鬼にも妖にも、こころがある――これは懲悪で終わらない《昔話》
- ★★★ Excellent!!!
桃から産まれ、陰陽師に育てられた少年《桃狩》は、最強の陰陽師である義父が消息を絶ったとされる鬼ヶ島にむかって旅発った。式神である戌斬に加え、道中妖である猿我と鵺と出逢い、ともに鬼成敗に繰りだす。
この小説の真髄はまさにこの、犬 猿 雉 という定番の人物たちであります。
堅物で一直線な《戌斬》――彼は式神であり、桃狩に忠義を誓っていますが、語りたくない昔日を胸に収めている模様。みずからの素性を語らず、謎めいています。
姉御肌で奔放な山賊の女頭領《猿我》――彼女は竹を割ったような気質の美女で賊の頭領ですが、見境なく奪うのではなく義賊のような信条を持っています。実は半妖であり、幼少期から辛い経験を重ねており、それでも笑って踏ん張ってきた、ほんとうに強い娘です。
女好きで軽薄な態度の妖《鵺》――普段から欲望に忠実で冗談ばかりを口にするので本音が掴めませんが、決めるときにはびしっと決めてくれます。猿我との絡みはたまらないものがあります。
もちろん、桃太郎――ならぬ《桃狩》も育ちがよすぎるのか、見当違いなほどに生真面目なところがあり、正統派でありながらとても魅力的です。常識がぶっ飛んだ義父も、忘れちゃいけません。
それぞれの登場人物が、ほんとうにいい。
単純に、人間を喰らう鬼や妖が悪。という勧善懲悪ではなく、鬼には鬼の、人を憎むに至る経緯があり、人間側につく鬼や妖にもそれぞれ 人間を愛し護りたいと欲する事情があります。よくぞここまでと感嘆するほどに、ひとりひとりの人物を掘りさげ、個々の心境と経緯を大事に書いておられます。
著者様が人物を愛し、慈しんで、彼等が輝けるように丁寧に物語を紡いでいるのが感じ取れます。
小説を書くとはせかいを創ることであり、そこに暮らす人物を産みだすことだと、私は考えています。なればこそ、誰よりも先にその物語を愛し、人物を慈しむのもまた、物書きの役割ではないかと。
読み専の読者さまはもちろん、小説を書かれる読者様にも是非とも、読んでいただきたい昔話です。