんだ」
キュルルが指差す先に小さく建物が見える。遠目からでも分かるほどに風化し、ボロボロだった。
「ふーん。じゃあ、次はあそこに行ってみましょ。あんたのこと、少しは分かるかもしれないし」
「じゃあ、あそこまで競争ね! お先に!」
言うがいなや、猛スピードで駆け出すキュルル。そんなキュルルにカラカルは慌てる。
「ちょっ、待ちなさい! って、早っ! あ〜、もう!」
背を追う形で駆け出すカラカル。変な奴、という印象は変わらないまま。しかし、その口元には確かな笑みが刻まれていた。
「あと! ちょっと! で、僕の! 勝ちだ!」
息を切らして走るキュルルは、眼前でだんだんと大きくなる建物を見ながら期待に胸を膨らませる。もう少し、と建物の壁へと手を伸ばす。
そんなキュルルを影が覆った。
驚いたキュルルが頭上を見上げると、自分を飛び越すカラカルが見えた。そのまま壁に手をつけるカラカル。キュルルの負けである。
「ふふーん♪ 私の勝ちみたいね!」
「負けたーー!」
あと少しというところで逆転されてしまったキュルルは、服が汚れるのも厭わず仰向けに倒れこむ。
「でも、すごいよカラカル! 僕、ビックリしちゃった」
「フレンズによって得意なことは違うからね。私はジャンプすることがとっても得意なの」
そう言いながら、手を差し伸べるカラカル。キュルルもありがたく、その手に甘える。
立ち上がったキュルルとカラカルは微笑み合うのであった。
早速とばかりに、2人は探索を開始する。『知らないものには不用意に近づくな』というアラートが、頭の中で鳴りっぱなしのカラカルはおそるおそる辺りを確かめていく。対照的にキュルルのフットワークは軽めである。キョロキョロとあちこちを見回して、気になるものを探していく。
しかし、目につくものは瓦礫ばかりである。そこで、キュルルは自分の目覚めたカプセルの元へと足を運ぶ。
「何なの? コレ」
遅れて来たカラカルが問いかける。
「僕、ここで眠ってたみたいなんだ」
「ここで眠ってたって……じゃあ、ここがキュルルの巣になるってわけ?」
「う〜ん、わかんない。でも……」
言いながら改めて周りを見回し、苦笑いする。
「あまり、ここに住みたいとは思わないかな」
「それもそうね……」
「……ん?」
部屋を見回していたキュルルはカプセルの側に置かれていたものを手に取る。
「何なの? それ」
「これは、スケッチブックだね。何も描かれてないや」
一枚ずつページをめくり、確認するキュルル。最後のページをめくると、そこにタブレットがあることに気が付いた。
「これは……?」
その言葉に反応したかのように、タブレットは突然光を放つ。突然変化した物体にカラカルは反射的に距離をとる。
「なんだろう? "どうぶつずかん"? えっと、"カラカル、大きな耳が特徴で音にとても敏感。とても警戒心の高い性格をしている。"……?」
そこまで読んだところで、キュルルは後ろを振り向いてみる。そこには、小さな瓦礫の落ちる音に対して、全身の毛を逆立て、威嚇音をあげるカラカルの姿があった。その様子を見て、本当だ、と吹き出すキュルル。
「何笑ってるのよ」
「ごめんごめん。そうだ、これ、動物のことが分かるみたい」
カラカルはまだ半信半疑なのか、眉をひそめる。この機械に関しては、これ以上は埒があかないと考え、キュルルは話を変える。
「これ以上は何も無さそうだね。ごめんね、カラカル」
「別にいいわよ。元々言い出しっぺはわたしなんだし」
「それにしても、僕がなんなのかわからないし、どこに住めばいいのかも……。これからどうしたらいいだろう?」
悩むキュルルを見て、カラカルはあることを閃く。
「それなら、としょかんに行ってみればいいんじゃないかしら」
「"としょかん"?」
「わからないことがあったらとしょかんで聞くのよ」
「ふーん。どうやって行くの?」
「この近くにあるわよ。案内してあげる」
その言葉にキュルルは目を見開く。
「え? いいの!?」
「別に。わたしも、としょかんに用があるから。たまたまよ」
恥ずかしそう視線を逸らしながらカラカルは言う。そんなカラカルを見て、キュルルは満面の笑顔を浮かべる。
「ありがとう、カラカル! もうちょっとだけよろしくね!」
そして、2人はとしょかんを目指し、建物を後にするのだった。
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