クエスト06:カマセ兄弟を撃破しろ(2)


「下賤な暗黒騎士風情が、よくもカッマーセン家の名誉に傷を! この無礼、最早楽に死ねると思うなよ!」

「オイオイ、誅伐とかほざいて一方的に人を殺そうとした挙句、返り討ちにされたら無礼ときたか。――ふざけるのもいい加減にしろよ。何様のつもりだ」


 カマセ兄が口を開く度に、苛立ちと殺意の炎に油が注がれていく。


 思えばこいつには、長年積み重なった恨み辛みがある。顔を合わせれば、時間も場所も問わず撒き散らされた誹謗中傷。そのせいで俺は、どこにいても人々から白い目を向けられる。周囲の目に怯えながら過ごす日々の、なんと惨めなことか。

 ガリウスたち幾人かの理解者に恵まれなかったら、俺はとっくに聖都から逃げ出していたかもしれない。


 丁度良い。積年の恨みを晴らしてやる。

 フラムも言っていたが……向こうから殺しにかかってきたんだ。うっかり手が滑って殺しちまっても、正当防衛ッテヤツダヨナア!?


「冥土の土産だ! 先日習得したばかりの新アーツで葬ってやろう! 分不相応な光栄に咽び泣くがいい!」


 カマセ兄の聖剣が輝きを増していく。その刃には、アーツの発動時に現れる特有の紋様が浮かび上がっていた。


《アーツ》とは特定の、主に戦闘関連のスキルを取得することで使用可能となる、超常の力を発する異能の技だ。俺が昨日使った中では《暗黒騎士》の固有技【ダークスラッシュ】【ブラッドウェポン】などがこれに該当する。


 暗黒騎士の上位に当たる聖騎士は、当然使えるアーツも暗黒騎士より上位だ。

 しかし、不思議なことに……まるで負ける気がしない!


「光よ、闇を斬り裂け! 【ホーリースラッシュ】!」

「【闇よ】【光を断て】【ダークスラッシュ】」


 光と闇の斬撃が正面から激突する。

 そして――闇が光を呑み込んだ。

 聖剣に宿った光の力が呆気なく消し飛び、衝撃でカマセ兄の体も派手に宙を舞う。

 顔面を削るように地べたを転がったカマセ兄は、すり傷と鼻血でドロドロに汚れた顔も気に留められず、半狂乱になって叫んだ。


「こ、こんな馬鹿なことがあるか! 【ホーリースラッシュ】は【神聖剣】スキルの第五階梯アーツだぞ! 第一階梯の【ライトスラッシュ】にも劣る、矮小な暗黒騎士の【ダークスラッシュ】ごときに、なぜ打ち負ける!?」


 ジョブに上位・下位があるように、アーツにも一〇段階のランクが存在する。

 これはスキルの成長に応じて、一つのスキルにつき最大一〇のアーツが開放される、ということでもあった。そして戦闘関連であれば異なるスキルのアーツでも、階梯の差がそのまま性能の差になると言っていい。

 カマセ兄の疑問も一見尤もに思えるが、こいつは一つ大きな勘違いをしていた。


「確かにアーツの威力そのものは、そっちが遥かに上回っているな。【ホーリースラッシュ】を二〇とすれば、俺の【ダークスラッシュ】はせいぜい五ってところか」

「だ、だったらなんでっ」

「無知なお前に一つ教えてやるよ。アーツの威力は、使い手の技量次第で何倍にも増幅するんだ。【ホーリースラッシュ】の威力二〇に対し、お前の技量は一で二〇のまま。【ダークスラッシュ】の威力五に対し、俺の技量が一〇で五〇になる。そら、二〇対五〇で最終的な威力の差はひっくり返る計算だろう?」

「……? ……! ふ、ふざ、ふざけるなああああ!」


 数秒かけて理解が及ぶと、顔を熟み柿色に染めて喚くカマセ兄。

 技量では俺がカマセ兄に一〇倍勝っている――という旨は正確に伝わったようだ。

 本当は一〇倍どころじゃないが。を使ったのも杞憂だったな。


「許されないぞ、こんな! 聖なる正義の光が、薄汚い劣等な闇なんかに負けていいはずがないんだ! わかったら今すぐ死ねええええ! 【ホーリースラッシュ】!」

「【ダークスラッシュ】」


 先程となんら変わらない攻撃。技術の欠片もなく、ただ剣に宿った光を力任せに叩きつけるだけの稚拙なアーツだ。

 落書きめいた軌跡の光芒を、黒き一閃が塗り潰す。

 衝撃はない。代わりに血飛沫と肉片が派手に飛び散った。

 それが聖剣ごと粉砕された自分の腕だと、カマセ兄が気づくのに五秒ちょっと。


「ひっ、ひぎゃああああああああ!? 私の、私の腕うでウデェェェェ!」


 喉が枯れんばかりの絶叫を上げてのた打ち回るカマセ兄。

 ああ……イイ声だ。

 今まで、こいつの吐く一言一句に不快な思いをさせられたモンだが、この苦痛と絶望の叫びは実に心地良い。なんて晴れ晴れとした気分だろうか。


 腹を踏みつけてカマセ兄の動きを止める。内臓が傷ついたようで血を吐いた。カマセ兄は涙と鼻水を垂れ流し、いっそ憐れみを誘うほどに無様な顔をする。その目は屈辱と怒りに震えていた。「なぜ貴族にして聖騎士の私が、こんな理不尽な目に!?」と。


 笑わせる。俺がこいつのせいで受けた不当な仕打ちに比べれば、当然の報いだ。

 まだ足りない。満足できない。もっと痛めつけて、裂いて、潰して、砕いて、刺して、徹底的にいたぶりながらコロシテヤル――!


「その辺にしときなさい」


 剣を振り上げた俺の腕が、横から伸びたフラムの手に掴まれる。大して強い力でもないのに、俺の腕はピタリと止まった。

 剣を握る俺の手に白い指を這わせながら、フラムは別段咎めるでもない顔で言う。


「恨み骨髄の相手を痛めつけてスカッとする気持ちはわかるけど、それ以上は騎士のすることじゃないんじゃない? それでいいなら、私は止めないけど」


 忠告でも諫言でもなく、単なる確認なのだろう。このままカマセ兄をいたぶり殺したとして、フラムが一切責めたりしないことが俺にはわかった。

 だからこそ――俺は、自分の意志で剣を引いた。

 フラムの言う通り、これは俺が目指す「騎士」のすることじゃない。


 向こうから殺しにかかってきた敵に対し、反撃がやりすぎた感じなのはともかくとして。どう見ても無力化された相手を追い打ち、ましてや私怨で嬲り殺しにしようだなんて。『守る者』がしていい行いではない。


 カマセ兄から足を退け、燻る憤りの熱をゆっくりと吐き出す。

 どうも闇の力が増大した分、負の感情も極端に走りやすくなっているようだ。

 今までと同じ感覚でいたら、自分自身の手綱を握れず暴走しかねない。

 己の闇を強き意志で律すること。暗黒騎士の教えを、俺は改めて胸に刻み直した。


「悪い。無様なところを見せた」

「別に? 闇に呑まれてたってわけでもないでしょう? ――どちらの願いを取るか。これは、ただそれだけの話」

「……っ」


 上目遣いに見つめてくるフラムの目に、俺はうすら寒いモノを感じた。

 まるで深淵を覗き込んで、深淵に見つめ返されたかのような。俺の奥底に潜む暗黒を見透かすような、怖くなるくらいに澄んだ瞳だ。

 それでいて不思議なことに、嫌悪感はまるで感じない。

 フラムが俺の闇を見抜いているのを、当然のように受け入れている自分がいた。

 ……もしかしてこいつの正体、俺の身に起こった変化と関係があるのでは?

 それなら俺が影身を倒した直後、俺の前に現れたことにも説明がつく、か?


「フラム、お前は」


 その辺りについて問い質そうとした直後、『ソレ』は起こった。


 ゴーン。ゴーン。ゴーン。


 どこからともなく、鐘の音が響き渡る。

 聖都では教会が朝・昼・夕の三度鐘を鳴らすが、朝の鐘は少し前に鳴ったばかりだ。

 それに、鐘の音色自体が教会のモノと違う。ただ、俺はどこかでこの音を聞いたことがあったような……?


 瞬間、氷柱のごとき悪寒が脊髄を貫く。

 世界の色が変わった――否。世界の色が抜け落ちたかのような感覚。

 セピア色に染まっていく世界に、俺とフラムだけが色彩を保ったまま取り残された。


「フラム!」

「ええ。なんだか、凄く嫌な感じがするわね」


 フラムも異変を感じたらしく、俺の背を守るように陣取った。

 周囲に視線を巡らせば、既に異常な光景が広がっていた。


 俺とカマセ兄弟の騒ぎに集まった野次馬たち。つい先程まで好き勝手に歓声や悲鳴を上げていた彼らが、今は目を虚ろにして沈黙。まるで魂を抜かれたかのように棒立ちの状態だ。

 野次馬の外も同じ有様のようで、活気ある表通りが不気味に静まり返っていた。


 やがて野次馬の一人が口を開くが、そこから紡がれるのは感情の起伏が全くない、まるで機械仕掛けで人の声を複製したかのように無機質な声。


「闇だ。闇だ」「悪しき闇の力だ」「邪な闇の力だ」

「邪悪の権化」「醜悪の極み」「唾棄すべき世界の汚点」

「浄化せねば」「粛清せねば」「排除せねば」「抹殺せねば」

「世界の平和のために」「人類の安寧のために」「聖なる光の正義のために」


 前もって練習でもしていたのかという息の合いようで、順番に言葉を発していく聖都の住民たち。欺瞞に満ちた弾劾の声はただひたすら空虚で、どう見たって目がまともじゃない。……そう、目がまともじゃなくなっていた。

 ブツブツ呟く住民たちの瞳に、共通して光の紋様が浮かび上がっているのだ。あたかも視界を閉ざし、正気に蓋をするかのごとく。

 明らかに、なんらかの精神干渉がかけられていた。


「「「闇、消し去るべし。悪、滅ぼすべし」」」

「「「暗黒に光の裁きを。邪悪に聖なる鉄槌を」」」


 目を光で塗り潰された住民たちは、ゾンビのように緩慢な動きから、手近な得物を構える。武器、仕事道具、調理用の包丁、中身の詰まった買い物袋、果ては道端から拾い上げた石ころまで。無駄にバリエーションが豊富だ。

 そして一般人だけでなく、聖騎士のカマセ兄弟までが正気を失っている。

 片腕を失った兄はバランスが悪そうに左右に揺れながら、全身の骨が砕けた弟は芋虫のように這いずって。重傷の我が身を顧みることなく合唱に参加していた。


「そこまでだ、暗黒騎士! この清浄なる聖都を、邪悪な闇で汚すその愚行! これ以上許しはしないぞ!」

「標的を確認。これより戦闘態勢に入る」

「邪悪を浄化せよ。不浄を必滅せよ」


 そこへ光の翼――【光翼】スキルで、空から屋根に何人もの聖騎士たちが降り立つ。

 カマセ兄と同じ鎧に、二枚一対の翼の紋章を刻んだ聖騎士が複数。カマセ兄より一段豪奢な鎧に、四枚二対の翼の紋章を刻んだ聖騎士が一名いた。翼の紋章付きは隊長格の証。二枚一対の翼が小隊長、四枚二対の翼が中隊長だ。


 中隊長は一応正気っぽいが、小隊長たちはカマセ兄弟と同様に、目が光で塗り潰されている。どうも中隊長に命じられるがまま動く、操り人形状態のようだ。

 しかし、なにがどうなってる? 突然の鐘から急展開にも程があるぞ。

 カマセ兄弟を返り討ちにしたのが原因にしては、いくらなんでも動きが早急すぎる。

 まさか昨夜……俺の身に変化が起きた時点で、教団に目をつけられていたのか?


「やっぱりこの状況、聖騎士と聖剣教団の仕業みたいね?」

「ああ、だろうな」


 別に驚きはしない。

 なぜなら俺は、五年前にも似たような状況を体験していたからだ。

 聖騎士への道を捨て、闇の力を選ぶきっかけとなった五年前の一件。

 あのときからずっと胸に抱えていたわだかまり。聖騎士と聖剣教団、そして光の力に対する疑念が、これでほぼ確信に変わった。

 それにしたって……俺一人を潰すために、過剰と思えるほど大がかりだ。

 そこまで俺を恐れているのか? 恐れるだけのことが、俺の身に起こっているのか?


「やれ! 裁きの十字架で、不浄の闇を塵一つ残さず消し去るのだ!」

「「「【ホーリー・パニッシュメント】」」」


 中隊長の号令を受け、俺を包囲した小隊長たちが一斉にアーツを発動する。

【聖属性魔法】スキルの第三階梯アーツ【ホーリー・パニッシュメント】――光の十字架を放ち、それには邪悪を浄化する力があるという魔法攻撃だ。

 微動だにしない俺に四方から光の十字架が降り注ぎ、全弾命中。

 閃光が幾重にも炸裂して、表通りを真っ白に染め上げた。


「ハハハハハハハハ! 見たか、愚民ども! これが下等で下品な貴様らを守護してやっている、聖騎士様の偉大なるチカ……なにぃ!? 馬鹿な、なんだアレは!?」


 光が治まって飛び込んできた光景に、中隊長が目を疑う。

 俺もフラムも無傷だった。二人を中心として球状に渦巻く《闇》が盾となり、四方からの攻撃を完璧に弾いて無効化したのだ。

 直撃した俺より、余波でふっ飛ばされた野次馬たちの被害が大きいくらいである。


「大丈夫? なんて、訊くまでもないわね」

「そうみたいだ、な」


 当然の結果と言わんばかりに笑うフラムに、俺は気の抜けた返事をした。

 この力、意識的に発動したモノではない。どうやら攻撃に反応する自動防御型のスキルらしいが……こんなスキル、いつ俺は手に入れたんだ?

 こいつがあったから動かなかったわけじゃない。なぜか光の十字架に対して全く脅威を感じられず、つい反応が遅れてしまったのだ。これでやられてたら、ただの間抜けにも程があるぞ俺。

 カマセ兄を勢い半分で殺しかけたことといい、腑抜けてやしないか?

 浮足立っている感じが拭えない俺に、中隊長が人差し指を突きつけながら喚く。


「き、貴様! 聖騎士の聖なる力を受けて、なにを平然と立っている! そんなことが許されると思っているのか!? 汚らわしい闇の力に魂を売った、貴様のような愚か者は! 我ら聖騎士の聖なる光に裁かれ、浄化されるべきなのだ!」

「そうだ。裁きを受けろ」「闇に心を喰われた罪人め」

「騎士の、いや人の恥さらしめ」「死んで罪を償え」

「この世から消えてしまえ」「消えろ」「消えろ」「消えろ」


 中隊長以外はまるで感情が入っていない、空疎な呪詛の大合唱。

 空っぽだからこそ無思慮に無責任に紡がれる心ない言葉は、ときに相手の心を死へ追いやる刃と化す。


「……だ、そうですけど? ここは一つ多数決という社会正義の裁定に従って、大人しく十字架に縛れ、焼くも刺すも神に身を委ねて見る?」

「ハッ。まさか」


 そうとも。まさかという話だ。

 こんな数に頼った薄っぺらい言葉の暴力、俺には蚊ほども応えない。

 過半数だの周りの意見だの社会的な正義だの。そんなものに屈するくらいなら、最初から《暗黒騎士》なんてやるものか。

 周りこそ間違っていると知りながら、なにもできなかった五年前とは違う。

 俺が誰に理解されなくとも信じ、研ぎ澄ましてきた闇の力。

 それは、こういう理不尽を叩き潰すためにあるんだからな!


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