第2話「こーじょー」



 日が高く上り、チラチラと木漏れ日が瞬く。そんな道の中2人はとしょかん目指して歩いていた。


 ふと、カラカルが足を止める。


「だいぶ歩いてきたし、少し休憩にしない?」


「そうだね」


 そう言いながら、キュルルは木の幹に背中を預けて座り、カラカルもくつろいだ姿勢をとる。


「本当に結構歩いてきたね。ちょっとお腹空いてきちゃった」


「また? あんた、食いしん坊なフレンズなのね」


「アハハ、そうかも」


 笑って誤魔化すしかないキュルル。


「はぁ、まったく。そういえば、キュルルには話してなかったわね。ここ、ジャパリパークの掟は『自分の力で生きること』自分の身は自分で守らないといけないのよ。食べ物なんかも、自分で調達しないと」


「『自分の力で生きること』……」


「そう。特に食べ物に関しては自分で守らないと。最近は特に食べ物を手に入れるのが難しいんだから」


「えっ!? それじゃあ、あのジャパリまんも大事なものなんじゃ……」


 今さらながら大事なものを貰ってしまった罪悪感から、キュルルの眉尻が下がる。それに対して、カラカルは安心させるように笑顔を浮かべる。


「言ったでしょ? あれは助けて貰ったお礼。だからいいの」


 その言葉に、キュルルの顔も少しだけ和らぐ。


「でも! 次はないんだからね! これからはちゃんと自分の力で生きれるようになるのよ」


「そうだね……。カラカルはどうしてるの?」


「一日中歩き回って、食べられるものが無いか探してるわね。たまに見つからない日もあるけど」


「そういう時はどうしてるの?」


「どうしようもない時はとしょかんから貰っているわ。特にジャパリまんはとしょかんにしか置いてないの。中には蓄えているフレンズもいるらしいけど、わたしは知らないわね」


「そうなんだ……」


「食べ物に関して、ここしんりんちほーはまだマシな方。場所によってはケンカになってるちほーもあるそうよ。キュルルの住処がどのちほーなのかは知らないけど、ジャパリパークで生きていく上では、覚悟しとかないとダメよ」


「うん。わかったよ」


 食べ物を得るためにケンカが起こる。その事実に、キュルルは心に暗い雲を作らざるを得なかった。









「これが、"としょかん"?」


 白い壁に赤い屋根の建物が見える。建物の中心を大きな木が貫いており、壁の一部がなくなっている。かなり特徴的な外観をしていた。


「そうよ。博士ー、邪魔するわよ」


 その声に本を読んでいた2人のフレンズが顔を上げる。1人はねずみ色をしており、もう1人は主に茶色で、ところどころに樹木のような模様があるのが特徴的である。両者モコモコとしたコートを着ているのが共通していた。


「どうしたですか、カラカル」


「食べ物でも貰いに来たですか?」


「それもあるけど、この子について知りたくてね」


「初めまして。僕、キュルル」


 遅れて入りながら、キュルルは自己紹介をする。その姿を見た灰色のフレンズは目を見開く。


「……博士……」


「……信じられないのです……」


 固まってしまった2人のフレンズにカラカルは困惑する。


「博士? どうしたのよ?」


「あっ、ど、どうも、アフリカオオコノハズクの、博士です!」


「どうも、助手のワシミミズクです」


「どうも! 灰色の方が博士さんで、茶色い方が助手さんだね!」」


「博士、キュルルが何のフレンズなのか分かる?」


「……それに答えるのは楽勝です……」


「ですが、その前にして欲しいことがあるのです!」


 唐突に条件を付けられてしまい、キュルルとカラカルは首を捻る。


「「して欲しいこと?」」


「我々のお願いをいくつか聞いてくれたら教えてあげるのです。……助手」


 助手は一旦席を外し、棚に置かれていたものを手にとって戻ってくる。


「まずは、これに声をかけてみて欲しいのです」


 助手が持ってきたものを目の前に差し出す。それは中央に丸いレンズがついた、正方形の物体だった。


「これに? えーと、じゃあ、こんにちは!」


 その声に反応して、レンズが緑色に発光する。


「コンニチハ。ボクハ、ラッキービーストダヨ。ヨロシクネ」


「「うわぁぁぁぁぁ!! しゃべったぁぁぁぁぁぁ!!!」


 突然声を発した物体に、キュルルとカラカルは仰け反って驚く。


「博士、ラッキービーストが反応したのです」


「これなら、もしかするのです!」


 確信を得た博士と助手は、未だ驚愕から立ち直れずに騒いでいる2人に真剣な目を向ける。


「キュルル! カラカル!」


 その言葉に2人は博士に注意を向ける。


「2人とも、よく聞いて欲しいのです! 今、パークでは……」


 その時だった、




 ぐ〜、きゅるるるるるる





 突然鳴り響いた腹の虫に、博士と助手は唖然と音の主を見つめる。カラカルにいたっては、付けた名前に恥じないわね、とでも言いたげな視線である。そんな三方向からの視線に対して、音の主は顔を赤くし、照れ笑いを返すのみだった。


 博士はクスリと表情を崩すと、入り口まで移動する。


「続きは食べながら話すのです」


 その後に助手も続く。


「キュルル、とっとと料理を作るのです」


「えぇ! 僕がやるの!?」


 突然"りょうり"というものを任されて、キュルルは慌てる。そんなキュルルに、博士たちは胸を張る。


「当たり前なのです! 我々は、火が怖いので!」


「お前にしかできないのです。我々は、火が怖いので」


「いや、誇らしげに言うことじゃないわよ……」


 カラカルのツッコミを無視して博士と助手はさっさと歩いていく。その様子に呆れながらも、キュルルとカラカルは後を追うのであった。









「2人は、パークの食糧難について知ってるですか?」


 四苦八苦の末に、どうにか料理を作り終え、ある程度食事が落ち着いてきたところで博士が問いかけた。


「うん、ちほーによっては食べ物のためにケンカが起こってるって」


「実は、前まではそんなことなかったのですよ」


「そうなの!?」


 カラカルが身を乗り出す。


「昔はラッキービーストによって各フレンズにジャパリまんが配られてたのです! ですが、ある日を境にラッキービーストが来なくなったのですよ!」


「先程見せたものもラッキービーストなのですよ。正確には、だったもの、ですが」


「そんな……」


「ジャパリまんって、としょかんにしかない貴重品じゃなかったのね……」


「我々も調査したのですが、"こーじょー"の扉をどうしても開けることができないのです!」


「ラッキービーストが反応したお前ならきっと扉を開けられるのです」


「なので、キュルルに"こーじょー"の調査を頼みたいのです!」


「そしたら何のフレンズなのか教えるですよ」


 頼まれたキュルルは俯く。キュルルがどのような返事をするのか、独特の緊張感に包まれる。


「キュルル、どうす……」


 心配になったカラカルが声をかけようとした時、


「"こーじょー"って何ー! 行きたい行きたい! 見てみたい!!!」


 ガバッと顔を上げたキュルルは目をキラキラとさせて質問を浴びせる。


 その姿にキュルル以外の3人は置いてけぼりである。その間にキュルルのテンションはどんどん上がっていく。


「ちょっ、キュルル! あんた何頼まれたか分かってんの!?」


 いち早く立ち直ったカラカルが、慌てた様子で問いかける。


「えっ? 何って、その"こーじょー"ってところに行って、開かないドアを開けて、中がどうなってるのか見てくれば良いんでしょ? なんかワクワクしてきた!!」


「そうだけど! そうだけど違う!!」


 自分でもわけのわからないことを言いながら、カラカルは頭を抱える。


「博士、博士! その"こーじょー"ってどう行くの!?」


「え、えぇと、"こーじょー"はあっちの山の麓なのです……」


 戸惑いながらも、博士は頂きがキラキラとしている、山の方を指差す。


「ラッキービーストを渡しておくのです。詳しい位置はガイドしてくれるはずなのです」


「うん! ありがとう! じゃあ、行ってくるね!!」


 ラッキービーストを腕にはめると、キュルルは嵐のように駆け出す。その後ろ姿を、残された3人は呆然と見つめる。


「カラカル、お前はどうするですか?」


「わたしも行くわよ。ジャパリまんのことなら、わたしたちフレンズみんなに関わることだし。それに……」


 少し言いづらそうに、キュルルの駆けて行った方を見つめる。


「……あの子1人じゃ何が起こるか分かったもんじゃないし……」


「……お願いするですよ。これも持っていくと良いのです」


 助手が差し出したものを受け取り、やれやれ、とカラカルはキュルルの背を追って走り出すのであった。









「ここが、"こーじょー"?」


 目の前には、自分が眠っていたところに似た、白くて大きな建物がそびえ立っていた。ただし、こちらは整備が行き届いているためひび割れてはいない。


 そんな"こーじょー"を見上げて、キュルルは感嘆する。テンションは先程よりも、だいぶ落ち着いているようである。と、いうより、後ろの目が怖くてはしゃぐことができないようだ。追いついたカラカルからたっぷりとお説教をもらったためである。怒ったカラカルの顔はキュルルのトラウマとして、頭にこびりついている。


「ソウダヨ。デンゲンガ オチテルミタイダネ」


「つまり、どういうこと?」


「コノママジャ ドアガヒラカナイヨ」


「じゃあ、どうするのよ」


 カラカルが困った顔でたずねる。


「リレキヲ カクニンスルネ」


 いくばくかの静寂が辺りを包み込んだ。そしてラッキービーストが緑色に発光する。


「カクニンカンリョウ。ナカカラ"キンキュウテイシ"サレテルネ」


「えっと、どういうことかな?」


「ナカデ キンキュウジタイガ ハッセイシタ オソレガアルヨ。ドアヲアケタラ スグニ デンゲンヲオトスネ」


 その言葉とともに緑色に発光すると、ドアが音もなく開き、静止する。陽の光に照らされ、"こーじょー"の中が露わになった。


「うわぁ〜」


「遊びに来たんじゃないわよ」


 "こーじょー"内で沈黙する機械に興味深々なキュルルに、カラカルは釘をさす。


 キュルルは一瞬ビクリと体を固めるも、分かってるよと返事をし、かわったところがないか探し出す。その姿にカラカルは溜め息一つこぼすと、自身も調査を始める。


 程なくして、カラカルがある場所を指差した。


「キュルル、あれじゃない?」


 指差した先を見てみると、機械の一部にバスケットボール大の青いものが挟まっていた。キツネのような耳が付いており、お腹辺りにはキュルルが腕に付けているものと同様のものをぶら下げている。


「アレハ、ラッキービーストダネ。ハズセバ サイカドウデキソウ ダヨ」


「でも、ちょっと高いところにあるよね」


「あれに乗れば手が届くんじゃない?」


 カラカルが指差す先にはジャパリまんを乗せるであろう、レーンが見える。レーンの幅はそれほど広くなく、1人ならば乗って、ラッキービーストを引っ張ることができそうだ。


 早速とばかりにキュルルはレーンの上に乗り、ラッキービーストを引っ張りに行く。


「う〜〜〜ん! ダメだ! かたくてとれないや」


「代わって。う〜〜〜! っはぁ! 1人の力じゃビクともしないわね」


 ガッチリとハマってしまい、ピクリとも動かないラッキービーストにカラカルは困りはててしまう。


「うん、そうだね。それじゃぁ、今度は2人で引っ張ってみよっか」


「どうやってよ」


 バッグを漁り出すキュルルに対し、1人分しか幅のないレーンを見ながらカラカルは言及する。


 目的のものを引っ張り出しながら、キュルルは答える。


「エッヘヘ、さっきカラカルに貰ったものを使おうかなーって!」









「いくよー! せーの!!」


 キュルルがバッグから取り出したものはロープだった。ラッキービーストの耳と足の間からロープを通して、固く結び、そのロープを2人で引っ張ることにしたのだ。


「まだ抜けないの!?」


 後ろで力いっぱい引っ張るカラカルの、悲鳴のような質問を聞きながら、キュルルの自身の位置や角度を細かく微調整する。


「ちょっと待って。綱引きの時は、出来るだけロープが真っ直ぐになるように、そして、自分の体を倒すようにす、れぇ、ば!!!」




 ポンッ!!! 




 と、小気味好い音をたてて、ラッキービーストが抜ける。


「やったぁ!! 、って、うわわわわぁ!!」


 同時に、バランスを崩してしまったキュルルは後ろに倒れこんでしまい、カラカル、キュルル、ラッキービーストのサンドイッチができてしまう。


「う、う〜ん……」


 衝撃で目を白黒させていたキュルル、床に虹色に光る立方体を発見する。


「これって……」


 その時である、


「お、重い〜〜……」


「わ、うわわ! ご、ごめんね、カラカル!!」


 自身の下から発せられた苦しげな呻き声に、慌てて飛び起きる。そして、ゲッソリとしてしまったカラカルを助け起こすと、引っ張り出したラッキービーストの方を見つめる。


「タスケテクレテ アリガトネ」


「どういたしまして」


「またハマらないように気を付けなさいよね!」


 ラッキービーストはトコトコと歩いて行くと、レーンの側の台の上に飛び乗る。


「ソレジャ、ジャパリマンコージョー サイカドウスルヨ」


 建物内の電灯が一斉に点灯し、それまで眠っていた機械が唸りを上げて、稼働する。


 その様子を見て、一仕事終えたことを感じとり、2人は笑い合うのであった。









「すっかり日も暮れたわねー」


 ラッキービーストに解説してもらいながら"こーじょー"を堪能し、帰路に着く頃には辺りは茜色に染まっていた。


「うん! ちょっと遅くなっちゃったね。早く博士のところに戻らなくちゃ」


「そうね」


 たわいもない会話で笑い合いながら、2人は来た道を戻って行く。


「あっ、そうだ!」


 ふと、キュルルが足を止める。


 どうしたの? という顔でカラカルが見つめる先で、キュルルはバッグを漁り出す。そして、あるものを取り出した。


「はい。これ、お礼」


 差し出されたものはジャパリまんだった。


 カラカルがジャパリまんから、キュルルに視線を移す。


 その視線に、キュルルは笑顔で応えた。


「ジャパリまん。できたら1番最初にカラカルに渡したかったんだ! 今まで、一緒に来てくれたお礼! だから、受け取って!」


 その言葉にカラカルも口を綻ばせる。


「ふ、ふん! キュルルのくせに、生意気なことしてるんじゃないわよ!」


 顔に熱が登るのを、日が当たっているせいにして。


 赤くなった頬を夕日のせいにして。カラカルは言葉を紡ぎ出す。


「何が、今までのお礼よ。あんたまだ自分の縄張りも見つかってないじゃない! それまではわたしが面倒見てあげるわよ!」


 キツイ言葉に対しても、キュルルの笑顔は揺るがない。その笑顔に、カラカルもまた応える。


「まぁ、でも」


 大事そうに、本当に大事そうに、差し出されたジャパリまんを両手で受け取る。


「ありがとう、キュルル。これからも、よろしくね!」


「うん!!」


 差し込む夕日は、2人を祝福するかのように、いつまでも輝いていた。








「ダブルスフィア、報告のため帰還しました!」


「ご苦労様なのです! 何か分かったことはあるですか?」


「しんりんちほーにて、再び大型セルリアンの目撃情報があったようです。また、も出現したようです」


「そうですか。では、引き続き調査をよろしくです」


「「了解!!」」


 バタンッ


「……博士、問題は山積みですね」


「なんとかするしかないのです。我々は、長なのですから……!」


「……そう、ですね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る