クエスト21:聖騎士長ギレスを斃せ
「どうわああああああああ!?」
地面に身を投げ出し、尾と背中を丸めて転がることで、ガリウスはどうにか地を割る光線から逃れた。砕かれた床の破片がガツンガツンと当たるが、赤銅の鱗を傷つけるには至らない。それでも焦げた破片の熱が物語る攻撃の威力に内心ヒヤリとした。
しかしガリウスの戦意は衰えず。手放さなかった戦鎚と盾を支えに素早く立ち上がり、天井近くの高さから見下してくる天使モドキを睨みつけた。
「劣等種族の思考回路は理解に苦しむな。あのような醜い怪物を庇い立てするなど」
「ハッ! 光の力に魂まで抜かれた人形ヤローにはわかんねえだろうな!」
六枚三対の翼を持つ、ソウラが着せられていたモノの上位互換と思われる《天鎧》を纏ったギレスに、ガリウスは威勢よく啖呵を切る。
フラムが怪物に変貌したのには、流石に度肝を抜かれた。しかし、それだけでフラムに忌避を抱くことはない。余人に理解されないような事情を抱えているのは、ガリウスも同じだからだ。おそらくは他の少女たちも同様に。
だからフラムの苦しみが、ガリウスたちには僅かなりとも理解できる。
「事情を打ち明けたって誰も助けちゃくれねえ。それどころか詰られて、石を投げられて。自分はこの世界にひとりぼっちなんだって……そういう不安とか、諦めとか、心細さを抱えながら生きてるんだ。俺たちみたいな、暗がりに転がり落ちた日陰者はよう」
「当然だな。貴様らは秩序に不和を呼ぶだけの、社会に有害な異物。存在していること自体が罪なのだ。我らの正しき世界を汚さぬよう、ゴミはゴミらしく速やかに死ね」
「そうやって、てめえら正義の聖騎士様は、いつも高みから見下すばかりで、俺らのことなんざ知らんぷりだ。でもよう、タスクは違った。あいつは俺たちと同じように苦しんで叫んでもがきながら、それでも自分じゃない誰かのために戦える強いヤツだ!」
自分の抱える過去や事情について、そう多くを語ったわけではない。
しかしタスクはヒトの痛みに敏感だった。
そして我が事のように痛みを感じ、憤るのだ。
「傍らに立って、痛みと怒りを共にしてくれる。一人じゃ立ち上がれない俺たちに、いつでも剣となり盾となって力を貸してくれる。そんなタスクの怒りがどれだけ心強かったか。その怒りにどれだけ救われたかことか……!」
それはきっと他の少女たちも、あるいはガリウス以上によく知っているだろう。
だからフラムを助けるというタスクの宣言に、異議を唱える者など一人もいなかった。
自分たちにしてくれたことを今一度成そうというなら、手助けしない理由がどこにあろうか。まさかいきなり怪物に全力疾走からの体当たりをかまし、そのまま中に入り込んでしまうのは予想外だったが……。
ともかく、タスクがフラムを助ける邪魔をさせないのが、ガリウスたちの役目だった。
幸い、怪物は自分に攻撃してきた者にしか反撃を行っていない。
おかげで聖騎士だけが怪物の攻撃に晒され、ガリウスたちは怪物と共闘するかのような形で、一〇〇人近い聖騎士団を引っ掻き回すことに成功していた。
流れ弾も当たる様子がないのはタスク、あるいはフラムの意思だろうか。
「ゴミ同士のくだらぬ馴れ合いなど、理解するに値しない。ただちに消滅せよ」
ギレスはそう切って捨てると、頭上の光輪より光線を放つ。
鋼も溶かして貫く超高熱の閃光。既に幾度となく受けて、ガリウスの大盾も粘土細工のように崩れかかっていた。
盾の完全破壊も覚悟で防ごうとするガリウスの前に、飛び込む人影。
「お、オオオオオオオオ!」
雄々しい叫びを上げて振るわれたソウラの剣が、光線を斬り裂いた。
彼には『始末した』聖騎士から回収した聖剣を持たせていた。しかしアーツに頼り切った他の聖騎士とは別格の一撃。
伊達に、かつてタスクと切磋琢磨していた仲ではないらしい。少し見直した。
「ギレス聖騎士長! あなたは彼の切実な叫びになにも感じないのか!? そうやって相手を否定するだけの無理解と拒絶、そのどこに正義があるって言うんだ!」
ソウラが鋭い叱声を浴びせるも、ギレスの耳には全く入っていない。
ギレスは、ソウラの手にした聖剣が放つ光に目が釘付けとなっていた。他の聖騎士が操る光とは明らかに異なる、山吹色の輝きに。
「馬鹿な……その光は? 太陽の輝きだと? なぜだ、なぜ貴様のような卑しい生まれに、我らも手にできなかった陽光が!」
心が漂白し、終始淡々としていた声音をなお荒げるほどの動揺。
その理由がわからず困惑するソウラとガリウス。そこへ答えを持って来たのは、無駄に装飾が凝った地を滑る氷の戦車で、聖騎士を次々撥ね飛ばすエルザだ。
「太陽の光を手にする《陽光騎士》――それこそが古代文明の文献にも記述された、暗黒騎士と対を成す真なる光の騎士だ。そして、今の貴様の反応で大まかな話が見えたぞ。《聖騎士》とは誰も《陽光騎士》に至れなかった貴様ら教団が、光の力を手に入れるため、不正な手段で新しく造り出したジョブなのだな?」
言葉を呑み込むのに五秒はかかった。それが意味するところのとんでもなさに、ガリウスは思わずエルザへ問い返さずにはいられない。
「ひ、姫様! それはつまり、連中が自分たちの手で《ジョブ》を創造したと!? そんなことがあり得るんですかい!?」
「なに、そこまで突飛な話でもあるまい。我らヒト族が持つ《スキル》や《ジョブ》という異能の概念は元々、《テラ》によって創造されたシステム。現人類の人知を遥かに超えてはいるが、人造の技術には変わりない。そしてこの塔は、テラが残した古代遺跡の中でも最大級の施設だ。システムに介入できる設備があっても不思議ではなかろう」
なんてことはないように言うが、とんでもなく恐ろしい話だった。
いっそ彼女の誇大妄想であって欲しい。不敬も承知でガリウスはそう思った。
しかしギレスの人形顔も崩れるほどの動揺が、エルザの推測を肯定している。
「薄汚い邪悪な魔族風情が、喋りすぎだ……! まとめて消えるがいい!」
ギレスが再度光線を放とうとした、そのとき。
二つの蛇頭から黒炎を吐き、聖騎士たちを焼いていた怪物に異変が起こる。
どこか寂寥感を覚える鳴き声を上げながら、怪物の肉体が崩れ始めた。崩れた体は光の粒子に変わって解けていく。それは崩壊というより、悲しみと苦しみに満ちた魂が浄化されていくかのような、切なくも美しい光景だった。
そして一際大きな光の球が最後に残り、それが解けた中に男女の姿。
「タスク! やったんだな――んん?」
タスクとフラムは、怪我一つなく無事な様子だった。
ただ、なにやら熱烈に口づけを交わしているだけで。
……ヒトが必死に戦っている間、こいつらはナニをやっていたんだろうか。
女性陣はもっと複雑な心境だろう、なんとも言えない渋い顔になっている。
「バケモノと睦み合いなど、汚らわしい。消えろ!」
全く場の空気を読まないギレスは、嫌悪感も露わに吐き捨て、光輪から容赦なく光線を放った。これまでで一番の出力と威力。
しかし、タスクの体から迎撃の黒雷が走る。
黒雷は一瞬の拮抗も見せず光線を消し飛ばし、そのままギレスに命中。闇色の雷撃を浴びたギレスは苦悶の叫びも雷鳴に呑まれ、ひとたまりもなく壁に叩きつけられた。瓦礫に埋もれたギレスと、それをポカンと見つめるガリウスたちを余所に、事態が動き出す。
周りなど見えていない様子で口づけを続けていたフラムの体が、再び黒炎となって解けていく。そしてタスクの全身を包み込んだ。
炎に巻かれていながら、瞑目するタスクは熱さも感じていない。
その目がカッと開かれると同時、黒雷が頭上よりタスクに落ちた。
光をも照らす黒い輝きに、一同の目が眩む。
そして――視界が晴れると、そこには闇黒を纏う騎士の姿があった。
闇より深く、光よりも眩い漆黒の装甲。鋭角な造形は洗練されながらも生物的で、魔獣の甲殻や鱗とも似て非なる。その全身を走る、亀裂とも傷痕ともつかない深紅のラインは、まるで癒えない傷から血を流し続けているかのごとく。
しかし最も特徴的なのは、三本の尖角が天を突く龍の兜。憤怒の形相を浮かべた鬼神の面貌に、鮮血色の眼が炎を燃やし雷を瞬かせていた。
タスクの憤怒と決意を体現したかのような、禍々しくも気高い異形の騎士。
手にした片手半剣に映した己の姿に、タスクは感慨深げな吐息を零す。
「フラム、この鎧と剣は――?」
『パパが身につけていたモノよ。邪神の眷族にされたとき、パパの体には邪神の一部……「牙」が植え付けられたの。その影響で鎧と剣も変質しているわ。それを私の炎で、あんた好みのデザインに仕立て直したのよ。急ごしらえの鋳造品だけど、タスクの真なる闇の力を受け止める器としては申し分ないはず。いけるわよね!?』
「ああ……最高だぜ、フラム!」
笑みと言うには獰猛な、鋭い牙の並ぶ顎を開いて、歓喜の声を上げるタスク。
左手に【ダークマター】の盾を携えると、腰布をはためかせながら歩を進めた。
異形でありながら威風堂々たる歩みに、聖騎士たちは気圧されて自然と道を譲る。
あたかも海が割れるかのごとく開いた道の先には、瓦礫から這い出た紛い物の天使を気取る怨敵が。
「大罪人め、くだらぬ私怨のためにそこまで邪悪に堕ちたか」
「もう俺一人の怒りだけじゃない。貴様が一〇年前に踏み躙った家族――いいや、これまでに虐げてきた全ての人々。その無念と怒りを俺は担う」
漆黒の騎士鎧に走る黒雷が、なにかのおぼろげな像を形作る。
それは少女の頃と思しきマリアンヌ聖騎士長に、精悍な顔つきをした黒髪の少年。
おそらく少年は黒いミイラの生前の顔だ。どちらも、無念と怒りに満ちた表情を浮かべている。雷電迸る眼光の矛先は、言うまでもなくギレスに向いていた。
詳しい背景こそ不明だが、ガリウスたちも大体の事情を察する。マリアンヌ聖騎士長と黒いミイラ……否、フラムとその家族はアリスと同じく、ギレスの犠牲者だったのだろう。二人だけではない、無数の怨念がタスクの下に集まっている。
その全てを背負って、タスクは彼らの代わりにギレスへ剣を突きつけた。
「そうか、あのミイラは……。ふん、やはりくだらぬ恨み言だな。いいか? 今の私は栄えある聖騎士長。この聖王国を守護する聖騎士の頂点。私を害することは、聖王国の平和と正義を脅かすことに他ならないのだ。それをたかが一〇年も昔の、些細な不祥事を蒸し返すなど――『黙れ』!?」
黒い壁が、高説を語っている風なギレスのしたり顔を圧し潰す。
一瞬で間合いを詰めたタスクが、盾で顔面を殴りつけたのだ。
「それが貴様らのやり口だ。より多くを救うために少数を切り捨てる。それを当然の犠牲だと口先だけの正義を口にし、ただ自分に都合の悪い者たちを少数の側に蹴落とす。そうやって、切り捨てられた弱い者たちを踏みつけ指差し嘲笑う。その罪を罪とも思わず顧みない悪意が、俺にはどうしたって赦せない……!」
盾から黒雷が放たれ、ギレスを再び壁に叩き込んだ。
タスクが発する怒気の圧に、聖騎士たちは呼吸もままならない。中には失神する者さえいるほどだ。龍の兜が顎を開き、タスクは吼える。
「なぜアリスたちが死んで、アリスたちを踏み躙った貴様が、なんの報いも受けずにノウノウと生きている。俺にはそれが耐え難い。決して赦しては置けない。貴様をこれ以上、断じて生かしては置かない! 俺は誰に対する忠義でもなく、この怒りに誓った。救われない者たちの側に立って、彼らの怒りを担う剣で悪を断つと!」
正しき憤怒を胸に。悪を断つ剣を手に。
「それが、俺が俺自身に定めた騎士道――《闇黒騎士》の道だ!」
タスク――闇黒騎士は高らかに告げた。
ああ、それがお前の決めた道なんだな……ガリウスたちは改めて、タスクの決意と覚悟のほどを感じ取る。その是非については図れない。しかし、そんなタスクの在り方にこそ救われたのが自分たちだ。ならば、どうするかなんて決まっている。
因縁深き戦いの開始を告げる合図は、瓦礫を吹き飛ばす閃光。
六枚の翼で飛び上がったギレスは表情こそ微動だにしないが、声音に漂白し切れない苛立ちを滲ませながら、光線の照準を闇黒騎士へ定めようとする。
しかし、
「クズがっ。我が裁きの光で一瞬にして消滅するが」
「遅い」
そのときには既に、闇黒騎士は【闇翼】による飛翔でギレスの背後に回っていた。
振り返るよりも速く、斬撃がギレスを弾き飛ばす。刀身を闇色に染めた片手半剣は黒の軌跡を空に刻み、天鎧の翼が一枚切断されて宙を舞った。
ギレスはすぐさま反撃しようとするも、視線を向けた先に闇黒騎士の姿はない。
飛翔する闇翼の速度は、ギレスの反応を遠く置き去りにしていた。ガリウスたちの目でも捉え切れず、黒い影が暴風となって吹き荒れているようにしか見えない。
そして風に翻弄される木の葉がごとく、黒い影が交差する度に、ギレスの体は上下左右にふっ飛ばされる。黒剣がまた一枚翼を切り落とし、盾から変形したダークマターの鉤爪がさらに一枚引き千切った。
「この、虫けらがちょこまかと!」
左側の翼を三枚とも失い、フラつきながらギレスが自棄を起こしたように光線を乱射する。奇蹟的に方角は合っていたが、闇黒騎士は危なげもなく回避した。
そして回避の際に身を捻った勢いのまま回転。闇翼が闇黒騎士の全身を包み、錐揉みしながら空を穿って突進する。
「【闇翼の螺旋翔撃】!」
「ぐああああ!?」
光線をも弾く螺旋回転の飛翔が炸裂。
かろうじて直撃は避けたが残る翼まで削り砕かれ、ギレスは白い破片を撒き散らしながら墜落した。翼だけでなく鎧の全身がボロボロである。
これは早くも決着かと思われたが、そうは問屋が卸さないらしい。
「え、なに? あ、ああ! アアアアァァァァ……ッ」
近くにいた聖騎士の頭上に光輪が現れたかと思うと、困惑する聖騎士があっという間に干からびてしまった。ミイラより酷い、絞りカスのような有様で地面に転がる。
そしてギレスの天鎧が、半壊状態の傷を急速に塞いでいくではないか。
その意味するところに気づいたソウラが声を荒げる。
「ギレス聖騎士長! まさか、部下から吸い上げた生命力で鎧の修復を!?」
「下位の聖騎士など、所詮はいくらでも替えの利く雑兵に過ぎぬ。精強にして至高である私の生存こそがなにより優先されるのだ。そのために消耗品の雑兵が身命を捧げるのは当然の義務であり誇るべき栄誉――」
轟く雷鳴。
ギレスの戯言を当人諸共、火柱ならぬ黒雷の柱が呑み込む。
修復した天鎧が、次の瞬間には修復する前以上にボロボロとなった。
「修復でも再生でも好きにしろ。丁度、一回や二回じゃ殺したらなかったところだ」
我が身を守るために部下の命を使い捨て、それを当然の権利と主張する。
その傲慢に【雷呀の鉄槌】を下し、闇黒騎士は冷ややかに告げた。
一層猛る怒りの眼光が、希薄になった感情から恐怖を引きずり出す。闇黒騎士が一歩踏み出せば、ギレスは身を竦ませて一歩退いた。
打開策を求め右往左往する視線が、聖騎士たちと戦うガリウスたちを捉えて止まる。
ギレスにもう少し感情が残っていれば、醜悪な笑みで顔を歪めたに違いなかった。
最優先で修復した翼を羽ばたかせ、ギレスはガリウスたちに向かって飛ぼうとする。
が、その体は地を離れることなく停止した。全身に絡みつく鎖によって。
「【カースバインド・チェーン】……人質なんて使い古された手を許すと思うか?」
『そういえば本来の用途で使ったの、これが初めてじゃない?』
「そうだったか? ――そもそもギレス、貴様は途方もない勘違いをしている」
『あんたにはこいつらが、ホイホイ人質にされるようなタマに見えるわけ?』
「俺の仲間を、見くびるなよ」
まるで事前に打ち合わせしたかのごとく、指先まで拘束されたギレスへ、ガリウスたちが一斉に殺到した。先陣を切るのはエルフの剣士。
「【風よ】【我が剣先に集いて】【敵を穿て】――【ガストストラッシュ】!」
渦巻く烈風を凝縮した刺突が、ギレスの天鎧に全身くまなく突き刺さる。
一瞬にして驚きの八連撃。しかし与えた損傷は、次の瞬間には自己修復で塞がる程度の亀裂だ。……が、そこを的確に捉えた銃弾が、鎧の奥深くにまで食い込む。
「【連鎖爆裂弾】だゼ。しっかり合わせろヨ、エルザ!」
「うむ、任せよ! 【凍結し】【停止し】【永眠せよ】――【フリーズコフィン】!」
ニボシが単発式の方で撃つのと同時、エルザが魔法を詠唱する。
大型の弾丸が着弾した直後、ギレスの全身が氷の棺に閉じ込められた。
それに一瞬遅れて、大爆発。【連鎖爆裂弾】は後からの着火で起爆する方式により、撃ち込んだ数に応じて爆発の瞬間火力を上げられるのだ。
そして最初の着弾による高温、凍結による低温、爆発による高温という三度の熱変動。体積の膨張と縮小が繰り返された鎧は金属疲労を起こし、弾丸の食い込んだ箇所から全身に亀裂が広がっていく。
「おう、りゃああああ!」
「せええええい!」
そこへガリウスとソウラが、燃える戦鎚と陽光纏う聖剣による渾身の一撃。
大きくふっ飛ばされたギレスは、またも半壊状態に追い込まれた天鎧を見下ろし、愕然とした様子で叫ぶ。
「馬鹿なっ。こんな雑魚どもの攻撃で、我が天鎧が砕けるはず……!?」
「雑魚じゃないからな。それに俺の【カースバインド・チェーン】は呪縛の鎖。拘束した相手の攻撃・防御・その他あらゆる能力を、呪いで低下させ続けるんだよ」
「って、俺を引っ張り上げたりするのに、そんな物騒な鎖使ってたのかよ!?」
「ガリウスたちのときは、ちゃんと呪いを抑えて使ったっての。実際なんともなかっただろ? ――さて、そろそろ幕引きといこうか。貴様の人生の、な」
闇黒騎士は意味もなく、仲間たちにギレスを攻撃してもらったわけではない。
全ては大技を放つための時間を稼ぐため。
その手には【ダークマター】でコーティングされ、牙めいた禍々しい刃を備えた黒剣。赤熱を帯びた黒雷がそこに必殺の威力を込め、解放を待ちかねるように嘶いている。
「いつまでも、調子に乗るなよ。聖なる光の剣で、その邪悪な闇を滅してくれるっ」
対するギレスは、懲りずに部下から生命力を搾取。感情が漂白し切っていない聖騎士は流石に逃れようとするが、一人また一人と干からびていった。
天鎧の修復は不完全なまま、ギレスの右手に巨大な光の剣が形成される。どうやら集めたエネルギーを修復より攻撃に回すつもりのようだ。
闇黒騎士はそれを邪魔しない。手心を加えているのではなく、相手の全てを叩き潰さずして怒りが治まらない故に。さらなる力の昇華に時間を費やす。
そして……黒と白の輝きは頂点に達した。
「これが神の一撃だ! 【ディバインスラッシュ】!」
「【我が呀で】【その罪と悪を断つ】――【雷呀断罪剣】!」
身の丈を超える光の大剣を手に、ギレスが飛ぶ。
黒雷迸る牙剣を手に、闇黒騎士が駆ける。
片や、【神聖剣】スキルの最上位アーツに聖騎士たち数十人分の生命を注ぎ込んだ一撃。エネルギー量で言えば、間違いなく闇黒騎士の剣を遥かに上回っていた。
しかし闇黒騎士の技は真言詠唱により、【闇雷】と【闇黒剣】の力を複合させて編み出した、言わば《
なにより……タスクが希望を諦めないと貫き通してきた、魂の咆哮。
その正しき憤怒で研ぎ澄まされた闇黒は、光を凌駕する。
「グルアアアアアアアア!」
「な、ガ――ッ!?」
聖騎士たちからすれば信じ難い、ガリウスたちからすれば必然の結末。
黒雷の牙が光を噛み砕き、紛い物の天使が鎧の破片を散らしながら空を舞った。
しかし、目が死んでいない。ギレスの命を絶つまでには至っていない。
「まだ、だ。まだ……っ」
「そうだ」『まだよ』
まだ、怒り足りないと二つの魂は唸る。
闇黒騎士の鬼面が、大きく顎を開いた。その口腔に雷が、炎が集束していく。フラムとその家族の、名も知らぬ人々の、そしてタスクの怒り。全ての憤怒を熱量に変換したかのごとき闇黒の小太陽は、今こそ悲劇の終わりを告げるのだ。
放たれるは、生命ある者の頂点・竜種が誇る【竜の息吹】の具現。
「【雷炎呀の怒号】――!」
「お、オオオオオオオ!」
ギレスは僅かに残された光の力を全て費やし、防御を図る。
二重三重に張られた光の障壁は、しかし悪戯に苦痛を伸ばすだけとなった。
障壁越しの熱が肉を焦がし、亀裂から漏れ出す雷光が骨を削る。
無意味な先延ばしと悟りながらも障壁を解けず、ギレスの体は天井を突き破った。
「あ、ぎ、げ――」
いくつも天井を突き抜けながら、黒き雷炎の息吹はなおも止まらない。
その中で雷に引き裂かれ、炎に焼き尽くされながら。肉片一つ血の一滴が蒸発する、最期の最後まで。ギレスは懺悔の猶予もなく苦痛を味わい続けた。
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