第5話「みずべのあみかご」
思い立ったが吉日、とはいかなかったものの、翌日にキュルルとカラカルは動き出した。もちろんイリエワニとワニガメの争いを止めるためである。
カルガモの案内を受けながら、2人はひとまずワニガメを探して練り歩いていた。
「カルガモお姉さん、イリエワニさんとワニガメさんがケンカしている原因って分かるかな?」
もしかしたら、食べ物の奪い合いではないのかもしれない。そんな可能性も視野に入れて、キュルルは情報を集める。
「食料じゃないの?」
原因をほとんど決めつけていたカラカルは、不思議そうな顔をする。カラカルから受け取った視線を、そのまま横にスライドするキュルル。しかし、2人の視線に晒されたカルガモは、困惑していた。
「それが、わからないんです……」
「わからない?」
「どちらのフレンズも生きるのに必死であることは間違いないはず。でも、必要以上な気がして……」
「どうしてそう思うのかしら?」
「2人は周りのフレンズが巻き込まれるのもお構い無しなのですが、食べ物などを独占しようとしたところは見たことがないので……」
自信なさげに放たれる言葉に、ますます混乱するキュルルとカラカル。3人とも頭を捻らせてみるものの、やはり情報が少なすぎる。
「やっぱり、本人たちから直接話を聞かないと、かなぁ……」
諦めたようにキュルルが呟く。その時、
チャポッ……
微かな水音。カラカルが反応するのと、黒い影が飛び出すのは同時だった。影はそのままカラカルに組みつき、押し倒してしまう。
「隙ィ見したな、イリエワニ! おんどれもこれで終いじゃ! ってあん?」
ひたすらに勝ち誇ったのち、初めて自分が組みついている相手と目が合う。
「なんじゃ、ワレ?」
誤解が解けたところで、襲撃者はドカッと座り込む。
「ったく、気ぃつけぇ? この辺ホイホイ歩いとったら危ないで」
襲ってきたのは、黒いビキニのような服装に、ところどころに甲羅のようなアーマーを施した、短髪のフレンズだった。キリリッと吊り上がった目尻は、好戦的な性格を伺わせる。
「危ないのは、相手を確かめないで不意打ち上等なアンタの方よ」
今回の被害者カラカルは、ジト目で講義の声をあげる。その言葉にも、どこ吹く風と応える。
「スマン、スマン。堪忍してや」
やれやれと、とりあえず怒りを収めるカラカル。そんなカラカルを横目に、キュルルは疑問を口にする。
「あの、ところであなたは……?」
「キュルルさん、この人が探してたワニガメさんなのですよ」
「お? なんじゃワレ? 俺様んこと知らんのけ?」
ワニガメと紹介されたフレンズは、訝しげに片目を細める。そんな視線に、カルガモの喉は干上がり、カラカルはキュルルを守るかのように身体を割り込ませる。
「ま、ええわ。んで、おんどれらなして来たんけ?」
大して興味も無さげに、ワニガメが問う。
「ちょっと話を聞きたくて」
「話?」
「はい。えっと、なんでワニガメさんはそんなに戦おうとするんですか?」
その質問に、ワニガメは盛大なため息を吐く。言外に、何言っているんだ、という呆れがありありと伝わる。
「あんな、どうあがいても世界は弱肉強食。生き残るんには強くないとあかん。強くあるために強いヤツ倒す。ちゃうんけ?」
ワニガメの目に強い光が宿る。その瞳は、絶対に生き方を変えないことを伝えていた。
「それで周りが巻き込まれても良いっていうの?」
探るようにカラカルが追及をする。その言葉により気怠げになるワニガメ。
「ワレ、話聞いとったんけ? 弱肉強食。あかんたれんこと気にしとってどないすんねん」
弱いヤツが悪い、そんな言い分にカルガモが激昂する。
「そんな! あなたのせいで……」
言い切る前に、激情したカルガモをカラカルが制した。カルガモはカラカルの目を見ると、ガックリとうなだれる。
「話は終いか。ならもういにしなやで」
帰った帰ったと手を振るワニガメ。大した成果を出せなかった3人は、不安げな顔を突き合わせるのであった。
ワニガメの説得に失敗した3人は、今度はイリエワニを探して歩いていた。しかし、先程説得に失敗したことが響いているのか、3人の顔色はすぐれないでいる。
「大丈夫なんでしょうか……」
「不安がっても仕方ないでしょ」
「とりあえず、イリエワニさんに会わないとだよね」
仕方ない、そう思ってはいても3人の口数は少ない。重い空気を引きずりながらも、3人はイリエワニの住処とされている地点に辿り着いた。
そこにいたのは、ウェーブのかかった緑色の髪をポニーテールにまとめたフレンズだった。着ているジャケットの胸元を大きくはだけさせ、巨大な尻尾を引きずっているのが特徴的である。
「あなたが、イリエワニさんですか?」
「そう言うあなたはどちら様? 端っこの小鳥ちゃんはわかるけど」
妖艶な笑みがキュルルを突き刺す。まるで食虫植物かのような雰囲気に、カラカルが警戒度を上げる。
「えっとキュルルです」
「……カラカルよ」
「イリエワニよ。ふふっ、可愛い子じゃない」
食べちゃいたい、とでも言うかのように舌舐めずりをするイリエワニ。細まった瞳孔にはキュルルの顔が映る。
「で、あなたたちは何しに来たのかしら?」
「……できれば、ワニガメさんとのケンカをやめて欲しいのですが……」
その時、一瞬でイリエワニの目から興味が消える。期待外れ、つまらない、そんな言葉が聞こえてきそうな雰囲気である。
「じゃあ、あなたは私に大人しく潰されろって言いたいのかしら?」
「え?」
「あっちはそんなの聞く耳持たないでしょう? 私は全力で自分の身を守るだけ。自分の安全を脅かすものは全力で潰す。それの何が悪いのかしら」
3人は言葉を失う。イリエワニもイリエワニの生き方を確立してしまっている。きっとその生き方を変えることはない。そのことを3人はわからされてしまった。
「用はそれだけかしら? だったら、私が機嫌を悪くする前に出ていくことね」
3人には、重い足を引きずって、引き返すしか選択肢は無かった。
再びカルガモの巣に戻った3人。やるせない心をひきずって、無為に時間が過ぎていくばかりだった。ふと、カルガモがポツリと呟く。
「もういいですよ、おふたりとも。関係ないのにここまでしていただいたのですから、十分です。湖畔のことは、カルガモお姉さんが頑張ればいいだけですから、これ以上付き合わずとも……」
弱々しい笑顔を向けるカルガモ。その顔にキュルルとカラカルはどうしようもない無力感を感じてしまう。
何かないのか。彼女らの生き方を変えることなく、周りのフレンズたちに迷惑をかけない方法は。回らない思考を自分の心にぶつけるようにして、答えを探っていく。
ふと、キュルルは自分の足元を見つめる。そこにあるのはふかふかのカルガモの巣。そして、キュルルの頭の中で急速にアイデアが組み上がっていく。
「諦めないで、カルガモお姉さん」
顔を上げて、カルガモに笑顔を向けるキュルル。カラカルもまた、いつものやつねと安心する。未だに不安げなのはカルガモだけだ。
「どうするんですか?」
「エッヘヘ、いーこと思いついちゃった!」
翌日、柔らかな風の流れる湖畔の一角、睨み合うイリエワニとワニガメを含めた5人が集っていた。
「決着を付けて欲しいって言われて来たけど、何をさせようっていうのかしら?」
巻き込まれても知らない、イリエワニの冷淡な目が語りかける。それにキュルルは笑顔で返した。
「2人には、力比べ、つまり相撲をして欲しいんだ!」
「「すもう?」」
「うん! ルールは簡単。相手の腰から上が地面に着くか、相手をコレから外に出せば勝ち」
そう言ってキュルルが指差したのは、できたばかりであろうカルガモの巣だった。しかし、中に羽毛は敷いていないようである。
「ほーん、力あんのが強いのは道理。なかなか考えられとるやんけ」
「それほど大きくないから、打撃戦よりも無理矢理押し出す方が早いと、なるほどね」
2人の同意を得られたことに、キュルルはホッとする。キュルルとしても、この部分だけは賭けだった。
「ほなら、とっととケリぃ付けよっか」
2人の闘志が一気に燃え上がる。視線は火花を散らし、敵意がプレッシャーとなって辺りを支配する。
2人が位置に着くと、審判のカラカルが合図をとった。
「はっけよーい」
速攻で勝負をつける、この時だけは2人の意思が重なった。
「のこった!」
カラカルの合図と共に2人は動き出す。
瞬発力はワニガメが上だった。いち早くイリエワニに組みつくと、余勢を駆って押し出しに入る。
態勢をうまいこと立て直せず、イリエワニは防戦一方となる。このまま決まるか、そう思われた時ピタリと2人の動きが止まる。いや、ワニガメは押し出そうとするが、動かせずにいるようである。
イリエワニを支えるもの、それは巨大な尻尾であった。尾が地面に噛みつき、丸太でも存在するかのように支えているのだ。
そして、イリエワニの逆転劇が始まる。尾の力のみで態勢を整えると、そのままワニガメを押し潰しにかかる。
「チッ!」
このまま組みついているのは不利と悟ると、強引に引き剥がし距離を取るワニガメ。そんなワニガメに対し、イリエワニは余裕の表情である。
一泊の呼吸を置き、再び両者がぶつかる。今度は確実にイリエワニの優勢だった。ワニガメを土俵際まで運び、そのまま押し出しにかかる。
しかし、ワニガメは勝負を捨ててはいなかった。押す力を急速に引っ込める力に変換すると、イリエワニの力を利用するように受け流しにかかる。
これにはイリエワニも予想の外だった。完全に不意を突かれ、勢い余って身体が宙を浮く。
会心の笑みを浮かべるワニガメ。イリエワニは完全に態勢を崩してしまい、前方に倒れていくため尾で無理矢理に起こすこともできない。勝った、という思いが駆け巡る。
態勢を立て直すことは不可能。すでに勝利はありえない。それでもイリエワニは諦めなかった。今一度ワニガメを掴み直すと、宙に浮いた身体を捻りこむ。
「なっ!?」
「ぐっ!」
面食らったのはワニガメだ。油断していたところで、イリエワニの一回転に巻き込まれる。そのまま2人身体は宙を舞い、ドサササッ! という音とともに着地する。
「引き分け!」
着地したのは同時だった。カラカルの判定に、ワニガメは悔しそうに呻く。
「ここまでやっても勝てんのか。やるやんけイリエワニぃ」
「あなたもね。でも、決着はまだね」
2人が再び土俵に上がった時だった、
ズンッ!!!
辺りに地響きが伝わった。
背の高い針葉樹林がガサガサとかき分けられ、大型のセルリアンが顔を出す。
「なっ、デッカ……」
あまりの大きさに目を見開くカラカル。
「ワニガメ」
「あぁ、一時休戦や」
自身らの戦いを邪魔するものを排除するため、湖畔を統べる2人の爬虫類が闘志を燃やす。
そんな2人の目の前で、
パッカーン!!
突然セルリアンが砕け散った。
何が起こったのか。そこにいたフレンズの全てが状況を理解できないでいた。キラキラとセルリアンの破片が飛び散る中、残っていたのは地面に突き刺さった鉄製のフラフープのみである。
ザッ、と一拍遅れてフレンズが降り立つ。大きなフサフサとした頭、特徴的なトラ柄。学校の制服のようなものを着たその襲撃者は、新たな標的をその目に宿した。
「UGAAAAAAAAAAAAA!!」
危険を察知したカラカルたちは、反射的にその場を飛び退く。直前まで自分たちのいた地点をなぞるようにフラフープが振り回され、辺りに衝撃波が飛ばされた。
葦が荒ぶり湖が波立つ中、襲撃者は散り散りになった標的を目で追う。選ばれたのは、呆然と立つキュルルだった。
なんだろう……
自分が立っているのか座っているのかもよくわからない……
頭に砂あらしが渦巻いて、まともな思考ができない。
『よーし、みんなで——』『あしたまた——』『ねぇねぇ、次は何して——』『ルールはね、ここから——』『君も一緒に——』
わからない
『よーい、ど——』『えー、遊びた——』『エッヘヘ、こうすれば——』『いっくよー、そ——』『何それ、すごいすご——』『みーつけた、じゃあ——』
こわい
『ねぇねぇ、今日さ——』『楽しそー! 僕も——』『ちょっ、タンマタン——』『やったー、だまされ——』『負けたぁ、もう——』『ねぇねぇ、今度はなに——』『アッハハ、変なか——』『いーなー、それ、僕も——』『エッヘヘ、ってうわ——』
『僕の勝ち』
気付くと、襲撃者は目の前にいた。
「……あ」
風を唸らせ、フラフープが振り下ろされていく。
「キュルルさん!!」
カルガモが悲痛な叫びをあげる。間に合わない、そう思った時、高速で駆け抜けた橙の光がキュルルを弾き飛ばした。
フラフープの衝撃に吹き飛ばされ、その橙色の塊はゴロゴロと転がる。直撃は避けたものの、ダメージが無いとは言い切れない。
「カ、カラカル……?」
「キュルル、下がってて! イリエワニ、ワニガメ、協力するわよ!!」
「しゃーないわな。ついて来れっか、イリエワニぃ?」
「ふふ、笑えない冗談、ね!!」
3人の目がそれぞれの色に輝き、体からサンドスターの光が散りばめられる。
「「「 野生解放!!」」」
先鋒はもっともスピードに優れたカラカルだった。襲撃者に高速で接近し、鋭い爪を振るう。
襲撃者はその攻撃をやすやすと躱すと、がら空きとなった横っ腹に一撃を与え、吹き飛ばす。
その間に接近したイリエワニとワニガメが、挟み込むように牙を振るう。
その攻撃も、一回転しながら振るわれたフラフープに、全て弾かれてしまった。
「ぐっ、あん敵なんちゅーバカ力や」
「来るわよ!」
お返しと振るわれる一撃をそれぞれ躱し、距離を取る。一拍呼吸を整えると、再び襲撃者と相対する。
やはり先に敵に襲いかかるはカラカルである。俊敏性を最大限に生かし、敵を撹乱する。ヒットアンドアウェイを中心として、敵のスタミナを削る作戦である。
カラカルに注意が逸れた相手をめがけ、爬虫類2人が走る。必殺の意思を牙に込め、宙にサンドスターの残光が走る。
カラカルの方を向いて、がら空きとなった背中めがけてその牙が振るわれた。
ガキィッ!!
鈍い音が鳴り響く。直前で襲撃者はカラカルを弾き飛ばし、ガードに成功していた。そのまま、凄まじい力でイリエワニとワニガメを押し返しにくる。
「ぐぅ」
弾き飛ばされそうになった、そのとき、
「2人とも、頑張って!!!」
悲痛なカルガモの叫びが響き渡る。その声に呼応するかのように、イリエワニとワニガメは、体の中から力が湧いて出るのを感じた。
「「うらぁぁぁぁぁあああ!!!」」
「!?!?」
ガードを貫くがごとく、2人の牙が振るわれる。そしてそのまま、襲撃者を大きく吹き飛ばした。
全力以上を発揮し、肩で息をする2人。その目の先では、襲撃者がゆらりと立ち上がった。
ダメか、と臍を噛む。その時、カクンと、襲撃者の膝が折れた。このまま戦闘続行は不可能と判断したのか、襲撃者は針葉樹林へと飛び退く。その姿を、カラカルたちは見送ることしかできなかった。
「ぷはー、なんとか引いてくれて、助かったわ」
戦闘が終了し、すっかり疲れ果ててしまった身体を各々休める。危ない戦いであった。3対1でありながら、あそこで引いてくれなければ、負けていたのはこちらかもしれない。
「みんな、ごめんなさい」
5人の中で、もっとも足手まといとなってしまっていたキュルル。特に、キュルルをギリギリで救ったカラカルなど、一歩間違えれば大怪我だった。自然とカラカルに視線が集まる。
「あんたが戦いが得意じゃないフレンズ、っていうのは知ってるわよ。いいわよ、別に」
「うん、ありがとう、カラカル」
カラカルの言葉にキュルルは少しだけ元気を取り戻す。
「んにしても、さっきのは何や? そこんの鳥の声聞こえたら、ばーって力湧いて来たんやが」
「そういえば、私もね」
いつもの全力以上を発揮できた。その事実に爬虫類組は驚きを隠せないでいた。
「あれは、"応援"だね」
「「"おーえん"?」」
「うん。頑張っている人を励ますこと。誰かのために声をかけてあげること。それを"応援"って言うんだ」
ワニガメはおうえん、と一言呟くと、自身の握りこぶしを見つめる。何かを探るようにじっと見つめ、へへっと笑いをこぼす。それは、自身の中に新しい何かが芽生えたようだった。それはイリエワニも同様である。
「イリエワニ」
「何かしら」
「すもうの決着、必ずつけさってもらうで」
「ふふっ、こちらこそ」
ワニガメから差し出された手をイリエワニはしっかりと握る。その目からは敵意だけではない何かが宿っていた。
「そのときは、カルガモお姉さんも応援しに行きますね! もちろん、たくさんの子を連れて!」
そこにカルガモが笑顔で入ってくる。その言葉に笑顔で応えるワニガメたち。湖畔に続いていたケンカは、和やかに収束していったのだった。
「さっ、そろそろ次のちほーに行きましょう」
カラカルの言葉にそうだね、と首肯するキュルル。そんな2人を、湖畔の3人は笑顔で送り出す。
「ほな、元気でな!」
「いつでも来なさい。歓迎するわ」
「キュルルさん、カラカルさん。本当にありがとうございました!」
温かい言葉に、バイバイと手を振りながら2人は歩き出す。次はどんなちほーで、どんな出会いがあるのか。期待に胸を膨らましながら、モノレール駅を目指して行く。
ふと、キュルルは立ち止まった。そして、襲撃者が去って行った森をじっと見つめる。
あの時感じた違和感。その正体をキュルルはどうしても掴めないでいた。
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