クエスト03:トカゲ鍛冶師、シッポ盗賊と交流を深めろ


「グハハハハ! ダンジョンで子守りたぁ災難だったな! まあガキなんてのは皆、手がかかるモンだ! 助けてやるのも大人の役目だと思って大目に見てやれ!」

「ガキと言っても十六歳の、なったばかりとはいえもう成人なんだがね。暗黒騎士ってだけで俺を舐めてかかって、指示も聞かず勝手な行動をする。その挙句、自業自得で痛い目に遭っても、他人のせいにして全く反省しない。可愛げの欠片もない、ただひたすら憎たらしいだけのクソガキで、何度殺意が湧いたことか……」

「そういうお前さんも、俺がいくら忠告してもすーぐ装備を駄目にしやがるがな?」

「うぐ。その話は勘弁してくれよ、ガリウス」

「ま、お前さんも俺からすれば、まだまだ青いひよっこだってことだ!」


 途端に頭が上がらなくなる俺に、それなりに長い付き合いの鍛冶師は豪快に笑った。

 ギルドの食堂で早めの晩飯を済ませた俺は、帰路の途中で鍛冶屋に寄っていた。

 大通りから外れ、より暗がりを目指すように奥へ進んだ先の裏通り。そこで人目を忍ぶようにひっそり建っている、こじんまりとした店が俺の行きつけの鍛冶屋だ。石造りの外装は古めかしく、要するにボロい。表通りのでかい有名武器点が作る影のせいで、夕方だとオバケでも出そうな雰囲気だ。

 尤も店主の鍛冶師――ガリウスは、オバケより余程おっかない面をしているが。


「何度も説明したが、俺は呪縛の影響で装備の強度が下がっている。さらにそれを補うため常時強化スキルを付与しているから、装備の消耗が普通より三倍は激しいんだ。粗雑な扱いはしていないつもりだが、こればかりはどうしようもない」

「そいつは承知しているがな。お前の無茶しがちなところも、それに拍車をかけていやがるだろ。今も左腕を痛めてるの、わかってるんだからな」

「む……流石の目利きで」


 マントで隠していた左腕を、縦長の瞳孔がジロリと射抜いてくる。

 熱した鉄のような赤銅の鱗で覆われた体。その鱗の下からはち切れんばかりの筋肉。俺のような《ヒューマン》とは明らかに異なる骨格。笑い声に合わせてフルフルと揺れる太い尻尾。誤解を恐れず言ってしまえば爬虫類、トカゲやワニそのものの顔。


 ガリウスは《リザードマン》――ヒューマンの俺やエルフのアスティと同じく、ヒト族と総称される人型種族の一角だ。

 天然の鎧を纏う強靭な肉体の他、鉱石に対する目利きが鋭い特徴を持つ。その種族的特性から、戦士だけでなく優れた鍛冶師も多い。

 ガリウスも腕利きの鍛冶師で、聖王国の中でも随一だと俺は思っている。

 それがなぜこうも店が寂れているのか……理由が明白なだけに、また腹が立つ。


「武器も防具も、どんだけ傷つこうが修繕は利く。なんなら鋳潰して一から打ち直してもいいし、新しい物に乗り換えたって構いやしねえ。だがよお、タスク。ヒトの体は鋼ほど簡単には治らないし、命はもっと脆くて一つきりしかないモンだ。商売道具を大事にするのも当然だが、もっと自分を大事にしやがれ」

「そうは言っても、試練を乗り越えるのが暗黒騎士の本分なんでね。それに、この聖都で店を続けるあんたに比べれば、大した苦難でもないさ」


 俺の返しに、ガリウスは余計な気遣いだと言いたげに渋い顔をした。

 ヒューマン以外のヒト族を、人の出来損ない《亜人》と蔑む人種差別。

 数十年前にある英雄の手で奴隷制度が撤廃された現代になっても、その悪習は絶えていない。


 ここ聖王国でも露骨な迫害こそないが、聖剣教団は聖騎士がヒューマンにしか目覚めないジョブであることを理由に、ヒューマンこそヒト族の頂点だと言って憚らない。特にガリウスのような、ヒューマンと大きく異なる姿のヒト族には生き辛い場所だ。


 にも関わらずガリウスは、聖王国の中心である聖都に店を構え、包丁や鍋といった金物の修理なんかも請け負いながら細々と暮らしている。

 詳しい事情は知らないが、離れ難い理由があるのは容易に想像できた。

 ……俺だって仮にも騎士として、聖剣教団がアスティやガリウスの生活に悪影響を及ぼしている事実に、思うところがないわけではない。


「コラ」

「ぶへあ!?」

「勝手に責任感じて落ち込むんじゃねえってんだ。確かに俺ぁ教団も聖騎士も好かねえがよう、お前さんのことは結構買ってるんだぜ? スキルにかまけて装備を蔑ろにしたりしねえし、お前さん自身がよく鍛えられた鋼のようだからな。ま、一本の剣と呼ぶにはまだまだ鍛え方が足りねえけどよ!」


 俺の背中にキツイ張り手を浴びせたガリウスは、そう大口を開けて笑った。

 もう二十歳になるっていうのに、こいつにかかれば俺も捻くれたガキ扱いらしい。

 釈然としない一方で、こそばゆい気持ちもある。かつてのソウラとも違った、歳の離れた兄貴みたいな感じだろうか。


「そんじゃ、いつも通り鎧の修繕でいいんだな? 明日には完璧に仕上げてやるから、日が昇ったら取りに来な。……間違ってもこの前みたいに、夜中に装備もなくダンジョンに突っ込んだりするんじゃねえぞ?」

「ハハハハ。流石にあんな馬鹿は二度もやらないっての」


 黒歴史を掘り起こされて笑みが引きつりつつも、俺は鍛冶屋を後にした。

 見上げた空は夕陽に照らされて真っ赤に染まり、歩く裏通りは影が差して薄暗い。

 血と闇、夜と死の訪れを暗示するかのごとき不吉な色彩……うん、嫌いじゃないな。この夜を越えて朝日を拝んで見せようと、闘志が沸き立つ思いになる。そんな感慨を抱くのも、俺が《暗黒騎士》であるが故なのか。


 ふと、暗がりが途切れたのに気づいて振り返る。

 まず真っ先に目に留まったのは、聖都の中心地から伸びる塔だ。潔癖なまでに磨き抜かれた塔の白い壁が夕陽を反射し、裏通りの一角にまで光を届けている。しかしその輝きは照らすというより、暗がりの住人を追い立てるかのように、煩わしい眩しさだ。


 それにしても目立つ塔だ。当然と言えば当然で、まずなにより高さが尋常じゃない。

 嫌でも目につく高さは雲を突き抜けるほどで、実際のところどこまで伸びているのか、誰も知らない。


《ロンギヌスの塔》――聖騎士を育成・統括すると共に神聖なる光の教えを説く宗教組織《聖剣教団》の本拠地だ。

 上の高さは見ての通りで、地下にも深い深い迷宮が広がっている。深層に潜るほど強大なマモノが発生し、各地に存在するダンジョンの中でも一際危険らしい。言い伝えによれば最下層には、世界を滅ぼす力を持った《闇の邪神》が封印されているとか。


 ちなみに、俺が聖騎士候補を連れて潜ったダンジョンもあそこだ。

 塔地下のダンジョンは聖剣教団の管理下にあり、聖騎士の修練の場とされている。……俺以外で頻繁にダンジョンへ通っている騎士なんか見たことないが。


「――それで、俺になにか用か? ニボシ」

「ニッニッニ。勘が鈍ってないようでなによりだナ」


 足音一つ立てず、気配すらなく俺の背後に立つ小さな人影。しかし俺は驚くこともなく振り返った。

 そこには予想を裏切らない、意地の悪い笑みを口元に刻んだ少女が一人。


 俺の胸辺りに届くかどうかの小柄な背丈。色気の欠片もないシャツとショートパンツに、よく使い込まれた革製のグローブとブーツ。袈裟懸けに巻いた大きなベルトには、小さいナイフやらハンマーやらルーペやら、小道具の類がズラッと並んでいた。

 フードを目深に被って顔はよく見えないが、なかなか愛嬌のある顔立ちを、常に悪事でも企んでそうな表情で台無しにしているのを俺は知っている。


「大した用はないけど、まあ生存確認ってところだナ。オイラが目を離してる間にポックリ死んだり、綺麗なお姉さんにホイホイついて行っちゃったら大変だロ? タスクはオイラの大事な用心棒だからナ」

「用心棒つーかペット感覚じゃないか……。それに、そう簡単に死ぬほど俺はひ弱じゃないし、危ないことに首を突っ込んでもいない。ここ最近で一番死ぬかと思ったことなんて、ニボシと最後に潜った遺跡のトラップで大岩が転がってきたときだぞ」


 あのときは酷い目に遭ったと睨みつければ、「そんなこともあったナ~」と口笛なんぞ吹いて悪びれもしないニボシ。


 この少女とは二年前、ゴブリン退治で偶然出会ったのがきっかけだ。向こうはクエストと関係なしに、ゴブリンの住処となっている洞窟を調べていたらしい。

 単なるゴブリン退治のはずが、洞窟が崩れて隠された遺跡に落下。二人で協力して窮地を乗り越え、八面六臂の大暴れ。なんだかんだで、世界の秘密的なモノの一端を垣間見る大冒険に発展してしまった。


 それ以来、なにかと彼女のクエストに付き合わされ、西へ東へと聖王国のあちこちに連れ回されていた。


「で、どうだったんだ? 遺跡の調査隊には上手く潜り込めたのか?」

「んー、ヤッ。それが運の悪いことに、調査隊メンバーに顔見知りがいてナ。あることないこと言いふらされて、追い出されちゃったヨ。まあその調査隊も、聖騎士の横槍が入って解散になったけどナ。結局、遺跡も目的のモノじゃなかったみたいだゾ」

「……まさかお前、一人で聖騎士に探りを入れたりしてないだろうな?」

「ニッニッニ。タスクが一緒ならそれくらいの無茶も考えたけどサ。流石に一人で聖騎士様を敵に回す度胸はないナ~」


 歩き出した俺の周りをクルクルと回りながらニボシは笑う。

 足取り軽いステップは、こちらを煙に巻こうとする幻惑の踊りか。フリフリと揺れる『尻尾』といい、キュッと締まった腰つきといい、なんと恐るべき魅了効果!

 などとしょうもない感想を抱きつつ、俺は一応釘を刺す。


「しれっと俺を巻き込む気満々かよ。俺だってただでさえ目をつけられてるんだから、あまり聖騎士に喧嘩売るような真似は控えてくれよな」

「そいつは難しい相談だナ。《テラ》の古代文明に関わる遺跡は、みーんな聖剣教団が管理下に置こうとしてるだロ? 遺跡を調べるには、衝突は避けられないヨ」


《テラ》――それは俺たちヒト族の創造主と言い伝えられる伝説の存在だ。

 伝説に曰く空を越えた彼方、《宇宙》と呼ばれる星の海を渡って彼らはこの星にやってきた。旧人類たるテラは自分たちに姿を似せて、新人類たる俺たちヒト族を創造。《カガク》で世界の理を解き明かし、その理を超越する異能の力、つまり《ジョブ》と《スキル》をヒト族に与えた。


 最後は《闇の邪神》を命と引き換えに封印し、死亡。この星にはテラの叡智、古代文明の遺跡や遺物が残されたという。実際それらには、俺たちヒト族じゃ原理すら理解できない未知の技術が用いられていた。

 中には現在も稼働を続ける施設や装置さえあり、原理もわからないまま利用しているモノも少なくない。

 実は《ロンギヌスの塔》もその一つだったりする。噂によると上層に聖剣の製造施設があるらしいが、おそらくそれも古代文明の設備だろう。


「……今更かもしれないが、遺跡探索を辞める気は毛頭ないんだよな?」

「――それはできない。《テラ》の古代文明を解き明かすことは、私が生涯を懸けると誓った目標だから」


 こちらに背を向けた状態で足を止め、ニボシは断言する。

 おどけた仕草や口調が自然と抜け落ちた辺りに、本気のほどが窺い知れた。

 こうした一面も見せるようになったのは、腐れ縁と呼べる程度には長い付き合いの中で信頼されてきた証だろうか。


 ニボシはどうやら、古代文明に強い関心と拘りがあるらしい。俺が連れ回される先も遺跡や伝承から単なる噂話まで、とにかく古代文明が絡んだ場所が多いのだ。とはいえ、当たりを引いた例は滅多にないが。

 そこで前々からニボシが目をつけているのが、他でもないロンギヌスの塔。なにせ聖王国の中でも、最も完全な状態で稼働を続けていると思しき古代文明の施設だ。


 しかし聖剣教団は、どうも古代文明について知られたくない節があった。塔の地下迷宮が聖騎士以外立ち入り禁止なのは元より、壁や部屋の大部分を隠蔽・封鎖した痕跡があるのだ。それらについて詮索することも固く禁じられている。

 部外者のニボシが潜入した日には、どうなることか。捕まれば、ただ殺すだけでは飽き足らぬ、なんてことも十分考えられる。


「……だったら、せめて俺が見ている範囲で、俺の手が届く距離で無茶をしてくれ。それならヤバイことになったって、俺が守ってやるからさ」


『目を離した間にポックリ死んでそう』なんて、こいつにこそ当てはまる話だ。

 どうも《盗賊》のジョブを持つニボシは、冒険者の間であまりいい噂がないらしい。 

 実際なにかと油断ならないところがあるし、そもそもニボシなんて名前があからさまに偽名だしなあ……評判がよろしくないのは、俺も他人のこと言えないんだが。

 パーティーを組んでくれるような相手がいないのもお互いさまで、「はみだし者同士仲良くしようゼ!」というのがニボシの弁だ。


 ただまあ、はみだし者同士でなにかと気が合うのも事実だし。俺が知らないところで危ない目に遭ったりされると目覚めが悪いし。危なっかしくて放っとけないし。そもそも俺は騎士だから守るのも助けるのも当然の務めですし?

 うん、自分で言ってて気色悪いな。誰得だ。

 要するに『一人で無茶しないで俺を頼れ』って言いたかったんだが、これちゃんと伝わったか? 大丈夫か?


 キョトンとした顔で振り返ったまま、なぜか固まるニボシ。

 あ、どうしよう。これで『いえ、結構です』とかドン引きされたら泣くぞ、俺。

 やがてその表情がやったら上機嫌そうにニヤけたかと思うと、ニボシは俺の首に両腕を回し、抱きつくように顔を寄せてきて……!?


「へえ~。タスクが守ってくれるのカ~。それはそれは心強いナ~」

「あの、ニボシさん? ちょっと顔が近いかなって」

「騎士様に守ってもらうなんて、まるでオイラがお姫様になったみたいで素敵だナ。だけどタスク、オイラ以外にもお姫様候補がいたりして――」

「えっ」

「……心当たりがあるって顔だナ」


 ニヤニヤ笑いを消して、不機嫌な顔になるニボシ。

 そして抱きつくような格好のまま、俺の首を軸に背後へ回った。背中に軽い衝撃が入ったかと思えば、ニボシは宙を舞って屋根に着地する。

 つまり俺の背中を踏み台に跳躍したのだ。なんという身軽さか。


「女たらしのイケナイ騎士様は、そいつでも齧って反省するんだナ」


 ベッと舌を出して、ニボシは屋根伝いに走り去る。

 襟元になにか突っ込まれたようなので取り出すと、それは食材の保存に適した薬草の葉で包んだ、魚の干物だった。それも地方の川にだけ棲む珍しい種類の。

 どうやら遠出した先のお土産、ということらしい。


「からかわれただけ、だよなあ」


 なにか勘違いさせたようだが、まかないおすそ分けの件でなんとなくアスティの顔が浮かんだってだけだ。別にそういう関係じゃないし、向こうも俺のことなんか、常連客との一人くらいにしか思ってないだろうし。

 それにああやって、ニボシが思わせぶりな態度を見せてからかってくるのも、今に始まった話じゃないしなあ。


 たぶん、俺が自意識過剰で浮かれてるだけだろう。変な期待なんて、やめとくのが利口だ。

 調子乗って今の居心地が良い関係を台無しにしないよう、しっかり自分を戒めながら俺は帰路についた。



 その後は、特になにがあったわけでもなく。

 公衆浴場で一日の汗と疲れを洗い流し、我が家に帰宅。苦労してお金を工面し、ローンで購入した一戸建てだ。必要最低限の家具しかないマイホームには娯楽もないので、さっさとベッドに入って寝た。


 こうして、今日も一日が終わる。

 腹が立つこと、胸糞悪いこと、ままならないこともたくさんある世の中で。

 しかし衣食住が満たされ、気の合う相手もいれば、世は全てこともなし。

 それなりに充実した日常が、きっと明日からも続いて……





 ――そうやって、お前も『あの子』のことを過去にするのか?





「……ッ!」


 全身を汗だくにして飛び起きる。

 心臓がバクバクとうるさく、血流は血管を破らんばかりの激しさで駆け巡った。

 大したわけもなしに込み上げる不安と焦燥感。俺は居ても立っても居られなくなって、予備の剣を引っ掴んで家を飛び出す。


 走れと、戦えと、心の奥底から湧き出る闇――怒りと憎しみが俺を急き立てた。突発的な衝動はこれまで幾度となく経験した持病、あるいは呪いの発作。暗黒騎士としての原点、タスクというヒトの中核を成す暗黒が、俺を突き動かす。

 向かう先はロンギヌスの塔。マモノひしめく魔窟の地下深くだ。

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