第12話「ぼくのやりたいこと」



 としょかんへと辿り着き、キュルルは崩れるように着地する。小脇に抱えていたラッキービーストも放り出されてしまった。突然吹いた強風で、キュルルの帽子が吹き飛ばされる。


 しかし、そんなことに構っていられる余裕は、キュルルにはなかった。


「何……してんのさ……」


 震える声が溢れ出す。いや、声だけではない。全身が震え、キュルルはまともな思考すらもできずにいた。キュルルは震える足で立ち上がる。


「なんでこんなところに来てるの!? カラカルがビーストになっちゃったっていうのに!!」


 沸き上がる激情をそのまま博士へぶつける。あんまりな物言いに、助手が少しムッとするが、そんな助手を博士が手で制した。


「あの場にいて、お前に何ができたというですか?」


「だからって! 逃げ出したらもっと何もできないじゃないか!」


「変わらないのです! ビーストを元に戻そうと試みたのがお前だけだと思っているですか!?」


「だからなにさ! あのまま放っておくのがいいはずないじゃん!」


「あの場には2体のビーストがいるのです! お前を失ったら、誰もパークを救えないですよ!」


 2体のビースト、その言葉はキュルルを逆上させる。しかし、キュルルが何か言い返す前に、博士は言葉を叩きつける。


「お前はカラカルの意思を無駄にする気ですか! カラカルはビーストになる覚悟をしてまでお前を守ったのです! お前はそれを水の泡にするのですか!?」


「知らないよそんなの! そんなこと、どうだっ……」


 その時だった、




 ガブッ




 ふいに腕に走った痛みに、キュルルは言葉の続きを飲み込む。


「何するのさ……イエイヌ……」


 痛みの正体はイエイヌだった。イエイヌは、キュルルが後ろに振りかざした腕に噛みついていた。噛みつきながら、泣いていた。


「おかしいですよ……キュルルさん……」


 イエイヌは口を離すと、キュルルの正面に回り込む。


「カラカルさんと行けないって言ってから、キュルルさん、ずっとおかしいです。今のキュルルさんは、何も大切にできてないです……」


 イエイヌはキュルルを抱きしめる。


「キュルルさんにとって、パークも、フレンズも、みんなみんなどうでもいいものなんですか……? 私の知っているヒトは、みんないろいろなものを大切にしていました。これじゃキュルルさん、」


 まるでヒトじゃないみたいです……、イエイヌはついに崩れ落ちる。


 一方、イエイヌと一緒に座り込んだキュルルは、イエイヌの言葉について考えていた。


「(ヒトじゃないみたい? それじゃあ、ヒトってなんなのさ。大切にするってどうすればいいのさ。わかんないよ。未完成品のぼくには、わかんないよ……)」


 キュルルが絶望に沈んだ時だった、




 ポテポテポテポテ




 独特な足音が、こちらへと近づいてきた。









 足音の方に目を向けると、そこにはラッキーさんがいた。頭には、ぼくの帽子が引っかかっている。たぶんさっき飛ばされたのが、引っかかったのだろう。


 でも、そんなことはどうだっていい。何も守れなかった、何も大切にできなかったぼくには、そんなの関係ない。


 ふと、ラッキーさんの目が光った。ラッキーさんの目から、一つの立体映像が投射される。


 そこに映し出されたのは、一人のヒトだった。


 赤いシャツに白い半ズボン。足はタイツで覆われていて、手にも黒いグローブがつけられている。


 なによりも特徴的なのは背中に背負った大きなカバンだろうか。


 博士たちが、"かばん、なぜここに……? "なんて騒いでいるけれど、ぼくの注意はそこに向いてはいなかった。


 映し出されたヒトの頭の上。2つの羽がついたサファリハット。


 それは間違いなく、パークガイドの証だった。


 程なく、そのヒトが口を開く。


『ええっと……これ、もう大丈夫なんですか? ラッキーさん』


『バッチリ トレテルヨ。マカセテ』


『それじゃあ、その……えーと、初めまして。僕はかばんって言います』


 気弱な、でもどこか芯の通った声が響く。


『この映像が流れているってことは、またパークに危機が訪れているんだと思います。まずは、それに何もできないことを謝らせてください。僕の身勝手で、パークを離れてごめんなさい』


 ペコリ、とヒトは頭を下げる。


『でも、』


 頭を下げたまま、ヒトは続ける。


『僕は信じています。パークのみんななら、きっと乗り越えられるって』


 ヒトが顔を上げる。そこには、自信に満ちた、笑顔が広がっていた。


『ジャパリパークはとても怖いところです』


 その通りだった。最初はカラカルに襲われた。その後出会うフレンズたちも、みんな最初は敵意を向けてきていた。


『でも、ジャパリパークはとても優しいところです』


 その通りだった。いろんなことがあって、最後にはみんなと笑顔でお別れしてた。……でも、1人だけ笑顔でお別れしていない……。


『僕は、そんなジャパリパークが大好きです。みなさん、お願いします。どうかそんなジャパリパークを守ってください!』


 ヒトが再び頭を下げる。


『かばんちゃん! 何やってるの?』


『アライさんも混ぜるのだ!』


『わぁ! アライさん! ちょ、ちょっと』


『やってしまったねぇ〜、アライさ〜ん』


『ロクガヲ、シュウリョウ スルヨ』


 こうして映像は消えていった。


 でも、確かな印象は根付いている。


 なんでそんなに強いんだろう。


 なんでこんなにすごいんだろう。


 わかった気がする。なんで僕がパークガイドを目指したのか。


 ぼくは……









 船がだんだん島を離れていく。そんな船の上、ゆったりとした黒髪を束ねた白衣の女性が、離れていく島を見つめていた。


 そんな女性に近づく影があった。


「お別れは済んだのですか?」


 淡い緑の髪に眼鏡の女性。


「ミライか」


 気のおけない人物と確認し、白衣の女性は笑みをこぼす。


「……残念でしたね。クキちゃんを連れて行けなくて」


 眼鏡の女性は、白衣の女性に倣って島を、否、島で眠る1人のヒトを見つめる。


「仕方がないさ。クキはあのまま寝かせなければならないし、装置を移動させる時間はもう無いんだから。やるべきことはやったよ」


 それに、と女性は続ける。


「これでお別れにするつもりはないさ。ミライ、お前もラッキーと約束したのだろう?」


 白衣の女性はどこかイタズラっぽい笑みを向ける。


「そう、ですね……」


 その笑顔に眼鏡の女性も自身の不安を自覚したように頷いた。


「また、会えますよね」


「必ず会うさ。なんとしてでも」


「ふふ、ありがとうございます。私は戻りますね。カコさんは?」


「私はもう少しここにいるよ」


「そうですか、では」


 眼鏡の女性が歩き出す。それを見送った後、白衣の女性は再び島へと顔を向けた。


「なぁ、クキ。お前になら分かるだろう?」








「……想い出……」


 キュルルは呟く。未だにキュルルを抱きしめて泣きじゃくっていたイエイヌは、えっ、と顔を向けた。


「イエイヌ、ありがとう。もう、大丈夫」


 そんなイエイヌに、キュルルは優しくポンポンと背中を叩く。イエイヌが身体を離すと、キュルルはバックを開いた。


 中から取り出したのは、一つの封筒。"いつかの君へ"と題された茶封筒。


 キュルルはそれを迷いなく開封する。


『私はずっと考えていた。フレンズがヒト化する理由。そしてヒトのフレンズが持つ《輝き》とは何なのかを』


 中に入っていたのは一枚の羽だった。


 それは先端に赤のグラデーションのかかった羽。


 パークガイドを示す物。


 パークを守る者の証。


『なぜフレンズはヒトの形を模すのか。それは、記憶と願いが関係しているのではないだろうか? 面白いことに、ヒトという生物は、一部の記憶にある特別な名前を付ける』


 キュルルは右手に握った羽をジッと見つめる。


「そうだ。記憶じゃない、想い出なんだ」


『"想い出"。もしも、けものたちがそれを願ったのだとしたら? もしも、ヒトがけものとそれを共有することを願ったのだとしたら? フレンズの存在はそれを叶えたものではないかと思う』


 あたたかい。キュルルは羽を握る右手をそう感じた。


 お母さんが、さっき見たヒトが、いや、それだけじゃない。もっと大勢のヒトたち、フレンズたちが自分の右手を包んでくれているような。


 そんな感覚が、キュルルには伝わっていた。


『だとしたら、ヒトのフレンズが持つ《輝き》とは何か』


「(ぼくはまだ弱いから、だからみんなの力を貸してください)」


 キュルルは目を瞑り祈る。そんなキュルルの祈りが聞き届けられたかのように、キュルルの右手は勝手に動いていく。


『それもまた、"想い出"になるのだろう』


 そして、キュルルの帽子に羽は刺された。


「(ありがとう、みんな)」


 キュルルは帽子を被り、顔を下げて立ち上がる。


「ねぇ、博士。ぼく、まだ伝えてなかったことがあるんだ」


『クキ、ヒトのフレンズであるお前にとっての《輝き》は"想い出"なんだ』


「カラカルに、伝えに行かなくちゃ!」


『"想い出"こそが、お前の力だ!』


 キュルルは顔を上げる。その瞳には、翠色と海色の輝きが灯されていた。









「これは……」


「野生解放……」


 右目に海色、左目に翠色の輝きを灯したその姿はまさしく野生解放であった。


「博士。それじゃあ、ぼく、行ってくるね」


「待ってください、キュルルさん! いったいどこに!?」


「カラカルのところ。イエイヌはここで待ってて。カラカルと、1対1で話したいんだ」


「そんな……!」


 キュルルの言葉にイエイヌは愕然とする。そこに、博士が割り込んだ。


「キュルル、何か考えはあるのですか?」


「ううん、はっきりとしたものはない」


 でも、とキュルルは右手を握る。


「カラカルにはいっぱい想い出を貰ったから、だから伝えなくちゃ」


 キュルルは博士の顔を真っ直ぐに見つめる。その瞳に、博士は溜め息を一つこぼした。


「まったく、本当にわがままでめんどくさいヤツばかりなのです」


 行くですよ、と博士は許可を出す。


 キュルルはありがとうと返事をし、すぐさま駆け出した。


「博士、いいのですか?」


「なぜでしょうね、助手。なんだか、かばんが復活した時のような、奇跡がまた起きてくれるような、そんな気がしたのです」


「でも、私たちはどうすればいいのでしょうか?」


 穏やかな顔をした博士に、イエイヌが話しかける。お留守番を命じられてしまったせいか、耳はぺたんと寝てしまっている。


「"こーじょー"のセルリアンの脅威はまだ続いているのです! 我々はキュルルのために、道をつくってやるですよ!」


 博士の言葉にその場の全員が頷く。その時だった、


「パークの危機ってェのは本当かィ?」


 博士たちの後ろからかけられる声があった。










 キュルルは研究所まで戻ってきていた。辺りは穴ぼこだらけになり、いくつかの木は傾いてしまっている。そこで起こった戦闘が、どれほど激しいものだったのかを物語るようである。


 しかし、今はもう音はしない。


 キュルルは研究所の中に、橙色の影を発見した。迷わずキュルルは研究所内に足を踏み入れる。


「カラカル」


 キュルルは声をかける。その返事は、カラカルの襲撃に取って代わられた。


「HUSYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 カラカルはキュルルを硬い床に押し付け、鋭い爪を喉元に突きつける。


 しかし、キュルルは笑顔を崩さない。


「ごめんね、カラカル。ぼくが何もできないばかりに、そんな状態にしちゃって。」


 穏やかに、どこまでも穏やかにキュルルは語りかける。


「それに、ありがとう。今まで守ってくれて。今まで一緒にいてくれて。もうカラカルだけに頑張らせたりしないから。ぼくも頑張るから。だからこれだけは言わせて」


 キュルルは一度言葉を切る。届くかどうかはわからない。でも、伝え忘れたことがあるから、伝えたい言葉があるから、キュルルは言葉を紡ぎ出す。


「いっぱい、いっぱい想い出をくれて、本当にありがとう」


 その言葉に、


 カラカルは微動だにしない。


 しかし、いつしか唸り声も消えていた。


 その様子に、キュルルはおかしさを感じて笑いだす。


「アハハ、想い出といえば、カラカル、覚えてる? ぼくたちが初めて会った時、こうやってカラカルが馬乗りになってきてさ、『アンタ、何者?』って」


 キュルルはもう一度、カラカルの顔を見つめる。


「ねぇ、カラカル」


 できる限りカラカルへと手を伸ばす。


「ぼくは、キュルルだよ。大切なともだちに名付けて貰ったんだ。ぼくはクキじゃない、キュルルなんだよ」


 その時だった、




 ポタ、ポタタッ




 キュルルの顔に水滴が降り注いだ。


 雨などではない。水滴は、カラカルの頬から流れ落ちていた。


「知っでるわよ、ばがギュルル!!」


「カラカル!?」


「っだぐ、わたしもヤキが回ったものね。まさかキュルルに助けられるなんて」


 涙を拭きながらカラカルは身を起こす。そのままキュルルも助け起こした。


「ねぇカラカル」


「なによ」


「行こう」


 泣いているところを見られた恥ずかしさからか、一度顔を背けるカラカル。しかし、キュルルの言葉に確かな笑顔を浮かべた。


「ええ!」









 いつからだっただろうか。


 もう一つのことしか考えられなくなっていた。


 みんなを守る。セルリアンを倒す。


 それがハンターの使命なのだから。


 倒す倒す倒す。


 倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す倒す。


 今も、目の前には大量のセルリアンがいる。


 いつまでやればいいんだろう? いつになったら終わるんだろう? 


 そんなことはもうどうだっていい。


 ただ、倒す。


 そのために、わたしは全身に力を漲らせる。


 そんなわたしの肩に、ポンと誰かの手がかけられた。









「もう、いいんだよ」


 キュルルは目の前のフレンズに話しかける。


「もう一人で頑張らなくていいんだ。今度はぼくたちも戦うから。今度はぼくたちも頑張るから。だから、」


 キュルルは肩にかけた手を後ろに送るように、前へ踏み出す。カラカルもキュルルと同じように動いていく。そして、2人はビーストとセルリアンの間に立ち塞がった。


「今は、ぼくたちの番!」


 目の前に数十はいるであろうセルリアンで覆い尽くされている。しかし、2人に恐怖はなかった。2人は目の前のセルリアンを、そして"こーじょー"を睨み据える。


 その時だった、


「おィおィ、2人だけでやるつもりかァ?」


「こういうときに頼ってくれないのは、お姉さん、悲しくなりますよ?」


「なんでこないなおもろそうな場所に呼んでくれんのけ? ワレェ」


「すぐに無茶する生徒にはお説教、ですね」


 マグラが、カルガモが、ワニガメが、ミーアキャットが、いや、それだけじゃない。今まで出会ったたくさんのフレンズたちが、駆けつけてくれていた。


「さぁ、お前たち。やることはわかっているですね!?」


「我々の勝利条件はキュルルを"こーじょー"に送ることです! どでかい道を、開けてやるですよ!」




「「「「「「野生解放!!」」」」」」




 みんなの目がそれぞれの輝きを帯びる。


 先行したのワニガメとイリエワニだ。力を存分に発揮して、次々とセルリアンを爆散させていく。


「おっしゃぁ、イリエワニィ。どっちが多く倒せるか競争じゃい!!」


「あらぁ、あなたが私について来れるのかしら?」


「言っとれぇ!!」


 フルル、ジェーン、イワビーが高速で地面を滑り、セルリアンの足を破壊する。その隙に、プリンセスとコウテイがペンギンチョップをくらわせた。


「マーゲイの頼みなら、断るわけにはいかないわね!」


「随分と懐かしい顔も見れたことだしな!」


「やっぱり、ロックなヤツらだよな!」


 セルリアンの足元に突然大穴が空き、セルリアンは落ちていく。そして、穴から虹色のカケラが溢れ出した。


「悪ィな、アイツらとは再戦の約束があるンだわ。手ェ出してもらっちゃあ、困ンだよ!」


 フラフラと飛ぶフレンズをセルリアンは発見する。攻撃のために足を振り上げた時、フレンズは急加速して、一息に石を貫いた。


「カルガモお姉さんだって、やる時はやるですよ!」


 ミーアキャットとミミナガバンディクートが、見事な連携を発揮し、セルリアンを制圧する。


「授業通りですわ!」


「先生! 次いこ! 次!」


 ダブルスフィアは、のんびりと眺めていた。


「いやぁ、すごい数だねぇ」


「オルマーさん! 何のんびりしているんですか!?」


 そこを好機と見たセルリアンが遅いかかる。全体重を乗せた踏みつけ。モクモクと土煙が立ち昇る。


「ふっふーん、そんな程度じゃわたしの防御は、」


 左手の手甲で受け流すオルマー。一瞬、目が釣り上がる。


「抜けないよ」


 炸裂音が響き渡る。オルマーの一回転を伴った裏拳がセルリアンの足を叩き折った。セルリアンがバランスを崩した隙に、オオセンザンコウが石を破壊する。


「さーて、何匹やれるかな?」


「オルマーさん! 次、来てる!」









「みんな、すごい……」


 キュルルは集まってくれたフレンズたちの大乱闘に圧倒されていた。そこにかけられた声があった。


「キュルル、忘れ物ですよ!」


 キュルルに何かが放られる。右手でキャッチするとそれはラッキービーストだった。


 おそらく放ったであろう博士と目線を交わす。


「カラカル、ぼくたちも行こう!」


 言いながらキュルルとカラカルは走り出す。その目の前には何体かのセルリアンが迫っていた。


 そのセルリアンを見据えて、キュルルはニッと笑う。


 目の前に大写しとなったセルリアン。その前で、キュルルは一瞬ブレーキを踏んだ。それと同時に背中越しに何かを放る。


 投げられたのはラッキービーストであった。


 セルリアンの目線が一瞬ラッキービーストへと誘導される。


 その一瞬をキュルルは見逃さない。


 ラッキービーストをキャッチしつつ、一瞬での加速。急激なチェンジオブペースによって、キュルルはセルリアンを抜き去った。


 しかし、セルリアンは一体ではない。


 次なるセルリアンが踏み付けと共に襲いかかってきた。


 しかしキュルルは、今度は足を緩めない。


 頭上に足が迫る一瞬、キュルルの足が不規則なステップを刻む。


 キュルルの身体が一回転する。トップスピードのまま行われたスピンにより、また一体セルリアンを躱していった。


 続けて現れる3体目。


 今度は巨体を存分に活かした突進を狙っている。


 そんなセルリアンを見据え、キュルルが進むは真正面。微塵も臆することもなく、キュルルはトップスピードで突っ込んでいく。


 当たる、そう思われた時、キュルルの身体が沈み込んだ。


 ハイスピードで行われたスライディング、そのままキュルルはセルリアンの下を駆け抜ける。


 そして、キュルルは笑う。


「ねぇ、カラカル、覚えてる? しっぽ取りのコツは!」


「誰かが囮になっている隙に!」


「「他の人がしっぽを狙うこと!!」」




 ぱっかーん




 キュルルの背後で虹色の爆発が巻き起こる。カラカルの一撃がセルリアンの石を捉えたのだ。


 しかし、喝采を上げる暇は無かった。


 キュルルの頭上に影が射す。


 スライディングから起き上がり、若干体勢を崩したキュルルに、2体のセルリアンによる踏み付けが襲いかかろうとしていた。


 ダメか、そう思われたとき、




 ぱっかーん




 セルリアンは虹色に弾ける。


「ヒトをお守りするのが、私の使命です!」


「みんなが戦っているんだ。ハンターの私が、いつまでもボーとしているわけにはいかないな!」


「イエイヌ! アムールトラさん!」


 助けてくれた2人目のパートナーに、そして一緒に戦ってくれる新たなともだちフレンズにキュルルは喜び声を上げる。


「キュルルさん! いまのうちに"こーじょー"へ!」


「うん! ありがとう!」


 そして、ついにキュルルは"こーじょー"へと辿り着いた。


「ラッキーさん! 場所はどこ!?」


「スキャニング……ミツケタ。キュルル、アソコダヨ」


 ラッキービーストに誘導された場所はおそらく外の火山に繋がっているであろう、太いパイプであった。パッと見では分からない場所に、大きなヒビ割れが出来ている。


 見つけるやいなや、すぐさまキュルルは修復作業に入る。


 完全に立ち止まり、数分間集中してでの修復作業。


 もしも今襲われたりしたら、キュルルはひとたまりもないだろう。


 しかし、キュルルに恐怖はなかった。


「みんなが戦ってくれている。ぼくはみんなを信じてる」


 機械を両手で握り、逸る気持ちを抑えながら手を動かしていく。


「みんなが守ってくれるから、ぼくはみんなを守るんだ! ぼくはみんなを守りたいんだ! だから!!」


 あと少し。キュルルの顔に汗が浮かぶ。


「これで、終わりだぁぁぁああ!!!」


 そして、鉄板は繋ぎとめられ、ヒビは完全に塞がった。


 一瞬、キュルルは完全に脱力する。


 しかし、まだである。


 キュルルは外へと飛び出した。


 そして、大きく息を吸い込んで、喉が張り裂けんばかりに声を張り上げる。


「みんな──ー! 直った──ー!!」


 その声は、戦っている全てのフレンズに届いた。


「吉報なのです!」


「さぁ、お前たち。我々もお掃除を終わらせるですよ!」


「「「「「「お──ー!!!」」」」」」









 ぱっかーん




「お、終わった──……」


「無理、もう動けない……」


 最後のセルリアンが砕け散り、キュルルとカラカルは頭が向かい合わせになるように倒れこんだ。その90度隣では、イエイヌ、アムールトラも倒れ込んでいる。ちょうど、キュルル、イエイヌ、カラカル、アムールトラで十字を作るような形である。


 キュルルたちだけではない。周りを見れば、皆疲れ切って倒れ込んでいた。


「あれ? 博士たちは?」


 キュルルが見回すと博士と助手の姿が見えなかった。


「フクロウの2人なら、けもハーモニーの新事例がどうとか言いながら飛び去ってたぞ」


「なんで元気なのよ。あの猛禽類……」


 げんなりとしたカラカルの言葉に、3人は苦笑で応える。


「あっ、そういえば、」


 思い出したようにキュルルが話題を振る。


「アムールトラさん、ありがとう。助かったよ」


「それはこちらの言葉だよ。君には助けてもらった。本当にありがとう」


「アムールトラさんは、これからどうするんですか?」


 ふと、気になったイエイヌが質問をする。


「……ハンターを続けていくさ」


「しかし……」


「ああ、この時代のフレンズたちには必要ないのかもしれない。でも、だからこそ皆を守りたいんだ。もう、一人じゃないと知ったからな」


 心配そうなイエイヌにアムールトラは穏やかな顔で答える。その様子にキュルルも笑顔になった。


「そっか。それなら、ぼくも応援するよ」


「ふふ、応援か。これは張り切ってしまうな」


 動けない身体で、和やかな会話が進んでいく。そこに、カラカルは割り込んだ。


「キュルル、アンタは他人のことどうこう言える立場じゃないじゃない」


「へ?」


「やりたいこと、まだ決まってなかったでしょ? アンタはどうするのよ?」


 カラカルの言葉に、キュルルは空を見つめる。


「やりたいこと、決まったんだ。ぼくは、パークガイドになるよ」


「それって、クキさんの……」


「うん。影響はあるかもしれない。でも、ぼくが考えて、なりたいって思ったんだ。パークガイドとして、みんなを守れるようになりたいんだ!」


 それはまるで神に誓うかのように、キュルルは空へと声を上げる。その言葉に、カラカルは目を瞑った。


「そう。……なれるわよ、アンタなら。立派なパークガイドに」


 ただの子どもだったキュルルは、一人のヒトとしてパークを背負おうとしている。


 それが分かったから、カラカルは背中を押そうと思った。もしかしたら、自分の役目は終わりであることを予感しながら。


 カラカルの言葉に、キュルルは再び口を開く。


「でも、今回のことで分かったんだ。一人でやろうとしたらきっと何かが間違っちゃうんだ。だからさ、」


 そしてキュルルは精一杯首を反らし、満面の笑顔を向ける。


「カラカル、イエイヌ、これからもよろしくね!」

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