夢で恐怖、起きて逸脱。
斉賀 朗数
夢で恐怖。起きて逸脱。
どうしてみんなは夏になると怖い話をしたがるのかな?
「フリーメイソンって実は……」
レイコさんがいるから耳を塞いだりはできない。
「その百貨店の試着室に入ると……」
でも本当は全然聞きたくなんてない。
「私、メリーさんって電話が……」
怖い話なんて大嫌いなのに。
「誰も動かしてないにのに十円玉が勝手に……」
それなのに。
「マスクを取ると、口が耳まで裂けた……」
怖い話が耳の中でガンガン響いて、頭の中から離れてくれない。
「カシマさんって知ってる?」急に頭の中でガンガン響いていたのがピタッと鳴り止んだ。それを分かっているみたいに、僕の顔をじっと見るレイコさん。
「昔アメリカ兵に暴行されてめちゃくちゃにされたカシマさんって女の人がいたんだけど、カシマさんは銃で腕と足を打たれちゃったの。偶然お医者さんに見つかって手術をして治った一命は取り留めたらしいんだけど、腕と足は切らないとダメだったみたい。それでね、カシマさんはすごい綺麗な人だったみたいで、自分の姿が変わっちゃったことがショックだったみたいで……自殺しちゃったんだって。それでね、この話を聞くとね、カシマさんが夢に出てくるの」
何人かが唾をごくっと飲む音が聞こえた。みんな怖がっている。みんなをぐるっと見回してもレイコさんは話すのをやめない。
「夢の中でカシマさんは、『腕いるか?』『足いるか?』って聞いてくるの。いらないって答えると、持っていかれちゃうの。腕も、足も、どっちも。それで死んじゃうの最後にもう一つ、カシマさんは聞いてくるの。『この話を誰から聞いた?』って、でも、もう腕も足も取られちゃったあとだから、死んじゃってるよね」
怖くなってしまって、立ち上がったのは僕だけじゃなかった。正面にいたリョウコちゃんも立ち上がっていた。泣いていた。僕は泣いてはいないけど泣きそうだ。リョウコちゃんと僕は部屋を飛び出した。リョウコちゃんは僕の手を握った。怖いんだ。きっと。僕だってそうだから、分かる。怖いは広がっていく。でも、大丈夫って気持ちだって広がっていく。リョウコちゃんの手のあったかさが大丈夫って気持ちを少しだけ僕にもたせたから、僕のその大丈夫って気持ちを少しずつリョウコちゃんにあげていく。これで大丈夫。きっと。多分。
でも、もし、カシマさんが夢に出てきたら、どうしたらいいんだろう。
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夢を夢だって分かったところで、どうしようもない時がある。
今がちょうどそれで、目の前でリョウコちゃんが腕と足をカシマさんに持っていかれるのをただ見つめている。体を動かそうとしても動かない。ただリョウコちゃんが血を流して、助けてっていってるのを聞いているだけ。怖い。怖い。ただ怖い。カシマさんはリョウコちゃんの足と腕をまとめて片手で持って、ぐるっと頭をこっちに回して見ている。僕を。僕をじっと見ている。周りは真っ暗で、どこって、場所がわからない。こんなのは夢じゃないとありえない。実際にない場所。こんなのは夢じゃないとありえない。でも、怖い。夢の中で殺されちゃったら、実際の僕も死んじゃうのかな? それじゃあリョウコちゃんは? もう死んじゃったの? 分からない。全然分からないけど、カシマさんは口を動かしてなにか言ってる。でも声が聞こえない。聞きたくないのに、耳をすませて聞こうとしてしまう。夢の中の僕はバカだ。バカだ。バカだ。大バカ野郎だ。
『腕いるか? 足いるか?』
僕はどう答えたらいいのか分からない。
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そこで、目が覚めた。
良かった。夢の中で、カシマさんに殺されることはなかった。良かった。本当に良かった。生きてる。僕はテレビを付けて、ニュースを見る。よかった。公園で小学生の女の子が死んだってニュースをやってる。よかった。昨日、リョウコちゃんを殺したのがニュースになってる。よかった。よかった。カシマさんに殺される前に、ちゃんと僕がリョウコちゃんを殺してあげることが出来てよかった。よかった。リョウコちゃんの死ぬ前の笑顔。よかった。
僕は生きてる。
でも、リモコンを握ったままだと布団がめくれない。視線を感じる。誰かが見てる、僕を。足で布団をめくるけど、力が入らない。左足に。後ろを見る。カシマさん。カシマレイコさん。ああ、そうか。大好きなレイコさん。そうか。カシマレイコさん。
好きな人に呪われて殺されるなら、それってすごい最高なんじゃないかな。
夢で恐怖、起きて逸脱。 斉賀 朗数 @mmatatabii
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