第4話「あしのくさむら」



 滑るかのようにモノレールは進んでいく。サーバルキャットをあしらったような、そのデザインは見るものに愛嬌を感じさせるようできている。……多少の古さを感じる、朽ちたような汚れは無視することはできないが。


 そのモノレールの中、たった2人の乗客は、各々気ままに旅を楽しんでいた。


 窓に張り付くようにして、流れる景色を瞳に刻みつけるのは、黒い大きな耳が特徴的な女の子、カラカルである。ずっと、しんりんちほーで過ごしてきたからか、小さな子どものように流れる景色を追う様は、見るものに微笑ましさを感じさせる。


 対して、大人しく座っている帽子の子、キュルルは一心不乱に色鉛筆を滑らせる。着色された鉛の先では、自身の思い出が『絵』という形となってスケッチブックに刻み込まれる。その優しいタッチから、思い出の楽しさが伝わるようである。


「よし、できた!」


 会心の笑みを浮かべると、キュルルは絵を描く手を止め、スケッチブックを掲げる。そこに浮かび上がるのは、地下に掘られたトンネルと様々な用途に分けられた部屋。そして、その中で豪快な笑顔を浮かべるマグラの姿。自分でも納得の出来である。


 そこで、キュルルは色鉛筆を片付けると、カラカルに倣って窓の外に目を向ける。窓の外では目も覚めるような平原が、猛スピードで視界の外へと駆け抜けていく。


「パイビーさん、このモノレールはどこで止まるんですか?」


「ツギノ テイシャエキハ、『コハンワキ』ダヨ」


 ふと、行き先が気になったキュルルは質問し、海賊姿のラッキービーストは機械的に答える。ちなみにパイビーとはキュルル命名である。理由はパイレーツラッキービースト、略してパイビーとか。命名された本人からはスキニヨベ、と若干諦め混じりの返事を貰っている。


 そんな会話をする内に、モノレールの前方に白い建物が見えてくる。デザインはしんりんちほーにあった駅に似通ったところが見受けられる。


「マモナク、コハンワキ、コハンワキ。テイシャジニ、コロバナイヨウ キヲツケテネ」


 モノレールは徐々に速度を落とし、動物をあしらった白い建物の、口に当たる部分に吸い込まれていく。そのまま内部を少し進むと、かすかな慣性を発生させて、停止するのであった。


 プシュー、という気の抜けた音と共にドアが開くのを待ち、キュルルたちはコハンワキ駅に降り立つ。


 駅を出ると、目の前にはたくさんの樹木が立ち並び、巧妙に駅を隠している。しんりんちほーの木とは違い、枝がそれほど太くなく、真っ直ぐなところが特徴的である。木々の先では何かが陽の光を浴びて、キラキラと瞬いていた。


「行ってみようか」


 キラキラと輝く光に魅了され、キュルルとカラカルは歩き出す。林を抜けると、そこには大きな湖が存在していた。


「うわぁ〜、すっごーい!」


「大きいわね〜」


 広大な湖に2人は感嘆の声を上げる。静かな水面と風に揺れる木々の音。遠くの方には立派なログハウスも見える。とても穏やかな雰囲気に包まれた場所である。この景色を見ただけでは、食糧難など無縁のようにも感じそうだ。


「さて、ここのフレンズたちを探さなくっちゃね」


「うん。ここにはどんなフレンズさんがいるんだろうね」


 しかし、実際はそんなはずはない。困っているフレンズは必ずいるはずなのである。景色を十分堪能した2人は、そんなフレンズを探して歩き始めるのであった。









 しばらくアテも無くウロウロしていると、カラカルはかすかな物音を感じ取った。導かれるように後ろを振り向くカラカル。


「どうしたの、カラカル?」


 突然足を止めたカラカルに、キュルルは訝し気に尋ねる。


 その時だった、



 ガサッ、ガサガサッ



 確かな草の葉を揺らす音と共に、後方を黒い影が駆け抜ける。


「あっ、待ちなさい!」


 逃げる影をキュルルとカラカルは慌てて追いかける。しかし、そびえ立つ木々についには見失ってしまった。


「見失っちゃったね……」


「たぶんまだ近くにいるはず。もうちょっと探しましょう」


 意気消沈してしまったキュルルを元気付け、再び探そうとカラカルが足を動かしだした。その時、



 きゃーーーーー!!! 



 突然響いた悲鳴に、カラカルは足を止める。


「今のは……?」


「行ってみましょ!」


 悲鳴が聞こえたのは湖の方向である。セルリアンに襲われているのかもしれない、そんな想像をしながら2人は駆けていく。水辺を進み、視界を塞ぐ背の高い葦の葉を掻き分けると、


「騙されましたね! ここの子をイジメるのは、このカルガモお姉さんが許しませんよ!」


 茶色い羽毛に、黄色いくちばしを持った、鳥のフレンズが仁王立ちしている姿があった。









 何が起こったのか、キュルルとカラカルの思いはその一言に尽きた。呆然とした目は、脳が事態の理解を示していないことを物語っているようである。そんな目の先では、カルガモと名乗ったフレンズが、1人息を巻いていく。


「このカルガモお姉さんがいる限り! この水辺の子は誰一人傷付けません!」


「……いや、僕たちは……」


「何ですか? ……はっ! 会話をして隙を突くつもりですね! そんな手には乗りませんよ!」


「そうじゃなくて……」


「さぁ! 早くここから立ち去りなさい! カルガモお姉さんの目が黒い内は、水辺での争いは許しません!」


「……あんた、これでも食べて落ち着きなさい」


「何ですかそのジャパリまんは! ……はっ! もしや、毒!? なんと姑息な手を! 絶対に許しません!」


「……どうしろってのよ……」


 ついにカラカルは肩を落とし、会話を諦めてしまう。カルガモの勢いに押されてもはや涙目である。


 カラカルは、どうする? とキュルルに視線を送る。当のキュルルは、先程から俯いたままだ。そのキュルルの口元が、突然グニャリと歪む。そうして浮かべられた不気味な笑顔を携え、キュルルは一歩前に出た。


「カルガモお姉さん、なら、僕と勝負しようよ」


「しょう、ぶ?」


「うん。カルガモお姉さんが勝ったら、僕たちは大人しく立ち去るよ。でも、僕が勝ったら僕たちの話をちゃんと聞いてもらう。どう?」


 不気味な笑顔で告げられたのは、カルガモに有利な話だった。カルガモが勝てば相手を退却させることができ、負けても話を聞くだけで、話の内容に従う必要まではない。そこまでを理解すると、カルガモは首を縦に振った。


「いいでしょう! カルガモお姉さん、受けて立ちます!」


 その言葉に、キュルルはより悪い笑顔を深くする。隣のカラカルなど、ドン引きするほどだ。流石に見ていられず、ジト目で大丈夫かと問いかけてくる。それでもキュルルは悪い顔を崩さない。


「エッヘヘ! まぁ、任せて!」









「だ〜る〜ま〜さ〜ん〜が、ころんだ!」


 キュルルの持ちかけた勝負は、"だるまさんがころんだ"だった。キュルルが説明したルールは3つ。


①カルガモが木で視界を覆い、「だるまさんがころんだ」という言葉と共に振り向く。振り向いている間にキュルルが動けばカルガモの勝ち。後ろを向いている内に、カルガモの側のジャパリまんを取ればカルガモの負け。

②振り向く時は必ず「だるまさんがころんだ」を言い切らなければならない。

③フェイントなどもOK


 バッ! と振り向くカルガモの視線に、キュルルは固まる。動くか、動かないか、視線と視線がぶつかり、両者の間に火花を散らす。


 このまま視線をぶつけても動かないことを感じたのか、カルガモは顔を木の方向に戻した。それを確認し、キュルルは再び動き出す。


「だ〜る〜ま〜さんがころんだ!」


 勢いよく振り向くカルガモ。しかし、キュルルも慎重である。簡単には隙を見せるようなことはしない。


「だ〜る〜ま〜さ〜ん〜が、ころんだ! あ〜〜〜……」


 なかなか勝ちを譲らないキュルルに、カルガモは搦め手を用いてくる。ころんだ、の声と共に振り向くと思っていたキュルルは、不安定な姿勢で静止してしまう。しかし、カルガモはまだ声を伸ばし続けており、振り向かない。


 本気のだるまさんがころんだを行う2人の間に壮絶な心理戦が繰り広げられる。キュルルは視線だけを動かして、ジャパリまんを見つめる。あと一歩の距離である。


 ゴクリッ。キュルルの喉が鳴る。自分は不安定な姿勢である。このままではころんでしまい、そこを見られたらアウト。そのような思考がキュルルの頭を駆け巡る。


(賭けよう!)


 確かな緊張感の中、キュルルは勇気の一歩を踏み出す。しかし、背中に全神経を集中させたカルガモは、その動きをも感知する。この勝負にケリをつけるため、己の最速をもって振り向く。


 ザッ


 カルガモが振り向いた直後、確かな足音が鳴り響く。コンマ1秒の差。しかし、カルガモは確かにキュルルが足を踏み出すのをその目で捉えた。会心の笑みをその顔に浮かべると、キュルルに向けて宣告する。


「動きましたね。カルガモお姉さんの勝ちです!」


「あ〜〜! 負けたぁ〜〜!」


 熾烈を極めた2人の戦いは、カルガモの勝利で閉幕を迎えたのだった。









「それでは、約束通り立ち去って貰いますよ!」


 勝者の特権とばかりに、尊大な態度でもってカルガモはキュルルたちに言い渡す。


 その言葉に対して、そうするよ、とニコニコするキュルル。そんなキュルルを、カラカルは嘘臭い、という瞳で見つめていた。なぜ、と聞かれると返答には困る。しかし、キュルルの態度の演技臭さに、カラカルは確信めいたものを感じていた。


 そして、その感覚は間違いでなかったことが証明される。


「でも、これでわかったでしょ? 僕たちに敵意が無いって」


 は? 、とカルガモの目が点になる。


 そんなカルガモに、キュルルはまるで勝ち誇るかのように続ける。


「だって、敵意があるなら、カルガモお姉さんが後ろを向いている間に襲っちゃえばいいんだもん」


 でしょ? と同意を促すキュルル。カルガモの中では、理解が進むと共に、嵌められた! という思いが大きくなっていく。


 背後の動きに警戒はしていた。しかし、背を向けている間、隙が生じていたのは紛れもない事実である。


 キュルルはだるまさんがころんだの勝敗など、どうでもよかったのだ。カルガモが自身の提案に乗った、その時点でキュルルの目的は達成していたのであった。


 当然、釈然としないカルガモ。そんなカルガモにカラカルは溜め息をこぼす。


「諦めなさい。してやられたあんたの負けよ。それに、周りはあんたとは反対の意見みたい」


 言われて、カルガモは周りを見回す。カピバラが、バンが、オシドリが……、自身が守ると誓った子たちが、興味深々な目でキュルルとカラカルを見ていた。


 そんなフレンズたちを見て、キュルルは空に人差し指を突きつける。


「一緒に遊ぶ子、この指と〜まれ!」


 わっ、とキュルルの周りにフレンズが集まる。その姿を見て、カルガモは力を抜いて笑うのであった。









 みんなで"だるまさんがころんだ"をしている内に、すっかり夕暮れとなってしまっていた。共に遊んだフレンズへ笑顔で手を振るキュルル。そんなキュルルにカルガモは近づいた。


「キュルルさん、カラカルさん。ご無礼を働いてしまい、申し訳ございませんでした」


 敵意があると決めつけ、疑心をそのままぶつけてしまった。そんな態度を取ってしまったことについてカルガモは謝る。そんなカルガモに2人は笑顔を向けた。


「気にしてないよ。今更だし、楽しかったし!」


「それに、こんなご時世じゃ仕方ないわよ」


 2人は許すが、それでもカルガモは腑に落ちない様子である。


「いーえ、このままではお姉さん失格です! お詫びに何かさせてください!」


「それじゃあ、カルガモお姉さんのお家のことを教えて! 僕たち、いろんなお家を調べてるんだ」


「お家、ですか。勿論です! ついでにもう時間も遅いですし、一泊いかがですか?」


「そうね。お言葉に甘えるわ」


 沈む夕日に背中を押されるようにして、3人はカルガモの家へと歩き出すのであった。









 穏やかな湖のすぐ側、背の高い葦の葉に隠れるようにして、カルガモの巣はあった。


「さぁ、どうぞ。ゆっくりしていってください!」


 巧妙に草に紛れるカルガモの巣。キュルルたちも案内されなければ見つけることはできなかっただろう。


「うわぁ、カルガモお姉さんのお家は丸いんだね!」


「ええ、どこから敵がやってくるか分かりませんからね。心配しながら巣を作っていたら、ついついお椀型になっちゃって」


 感心しながらキュルルとカラカルは、カルガモの巣に踏み入れる。すると、自身の重さで僅かに体が沈み込んだ。


「うわっ! 何これ! ふわふわ!」


 驚いたキュルルは大声を上げる。カラカルはふわふわが気に入ったのか、足踏みを繰り返す。


「うふふっ、良い絨毯でしょう? 全部カルガモお姉さんの羽なんですよ〜」


 その言葉にキュルルとカラカルは目を見開く。


「えっ! これ全部あんたの羽なの!?」


「すごいや!」


「こうして、床をふわふわにしておけば、子どもたちが転んでも安心ですから」


 なるほど、と得心し、その想いを詰め込むために、キュルルはスケッチブックを取り出す。目を輝かせて、筆を走らせるキュルルをカラカルとカルガモは、微笑ましく見守るのであった。









「ねぇ、カルガモ。あんた、いつも囮になったりしてるの?」


 キュルルが絵を描いている間に、カラカルは疑問をぶつけてみる。自分たちが聞いた悲鳴の演技、それはかなりやり慣れたものだとカラカルは感じていた。


 カラカルの指摘に、カルガモは眉尻を下げる。


「ええ。この湖畔は、良くも悪くもフレンズたちが集まります。みんなを守るために、得意な演技を活かすしかないですから」


「守るため……。じゃあ、この辺も強いフレンズで争いが起こってるのね」


 その言葉に、カルガモははっきりと頷く。


「この一帯は、ワニガメとイリエワニにほとんど二分割されているんです。臆病な子たちが巻き込まれるのは、お姉さんとして見過ごせませんから……」


「あんたも大変だったのね」


「うふふっ、悩みを聞いてもらうだなんて、お姉さん失格ですね」


 そんなことないよ、と横から励ましの声がかけられる。声をかけたのは、スケッチを終えたキュルルだった。


「カルガモお姉さんはみんなを守るために真剣だった。それだけでもすごいよ!」


 思い起こされるのは、"だるまさんがころんだ"をした時のこと。ただ、みんなを守るために、そのためだけに勝利を目指した心情を思い出し、カルガモの顔は安らいだものになる。


 その顔を見て、笑い合うキュルルとカラカル。


「キュルル、これからどうする?」


「もちろん! イリエワニさんとワニガメさんに会いに行く! やっぱりケンカは放っとけないよ!」


「決まりね!」


 前に聞かされていた、ケンカの存在。その時に残ったモヤモヤを解決するためにキュルルは決心する。その姿にカルガモは感謝の言葉を述べるのであった。









「ダブルスフィア、報告します。が、へいげんちほーにて目撃されたようです」


「セルリアンはどうですか?」


「セルリアンについては目撃情報は上がっていません」


「……わかったのです。引き続き、追跡をよろしくです」


「「了解!」」


 バタンッ


「ふぅ、どうしてこんなことになってしまったのか……」


「諦めるには早いですよ、助手」


「しかし、どのような手を打てば良いのか……。新たな被害者が出る可能性だってあります」


「わかっているですよ。でも、それでも探すしかないのです……」

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