第9話「ヒトのおうち」



「う、う〜ん、あれ?」


 目が覚めたキュルルは、伸びをした後辺りを見回す。モノレールでの帰り道、辺りはまだ真っ暗である。


「オハヨウ、キュルル。ゲンザイジコクハ、ゴゼン4ジ19フンダヨ」


「ラッキーさん!」


 キュルルの疑問に答えるかのように、右腕のラッキービーストが発光する。


「シンリンチホートウチャクマデ、マダ2ジカンホドアルヨ」


 暗に、まだ寝ていられることを示すラッキービースト。しかし、キュルルは首を横に振った。


「大丈夫。なんだかあまり寝付けそうにないんだ」


 意を汲み取ったのか、ラッキービーストの光が収束する。それを確認すると、キュルルは窓ガラスに映る自分を見つめた。


「おうち、か〜」


 キュルルは呟くと、隣でスゥスゥと寝息をたてる灰色のフレンズを見る。


 今、キュルルは"おうち"を目指してしんりんちほーへと向かっていた。









 時は10時間ほど前まで遡る。





「今、『ヒト』って言いましたか?」


「え? えっと、うん……」


「あなた、ヒトなんですね!」


 特徴的なオッドアイをズイズイと近づけて、灰色のフレンズは前のめりに質問を重ねる。


「そ、そうだけど……」


 一方、迫られるキュルルはタジタジである。


「あ、」


「「あ?」」


「会いたかった〜! この日をどれほど待ったことか〜!!」


 オッドアイのフレンズは、突然キュルルに飛びつく。尻尾は高速のメトロノームと化し、傍目にも喜ぶの感情は露わになっている。


「うわわっ! え? え!?」


 目を白黒させるキュルル。一方抱きついてきたフレンズは、キュルルの首筋に鼻を埋め始める。


「はぁ〜、この匂い! 懐かしいなぁ〜」


「あんたちょっと落ち着きなさい」


 ほとんどトリップしてしまっているフレンズに、カラカルは軽めのチョップをお見舞いした。


「あ痛っ! ……ハッ、スミマセン。取り乱してしまいました」


 現実に戻ってきたフレンズは、今更感がありながらも居住まいを正す。


「私はイエイヌと言います。ずっとヒトのことを探してました」


「ずっと!?」


「はい! だからもう嬉しくって嬉しくって……。わぁ〜」


 再びキュルルに飛びかかるイエイヌを、カラカルがどうにか制する。


「す、スミマセン……。えっと、そうだ! おうちを探しているんですよね!」


「う、うん。まぁ、一応」


「私、おうちの場所知ってますよ!」


 一瞬、誰もがイエイヌの言ったことがわからなくなる。そして、ようやく理解が進んでいくと、溜めてた感情は爆発した。


「「「えーーー!?」」」









 キュルルは再び窓の外へ視線を移した。


「ラッキーさん、おうちに帰るのって、どんな気持ちなんだろう」


 ラッキービーストは答えない。答える言葉を持ち合わせていなかった。


 そのことを、貫かれる無言からキュルルも感じ取る。


「そんなこと聞かれても困っちゃうか。ゴメンね、ラッキーさん」


 キュルルは苦笑する。それでも、湧き上がるナニカはまったく解決していない様子だ。それをラッキービーストに聞いても仕方のないことである。しかし、右腕のラッキービーストは発光した。


「キュルルハ、ドコニイキタイ? ボクガアンナイスルヨ」


 その言葉にキュルルは驚いた顔になる。しかし、すぐに柔らかな笑みを戻した。


「どこだろうね。……わかんないや」


 明るみ始めた空の中、キュルルたちを乗せたモノレールは、ゆっくりと進んでいくのであった。









「ここは……」


 しんりんちほーの奥の奥、駅から山とは反対側に進んだ先、森の中に隠れるようにそれらは存在していた。パステルカラーで塗られた、たくさんの半球体状建造物。ところどころには、動物をモチーフとした耳や口があしらわれている。


「はい! ここが、"ヒトのおうち"です!」


「ココハ、ショクインノ シュクシャダネ。イマハモウ ツカワレテナイハズダヨ」


「ラッキーさん!?」


「あんた、モノレール以外で話すなんて珍しいわね」


 突然発光したラッキービーストに、キュルルは驚きの声を上げる。しかし、ラッキービーストは意にも介していないようである。


「ココハマダ デンキガトオッテルミタイダネ。パークノショクインハ ミンナココデセイカツシテイタヨ。ナカニハ、フレンズトトモニ セイカツシテイタヒトモイタヨ」


「つまり本当にここにヒトが住んでたってわけ?」


「うん、そうみたいだね」


 キュルルたちは見るも無残に塗装が剥げている建造物を見渡す。外から見てると、ここで生活していたというのは信じられないものである。


 その中の1つにイエイヌは近づくと、無造作に戸を開いた。


「どうぞ入ってください! ここはずっと私が使ってきたんです!」


 ボロボロな外見と反して、中は綺麗に掃除されていた。ベッドやテーブルなど家具一式は揃っており、少し古びているものの、どれも丁寧に使われていることが伺える。


「ここはずっと昔、何人ものヒトがいたんです。私もよく一緒に遊んでいました」


 話ながら、イエイヌはキュルルたちに座っていいよと席を引く。キュルルたちもお言葉に甘え、腰を下ろした。


 イエイヌは窓から空を見上げる。


「でも、ある日みんないなくなってしまいました」


 キュルルたちからはイエイヌの表情を見ることはできない。憂いを帯びた声だけが鳴り響く。


「その時、確かに約束したんです。『きっとあの子はこの家に帰ってくる、だからそれまでここを守って』って。もうその人の顔も思い出せないけど、約束、したんです」


 朧げながら、それでも確信の色を含ませて、イエイヌは語る。


「オソラク、イチドフレンズカガ カイジョサレテルヨ」


「フレンズ化解除?」


「フレンズカガカイジョサレルト、ソレマデノキオクヲ ウシナッテシマウンダ」


「じゃあ、イエイヌはそれでも約束を覚えていたってわけ?」


 カラカルは、一種の尊敬にも似た視線をイエイヌへ送る。イエイヌは苦笑と共に振り向いた。


「でも、待ちきれなくて探しに行っちゃいました。風の噂で"PPPがヒトを知っている"って聞きまして。ライブに行ってみたら、ちょうどあなたたちがいましたから!」


 笑顔で両手を広げるイエイヌ。しかしそんなイエイヌに、キュルルはふと湧いて出た疑問を口にした。


「あれ? でも、イエイヌさんの言うヒトの"あの子"って、本当に僕のことなのかな?」


 室内に冷風が吹き荒ぶ。


「も、もしかして、ヒト違い、ですか……?」


「キュルル、あんた空気を読みなさい……」


「え!? 今の僕が悪いの!?」


 笑顔の凍りついたイエイヌと、呆れ顔のカラカルに指摘され、涙目のキュルル。カラカルは、他に誰がいるのよと言わんばかりの半眼である。


 せっかくの感動エピソードが台無しになった中、まるで助け舟かのように、キュルルの右腕が発光する。


「キュルル、ココニ カコハカセノパソコンガ アルミタイダヨ」


「ラッキーさん、本当!?」


「じゃあ、ここはカコ博士のおうちってこと?」


「イエイヌさん、何か覚えてない?」


「わ、わかりません。でも知ってるような、知らないような……」


 ラッキービーストの爆弾発言により、またまた空気は一変した。


 キュルルはあたりを見回してみる。程なく、黒くて平べったい機械を発見した。開いてみると、真っ暗なスクリーンとたくさんのスイッチ。ミーアキャットのものとは違うが、キュルルはこれがパソコンだと確信する。


「ラッキーさん、どうしたらいい?」


「ボクガキドウスルヨ。チョットマッテテネ」


 スクリーンが光を放ち、画面に様々な情報が次々とポップアップしていく。それらが収まると、ラッキービーストはカコ博士の日誌ファイルにアクセスを始めた。









『5/29

 今日はクキの身体能力を測ってみた。結果としてはクキの身体能力は平均的なフレンズと呼んで差し支えないだろう。もちろん、元の動物から考えると大きな変化と呼べるのだが。しかし、興味深い発見があった。クキにせがまれて非公式に再度計測を行ったところ、どの種目においても大きな伸びを見せていた。この対応力、成長性はサンドスターの保存性と真逆の反応である。これは、種族的な特徴なのだろうか? それとも、クキの個人的な特徴? 


 5/30

 クキが「パークガイドになりたい」と言いだした。話を聞いてみると、パークガイドに憧れを覚えたようである。フレンズがガイドを行うというのはそれはそれで面白いが、さすがに無理があるだろう。しかし、クキにしては珍しいことに駄々を捏ね出した。とりあえず落ち着かせるために、ガイドになるための勉強を約束する。ミライにこの話をしたらどんな反応をするだろうか。


 5/31

 約束通りクキに勉強を教えてみる。ひとまず文字から教えることにしたが、クキは勉強は苦手としているのか、なかなか身に付かずにいた。文字の読み書きができるようになったフレンズは、いくらか発見されているため、おそらくクキが適正が低めなだけであろう。工夫が必要と見られる。

 反面、絵画に対する適正はかなり高いところが発見された。私のスケッチブックの模写ではあるものの、絵を初めて描いたとは思えない完成度である。いったい、何が作用したのだろうか? 


 6/1

 クキが私の持つスケッチブックをせがんできた。クキが話すには、「後ろに付いている動物図鑑がカッコイイ」とのこと。ラッキービーストではダメなのか聞いてみると、「ラッキービーストだとお母さんみたいにできない」と言い返されてしまった。……私の所持するラッキービーストが拗ねてしまうので、勘弁してもらいたい。喜ぶべきか窘めるべきか……。その場は、ガイドになることができたらプレゼントすることを約束して収めることにした』









「これが……ヒト……」


 日誌に記されたカコ博士の生活に、キュルルは感嘆の声をあげた。笑って、困って、驚いて、また笑って。キュルルにはそんなが見えるようだった。ヒトの生活の全てが詰まっているようだった。


「私も、なんとなくですが覚えています。この家にも、ヒトの笑い声で溢れていました」


 横ではイエイヌが遠くを見るような笑顔を浮かべる。


「イエイヌ、あんたも文字が読めるの!?」


「はい。いつからだったかは忘れましたけど、読めます」


 イエイヌはカラカルからスクリーンへと視線を戻す。


「ここに書かれているカコ博士とクキの思い出、なんだかとても懐かしいです。もう覚えていない"幸せ"が戻ってきてくれるような、そんな気がします」


 頭で覚えていなくとも、魂は覚えている。目を閉じて胸に手を当てるイエイヌの姿から、そんな言葉を感じ取ることができる。


「うん、ぼくもそう思う」


 キュルルもまた同意する。


「ねぇ、カラカル。もしかしたら、ヒトのお家ってこういうものなのかもしれない。あったかくて、たくさんの笑い声で溢れてて、みんなが安心できるような場所。そんな気がするんだ」


 キュルルの目に温かな輝きが散りばめられる。キュルルはその目のまま、困ったような表情でカラカルに向き直った。


「見つかるかな? ぼくのお家」


 ただの理想であることは、キュルルもよくわかっていた。でも、それでも、そんな場所がいいから、キュルルは質問する。


「今さら心配になったの? ったく、ホント頼りないわね」


 一方、カラカルの口をついて出るのは憎まれ口。


「見つかるまで、あんたの世話はわたしが見るわよ。だから、安心なさい」


 お家が見つかる。その意味はしっかりわかっている。それでも悲しませたくないから、カラカルは後ろを向いて応援する。


「続き。まだあるんでしょ? ちゃっちゃと読んじゃいなさい」


 首だけを巡らしたカラカルの言葉にキュルルは無邪気に頷いた。









『6/2

 初めてクキが大泣きした。原因は、トランスバールライオンと狩りごっこをし、ボロ負けしたからである。フレンズによって得意なことは違う、これはすでにジャパリパークにおいて常識となっている。しかし、クキは勝てるようにした工夫をことごとく破られて負けた。惜しいところにまで届くことすらできなかった。それは、クキの根幹をぐらつかせるものだろう。これからのクキの様子を、注意深く観察する必要がある。……私はクキに何をしてやれるのだろうか。


 6/3

 クキが《野性解放》を発現した。いや、あれを《野性解放》と称していいのだろうか。理性が完全に消えたあの状態、まさしくビーストである。本来ならばこんなことをしている場合ではない。現在、対クキの手続きが進行しているはずだ。明日には命令が発令され、何かしらの手が打たれることになる。……クキを助けなくては』









「そ、そんな……」


 イエイヌは目を見開いてわなわなと震える。


「どうしたってのよ、イエイヌ!?」


「クキが、野性解放で暴走したそうなんです」


「それって、クキが最初のビーストだったってこと!? どうなの、キュルル!?」


 カラカルがキュルルに目線を送り、ハッとする。


「読まなくちゃ」


 キュルルは完全に真顔だった。言葉に反してピクリとも動かない身体は、まるで拒絶を表しているかのようである。


「僕は、この続きを知らなくちゃいけない」


 キュルルの中で何かが動き出す。









『6/4

 クキの捕獲に成功した。クキに起こった暴走状態は正式に《ビースト》と呼称されることとなった。原因はクキが被検体であるがゆえのサンドスターバランスの悪さにあると考えられる。その状態での無理な《野性解放》は、クキの《輝き》を食い潰してしまったのであろう。

 現在、クキは私の研究所で休眠している。クキを産んだカプセルにて、サンドスターの保存性を利用することによって、どうにか消滅を免れている。いつ目覚めるのかは誰にも分からない。きっと目覚めても、《輝き》を爆発させてしまったクキは、それまでの記憶を失うであろう。


 6/5

 何がいけなかったのか。どうすればよかったのか。いくら考えても答えは出ない。いや、そもそも今はそんな思考をするべきではない。すでに新たな異変は起こっている。大型セルリアン事件。ミライたちが抵抗しているものの、おそらくジャパリパークの崩壊は目前であろう。今に完全撤退命令が下ってもおかしくはない。「今はクキちゃんのことを考えてあげて」と言ってくれたミライには感謝しなければな。


 6/6

 パークから完全撤退することが決定された。ミライの奮闘によって大きな異変は解決したものの、一手遅くなった形となる。クキを連れて行くことはできない。私の研究施設をそのまま運ぶような余裕はもうない。出発は明日。その後は軍が介入することになるだろう。もう時間は残されていない。


 6/7

 《輝き》とは何か。フレンズの存在が常識となった今でも、その答えを知るものは誰もいない。空想の生物をフレンズ化することに成功した私ですら、《輝き》を定義するにはいたっていない。しかし、仮説はある。それは、フレンズがヒトを模していることが鍵となるだろう。

 もう出発の時間となる。これ以上書く時間は残されていない。しかし、あの子ならきっと答えに辿り着けると信じている。なぜなら、あの子は私の子なのだから。

 最後に、私の残したものを金庫にしまっておいたことをここに記す。パスワードは5102 6265』









 2週間分にも満たない日記。その内容が、キュルルを大きく揺さぶった。キュルルには側で話すカラカルとイエイヌの言葉は聞こえない。


 まだ疑惑でしかない。直感的なナニカに導かれて、キュルルは呟く。


「イエイヌさん。金庫って、どこ?」


 キュルルの様子を不思議に思いながら、イエイヌは部屋の隅を指差した。その先へ、キュルルはゆっくりと近づいて行くと、震える指でパスワードを押していく。


 一つ一つ、ゆっくりと押されていくボタンの音が、まるでカウントダウンのように過ぎていく。最後のボタンが押され、金庫は長年の眠りから覚めた。


 その中の一つ。二つ折りの画用紙を、キュルルは迷いなく手に取る。


 開かれる画用紙。それを目にした時、キュルルの中で疑惑は確信に変わった。


「キュルルさん!?」


「キュルル!? あんた、どこか痛いの!?」


 カラカルとイエイヌが悲鳴にも似た声を上げる。その声に、キュルルは自分が涙を流していることに気がついた。


「ううん、違うよ」


 涙の意味も分からぬまま、キュルルは立ち上がる。


「たぶん」


 そして、優しい笑顔で振り向いた。


「早起きしたからだよ」


 そこに描かれていたのは、笑顔で手を繋ぐ2人の人物。1人は白衣を着た黒髪の女性。そして、その隣には、青を基調とした服を着た、片方に羽のついた帽子を被った子ども。その絵には、拙い文字で『お母さん』と題されていた。


「だから、大丈夫。……あっ! そうだ!」


 涙を手で拭き取ると、キュルルはイエイヌに向き直った。


「ただいま、


 その言葉に、イエイヌは一瞬驚いた顔をする。しかし、すぐに立ち直ると、笑顔でキュルルに応えた。


「はい! おかえりなさい!」


 2人の間に和やかなムードが漂う。


 しかし、神は余韻を許しはしなかった。









「UGAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

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