クエスト09:《ロンギヌスの塔》地下二〇階層を攻略しろ


 現在、塔の地下二〇階層。

 俺たちは地下五〇階層を目指し、マモノと戦闘の真っ最中だ。

 で、ガリウスたちの実力がどんなモンかと言えば――正直、想像以上。


「オウラアアアア! もっと骨のあるヤツァいねえのかよう!」


 群がる《ゴブリンウォリアー》……武装で身を固めたゴブリン上位種の攻撃を、ガリウスがどっしり構えた大型盾タワーシールドで受け切る。雄叫びと共に戦鎚を振るえば、ゴブリンウォリアーが五、六匹まとめてふっ飛んだ。


 防具は胴鎧だけだが、その全身を覆う鱗こそ天然の装甲。防具は鱗の比較的薄い腹周辺を守るだけで事足りる。


 今も盾を掻い潜ったゴブリンウォリアーの剣を腕で受け、相手の剣が逆に砕けたほどの堅牢さだ。その下に詰まった筋肉も両手用の戦鎚を片手で振り回すだけあり、拳の一撃でゴブリンウォリアーの頭が粉々になってしまう膂力。


 冒険者を引退して長い身とはとても思えない。歴戦の勇士といった風格さえ漂う戦いぶりがなんとも頼もしかった。


「【風よ】【刃を放ち】【敵を切り裂け】――【ウインドリッパー】!」


 細剣と風属性魔法を駆使するアスティが、軽やかに敵陣へ斬り込む。


 踊るような動きに、ゴブリンウォリアーたちの攻撃は触れることもできなかった。鋭い剣捌きと風が駆け抜けた後には、両断されたゴブリンウォリアーの体が地面を転がる。


 食堂の制服から一転、細身に纏うのは緑色の軽装鎧。機動力を殺さない最小限の装甲だが、どうも特殊な素材を布地に用いていて、見た目以上の防御力がある様子だ。


「装備の品質からしても、絶対に並の冒険者じゃないよなあ」


 いくら聖王国にヒューマン至上主義の風潮があるとはいえ、冒険者として名を馳せていなかったことが不思議でならない。


 ニボシはともかく、ガリウスとアスティの装備がどこから出てきたかというと、答えは《魔道具》――【道具作成】などのスキルによって、異能の力を宿した道具の一種《アイテム袋》に収納していたのだ。


 これは名前の通り【空間拡張】が施された袋で、高価な物なら荷馬車、果ては倉庫並みの容量を誇る。俺たち冒険者が使う一般的なポーチサイズでも、調理器具や寝具、数日分の食料など旅に必要な荷物が一通り収まるほど。


 おかげで装備は万全と言える状態だが、油断は禁物だ。


『…………!』

『ギキャー!』 


 片や首なし、片や上半身だけのゴブリンウォリアーがアスティとガリウスに襲いかかる。

 普通の生物なら致命傷だが、そう簡単にくたばらないのがマモノの厄介なところ。


 マモノは土塊の肉体とは思えないほど生き物くさい仕草を見せる。目で物を見、耳で音を聞き、鼻で臭いを嗅ぐ。痛覚もあるようで、目や耳を潰せば苦しみ悶えもした。

 が、その生物らしさに騙されてはいけない。


 マモノと初めて戦う冒険者が一番にやらかすのは、死亡確認を怠ること。首を落としたとか、胴体を真っ二つにした程度の破壊で仕留めたと勘違い。注意を外したところで背中からブスリ、という具合に命を落とす新米が少なくない。


 マモノは核を破壊しない限り、頭を潰そうが胴体を両断しようが、執拗にこちらの命を狙って襲いかかるのだ。


「ふっ」

「そいや!」

『ギペッ』


 まあ、この二人にはナントカに説法ってヤツか。

 元より油断などなく、アスティは返す細剣の刺突で、ガリウスは豪快な踏みつけでゴブリンウォリアーにトドメを刺した。


 核である結晶を砕かれ、ゴブリンウォリアーの体が土塊に戻って完全に朽ちる。

 しかし破壊が不完全なのは二匹だけじゃなかった。さらに追加で、四匹の半壊ゴブリンウォリアーが二人へ殺到しようとするが……


『ギッ』『ギャ!』『ゲベッ』

「ニッニッニ。半壊したマモノは再生にエネルギーを割くから、防御が薄くなって核を撃ち抜くのもラクチンだナ」


 轟く『銃声』と共に、ゴブリンウォリアーの体が弾け飛んだ。

 正確に核を捉えた射撃で、一匹残らず完全に沈黙する。

 ニボシの手にする武器を見て、ガリウスとアスティは物珍しげに目を見開いた。


「そりゃ《銃》ってヤツか? 初めて見たぜ!」

「書物の写真で目にしたことはありますが、実戦で使われるのを見たのは私も初めてです。実用性が低く、現在では廃れた武器だと聞いていましたが……」


《銃》とは元々古代文明の遺跡から発掘された武器で、一般に広まっているのは現代の技術で再現した代物だ。古代文明の産物とあって一時期それは流行ったモンだが、今では滅多に使うヒトなんていない。


 誰でも比較的簡単に使用可能。撃ち出す弾丸の速度は下手な魔法よりも速く、スキルに依らず一定の威力を出せる。等々と利点も多いのだが、致命的な問題として、銃に対応したジョブやスキルが存在しない。


 つまり異能の力を上乗せできないため、すぐ頭打ちになってしまうのだ。

 同じ遠隔でも一定以上のレベルに達した【弓】スキルのアーツには遥かに劣り、同様に高レベルの防御系スキルにも歯が立たない。


 他にも整備の手間や弾丸の費用など、難点を上げようとすればいくらでも。

 そういった理由で要人の護身用などならともかく、冒険者で銃の使い手はまず見ない。ましてや、戦力として使い物になる銃使いなど……。


 そんな中で、ニボシは例外的な存在だ。彼女が操る『二丁拳銃』は、魔獣やマモノ相手にも十二分な威力を発揮する。


「スキルの効果が一切乗っていないとは思えない威力ですね。もしや、銃に対応したスキルが存在したのですか?」

「イヤイヤ。しがない盗賊に、そんなウルトラレアスキルの持ち合わせはないサ。だ・け・ど。銃撃に異能の力は乗せられなくても、銃弾そのものに異能の力を込めることは可能なんだナ~、これが」

「つまり、魔道具の弾丸ってことか!?」

「そう、すなわち《魔弾》。こいつは他の銃使いにもない、オイラのとっておきサ。製造方法については企業秘密、もとい乙女の秘密だゾ?」


 フードの下からウインクなんてかまして、ニボシは悪戯っぽく笑う。

 しかし、サラリと《魔弾》のことを明かしたのには内心驚いた。


【盗賊】も製作した道具に異能を付与する【道具作成】スキルを持つジョブだが、本来なら《道具作成師》といった専門職には遠く及ばない。ニボシが《魔弾》のような特別製の道具を作り出せるのは、彼女がある「特殊なスキル」を有しているからだ。


 特異性という意味では、俺が覚醒した【真なる闇の力】にも匹敵するだろう。それこそウルトラどころじゃない、シークレットレア相当の異能。

 その辺りに勘付かないほど、二人も鈍くないだろうが――


「しかし先程の射撃は、明らかに装弾数を超えた連射でした。アレも異能だとすれば、単なる【道具作成】では説明がつかな……いえ、失礼。不躾な質問をしてしまい、申し訳ありません。スキルの詮索がご法度なのは、冒険者なら常識でしたね」

「気にしない気にしない。好奇心と知識欲は冒険者の必須項目だロ? それに、秘密が多いのはお互いさまだしナ」


 二人の視線が鞘当てめいてぶつかるが、そこに険悪な空気はない。

 皮肉も軽口の範疇で、臨時でパーティーを組んだ冒険者同士にはよくあるやり取りだ。


 そりゃあ深入りしない程度のマナーは弁えてるよな、お互いに。自己紹介のときになんかピリピリした感じだったから心配だったが、杞憂で済んだらしい。

 この会話の間も、一同は順調にゴブリンウォリアーの群れを蹴散らしていた。


 ガリウスが敵の攻勢を受け止め、アスティが撹乱、ニボシが援護射撃。

 それぞれが自分の役割をしっかり果たすことで、即席パーティーとは思えないチームワークを発揮していた。


 勿論、俺とフラムもボケッとガリウスたちの活躍を眺めていたわけじゃない。


「【生まれて】【燃やして】【灰に還れ】――【炎の蛇】!」


 フラムはニボシと同じく、後方からの援護攻撃。その攻撃手段というのがまた特殊で、黒い炎が生き物の形を取って敵に襲いかかるのだ。


 燃える蛇は長い胴でゴブリンウォリアーに絡みつき、牙で噛みつき体を抉る。その傷口から毒の代わりに炎が侵入し、外側からも内側からも焼き尽くした。後には土塊も残らず灰と化す熱量は、炎属性魔法でも第五階梯に相当するだろう。


 意思を持っているかのような動きで執念深く敵を追尾し、徹底的に燃やして諸共に灰燼へ帰す。それがそのまま、彼女が抱く憤怒の在り方のように感じられた。


 防具らしい防具は身につけず、ドレスのような黒衣のままだ。

 しかし後衛に徹するニボシよりは前に出ており、たまに接近した敵を両手に纏った黒炎の鉤爪で引き裂く。


 焼き切るのではなく物理的に敵を切断しているのはおそらく、俺が今使っているスキルと同じ効果だろう。


「オオオオオオオオ!」


 俺はガリウスやアスティと並んで、前線での大立ち回り。

 右手の片手半剣で一匹を真っ二つにし、二匹目の攻撃を盾で防ぐ。返す胴薙ぎで二匹目の首を飛ばした。胴体が崩れ出したのを見て、転がった頭を踏み砕く。


 マモノの核は決まって頭部か胸部のどちらか一方にある。生物で言えば脳と心臓の位置だ。どういう因果関係でそう定まっているかは、学者も明らかにできていない。まあ好き放題に位置を変えられるよりは好都合な話だ。


『ギギャギャ!』

『ギャギャ!』


 三匹目、四匹目が左右からほぼ同時に迫る。

 俺は右から来る三匹目の頭を片手半剣で割りつつ、左に向けて盾を突き出す。


 すると、三本の鉤爪が四匹目を串刺しにした。盾から鉤爪が飛び出したのではない。盾そのものが、腕から伸びる鉤爪に変形したのだ。

 この盾は普通の防具じゃない。【真なる闇の力】で獲得した新スキル【ダークマター】によって形成されたモノ。


【ダークマター】は、闇の力を形ある物質として実体化させる異能だ。

 黒い雷から微細な黒い粒子に変じ、それが黒水晶にも似た鋼へと結実する。分解も構築も瞬時に行えて、形は俺がイメージするままに変幻自在。

 新しく得たスキルの中でも、これは特に気に入った異能だったりする。


「しかし、このスキルは本当に便利だな。片手でも両手でも扱える、片手半剣の利点がこいつで最大限に活かせるぞ、っと!」

『ブギァ!?』


 ゴブリンウォリアーたちの壁を蹴散らした俺は、群れを率いるリーダー格《オーガジェネラル》と対峙する。装備だけでなく、体格もガリウスを上回る大鬼だ。


 鉄棍棒の振り下ろしを剣で捌きつつ、左腕に形成した鎖付き鉄球でオーガジェネラルの顔面を殴りつける。遠心力が乗った一撃に、被っていた兜が果物みたいに砕け散った。流石に中身までそうはいかないが、意識は飛んだ様子。


 体勢が崩れた隙に、俺は鉄球を粒子に戻す。そして空いた左手でも片手半剣を握った。


「シィッ!」


 両手持ちに切り替えた片手半剣での一閃。黒い粒子によって禍々しい刃が形成された斬撃は、袈裟懸けにオーガジェネラルを両断した。


 刃渡りも重量も、両手剣と片手剣の中間に当たる片手半剣。

 中途半端なだけにも思えるこの剣を使っていたのは元々、呪縛を背負う《暗黒騎士》の俺に取って苦肉の策だった。


 魔法や一部のアーツを操る都合上、片手は空けて置きたい。しかし呪縛でステータスが低い俺は、片手剣だと攻撃力不足に陥ってしまう。片手でも扱えるギリギリの範囲で攻撃力を求めた結果、片手半剣に行き着いたわけだ。


 しかし【ダークマター】を併用するなら、この片手半剣こそがベスト。

 ときに盾、ときに武器として【ダークマター】を操り、チャンスが来れば瞬時に片手半剣の両手持ちに切り替え、渾身の一撃を放てる。こいつは使い勝手がいい。


「ふう……ひとまず片付いたな」


 親玉のオーガジェネラルを倒し、ゴブリンウォリアーの群れも全滅させた。

 俺を始め、ガリウスたちも全くの無傷。体力的にも大して消耗は見られない。余裕の勝利といったところだ。


 地下五階層でブラッドハウンド相手にヒイコラ言ってた、聖騎士候補たちとは比べるだけ失礼として。今の群れだけでも村を二つ三つは攻め落とせる戦力だったはず。それをパーティー一組で苦もなく殲滅できるとは……。


「今まで、感じたことがないほど戦闘が楽だった。これがパーティープレイの力ってヤツなのか? ソロで必死こいてた今までを思うと俺、なんか切なくなってくるんだが」

「個々の戦闘力の高さもありますが、陣形的にもバランスの取れたパーティーになっていることが大きいでしょうね」

「後衛がオイラとフラムで二。前衛がタスク・アスティ・ガリウスのおっちゃんで三。その内、タスク・フラム・アスティの三人は中衛もこなせるからナ。敵や状況に合わせた対応力もそこそこあるし、即席にしては上手く噛み合ってるんじゃないカ?」


 アスティとニボシの意見に俺も同感だ。

 ここに火力特化の後衛である『あいつ』が合流すれば、なお良くなるだろう。

 その、別の意味で問題が発生する可能性は、なきにしもあらずだが。


「おっちゃん……俺、これでもまだ三〇手前なんだがなあ」

「なにおっさん呼ばわりで傷ついてるんだよ、ガリウス。二〇の俺をいつもガキ扱いしてるんだから、相対的にお前がおっさんなのは当然だろ?」

「うるへーどんな理屈だ! それより……鎧と剣の方は大丈夫なのかよ?」

「ああ、今のところはな」


 俺は装備として、昨日ガリウスに預けた剣と黒い騎士鎧を身につけていた。


 ガリウスが大事そうに担いでいた、大きな荷物袋。アレの中身が俺の装備一式だったのだ。なにか危険な目に遭っているであろう俺に、装備を届けようとしてくれたガリウスの男気には目頭が熱くなる。


 おかげで、俺は万全の装備でマモノに挑むことができた。


 ただ、気がかりが一つ……本来の剣と取り換えようとした際、予備の剣がまるでボロ炭のように崩れてしまったのだ。

 何故か俺の力に詳しいフラムによれば、【真なる闇の力】で強化された俺のスキルに、生半可な武器では耐えられなくなってしまったらしい。


 いくらガリウスが腕利きの鍛冶師とはいえ、鍛冶屋の経営は芳しくなく、扱う装備も材質の都合で品質はそこそこ。明らかに並の代物ではないであろう【真なる闇の力】を受け止め切れるかと問われれば、確信は持てない。


 そうは言っても、他に装備のアテなんてないのだ。今はガリウスが万全に仕上げてくれた装備を信じるだけである。


「しかし、段々とこっちの攻撃が通りづらくなってやがるな」

「闇のオーラが強まっているためですね。敵の攻撃はまだまだ脅威ではありませんが、マモノ特有のしぶとさも相まって厄介です。聖騎士が操る光の力であれば、闇のオーラを容易に剥がせると聞きますが……」

「タスクの闇の力でも同じことができるゾ? ただ、さっきの群れくらいの数に来られると、タスクの手が回り切らないだろうしナァ」

「私の炎でも同じことはできるけど――タスク、あんたが新しく得たスキルの中に、丁度良いのがあるんじゃない?」

「ん? ああ、アレか。どの程度効き目があるかわからないが……と」


 話し込んでいる間に、新しくマモノが発生していた。構成は先程と同じく、オーガジェネラルに率いられたゴブリンウォリアーの群れ。数は少なくなっている。

 しかし、マモノが発生する頻度が普段より明らかに短いような?


 疑問は残るが、追手のこともある。あまり足止めを喰らうわけにはいかない。


「物は試しか――【エナジードレイン】」


 かざした手のひらに闇が渦を巻き、敵が身に纏う闇を吸い込み始める。

 こいつは相手の気力・体力といった活力を吸収し、自分のモノにしてしまうスキルだ。


 強力だが、こういう異能は微量ずつしか吸い取れないものと相場が決まっている。

 だから闇のオーラを弱体化させられれば御の字……くらいに思っていたんだが、効果は予想以上の結果となった。


『ギ、ギ』

『ギガガッ』


 なんとオーラどころか、肉体を維持する分のエネルギーまで吸い取られ、ゴブリンウォリアーの肉体がガラガラと崩れていくではないか。オーガジェネラルはかろうじて立っているが、半身が崩壊して土塊の断面を晒している。

 スキル一つで敵の群れがほぼ瀕死。後はもう煮るなり焼くなりといった有様だ。


「あー、これは酷いわね」

「こいつぁ、また。さっきの大立ち回りはなんだったんだ、って感じだな」

「まあ、楽に片付くのに越したことはないだロ?」

「そうです、ね。今の私たちは追われる身ですし、時間を大幅に短縮できるのは喜ばしいことでしょう。なにも問題はありません、ええ」

「いや、あの……なんかスンマセン」


 これには使った俺自身も含めて皆、苦笑を浮かべる他なく。

 以降の戦いはすっかり核を砕くだけの簡単な作業になってしまい、なんとも言えない微妙な空気が流れてしまった。


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