エピローグ


 ――聖都の滅亡から三日後。

 結論から先に述べれば、俺たちは一人も欠けることなく無事に脱出を果たした。

 そして、業腹ながら教団のクソッタレどもも。


【煌黒銀河】は敵の光線を打ち破り、ガーディアンも消し飛ばしたが、肝心の円盤は逃してしまった。


 情けない話だが、俺は【煌黒銀河】を撃ち切ったところでガス欠を起こし気絶。急激に進化した力を使い続けた反動で、自覚する以上に肉体は消耗していたらしい。どうりでフラムたちに囲まれて眠ったときも、あっさり熟睡してしまったはずだ。


 仲間たちは円盤の追撃は不可能と判断し、氷製の小船で聖王国を脱出した。

 教団の円盤は途中で光の邪神が放った光線に被弾したものの、結局墜落することなく地平線の向こうに姿を消したそうだ。


 俺たちは国境近くの山脈まで逃げ延び、ひとまず山中の空き小屋に潜伏。

 念のため変装もしたソウラが、麓の村々で食料の調達と情報収集を行った。


 光の邪神は天高く昇って何処へと姿を消し、闇の邪神は聖都を完全に呑み込んで以降、その混沌をゆっくりと、しかし確実に広げているらしい。それでも拡大のスピードからして、避難する程度の猶予は十分にあるようだ。


 聖都の方角に警戒は怠らず、俺たちも帝国へ渡る準備を進めた。

 そして――





「それじゃあタスク、ここでお別れだな」

「おう。見送りが俺とフラムだけで悪いな」

「いいさ。彼らとはそう親しい間柄でもなかったし、変に気を遣わせるだけだから」

「ま、せっかく拾った命をせいぜい無駄にしないことね」


 まだニワトリも鳴かない、早朝の山道。

 俺とフラムはソウラの見送りに出ていた。


 ソウラは帝国に渡らず、俺たちと別れてこちらにまだ留まることにしたのだ。聖王国の民を一人でも多く助け出し、無事に国外へ避難させるために。

 俺はソウラに、複雑な紋様が刻まれた金属板を手渡す。


「こいつを持ってけ。国境を越えて帝国領に入ったとき、難民を受け入れてもらえるようエルザが便宜を図ってくれる。こいつはエルザの関係者だっていう証明書代わりだ。エルザの魔力で王家の刻印が刻んであるから、偽造を疑われる心配はまずない」

「ありがとう、助かるよ! ……だけど今回、僕は本当に助けられっ放しだったね。騎士として情けない限りだよ」

「いや、本当にあんたっていいとこなかったわよね。洗脳されて逆ギレして、戦闘に加わってもオマケみたいなモノだったし」

「フラム、やめてやれよ……。ただでさえこいつ、アリスと同じ顔で言動が違いすぎるお前に色々とダメージ受けてるんだから」


 若干涙目になって震えるソウラに、俺は思わず助け舟を出してしまう。

 フラムの正体を知ってもバケモノ呼ばわりするような真似はしなかったが、やはりアリスに生き写しの顔には複雑な思いがあるか。フラムも俺もすっかりこの顔に慣れてしまったから、ソウラには悪いがここは耐えてもらおう。


「闇の邪神が復活した影響で、付近のマモノも今までとは比べものにならないレベルで凶悪化している。くれぐれも気を付けろよ」

「ああ。……なあ、タスク。君は、本当にあの邪神たちと戦うつもりなのかい? アレは倒す倒さないの次元にある存在じゃない、まさしく自然災害そのものだ。災厄っていうのは、ヒトの手じゃ太刀打ちできないから災厄なんじゃないか?」


 ソウラの不安もわかる。


 聖都に於ける俺たちと教団の、最後のぶつかり合い。熾烈な闇と光の激突に対して、二柱の邪神はなんの反応も示さなかった。ヤツらからすれば俺たちの戦いなんて、地上の無力な人々と誤差にもならなかったということだ。


 ヤツらに挑むなど、竜巻や山火事に対して突撃するのと同じ。愚行以外の何物でもあるまい。それでも、戦う理由が俺にはある。


「別に責任がどうとか、世界を救うなんて大層なことを言うつもりはないさ。だが二柱の邪神は、いずれ世界の全てを黒と白に塗り潰して、滅ぼす存在だ。どこに逃げようが遅かれ早かれ。だったら俺は、ビクビク怯えながら逃げ回るような真似はしたくない。正義でなく、俺の憤怒にかけて、アレを叩き潰さずにはいられないんだよ」


 騎士としても、災禍に憧れた者としても、あの邪神どもの存在は度し難い。

 あんな、『悪意に勝る力などない』とでも言わんばかりの暴威に屈するものかよ!


「とはいえ、今の俺じゃ逆立ちしたって敵わないのも純然たる事実だ。だから今は帝国に渡って力を蓄える。そして俺自身に誓った騎士道にかけて、必ずあの災厄を断つ!」

「己の騎士道、か。僕が気づかなかっただけで、タスクは強く、本当に強くなっていたんだね。それに比べて、僕は……」

「バーカ」

「あだっ!?」


 勝手に落ち込み出したソウラの頭に拳骨を落とす。

 この野郎、五年前の件からアレコレをネチネチと責めてやりたいところなのに、自主的に落ち込まれたらこっちがやりづらいだろうが!


「五年前、俺の幼馴染の熱血騎士道馬鹿は死んだ。少なくとも俺はそう思うことにした。だが、その熱血騎士道馬鹿は帰ってきた。俺たちは道を違えて、もう過去には戻れない。それでも、一緒に見据えた理想の形はずっと変わらない。違うか?」

「……そうだな! タスクの言う通りだ!」


 少しはマシな目になったのを見て、良しと頷く。

 せっかくの再出発だ。今くらい、不景気な顔はするもんじゃない。


「なら、ソウラはソウラの道を行け。存分に迷って振り返って後悔しながら、その全部を背負い込んで進め。なに。縁があれば、また会うこともあるだろうさ」

「ああ! ……フラム、さん。タスクのこと、よろしく頼むよ」

「あんたに言われるまでもないわ。――いってらっしゃい」


 最後、フラムが浮かべた微笑みはアリスによく似ていた。

 彼女なりの気遣いか、はたまた逆に嫌がらせなのか。

 なんにせよ、ソウラは少し涙ぐんだ後、毅然とした足取りで歩き始める。

 もうこちらを振り返らない背中が見えなくなるまで、俺はソウラを見送った。


「よかったの?」

「いいんだ。俺たちの進む道は違う。ただ、その先に目指す理想が同じなら、いつか互いの道が重なることもあるさ」

「それが、刃を交えるときだとしても?」

「だとしても、だ。対立し敵同士になったとしても、一緒に騎士を目指した日々が嘘になることはない。ソウラがソウラで、俺が俺である限り、俺たちはずっと友達だ」


 洗脳が解け、俺の知る幼馴染に戻っても、俺とあいつが歩むのはもう別々の道だ。


 ソウラの騎士道は天秤の多数を守る正義で、俺の騎士道はそこに紛れ込んだ悪を討つ断罪。相容れない俺たちの道が交わるとき、同じ理想を胸に俺たちは戦うことになるだろう。場合によっては、そのときこそ今生の別れになるかも。


 それでも構わない。肩を並べて馴れ合うだけが友情の形じゃないはずだ。

 どんな形になるとしても、次に会うとき、ソウラがどれだけ成長しているか今から楽しみにしていよう。そして俺も再会までにもっと強くならなくては。


 たとえ太陽から遠い暗がりの道であれ、闇の中を堂々と真っ直ぐに歩いて。


「さて、それじゃあ俺たちも行くとするか」


 俺は茂みに隠していた旅の荷物を引っ張り出す。

 フラムも自分の分の荷物を抱えながら、俺に尋ねた。


「あんた、本気で他の子たちを置いて行くつもりなの?」

「ただでさえ、俺は教団から狙われる身だ。逃げ延びやがった教団の連中が、あることないことバラ撒いて俺を指名手配しないとも限らない。下手をしたら帝国からも追われることになるかもだ。皆を巻き添えにして、エルザの立場まで危うくするのは避けたい」


 そう。俺はガリウスたちと別れ、フラムと二人きりで旅に出るつもりだった。

 話せば揉めるとわかり切っていたから、皆が起きる前にさっさと出発しようというわけだ。帝国には入るが、帝都からは離れて各地を回る予定でいる。


「エルザとの約束を蹴るのは心苦しいが、それで皆のことを無碍にしたりはしないだろう。あいつ自身が皆を気に入っているしな。心配しなくたって、帝国での皆の暮らしも良きに計らってくれるだろうさ」

「ちょっと、勘違いしないでよ? 私は別にあの子たちの心配なんかしてないから。――タスクには、あの子たちが必要なはずでしょ?」


 荷物袋の中身を確認していた手が、止まる。

 でも、すぐに再開した。


「……それは、俺の我儘だ。俺が行く道は、控え目に言ってもバリバリのアウトロー。そんなのに付き合わせるなんて、一緒にいて欲しいなんて子供みたいな我儘が通るかよ」


 それに、と俺はフラムを見つめる。


「フラムがいてくれるんだろ? 一生、地獄に堕ちるまで。それで俺は勿体ないくらい救われてる。お前がいてくれるなら、俺はそれで十分だよ」

「十分、ねえ。ま、いいわ。別にそこまであの子たちに義理立てしてあげる理由もないし。それならそれで、私の一人勝ちってことね」


 ニヤリと笑って、フラムは俺の隣に立つと腕を組んでくる。

 こいつは、生後一週間未満のくせにあざとい真似を……。密着して胸を押しつければ、とりあえず俺が喜ぶとでも? 実際その通りだから辛いわあ。


 ま、これから末永い付き合いになるんだ。

 せいぜい愛想を尽かされないよう、頑張りますか。


「じゃあ出発――の、前に。一仕事片づけるとするか」


 俺はソウラが向かったのとは反対方向の茂みに睨みを飛ばす。

 ややあって、茂みから出てきたのは見るからに山賊の一団だった。

 なんつーか、いかにも賊ですって感じの装備と面構え。

 全身から野蛮さが漂っている。汚臭すら感じそうな年季の入り方だ。


「おう? オイ、このガキどもじゃねえか」

「灰髪赤目と銀髪紅眼、村長の野郎が言ってた特徴と一致するな」

「ケッケッケ。運がなかったなあ、坊ちゃん嬢ちゃん」

「どうした? 怖くて小便漏らしそうなのか? なんとか言って見ろよコラ」


 ……偶然の遭遇じゃない、か。聞いた限り、ソウラが立ち寄った村の村長が、村を守るためか俺たちを差し出したらしい。後を尾行されるなりしたんだろう。


 山賊どもがニタニタ笑いながら俺とフラムを包囲する。

 どうも俺たちが無反応なのを、恐怖で口も利けないのだと解釈したようだ。


 生憎と、こいつらが来るのはついさっきから気づいていた。小悪党のお手本みたいに卑小な悪意の接近を感知したからな。

 そうとも知らず、山賊どもは主にフラムを視線で舐め回しながら舌なめずりする。


「ギヒヒ。聖都がぶっ潰れてから、国を出ようと必死こいて来た連中を狩り放題! 邪神様のおかげで俺たちはボロ儲けだぜ!」

「明日世界が滅ぼうが知ったこっちゃない。俺たちは酒と女さえあれば毎日極楽よ!」

「ついでにいたぶり殺す雑魚がいれば最高だな!」

「こいつの他にも連れの女がいるんだろ? 俺たちがたっぷりと遊んでから高値で売り飛ばしてやるよ! 手足をちょん切ったてめえの目の前でな! ギャハハハハ!」

「――黙れゴミが。臭い息を吐いて俺を不愉快にするな」


 ピタリ、と山賊どもの馬鹿笑いが止む。

 額に浮かぶ青筋。黄ばんだ歯を剥き、懐から抜く凶器。

 なんと捻りの欠片もない反応か。つまらなすぎて笑いもでない。

 失笑する俺に、山賊どもは一層殺気立つ。


「ガキが、生意気抜かしてんじゃねえぞ。状況わかってんのか?」

「とっとと泣いて命乞いしねえと、首が胴体から永遠にサヨナラしちまおうぞ?」

「状況がわかっていないのは貴様らだ。これから泣いて命乞いするのも、胴から首が転げ落ちるのも貴様らの方なんだからな」


 ああ、吐き気がする。頭痛がする。


 こいつらの不愉快な言動だけじゃない。こいつらにへばりついた残留思念……山賊どもの犠牲となった人々の怨念から、その記憶の断片が伝わってくるのだ。目を背けたくなるような、この世にありふれた下衆外道の所業が垣間見えて、反吐が出る。


 仮に、こいつらが山賊へ身を落としたのに止むを得ない事情があったとして。

 こいつらのやったことは、容赦できる域をとっくに越えている。俺の大切な連中を害そうというなら、なおのこと生かしては置けない。

 ならば、俺の成すことは決まっていた。


「皆殺しだ。どれだけ泣き喚こうが一人として逃がさない。その矮小で粗悪な魂に相応しい報いを、お前らが散々やってきた以上の惨たらしい死をくれてやる。わかったらキャンキャン吠えてないでかかって来い。ぶち殺してやるよ」


 売られた喧嘩を高値で買い叩いてやれば、爆発寸前の山賊ども。

 フラムが離れ、荷物を下ろし、俺は腰の片手半剣に手をかけ――


「オイオイ、なにオイラたちを除け者にして盛り上がってんだヨ」


 抜剣の寸前、この場にいないはずの声が。

 敵を前にしているのも一瞬忘れて振り返れば、いた。

 いるのが当然という顔で、なぜと視線で問う俺に不服そうな顔で。

 彼女たちは、俺の傍らに立っていた。


「お前ら、なんで!?」

「ハーッハッハッハ! そなたの考えることなど、わらわの慧眼にはまるっとお見通しなのだ! それにしても、フラムだけ特別扱いはズルイと思うのだが!」

「抜け駆けなんて許さない、ということです」

「ちなみに、ガリウスは小屋で留守番してるヨ。『俺がそこに加わると場違い感半端ないだろうし、空気読んで朝食の準備して待ってる』だってサ」

「ええー……」


 思わず盛大に脱力する。

 確かに、ここにガリウスがいたら空気読んでない感が凄いけども! なんなら変な誤解を招きかねないけども! どこの誰に対してかは自分でもサッパリだが!


「ブハハハハ! 馬鹿が、獲物が自分からノコノコ出てきやがったぜ! そんな青二才じゃ満足できなかっただろう? 俺様がヒイヒイ鳴かせてヤ――へ?」


 リーダー格らしき山賊がこちらに近づこうとして、固まる。


 指をワキワキさせながら伸ばした手から、皮がズルリと剥がれ落ちたのだ。指先から肩まで、腕の表面にいくつも直線が走る。そこから継ぎ接ぎの縫い目を解くように、皮膚がズリ落ちていく。それが肩で止まらず、しまいには全身に及ぶ。


 アスティが風の刃で、山賊リーダーの全身の皮膚を削いだのだ。


「あ、あ、アアアア!? 熱っ! あじゅ、あじゅじゅじゅじゅいいいいィィィィ! 誰か、誰か水をくれえ! 水水水水……ぎげ!?」


 皮の下の肉が全身外気に晒されて、燃えるような熱痛を感じているんだろう。

 グロテスクな姿で踊り狂う頭に、手下どもは怯えた顔で見つめるばかりの中、山賊リーダーに降りかかったのは水ではなく氷だった。

 エルザの作った氷の針山が、山賊リーダーを串刺しにしたのである。


「あぎゃ、あぎぎ」


 即死しないよう急所を外したらしく、ピンで縫い止められた虫のようにもがく山賊リーダー。苦痛と恐怖で歪む顔に銃口が当てられ、弾丸が後頭部から突き抜ける。


 撒き散らされる血と脳漿。ドン引きの山賊どもと俺。

 山賊リーダーの頭を数発撃ち抜いたニボシは、俺の方を振り返ると、それはもうイイ笑顔で言った。


「的外れな気の遣い方なんかするなよナ。こちとら、とっくの昔から暗がりで生きてるアウトローなんだヨ」

「なればこそ私たちはあなたと出会い、暗がりの中でなお希望を諦めないタスクの在り方に心惹かれて、私たちはここにいます。あなたが如何なる修羅道を進むつもりであれ、元より修羅であるこの身には望むところ。退くつもりは毛頭ありません」

「無論、わらわも同じだぞ! ここにいる者はなんだかんだそなたの同類、同じ穴の狢というヤツだ! 故に、わからぬとは言わせぬぞ? わらわたちがどれだけそなたを求め、欲し、狂おしいほどに焦がれているかを」


 逃がさないから――と、情熱的というには苛烈な眼差しが俺を射抜く。

 ……地下の戦いで殺人に躊躇がなく、むしろ慣れているのは承知していた。しかし惨殺趣味なんてないだろうに、俺についていく覚悟を示すためだけに?


 ちょっと引くくらいの執着を向けられ、喜びを覚える俺も大概どうかしてる。


「全く、お前らは本当…………物好きにも限度があるだろうに」

「あんたの女の趣味が悪いだけなんじゃない? 私を筆頭に、ね」

「いいや。最っ高だよ、お前らは!」


 俺なんかの傍にいると、離しやしないと言ってくれるイイ女が四人もだ。

 こんなの、もう笑う以外にどうしろってんだ!


「ば、バケモノォォ!?」

「死にやがれ――ぎひぃ!?」


 近づくのも嫌がってか、投擲の構えを取っていた山賊どもの武器が、武器を握る手ごと爆ぜた。耳障りな悲鳴を上げてのたうつ様を、俺は悪辣な笑みで見下ろす。


 ああ、全く。間違っても正義の騎士なんて姿じゃないな。

 いいさ、構うものか。俺たちは暗がり暮らしの日陰者。

 清くも潔くも在れず、地を這い泥臭く抗いながら生きるオチコボレだ。


 だからこそ、俺たちは希望を願い、強者気取りの外道どもを蹴散らして。

 誰よりも高らかに笑って、悪を断つ正しき憤怒を叫ぶのだ。


「このクズどもが。よくも散々好き勝手ほざいた挙句、俺の女たちをバケモノ呼ばわりしてくれやがったな。――俺は、怒るぞ」


 そして目を焼く漆黒の輝きが、眩い闇黒が、走る!

 

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浪人闇黒騎士は真なる闇の力で災強に 夜宮鋭次朗 @yamiya-199

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