木徳直人はミズチを殺す(完結作)

鈴本 案(アンデッド)

第一章『黙示録の出会い』

第一話「幕開・千年が終わる」




 六畳のワンルームを死地の空気が支配していた。牢獄めいた圧迫感と静けさが室内に充満している。


 高校二年生の木徳きとく直人なおとは黒いケーブルで後ろ手に縛られ、足も拘束されて畳の上に横たわっていた。

 目の前には赤い眼鏡の女。短めのスカートで黒いパイプ椅子に座っている。

 彼女が右手に握っているのは、変わった形の銀色のナイフ――


 自由を奪われている彼はしばらく前まで気を失っていた。

 部屋にも見覚えがない。

 敷かれた畳の匂いがする部屋には窓が一つあるだけだった。

 机や棚や物もなく、何もない以外は一般的なワンルームだ。

 直人が見上げると、女の顔の赤い眼鏡が目に入る。

 フレームが細いオーバルタイプ。

 場違いな赤色の眼鏡を彼女が左手でかけ直した。

 それは鮮明なだった。

 異常な光景を直視した彼は、現実を拒みたくなった。


 直人は死にたくもなかった。

 心の中で信じてもいない神に願う。更には祈った。

 彼の思いに応えるように、妖艶なあくまも冷酷に告げた。


「絶対に騒ぐな」




 直人の身体からだは恐慌に蝕まれていた。

 黒のケーブルが学生服の上から手足に食い込んでいる。

 だが猿ぐつわはされていなかった。

 恐怖で喉が渇いて唾を飲み込む。

 口の中で不毛な味わいだけが広がった。


 和室には不釣り合いな黒いパイプ椅子。

 異様な状況に鎮座する赤い眼鏡の女は無口だ。目覚めた彼を眺め続けている。

 楕円形の眼鏡のレンズを通して二人の視線がぶつかると、彼女がすらりとした脚を組み替えた。

 動きに合わせてパイプ椅子がきしむ。

 脚を動かした女から漂う微香。畳の匂いと混じった妖しい香りが鼻腔まで届く。

 直人の目線の低さではスカートの中が見えそうになるが、嫌悪感を抱いていた彼は反射的に目を背けた。


 直人は目覚めてから女の言葉に従っていたが、意識が明瞭になってくるにつれて怒りも湧き上がっていた。

 抗議の意味を込め彼女の目を直視する。

 直情的になった瞬間、彼はえもしれぬ何かを感じた。

 女の右手の先にあるどこか奇妙な銀色の刃。冷たい金属が身体を舐め回していく。

 幻想で直人の全身は凍った。

 内にあった怒りも急速に畏縮していき、無力さも込み上げる。

 彼女が自らの唇に人差し指を添えた。

 そのまま口を開く。


「大声は出すな」


 震える直人は顔を伏せた。




 食い込んだ拘束と、女の右手の鋭利な刃物で肌がひりつく。

 彼は死が身近にあるという絶望と恐怖を感じた。

 余命宣告を告げられた直後の様な思考。それでも直人は必死に自問自答した。


 ――下心がなかったといえば嘘になる。けどなんで……。お釈迦様でもなんとやらで、分かるはずない。

 全てはあんなのを見たから。そう、目の錯覚だったんだ。気にしなければ済んだのに……。

 変な好奇心のせいで、こんな、こんなになるはずじゃなかった。

 好奇心は猫を殺す、って言葉通りなのか。それでも僕は……死にたくない!


 彼は自問自答で頭の中を高速させていた。

 おかげで落ち着きも取り戻しつつあった。

 直人は再び生きたいと強く願う。

 意識的に目を閉じて、頭の中をしっかりクリアにしようと努めた。


 ――生き残るには。

 どうすれば……。

 逃げるには。

 そうだ……。

 何か思い出せば。

 きっと……。

 絶対死にたくない。

 きっと何か打開策が……。


 生への執着心を異常に強く持つ。

 自身と向き合い、その思考は過去へと向かった。




 女はパイプ椅子に腰かけたままだった。

 組んだ足の先を楽しげに揺らしている。

 そして微笑しながら、呟いた。


「ミズチはアンタをどうするか」










 ――暗黒が侵していく。

 歓びの悪夢を運ぶ。

 闇がその身を震わせた。



  *



って現実になるよね』

『何それ、都市伝説?』

『嫌な気持ちは嫌な何かを引き寄せるから』

『気味悪いよ。最近行方不明も多いし』

『それこそ都市伝説じゃん』

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