何が変わり、何が変わらなかったのか?
- ★★★ Excellent!!!
私が特に本作に感じ入ったのは、主人公である木徳直人とミズチの、心の変化でした。
直人の心の変化は、スティーブン・キング著作『ゴールデンボーイ』のように、他者の狂気に犯されて自らもサディスティックになっていく……というようなものとは異なります。
何が言いたいのかと言うと、悪魔崇拝というファンタジー要素を絡み合わせながらも、キャラクターの心情をおぞましく描くことで、モダンホラー的な印象を与えつつ、エンタメ作品として読者を楽しませることに成功しているということです。
そのおぞましさの根底にあるものは、『変化』かと思います。
設定的には、『暗黒界(ブラックサイト)』の『悪意』が影響を及ぼしているのですが、私が感じた作品の魅力は設定そのものではなく、それによって生じるキャラクターの心情の変化でした。
典型的なのは、直人の、最初は常識的で良心を持ち合わせていた人物が、中盤以降、まるで反転するかのように残酷で無慈悲な人物へ変貌したことです。
また、葛葉レイが見せた、異常ともいえる直人への執着心とミズチへの歪んだ愛情表現も、狂気を感じさせつつ、『何が』そうさせたのか、設定の深みを考えさせる作りになっています。
物語の中核の一人でもあるミズチの心境の変化はいうまでもありませんが、彼女の人間関係――特に木徳直人との関係も変化しています。
物語冒頭は敵対関係、序盤以降は協力関係、中盤以降からは依存関係へと。
これら『変化』こそ、作品の奥深くに眠る作者様の意図を考えさせる種になっており、作品の面白さの根源なのかもしれません。
特にラストの直人の決断もまた、変化の表れと取ると、直人の何が変化し、何が変化しなかったのか、考えさせられます。
作品の読み方は読者の手に委ねられますが、本作は様々な読み方ができる希有な作品となっていますので、是非、あなた自身の読み方で本作の魅力に迫ってみてください。
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以下は、私的な考察となります。
※100%ネタバレになりますので、未読の方はお戻りください。
一読以上した方は、どうぞこのままご覧ください。
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◆ 「暗黒界(ブラックサイト)」のシナリオ 全容考察
(1) シナリオの目的
「暗黒界」を顕界させるために、奈落の王(アバドン)が、ひいては「暗黒界」の者たちが通るための門を開くことを目的としている。
(2) シナリオ成就の手段
「暗黒界(ブラックサイト)」と対立する「光明界(ホワイトサイト)」=白のプリーストの加護を超える素質を持つ者(木徳直人)を、様々なトリガーによって「黙示録の獣」「不法の者」として生み出すことで、門を開こうとした。
(3) 「黙示録の獣」
夢の中で、レヴィアタンが木徳につけた三つの痣、これは新約聖書の「東方の三賢者」(メルキオール,バルタザール,カスパール)を表し、痣の三つの「6」とは、ラテン語で「神の子の代理」を意味する"Vicarius Filii Dei"の、ローマ数字部分を足し合わせたものと一致する。
これを反転させることで、木徳を「666」という獣の数字の刻印を持った「黙示録の獣」とした。
(反転については後述)
(4) 「ヨハネの黙示録の四騎士」
黙示録には四騎士の存在が記されてる。そして、作中では各キャラクターがそれに対応している。四騎士を打ち倒すことで、黙示録の封印を解き、木徳に獣の数字(666)の刻印を与えることが可能となる。
また、この四騎士はミズチから飛散した悪意――「暗黒界」の悪意によって覚醒したため、「光明界」の「キリスト教」のシナリオから反転して、「暗黒界」のシナリオに組み込まれることになった。
そして、ミズチ(失楽園の蛇)が四騎士を打ち倒すことで、ミズチ(失楽園の蛇)がレヴィアタン(竜の姿をしたサタン)となり、木徳の獣の数字(666)の刻印を完成へと導く。
○第一の騎士(手に弓、頭に冠。勝利(支配)を得る役目)
・騎士:躬冠司郎
・武器: 弓
○第二の騎士(手に剣。戦争を起こさせる役割):
・騎士:霧争和輝
・武器: 剣
○第三の騎士(手に天秤。飢饉をもたらす役割):
・騎士:葛葉レイ
・武器: タトゥの入った拳(愛憎のバランス)
○第四の騎士(青白い馬に乗った死。疫病や野獣で人を死に至らしめる)
・騎士:湯田黄一
・武器: 躬冠泉(死の魔術が使える)
(5) 「七曜の発現」
「四曜の術」によって、月火水木金土日の7つのエネルギーの内、4つが、第三・第四の騎士に吸収され、それを木徳が回収した。
残る三つは以下だと推定されるものの、これに関しては根拠がないため参考までに。
〇「水」:ミズチ(レヴィアタン)
木徳の武器・乗り物としての役割から、彼がセノバイトとなった時に獲得
〇「金」:湯田黄一
彼が「魔術の概容が相手の頭に入れる」ことで金の力を得た?
→ここは不明瞭
〇「日」:不法の者
獣の数字(666)の刻印が完成して「不法の者」となり日の力を得た?
→ここも不明瞭
(6) 「エルの力」と「七曜の反転」
木徳の「エル」の小説は、ミズチとの繋がりを強めると同時に、「七曜の反転」の意味があったと思われるが、考察の域は出ない。
「宿曜占星術」は27の宿と7つの曜を組み合わせることによって人の性質や吉凶、また、吉凶となる日を占うもの。しかしここに、「七曜陵逼(しちようりょうひつ)」と呼ばれる全ての宿に同時に起こる衰運期が発生する期間がある。
湯田が語った小説「エル」の具現化は、「六害宿(ろくがいしゅく)」という6つの大凶日を発生させることで、七曜を反転させ、「七曜陵逼」を発生させる意味があったのではないだろうか。
以下に、木徳の小説と「六害宿」の関係について記す。
1. 命宿(めいしゅく)
財産を失いやすく、様々なトラブルに遭い、大きな失敗をおかす日
・小説 『第一の封印「エルの終末」』
→戦争という人類の愚行を兵士の自殺という形で人類の「失敗」を表す
2. 意宿(いしゅく)
物事が思い通りに進まず、気分の落ち込む日
・小説 『第二の封印「時計仕掛けのアンブレラ」』
→結婚記念日に夫が帰ってこない「女」の状況がこれを表す
3. 事宿(じしゅく)
様々なトラブル遭いやすく、些細な事でも注意すべき日
・小説 『第三の封印「ウェンディゴの女」』
→人喰いの女が人型のオートマタ(エル)に遭うことがこれを表す
4. 克宿(こくしゅく)
財産を失いやすく、仕事で地位や信用を失いやすい日
・小説 『第四の封印「吸血鬼の男」』
→吸血鬼ハンターのエドガーが、アランに殺されることがこれを表す
5. 聚宿(しゅうしゅく)
喧嘩、離婚、死別など、家族・親族間での問題が起こりやすい日
・小説 『第二の封印「時計仕掛けのアンブレラ」』
→夫婦の亀裂と子供の心を引き裂く言葉がこれを表す
6. 同宿(どうしゅく)
財産を失いやすく、友人・知人との間で問題が起こりやすい日
・小説 『第三の封印「ウェンディゴの女」』
→人喰いの女に対する『姉妹の様な親近感』がこれを表す
(7) セノバイト
「暗黒界(ブラックサイト)」そのものであり、広義においては『暗黒界の悪意』『黙示録の獣』『不法の者』もこれに該当すると思われる。
(8) ラプラスの眼とセノバイトの鎖
湯田の「七曜の発現とも似る」という発言から、「七曜の発現」=「光明界(ホワイトサイト)」の反転=「暗黒界」という図式が成り立ち、「ラプラスの眼」「セノバイトの鎖」とは、「暗黒界」から得られた全能ともいえる知識を用いて、未来の状態を予知し、時間を操る力を指すと思われる。
ただし、湯田の顕現は不完全であるため「ラプラスの脳」として知識を得るまでに留まる。
ミズチの「ラプラスの眼」は、あくまでも木徳の武器としてその一部の力が与えられたと仮定すると(ミズチが最初から持っていた力ではないため)、「暗黒界」の知識はセノバイトとなった木徳を経由してもたらされており、完全となったセノバイトは、「暗黒界」の知識をすべて手に入れる=すべての魔術を使用可能と、まさに不法の者(破滅に定められた者)となる。
(9) 「ミズチ」と「黒川美月」
〇ミズチと黒川美月の違い
第一章 第二話のミズチの、
「あたしはやってない」
「やったのはミズチ。あたしがやりたかったけどね」
という発言から、ミズチは、「レヴィアタンとしてのミズチ」と、「それに影響を受けて殺人衝動と地獄を持った黒川美月」が混合していると思われる。
以下に両者の違いを示す。
(A) ミズチ(レヴィアタン) ※(第七章 第四話「七曜混合」参照)
太古の昔、宇宙が生まれる前、「暗黒界」が「人間の女の胎児のようなイメージ」に、「悪意の種子」を植え付けた存在と、黒川美月が接続されたことによって覚醒したもの。黒川美月が持つ前世のイメージがこれではないだろうか。
(B) 黒川美月
人間としての黒川美月は「暗黒界」の悪意そのものではない。しかし、ミズチ(レヴィアタン)の影響を受けて、殺人衝動を持ち、この世を地獄を感じ、さらに「死の魔術」が使える。
〇「殺人衝動」と「世界を地獄と捉える感覚」
第四章 第五話「怒りの日」より、木徳がセノバイトとして、ミズチ(レヴィアタン)の力、すなわち七曜の「水」の力を得たことで、黒川美月への「暗黒界」の悪意の影響度が薄まったと考察する。
木徳が七曜の「水」の力を引き受けることで『「暗黒界(ブラックサイト)」の悪意』も同時に引き受ける形になった可能性がある。
〇木徳の死による開放
ミズチ(レヴィアタン)が「不法の者」の武器・乗り物であり、その役割をはじめから定められていたため、木徳の死によって、黒川美月は「悪意の種子」との接続から解放されたと考えられる。
(10) 木徳直人
白のプリーストの加護を超越する者であったが、当初は湯田の比喩を借りると「迷える子羊」にすぎず、「光明界(ホワイトサイト)」と「暗黒界(ブラックサイト)」の中間地点にいた。
第一章でミズチから魔術の概要を話されたことで、「暗黒界」との最初の繋がりを得て、魔術師の力の一端(魔術眼、使い魔行使)を得る。その後、 「ヨハネの黙示録の四騎士」を打倒し、「七曜」を取り込み、更に「七曜」を自らの小説によって反転させることで、「黙示録の獣」「不法の者」へと変貌していった。
しかし、木徳はミズチと過ごす中で、彼女の中の「黒川美月」を見た。彼女と一緒に過ごした日々が彼の心に淡い感情を生み出し、それが結果として、「黒川美月」を「ミズチ(レヴィアタン)」から解放させることになった。
それは、彼の中に残っていた、「木徳直人」という人間性の残滓ともいえる大切なものであり、それがラストシーンで表現されていた。