クエスト13:魔王の娘をパーティーに加えろ
聖王国に於いて《魔族》といえば、邪悪な闇の力で世界を滅ぼさんとする人類の敵――と、されている。
大陸の東端に位置する聖王国に対して西側、それも大陸のほぼ全域を支配しているという大帝国ニヴルヘイム。そこは悪徳と腐敗に満ちた魔境であり、そこに住まう者は一人の例外もなく、邪神の血を継ぐ穢れた一族とその下僕である……と、多くの書物や大人の口から俺たちは教わった。
しかし実のところ、俺たち聖王国の民は、魔族や帝国について伝聞以上のことはなにも知らない。国境でさえ帝国の軍が侵攻したなんて話は一度だって聞いたことがないし、魔族の姿を実際に見た者も皆無。民の間じゃ半分おとぎ話の住人に等しい存在だ。
――ましてや大帝国を治める魔王の娘とか、完全に想像の及ぶ域を超えているわけで。
そりゃあ、ガリウスたちが驚くのも無理はない。
「な、なんだって帝国のお姫様がこんなところにいるんだよぉ!?」
「一体どんな経緯があれば、魔王の娘とお知り合いになるというのですか!?」
「っていうか、自分の登場を演出するために上位マモノを引きずり回すとか、どういうスケールの発想と神経してるんだヨ!?」
「ああもう、順を追って説明するから落ち着け! エルザ、まずはここにいる目的について……げっ」
「ふむ。ふむふむふむ」
俺は説明を丸投げしようとして、エルザの目つきにイヤーな予感が走った。
より正確にはフラムとアスティとニボシ、要は女性陣を見る爛々とした目に。
「あの、私たちがなにか――ひぁ!?」
警戒したアスティが、普段なら聞けないような悲鳴を上げる。
突然、エルザがアスティに抱きついたのだ。それはもう、同性じゃなかったら斬り捨てられても文句が言えない勢いでガバリと。
なまじ殺気や敵意が全くなかっただけに、アスティも反応が遅れたのだろう。別の意味で邪な気配はあったんだがな。
「おお! そなたはエルフ族なのだな? 我が父の臣下にもダークエルフはいるが、エルフを見るのはこれが初めてだ! うむうむ、良いぞ、実に愛い。聞きしに勝る美しさだ。そなたの美しさには、森の妖精とて見惚れよう。特にその寡黙な面持ち、わらわの手で蕩かしたらどれほど甘美な声で鳴いてくれるのか……っ」
「あー、真っ先に説明しとくべきだったな。そいつ、大の美少女好きなんだよ。ただし美少女の基準は全ヒト族の女性だがな」
「それを早く言って、というか離れなさ……アッ!?」
「ほうほう、この脚線美がまた良い。感度も良好とは実に愛で甲斐があるな!」
また同性なのをいいことに、遠慮のない手つきでアスティの体をまさぐるエルザ。
アスティは身を捩って抵抗しようとするが、エルザの手管に上手く力が入らないと見えて、時折思わずといった感じの嬌声を漏らしていた。頬も若干朱に染まっている。
なんつーか、目のやり場に困ります、ハイ。気を遣って壁の方を向くガリウスはマジ紳士だ。俺はどうしてもチラチラ目がいっちまう。
と、ひとしきり満足したらしいエルザの目が、今度は引きつった笑みで傍観していたニボシをロックオンする。
後退りするニボシに、ジリジリと距離を詰めるエルザ。
「わらわがあまりに美しいからといって、そうかしこまるでない。そなたも抱きしめて頬ずりしたくなるくらいかわゆいぞ? 小柄なわりに出るとこは出ているギャップも、またたまらぬなあ。特にキュッと締まった腰つきなど瑞々しい果実のようで……。ほれほれ。そのフードに隠した愛らしい顔を、もっとよく見せてはくれぬか?」
「かしこまるどころか普通にドン引きなんだがナァ! そ、それにこのフードには、宗教上の理由があってだナ? 夫となる人以外には見せちゃいけない的なアレコレが」
「わらわが娶るからなにも問題はないな! それに隠されれば暴きたくなるのが人の性というもの。さあさあ、そなたの全てを包み隠さずわらわにさらけ出すがよい!」
「ちょっ、本当にやめ……っ!」
顔を青ざめさせてフードを押さえるニボシに、エルザの魔手が伸びる。
それを、横から割って入った手が掴んで止めた。
無論、止めたのは俺だ。俺は真剣な顔でエルザに制止をかける。
「エルザ……。このフードは、こいつなりの事情があって隠しているモンだ。ただの興味本位で暴くのは俺が許さない。いくらお前でも――怒るぞ」
「ほお?」
怒ったらどうだというのだ、とでも言わんばかりに笑うエルザ。その全身から《闇》を帯びた冷気が発せられ、生温い地下迷宮の空気を瞬く間に凍てつかせた。
対する俺の全身からも《闇》の黒雷が迸り、冷気を砕く。氷と雷。属性上はこちらが有利のはずだが、エルザの冷気……いや、凍気は俺の黒雷をも一部凍りつかせていた。世界を塗り潰す意志の力で、エルザが俺をやや上回っているのだ。
一触即発の空気。ここでエルザの不興を買うのは、国外脱出のためにもまずい。だからといってニボシの秘密を差し出すような真似は、他ならぬ俺自身が許せない。
覇気すら感じるエルザの威圧に、俺は一歩も退かない覚悟で睨み返す。
最早衝突は避けられない――かに思われたんだが。
「ちゅっ」
「ほわああああ!?」
頬に不意打ちの一撃を喰らって、俺は無様に後退ってしまう。
一撃っつーか、うん。頬にキスされたわけなんだが。アッハッハッハ。
いや、なんで!?
「ナナナナなにがどうしてそうなるんだよ!?」
「うむうむ。ちょっと会わぬ間に、見違えるほど良い男になっているではないか。『男子三日合わざれば括目して見よ』という言葉があるが、まさしくそれだな! いや、元々そなたは実にそそる男であったが!」
エルザはなんとも嬉しそうな顔で高笑いする。
青白い指先が俺の頬……正確には、未だ肌を走る黒雷を慈しむように撫でた。当然のように、黒雷がエルザの指を傷つけることはない。
「この、眩いほどに澄んだ漆黒の闇。宝剣のごとく美しいまでに研ぎ澄まされた憤怒。以前は奇妙な靄で隠されていたタスクの輝きが、今はなんの妨げもなしによく見える。そうか、そうか。これがそなたという男の魂が秘めたる闇黒なのだな」
「あ、ああ。色々あって、呪縛が解けたからな。【真なる闇の力】なんて新しいスキルも身につけたから、物珍しさもあるんじゃないか?」
「ほう、それは……。クフフ、そなたという男はつくづくわらわを驚かせ、楽しませてくれるな。しかし謙虚は美徳と言うが、もっと胸を張るがいい。そなたもまた、わらわが寵愛を受けるに値する至宝の一つなのだから、な」
俺の頬に触れる手つきが、次第に艶めかしいものになっていく。アスティやフラム以上に白く、やや青みがあって冷たい指先が、蕩かすような熱を帯びた。その色々とたわわな肢体まで、惜しげもなく密着させてくる。特に胸のたわわがこう、凄い!
熱病にでもかかったように頭がクラクラして抵抗できない俺に、エルザが今度は俺の唇にキスを――しようとしたところで、俺の体が思い切り後ろに引っ張られた。
アスティとニボシが俺を引き離そうと、左右からしがみついているのだ。
「オイコラ、ヒトがときめいてる横で他の女とイチャつくとか、どういう了見だヨ?」
「私の時点で助けに入ってくれてもよかったのではないですか?」
「なんだなんだ、二人とも。そう嫉妬せずとも、わらわが皆等しく、蕩けるまで愛してやるから心配するでない」
俺にしがみつきながら睨み合う三人。
傍から見れば羨ましい状況だろうし、実際三者三様の柔らかさと温かさにうっかり昇天しそうだが……三人それぞれの力を知っているだけに、ちょっと生きた心地がしない。うっかり物理的に昇天しそう。
「いや、別にイチャついてるとか、そういうんじゃなくてだな? つーかエルザは話がややこしくなるから自重してくれ――おわ!?」
三方から引き千切られやしないかとヒヤヒヤする俺の体を、突然の黒炎が包み込んだ。
熱も痛みもなく、黒炎は俺に傷一つつけない。それはエルザたちも同様だったが、反射的に飛び退いて俺から離れた。
そこを逃さず黒炎から俺を抱き寄せたのは、やはりというかフラムだった。
「そこまでにしときなさい。こいつ繊細で案外デリケートだから、優しく扱ってあげなきゃすぐにヘソ曲げるわよ?」
「とか言いつつ、ちゃっかり自分はタスクの隣キープしてるんじゃないのサ」
「やはり油断ならない人ですね」
「……ふーむ。これは、これは」
ニボシとアスティが不服そうに棘のある視線を向ける一方で、エルザはなにやら物珍しそうな目で、フラムを頭から足先まで眺めていた。
あれは初めて会ったときの俺を見る目と同じ、面白いモノを見つけたという顔だ。
「蚊帳の外のようになってしまってすまなかったな。白雪のように美しく、そして業火のように熱き
「はいぃぃ? 言われて見れば、髪と目の色は近いかもしれないがな。俺の灰と赤に、フラムの銀と深紅じゃお世辞にも似てるとは言えないだろ。こいつは昨日今日知り合ったばかりだし、そもそも俺が孤児院育ちだってエルザも知ってるよな?」
「フラムよ。タスクとは血の繋がった妹で脅威になりません、なんてあんたに都合の良い設定はないから、お生憎さま」
「いや、兄妹揃って美味しく頂くのもわらわ的には燃えるのだが……ふーむふむ」
なにやら勝手に一人で納得して、意味ありげにエルザは頷く。
……つーかフラムのこと、エルザも知らないのかよ。
途中から、てっきりエルザの差し金かと思ってたんだが。エルザにはガリウスたちのことも多少話してたし、エルザから色々と聞かされていたなら、フラムがやたら俺や俺の周りに詳しいことにも一応の説明がつく。しかし、どうやらハズレだったらしい。
よくよく考えたら、『あの子』のことはエルザにだって話したことないから、顔が似すぎている点には説明がつかないんだよな。
いよいよ何者なのか謎だ……それでもなお警戒する気が起きない辺り、俺の勘が鈍ったか術中に落ちている心配をするべきかもしれない。
俺の小さな疑心暗鬼を知ってか知らずか、フラムは抱きつこうとするエルザを黒炎で牽制しつつ、盛大に脱線した話を仕切り直す。
「私のことはさておき、いい加減に話を進めましょうよ。未だに追手は追いついてないけど、そこまで悠長にしていられる時間もないでしょ」
「よかろう。どうやらそなたらにも切迫した事情があるようだしな。――わらわがここにいる理由。その発端は、約一〇年前から大陸全体で、マモノの発生率が上昇を続けていることだ。自然な成り行きとは思えぬ、それはもう右肩上がりの順調さでな」
マモノは魔族が邪法で生み出した侵略兵器である……などと主張する者も聖王国にはいるが、実際には帝国もマモノの被害を受けているらしい。
俺と同じ闇の力の使い手が多くいるため、聖王国より対策は取れている。しかし増加を続けるマモノの数に、ここ近年はジリ貧になりつつあるそうだ。
「大地が続く限りどこにでも出現するマモノの脅威は、民を守護する国家としても無視できぬ問題だ。調査の結果、大地を流れる龍脈を通じ、どこからか邪悪なエネルギーが大陸中に行き渡っていることを突き止めた」
俺たちが世界に意思を反映させる《魔力》を持つ一方で、世界にも生物の意思に呼応する大自然のエネルギー《マナ》が存在する。
マナは絶えず世界を循環し、特に地下深くの巨大な流れを《龍脈》と呼ぶのだ。
「帝国には龍脈の流れを利用した長距離転移の魔法儀式がある。イメージとしては、川を船で下る感じだな。龍脈の流れに乗ることで転移の距離を伸ばし、しかも龍脈の魔力を拝借することで消費魔力はほとんど変わらないというお得使用なのだぞ」
母国の功績を我がことのように誇って、エルザは笑う。
国を愛し民を愛する、良き為政者としての顔を窺わせる笑みだ。
「そしてこの魔法儀式を応用することにより、龍脈に混在する邪悪なエネルギーの流れを辿ってその出所を探ったところ……そなたらが《ロンギヌスの塔》と呼ぶ、この遺跡の遥か地下に元凶があると判明した」
話の流れから予想はついていただろうが、ガリウスたちの顔に緊張が走る。
皆、塔の伝説に謳われる《邪神》の存在が脳裏をよぎったんだろう。
俺もエルザから話を聞いて以来、このダンジョンに漂う不気味な空気が、巨大なナニカの腹の中にでもいるかのように錯覚してならない。
「直接調査したいところだが、なにせ源泉がある場所。龍脈に混在する邪悪なエネルギーの密度も尋常ではない。並の魔法使いでは龍脈の中で溺死しかねん。 そ・こ・で! この美貌もさることながら、魔法に於いても並ぶ者なき才能を誇るわらわの出番というわけだ! わらわの美しさの前には、邪悪すら脇に退いて道を譲るというもの!」
ドッヤアアアア! って感じの笑顔を浮かべるエルザに、思わず脱力する一同。
どうにか持ち直した俺が、最後を締め括った。
「……で、この聖騎士も寄りつかない深層を調査していたエルザと、隠された下層を見つけてさらに潜っていた俺が、偶然鉢合わせたって次第だ」
「そこは運命の出会いと言わぬか。ロマンチシズムに欠けるであろう。わらわはそなたを一目見たときからぞっこんだというのに、つれない男だな」
「へいへい」
熱っぽい眼差しを送られるものの、俺は努めて軽くあしらう。
博愛と言えば聞こえはいいが、気の多い女なのは先程までの振る舞いを見ての通り。
エルザはどうも前々から、俺を随分と高く買ってくれている様子だ。しかしそれはあくまで能力的、有能な人材とかそういう意味合いの評価で、恋愛感情とか期待するだけ馬鹿を見るだろう。ある程度気に入った相手なら誰にでも同じこと言ってそうだし。
だからアスティもニボシも、視線で圧をかけてくるのやめてくれませんかねえ……。
「さて、わらわの事情については説明した。今度はこちらが、そなたらの事情を聞く番だ。追われているとは穏やかでない。そして追われる身でこの地下迷宮に潜ったということは、わらわの力を必要としていると見るが?」
「ああ、そうだ。……俺は、かねてからのお前の誘いを受けようと思う」
まず改めて、俺たちが現在置かれている状況をエルザに説明した。
俺が教団から突然すぎる異端認定を受けたこと。聖都中の住民が洗脳されて敵に回り、洗脳を免れたガリウスたちまで追われる羽目になったこと。状況からして国内に逃げ場があるとは思えず、エルザを頼るためにこの地下迷宮に潜ったこと。
フラム以外の皆が名乗るタイミングを逃していたので、それも説明の中で済ませた。
そして俺は、ようやく本題をエルザに切り出す。
「そこで、頼みがある。こいつらを聖王国の外へ無事に逃がし、帝国で今後の安全と生活を保証して欲しい。その対価として、俺はエルザビュートの臣下となろう」
『国に忠義があるわけでもないのだろう? ならば帝国に渡り、わらわの臣下となれ』――以前から何度もエルザにそう誘いをかけられていた。望むままの報酬を与える、とも。俺はその報酬として、皆を逃がすと共に帝国で面倒を見てもらう算段なのだ。
俺の言葉に皆、特にアスティとニボシが顔色を変える。
「それは……!」
「タスクお前、オイラたちのために身を売ろうっていうのかヨ!?」
「言い方、言い方。なにも取って食われるわけじゃないんだから」
「それはどうかな? 別に身も心もわらわの所有物になってもらってからでも、臣下にするのは遅くあるまい?」
「え」
「冗談だ。駆け引きと脅迫は別物だからな。そなたらを口説く楽しみはひとまず後に取って置くとして……。タスクの申し出を受けるとしよう! 臣下とその仲間を救うのは、上に立つ者として当然のこと! そなたらを、我が帝国に迎え入れよう!」
「っ、助かる!」
「ふお!?」
エルザの快諾に、思わず彼女の手を取り強く握ってしまった。
無礼者とか平手の一つでも飛ぶかと思いきや、青白い頬に朱が差す。
「そ、そなたは突然積極的になるな。そういうところがまた、たまらぬのだがっ」
満更でもない感じでモジモジするエルザ。角が生えてたり目が白黒逆だったりしても、こういう仕草は普通に女の子って感じでこっちまでドキドキする――うん、アスティもニボシもその『お前は女と見れば誰にでもそんなことしてるのか』みたいな目つきはやめてくれませんかねえ!? フラムまで呆れ顔になってるし!
……ところでガリウスは、なんでさっきから壁際に寄ってひたすら空気に徹してるんだ? どうも心なしか、エルザに対して萎縮しているような?
「よし! 帝国へ脱出するためにも、まずは転移魔法陣を設置した地下五〇階層に向かわなければな! 行くぞ! 我が栄えある臣下たちよ!」
「いや、なんであんたが仕切るのサ」
「あくまでこのパーティーのリーダーはタスクです。たとえ帝国の王女といえど、好き勝手に振る舞われては困ります」
「え、俺がリーダーだったの!?」
「そりゃあ、ここにいる全員が互いに面識なかったし、共通点がタスクの顔見知りって一点だけだもの。むしろ、あんたがリーダーやらないと纏まらないわよ?」
なにはともあれ、こうしてパーティーに魔王の娘が加わったのだった。
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