第3話「ちかとんねる」
キラキラとした朝日が暗闇を吹き払う。多くの鳥のフレンズが活動を始め、静けさに満ちていたジャパリパークも活気に包まれてきた。
欠けている壁から差し込む朝日に包まれて、クゥクゥと寝息をたてながら、キュルルは眠っていた。そんなキュルルに、2つの影がさす。影は手に持った鍵型のカラフルなものを掲げると、キュルルの顔に狙いを定める。そして、躊躇なく引き金を引いた。
「うわっ! 冷たっ! えっ? 何? 何!? 何!!?」
突然顔が水浸しになり、キュルルは飛び起きる。そんなキュルルに対し、
「いつまで寝てるですか!」
「とっとと起きて、早くご飯を寄越すのです」
犯人である2人のフクロウは、悪びれもせずにのたまうのであった。
水鉄砲により強制的に起こされ、寝ぼけ眼をこすりながら作った朝食を4人で囲んでいた。ちなみに、カラカルは朝食完成まで寝かされており、起こしたのはキュルルである。起こされ方も寝ているところに冷水をかけられるという非常識な方法ではない。なかなかの扱いの差である。
「まず2人とも、"こーじょー"を調査してくれてありがとうなのです!」
「おかげで、サンドスター不足の問題は解決することができました」
「さんどすたぁ?」
耳慣れない言葉に首をかしげるキュルル。
「サンドスターはジャパリまんの主成分の一つなのです! 我々はサンドスターがないと活動できないのですよ!」
「サンドスターはジャパリまんからでしか、摂取できないのです」
「へ〜。そうなんだ」
自分がパークの危機を救ったことを、知ってか知らずか、呑気な様子である。
「約束通り、キュルルが何者か教えるですよ」
ついに明かされる正体に、2人のフクロウへ注意が集まる。
「キュルル、お前は……」
1秒が永遠にも感じる程、キュルルとカラカルの緊張感が増す。
「ヒト、なのです!」
「ヒト?」
「ヒトって?」
明かされた正体は2人の知らない言葉だった。キュルルとカラカルは"ヒト"に関するさらなる詳細を求める。
「目立つ特徴としては、二足歩行、コミュニケーション能力、学習能力などがありますが、多様性があり、一言で言いにくい……とても変わった動物です!」
「また、群れる、長距離移動ができる、投擲ができる、それなりの大型、色々と特徴がありますが、我々が大変興味深いのは、道具を作る、使うことです。
このパークにある様々な遺物は、全てヒトが作ったとされています」
「パークにある建物を、僕たちが……」
「我々フレンズは、動物がヒト化したものと言われているのです!」
「実感は湧きましたか?」
助手の質問に対し、キュルルは少し困った顔をする。
「う〜ん、正直、よくわかんないや!」
「まぁ、突然知らないものが正体だと言われて、実感が湧かないのも無理ないのです!」
正体に関してひと段落したところで、カラカルが新たな質問をする。
「それじゃあ、博士。その"ヒト"の縄張りってどこなの?」
その質問に対し、今度は博士たちが困った顔となる。
「それは我々も知らないのです。我々もヒトに出会ったのは、ずっと前に一度だけ。そのヒトも自身の縄張りを探して、パークを出てしまったのです」
「そこから先どうなったのかは、我々もわからないのです」
「そうなの……」
期待した答えを得られず、カラカルは落胆する。
「ところで、おふたりはこれからどうするですか?」
「もちろん、キュルルの縄張りを探すわ。キュルル、住むところがないみたいだから」
でしょ? とキュルルに視線を送るカラカル。しかし、視線を送られたキュルルの顔は晴れやかでない。
「うん、それも大事だとは思うんだけど……、やりたいことなのかなって……」
「キュルル……」
答えを出せずにいるキュルルを見て、博士は少し考え込み、あることを提案する。
「ならば、パークを回ってみる、というのはどうですか?」
「パークを、回る?」
「わからないなら探せばいいのです! パークを回って自分が本当にやりたいことを見つければいいのですよ!」
「ついでに、各地のフレンズにジャパリまんを届ければ、"いっせきにちょう"ですよ」
「縄張りのことも、各地のフレンズに聞いてみるといいのです! いろんな住処を知れば、もしかしたら手掛かりを得られるかもですよ!」
その言葉を聞いて、キュルルは大きく頷く。
「うん、そうしてみるよ! 博士さん、助手さん、ありがとう!」
そこでキュルルはカラカルの方を向く。その視線にカラカルも笑顔で応える。
「当然、付いていくわよ。昨日言ったでしょ? これからもよろしくって」
キュルルは立ち上がると、愛用のバッグを肩にかける。
「パークを回るならば、この道をまっすぐ行けば、"えき"があるのです! ラッキービーストが反応するならば、きっと使えるはずなのです!」
「では、キュルル、カラカル、頼みましたよ」
博士たちからたくさんのジャパリまんを受け取ると、キュルルとカラカルは意気揚々と出発するのであった。
遠ざかっていくキュルルたちに手を振る博士と助手。ふと、博士がポツリと呟いた。
「……言えませんでしたね……」
「博士……、仕方ないですよ……」
「でも……、知れば2人はきっと怒るです……」
「それでも……、仕方なかったですよ……」
日が天頂付近まで登り、陽光がサンサンと降り注ぐ頃、2人は切り株に座って休憩していた。先程からキュルルは"すけっちぶっく"に何かをしている。
「キュルル、何してんの?」
「ん〜? ちょっと待ってて」
どうやら邪魔してはいけなさそうだ。少し退屈を覚えたカラカルは、別の話題を振る。
「そういえば、腕のやつ、"こーじょー"以来喋ってないけど、大丈夫なの?」
「そういえばそうだね。ラッキーさん?」
「キドウハシテルヨ。デモ、コノジョウタイダト、バッテリーガ スクナイカラ アマリシャベレナイヨ」
「そうなんだ」
「ゴメンネ」
「うぅん、大丈夫だよ。……よし、できた!」
「これって?」
キュルルがスケッチブックを見せると、そこには青々と茂る森林と、一本の太い枝の上で眠るカラカルの姿があった。
「前に言ってた絵だよ! せっかくだから、みんなのお家を絵にしていこうかなって!」
「へぇ〜、すごいじゃない!」
「えへへ」
褒められた嬉しさから顔を綻ばせると、キュルルは大きく伸びをする。が、バランスを崩し後ろに倒れこんでしまう。
「うわぁぁあぁぁぁぁ!!!」
そのまま切り株の後ろに空いていた穴に転がり落ちてしまった。
「ちょっ、キュルルーーー!!?」
突然視界から消えたキュルルを追って、カラカルも身を飛び込ませる。
「キュルル! 大丈夫?!」
1人が通るのがやっとなトンネルの中、カラカルはキュルルの安否を確認する。
「痛タタ……、うん、なんとか」
その時だった、
「おい……」
背後から、声をかけられる。
「テメェら、誰に許可とって入ってきてやがる……」
地の底から響くような声は、その内にかなりの怒りが込められているのが分かる。
そんな言葉に対し、カラカルはムッとする。
「何よ。どうして許可なんか取らなきゃいけないわけ!?」
「ちょっ、カラカル……」
持ち前の気の強さからカラカルは言い返してしまう。一触即発な状況に、挟まれたキュルルは戦々恐々としてしまう。
「……ていけ……」
ポツリ、と呟かれた言葉にキュルルは振り向く。
「い い か ら 出 て い け ! ! !」
ついに怒りを爆発させたフレンズは、大声を上げて、キュルルを追い回す。
キュルルは、カラカルを押すような形で、慌てて引き返すのであった。
「ったく、感じの悪いフレンズね!」
「アハハ、カラカルもあまり他人のこと言えないと思うけど……」
どうにか逃げ切ったキュルルたちだったが、どうやらカラカルはまだ腹の虫が収まらないようだ。
スケッチブックに付いているタブレットを見ながらキュルルは続ける。
「あれはアズマモグラさんみたいだね。巣に異物が入るのを嫌うみたいだよ。侵入者には噛み付いたりもするんだって」
「じゃあ、この穴はあのフレンズの巣ってこと? なんだか悪いことしちゃったわね」
縄張りや巣に侵入されることの不快感には覚えがあるため、カラカルは今更ながら反省する。
「うん、そうだね。えっとなになに? 『モグラは大食漢で、数時間から数十時間何も食べないでいると死んでしまう』……?」
その時だった、
ぐぅ〜〜〜〜〜
「は、腹減ったぁぁ〜〜……」
先程の威勢とは真逆の、なんとも情け無い音が後ろから響き渡ってきた。
キュルルとカラカルは思わず吹き出すと、再び穴に足を踏み入れるのであった。
「いやぁ〜、テメェらさっきは悪かったな! まさかジャパリまんを届けに来てくれたなンて知らなくってよ!」
両手に持ったジャパリまんを貪りながら、アズマモグラはご満悦である。
「うぅん、こっちも悪かったわね。知らずに巣に入っちゃって」
「い〜や、悪かったのはこっちさ。っと、自己紹介がまだだったな! おれぁ、アズマモグラのマグラってぇンだ!」
「僕はキュルル」
「わたしはカラカルよ」
「おう! キュルルにカラカルな! 怒鳴っちまった詫びだ! できることだったら何でもするぜ!」
ジャパリまんの最後の一口を放り込み、マグラは豪快に笑う。
「それじゃあ、マグラさんのお家について教えてくれないかな?」
「お安い御用だ! って言いてェとこなンだが、それが無理なンだわ」
「どうして?」
「ちっと付いてきてくれっか?」
マグラに案内されてきた先には、トンネルが崩れて土の山と化していた。
「最近、セルリアンが増えてきてンのは知ってっか?」
キュルルは首をかしげるが、カラカルは知ってると返す。
「ここにも入ってくることがあンだよ。まぁ、ここに入れる奴なンざ大したこたぁねェから、退治すンのは問題ねェンだが、戦っちまうとどうしても壊れちまってな……」
「それならマグラさん、僕たちも直すの手伝うよ」
その言葉にマグラは豆鉄砲でも食らったかのような顔をする。カラカルも、笑顔で言外に付き合うことを主張していた。
「マジか! テメェらマジでいい奴だな! 恩に着るぜ!」
3人で大きく頷き合うと、マグラの巣の修繕のために動き出すのであった。
突然だが、アウシュビッツ強制収容所はご存知だろうか? ナチス・ドイツ時代の負の遺産であるが、そこでの強制労働の中に「午前に穴を掘り、午後にその穴を埋める」といったことを課せられることがあったそうだ。突然強制労働の話を持ち出して何が言いたいのかというと、掘るということはそれほどの重労働なのである。
そんな重労働を身に染みて感じている2人がいた。
「つ、疲れた〜……」
「もう、腕がパンパンよ……」
意気揚々とマグラの巣の修繕を手伝いだしたキュルルとカラカルだったが、あちこちで崩落している巣の修繕にすっかり疲れ果ててしまった。シャベルを持つ手にも力が入らず、座っている横に寝かせてしまう。
「テメェら、大丈夫か?」
「ちょっとダメそう。少し休憩するわね」
「マグラさんはいつもこんな大変なことしてるの?」
「まぁな。さっきも言ったが、ここ最近増えてきてやがる。せめて楽しくできりゃいいんだが。ま、テメェらのおかげで残りはこの休憩所の一山だけだ。あとはおれがどうにかすっさ」
そう言い、マグラは作業に戻る。
「楽しく、かぁ……」
座っていたキュルルはマグラに言われたことを考えてみる。そこで、ある閃きがキュルルの中で浮かび上がった。
「そうだ! マグラさん! シャベルってもう一本あるかな?」
「あァン? あるっちゃあるが、どうする気だ?」
マグラの疑問にキュルルは不敵な笑みを返す。
「エッヘヘ、ちょーっとね!」
「じゃあ、順番は、僕・マグラさん・カラカルの順番だね」
キュルルは、マグラから借りたシャベルを土の山のてっぺんに深く突き立てると、マグラとカラカルにルール説明をし、順番を決めた。
「じゃあ、いっくよー! まずは僕から! ここから、ここまでとーっちゃお!」
そう言い、キュルルは土山の一部を掘り崩す。
「そんな程度か? 次はおれだな!」
と、負けじとマグラも大幅に掘り崩していく。
キュルルの閃きとは『山崩し』だった。ルールを説明すると、砂山に一本の枝を挿し、砂をとっていって枝を倒した人の負けという遊びである。キュルルは、この山崩しを拡大し、崩落してできた土山で再現したのであった。
「わたしも負けてられないわね!」
カラカルの番となり、カラカルもまた掘り崩す。3人が代わる代わる掘り崩していき、先程まであった山はみるみる小さくなっていく。
勝負も終盤戦となりそびえ立っていたはずの土山は見る影もなくなっている。突き立っていたシャベルもかなり危ういバランスである。
「よし、僕の番だね」
キュルルは慎重に掘り進めていく。瞬間、シャベルのバランスがぐらり、と傾く。が、倒れることはなく、傾いたまんま静止する。次はマグラの番である。
ゴクリ、と唾を飲み込むとマグラは手にしたシャベルをそ〜、と土に差し込んでいく。その時だった。傾いていたシャベルは重力に従って角度を水平にしていき、カランッカランッ、と音を立てて地面に落ちる。マグラの負けである。
「やった〜! 僕たちの勝ちだぁ〜!」
「っだぁ〜! おれの負けかよ! チクショウッ!」
「ふふーん♪ ま、こんなものね!」
両手を挙げて喜ぶキュルルに、その場に座り込むマグラ、ご機嫌に腕を組むカラカルと、勝負の結果に皆それぞれの反応をする。しかし、誰もが和やかな雰囲気を放っている。
「ヘヘッ! でもまァ、あれだけ大変だった山が片付いちまッた。2人とも、サンキューな!」
「僕も楽しかったよ!」
「わたしも、なかなか楽しめたわ!」
「おうッ! ンじゃ、おれン家を自慢してやんよ!」
そう言い、笑顔でマグラは立ち上がる。そこで、そういえば、とマグラは切り出す。
「テメェら、ジャパリまんを配り歩いてるンだったよな? 次はどこ目指すとかあンのか?」
「僕たち、"えき"を目指して歩いてたんだ」
「"えき"? 何だそりゃ?」
「博士たちが言うには、ラッキービーストが反応するなら使える施設っぽいんだけど……」
「? よく分かんねェが、変な建物なら俺の巣穴の先にあるぜ! 案内してやんよ」
疑問は残ったままであるが、3人はとりあえず歩き出すことにした。
マグラの巣は、いくつかの穴を細いトンネルが繋ぐような形をしていた。
「あっちが給水場で、あっちが寝室。そこのトンネルを真っ直ぐ行くといざって時の避難所になッてンだ」
「へ〜」
マグラの説明を聞きながら、あちこちをキョロキョロと見回すキュルルとカラカル。
ふと、カラカルがいくつものトンネルが掘られている部屋を見つける。
「この部屋はなんなの?」
「ここは食いモン探すための部屋だな。さっきまで俺たちが通ってたトンネルを本道つって、この部屋のトンネルを支道って呼んでンだ!」
「じゃあ、ここから一日中掘り続けるわけなのね。大変ね」
「おうっ! だからたらふく食う必要があンだよ。っと、そろそろ出口だな」
久々に外に出ると、空はすっかり夕焼けに染まっていた。キュルルたちの目の前には、黄色いトラ柄のような模様の建物が鎮座している。
「ラッキーさん、これが"えき"?」
「ソウダヨ」
「ンじゃ、おれぁここまでだな!」
そう言い、立ち止まるマグラ。
「うん! ありがとう、マグラさん!」
「お礼を言うのはこっちだろ。あと、山崩し、次は負けねェかンな!」
「うん! バイバイ! マグラさん!」
手を振りながらマグラと別れる。"えき"に入り、ラッキービーストの誘導に従ってモノレールに乗り込んだ。
「シュッパツ、シンコーウ!」
モノレール内にいた、海賊姿のラッキービーストが声を上げると、キュルルとカラカルは新たなちほーを目指して進んで行くのであった。
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