第7話 「びーすと」



 今までみてきたものが逆再生されるかのように景色が流れていく。砂だらけの砂漠から湖畔へ、そして平原へと差し掛かる。


 キュルルたちは、としょかんを目指してしんりんちほーへとモノレールを走らせていた。今までの観光用低速モードとは違い、高速での旅となっている。流れる景色を見つめていると、キュルルの右腕のラッキービーストが発光した。


「ジュウデン カンリョウ。キュルル、トチュウマデニ シチャッテ、ゴメンネ」


「ラッキーさん! 仕方ないよ。最後まで読めなかったのは残念だけど」


 ピピッと光ったかと思うと、シュンとしたかのようにラッキービーストから光が収まる。落ち込ませてしまったかとキュルルは頬をかき、かける言葉を探した。そんなキュルルにカラカルは助け船を出す。


「よくわかんないけど、あの"ぱそこん"ってやつ貰えばどうにかなったんじゃない?」


「うーん、どうなの? ラッキーさん」


「ムリダヨ。パソコンニデンゲンガ ツナガッテナイカラ、デンチガキレチャウヨ。デンゲント ケーブルガミツカラナイト、サイキドウデキナイネ」


「そっかぁ。ちょっと気になるんだけどな……」


 言いながらキュルルはカコ博士の写真を取り出す。自身と同じヒトへの期待か、どうしても胸に引っかかったものが取れないでいた。


 そんなキュルルに不思議そうな目を向けつつも、カラカルはキュルルの肩を叩く。


「ま、そのうち見つかるんじゃない? もしかしたら博士たちも何か知ってるかもしれないし」


「うん、そうだね」


 カラカルの励ましでキュルルも少しだけ笑顔になる。これ以上考えても仕方ないと、キュルルは写真をバッグにしまった。その様子に安心し、カラカルはそういえばと切り出す。


「キュルル、あんたのやりたいことは見つかったの?」


「んー? まだいまいちかなぁ」


 煮え切らない態度のキュルルにカラカルは首を捻る。そんなカラカルにキュルルは苦笑で答えた。


「まだはっきりとはしてないけど、でもいろんなフレンズさんがみんなそれぞれのやりたいことを精一杯頑張っててさ、僕もああなりたいって思うんだ」


 窓の外へと視線を移すキュルル。その先には景色しかないが、キュルルの顔は今まで会ってきたフレンズたちの姿が見えていることを表していた。


「でも、今はカコ博士について知りたい! カコ博士のことを調べたら、きっと何かが分かりそうな気がするんだ!」


 キュルルはカラカルに満面の笑顔を向ける。その笑顔に真顔となったカラカル。しかし瞬き一つした後、ゲンナリとした顔に変わっていた。


「あんた一人じゃ不安ね……」


「えー! なんでー!?」


 涙目で抗議するキュルル。そんなキュルルにカラカルは引きつった顔を向ける。


「だってあんた、夢中になったら暴走するし」


 脳裏にトラウマが呼び起こされ、ぐぅの音も出なくなるキュルル。そんなキュルルから視線を外し、正面の窓の外を見ながらカラカルは続ける。


「だから、わたしも付いて行くわよ。あんた一人じゃ不安だから、わたしが一緒にいてあげる」


 真剣な顔をしたカラカルに、キュルルは何も返せずにいた。口が開いては閉じるを繰り返すばかりで、なんと返すべきかわからないでいる様がありありと読み取れる。


 モノレールが揺れる音だけが空間を支配する。しかし、ついに静寂は破られた。


「マモナク、シンリンチホー、シンリンチホー。テイシャジニ、コロバナイヨウ キヲツケテネ」


 気がつくと、眼下には青々とした森林が広がっていた。数日前に、気持ち的にはもっと昔に出発した駅へと滑り込んでいく。


「さ、降りるわよ。早くとしょかんへ行きましょ」


「えっ? あ、うん」


 カラカルに促され、キュルルもぎこちない笑顔で返すものの、その表情もすぐに消え去る。何か得体の知れないモヤモヤは、キュルルの中に残るばかりであった。









 駅を降り、たくさんの木々が影を作る中、キュルルとカラカルは無言で歩いていた。黙々と歩を進めるカラカルに対し、キュルルはどこかそわそわとし、チラチラとカラカルに視線を向けている。その姿はまるで怒られた後の犬のようである。


「えっと、カラカル」


 沈黙に耐えきれなくなったのか、ついにキュルルは声をかける。


「? どうしたの?」


「あっ、えっと……その、カラカルはやりたいこととかないの?」


 ふい、と向けられた視線にキュルルは戸惑う。消えてしまった言葉の続きを無理やり繋ぎ合わせ、何か会話しようと紡いでいく。


 必死なキュルルに、カラカルは苦笑した。そんなことが聞きたかったの? と目が語り、しかし何も答えずキュルルに背を向ける。


「カラカル?」


 キュルルの声にも振り向くことはない。怒らせてしまったのだろうか、と不安になるキュルルに、カラカルは背を向けたまま答えを口にした。


「わたしは、もうやりたいことをやってるわよ」


 たった一言、今度は顔も見えない一言に、キュルルはモノレールで言われたことと同じものを感じ取る。その"何か"の力強さに、またキュルルは口を噤んでしまう、


「……」


 何も言えない自分を認めたくなくて、キュルルは何か言おうと口を開く。


 その時だった。




 ズゥンッ!! 




 唐突な地響きが辺りを包み込む。森がざわめき、道の先ではコウモリのフレンズが飛び立つのが見えた。


「行ってみましょう!」


「うん!」


 何かしらの異変を感じ取ったキュルルたちは、一目散に駆け出すのだった。









「ヤバイです、ヤバイです、ヤバイですよぉ! お、オルマーさぁん!」


「ちょっち待ってセンちゃん。もう少し頑張ってぇ」


 駆けつけたキュルルたちの目の前にあったのは、3体の中型セルリアンと、それらに対して防戦一方な2人のフレンズだった。


 円筒型のたくさんのセルリアンが輪っか状に繋がったセルリアン、卵型のボディに紐状の二本足、体の下に円筒型の突起と石を持ったセルリアンの2体の攻撃をオルマーと呼ばれたフレンズがどうにかガードする。その間に、残りの球体のセルリアンが動いた。足元にあった、黒い鍵型の物体に触れると、その物体は消え去り、形をコピーした二本足のサソリのような形となる。新しいボディを得たセルリアンはまっすぐ"センちゃん"へと突っ込んだ。


「危ない!」


 キュルルが声を上げる間にカラカルが動く。涙目で丸まる"センちゃん"に覆い被さるセルリアン。間に合わない。


「野性解放!!」


 カラカルは音速でセルリアンの元へ駆け抜ける。そのスピードで高まった力を爪にこめ、背中の突起物についていた石へ叩き込んだ。



 パッカーン



 間一髪"センちゃん"はピンチから脱出する。しかし、まだ戦闘は終わりではない。今度は卵型のセルリアンが紐状の足を叩きつけにきた。


「センちゃんさん! その場で一回転して!」


 背後から投げかけられた声に、"センちゃん"は反射的にコマのように回る。すると、遠心力によって持ち上げられた尻尾が、鋭利な刃となり、セルリアンの足を切り裂いた。体勢を崩すセルリアン。その間にカラカルがセルリアンの下部にある石を破壊する。


 上手くいったことにキュルルはホッとする。その手には"どうぶつずかん"が握られていた。そこには『オオセンザンコウ。体の鱗はふちが鋭い刃になっている』という文字。図鑑からこの情報を得たキュルルは、咄嗟にこの作戦を思いついたのだった。



 トサッ



 卵型のセルリアンに飲み込まれていたのであろう、フレンズが撒き散らされた破片と共に地面に落ちる。そちらには"センちゃん"が駆け寄った。


「助けてくれて、あんがとね〜。さてさて、厄介なのがあと1匹、どうしたものかなぁ」


 石の見当たらないセルリアンを前に、"アルマー"を始め全員が途方に暮れる。激戦に備え、カラカルも野性解放を再度使用した。次の一手は、キュルルが頭を回転させたとき、



 ふわっ



 体が宙へと浮かび上がるのを感じた。


「撤退です! このまま図書館に行くですよ!」


 自身の身体を抱えるアフリカオオコノハズクこと博士が一声上げる。周りを見渡せば、助手に2人のコウモリのフレンズがそれぞれカラカルたちを抱え上げ、空を飛んでいた。先ほどセルリアンから吐き出されたコウモリのフレンズも、よろめきながらも飛んでいる。


 キュルルたちは大空を散歩しながら、どうにか戦域を撤退するのだった。









 中型セルリアン3体を切り抜け、キュルルたちはキャンプ場で一息ついていた。カラカルは疲れてしまったのか道中で気を失ってしまったため、図書館で休んでいる。


「ご紹介が遅れました。何でも屋『ダブルスフィア』を営んでいます。オオセンザンコウです。先ほどは助けていただき、ありがとうございました」


「やっほー、わたしはセンちゃんのお供のオオアルマジロだよ。オルマーって呼んでね」


「自由気ままにパトロールし隊のテングコウモリよ。テンコでいいよ」


「同じく自由気ままにパトロールし隊のウサギコウモリでしゅ。ウサコって呼んでくだしゃい。あなたは命の恩人でしゅ!」


「右に同じでカグヤコウモリでございます。カグコと呼んでくださいまし。博士、私、もう寝てもよろしくて?」


「空気を読めなのです」


 助手の白けた視線を無視して欠伸をするカグコ。気の抜けた空気もなんのその、である。


「仕方ないですよ! ご苦労なのです!」


 その言葉を受け、図書館に引っ込むカグコ。入れ替わるようにカラカルがこちらへ向かってくる。


「ちょうどいいのです! こちらが……」


「僕はキュルル!」


「カラカルよ。よろしく」


「あなたたちが……」


 得心のいったような顔をするオオセンザンコウに、キュルルとカラカルはハテナマークを浮かべる。


「いつの間に知ったですか?」


「そのことについては、報告と共に」


「わかりました。先に報告を聞かせるですよ」


「湖畔にてビーストの目撃情報が得られました。そこにいる、キュルルさんたち及びイリエワニ、ワニガメと戦闘になったそうです」


「"びーすと"?」


 初めて聞く言葉をキュルルは反復する。カラカルも首を捻っており、思いつかずにいるようだ。


「湖畔であなたたちに襲いかかってきたフレンズがいたはずです。そのフレンズのことですよ」


 その言葉にカラカルの目の色が変わる。


「ちょっと待って! じゃあ、あんたたちはずっと前からアイツのとこを知っていたってわけ!?」


 カラカルの指摘に視線を外す助手。一方博士は明確に頷く。


「なっ、あんたたち! なんであんなのを放置してるのよ!」


ビーストあの子もまたフレンズなのです!」


「それでも危険なヤツじゃない!」


「言い訳にしかならないとは分かっているのです! それでも、事情があるですよ」


「何なのよ、その事情って!」


「それは……」


「博士」


 説明を始めようとした博士に被せる声があった。


「博士」


 助手だった。何かを止めるかのように博士の肩に手を置いた助手が次なる言葉を紡いだ。


「お腹が空きませんか?」


 博士を除き、一同唖然とする。誰もが発言の意図を理解できていないようである。しかし、博士だけは動揺がない。博士は静かに首を横に振ると、優しく手を取り去った。


「助手……。そういえば、ビーストについての記述はどこにあったのでしたっけ? 助手、少し調べてきてくださいませんか?」


 助手は一瞬驚いたような顔をするが、すぐに悔しそうな顔となる。そのまま、音も無く図書館の方へと飛び去ってしまった。


「……カラカルたちに伝えずにいたことは本当に申し訳ないのです。でも、どうしても話せなかったのですよ……」


「それで、結局ビーストって何なのよ」


 震える唇を無理矢理こじ開けて、博士は全てを話し出した。









 全ての始まりは、ラッキービーストからジャパリまんの供給がされなくなってからでした。


 ジャパリまんが我々にとって唯一のサンドスター供給方法だということはわかってますね? このサンドスターは、野性解放の燃料としても必要なのです。


 それが、補給できなくなっちゃったってこと? 


 そうなのです。つまり、野性解放を多く使う者ほど、大量のサンドスターが必要になるのです。……最初の犠牲者は、セルリアンハンターでした。


 セルリアンハンター? 聞いたことないわね。


 昔はいたのですよ。ビースト、アムールトラも元はセルリアンハンターの新人でした。彼女たちは、役回り上短期間に何度も野性解放を使うこととなります。しかし、パーク全体でサンドスターが減少していて、ほぼ全てのフレンズのサンドスターバランスが崩れている状態なのです。


 そんな中でも、セルリアンハンターの3人は野性解放を使いながら戦ってたのです。我々が優先的にジャパリまんを渡そうとしても、受け取りませんでした。


 そのうち、最初はリカオン、次はキンシコウと体内のサンドスターバランスが崩れ切ってしまい、フレンズとしての輝きすらも消費する野性解放状態、すなわちビースト化が起こったのです。そして、ヒグマまでも……


 そのフレンズさんたちはどうなったの? 


 ビースト化はセルリアンに捕食された状態とほぼ同じです。すでにフレンズとしての輝きを消費し尽くして、元の動物に戻ったか、あるいは……消滅か……


 元に戻してあげることはできないの? 


 その方法はまだ見つかっていないのです。このままだと、アムールトラの命も危険でしょう。でも、我々には打てる手がないのです……









 博士が語り合え、辺りは静寂に包まれた。誰もどんな言葉をかければよいのか分からなかったのだ。


「助手を……」


 そんな静寂を破ったのは、博士の弱々しい声だった。


「助手を責めないであげて欲しいのです。セルリアンハンターの3人との離別は我々は過去のことにできていません。なので……」


「いいわよ、もう」


 噛みちぎらんばかりの強さで唇を噛む博士に、カラカルは静止をかけた。


「わたしの方こそ悪かったわ。博士たちに、何があったのか知らずに怒っちゃってごめんなさい」


「カラカル……」


「本当に……申し訳ないのです……」


 それでも謝り続ける博士に、カラカルは困ったような笑顔となる。そして、何を思いついたのか、手を叩いた。


「博士、そろそろお腹も空いてきたし、ご飯にしましょ。おいしいものを食べる時まで、そんな顔引っさげないでよね」


 その言葉に博士はカラカルをまじまじと見つめると、ようやく笑顔を取り戻す。


「……まったく、こちらが下手に出ていると、言いたい放題ですね! 提案には同意なのです! キュルル、お願いするですよ」


「うん!」


 博士の言葉にキュルルは元気に頷くと、早速料理に取り掛かる。


 その後ろ姿を見送り、博士はカラカルのことを見つめた。その目は日の光を反射して、爛々と輝いている。


「カラカル」


 博士の真顔を横目でチラ見するカラカル。カラカルもまた真顔となり、博士から視線を外す。


「大丈夫よ」


「……そうですか。好きに……するのです……」


 何かを隠すように目を閉じ、博士は後ろを向く。


「助手を呼んでくるのです。ダブルスフィアの2人や、パトロールし隊も手伝うですよ」


 そのように言い残すと、博士はふわりと飛び去った。









「やっぱり、ここにいましたか」


 博士が来たのは図書館の裏だった。そこには3つの木組みの十字。その前で、助手は震えながら泣いていた。


「ごめん……なさい、博士。は、博士に辛いこと、全部押し付けて……うぐっ、……助手、失格なのです……」


「良いのですよ、助手。困難は群れで分け合え、なのです! 助手が辛いことを請け負うのが博士の役割ですから」


 そこで、チラリと3つの十字を見つめる。幾度となく見ていながら、張り裂けそうな胸の痛みがそこにはあった。


「……さぁ、顔を洗ったらご飯なのです! キュルルが今作ってるですよ!」


「……はい、博士」









「キュルル、カラカル。今回の件のお詫びと、仕事を請け負ってくれたお礼なのです! 受け取ってください」


 食事の最中、博士はキュルルとからに2枚の紙を渡した。ちなみに本日のメニューは酢豚ご飯。使っているのがジャパリまんのナゾ肉のため、酢豚と呼べるかどうかは不明だが。ウサギコウモリが酸っぱそうに食べ、パイナップルに目を輝かせるということを永遠と繰り返している。


「これは?」


PPPペパプのライブチケットなのです!」


「我々が騒がしいところは好きでないと言っているのにもかかわらず、マーゲイが押し付けてくるのですよ。まったく、困ったヤツなのです」


「気分転換に2人で見に行くと良いのです!」


 差し出されたチケットに、カラカルはキュルルの方を向く。


「どうする、キュルル?」


「せっかくだし行ってみようよ! 博士さん、助手さん、ありがとう!」


「お安い御用なのです!」


「我々は、親切なので」


 誇らしげに胸を張る博士と助手。そんな2人に、意外は方向から声が上がった。


「ええなぁ、PPPペパプのライブ。博士、博士。わたしたちにも何かない〜?」


「こらっ、オルマーさん!」


「博士、博士! わたしたちも欲しいでしゅ!」


「おまえたち……」


「良いじゃないですか、助手。お前たちにも何か考えておくのです!」


「そのぶんキリキリと働くですよ」


「「やったぁ!」」


 ハイタッチをするオルマーとウサコ。そのまま、喜びを全身で表現するように、ウサコは舞い飛ぶ。その様子がどうにもおかしくて、キュルルは吹き出した。キュルルに釣られたように誰もが笑い声をあげる。


 食事は和やかな空気に包まれながら、進んでいくのであった。

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