麻里さんと、さとるくん。

斉賀 朗数

麻里さんと、さとるくん。

 平成も終わるってこのご時世に、公衆電話なんてなかなか見つからなくない?

 でも、さとるくんに会いたい。

 さとるくんがわたしのこと、どう思ってるのか知りたい!

「あっ!」

 トンネルの前にポツンと。切れかけた街灯の光を、スポットライトみたいに浴びた電話ボックスが。

「あった!」

 いつ振りかに見た緑の公衆電話。私は嬉しくなって駆け出した。

 早く。早く。さとるくんの声を、早く聞きたい。

 あんまり使われてない電話ボックスの扉は重たくて、ギギィ……ってホラー映画みたいに大げさな音をたてるから、ビクッ! って、ちょっとだけ怖がっちゃったのがなんだか恥ずかしい。

「なに怖がってんのよ、私ったら」

 そんなこといいながらも、やっぱりちょっと怖くって、扉は開けたままにしておく。受話器を取って、ここに来る前に準備しておいた十円玉をバッグについた小さいポケットから取り出す。硬貨の投入口は長い年月のせいか、茶色の錆がついていて汚い。けど、そんなこと一々気にしてなんていられない。十円玉を入れると、携帯電話の番号を押す。

 コール音が、一回。

 ドキドキ。

 二回。

 ドキドキ。

 コール音に連動するみたいに、私の胸のドキドキは高まっていく。

 さとるくん。声を聞きたいよ……!

 ぷつ。って、コール音が切れた!!

「もしも……し」

『ただいま電話に出る事が出来ません。プーっという音の後にメッセージをお入れください』

 ああ、もう。私ったら、久し振りですっかり忘れてたみたい。お茶目さんな私。さとるくんは、そんな私のことどう思ってるんだろう。好きっていって欲しい。

 さっきより少し冷静になってきて、ちゃんと本来の手続きを思い出した。

「さとるくん。さとるくん。おいでください」

 そういって受話器を置いて、携帯電話の電源を切る。

 今から二十四時間待ったら、さとるくんは私の携帯電話に電話をかけてきてくれるはず。

 都市伝説のさとるくん。

 どんな質問でも答えてくれる、さとるくん。

 あなたが私の後ろに立った時、あなたの視線を感じながら私はこう尋ねるの。

「私の事、好き?」

 って。




 <><><><>




「待ってる時間が一番心臓に悪いよ〜」

 いつもよりちょっとオシャレでセクシーな服で、さとるくんからの電話を待つ私。って、なんかめっちゃ健気じゃない?

 昨日公衆電話から電話をかけて、留守番電話にメッセージを残してから、あともうちょっとで二十四時間。

 あとちょっと。

 あとちょっと!!

「あー、ダメ。緊張しちゃう」

 気持ちを落ち着かせる為に、色々最終確認。服はばっちり。化粧もオッケー。スマホの電源は、切ってる。

 最後に深呼吸……って!!

「にゃあ!!」

 やだもう!! スマホが震えてめっちゃ変な声出ちゃったんだけど。

 こんなタイミングで着信って、さとるくんタイミング最悪。でも、待ちに待ったさとるくんからの電話。

 画面をタップ。

「もしもし。私」

『今、ウィンチェスター・ミステリー・ハウス前にいるよ』

「えっ!? ウィンチェスター・ミステリー・ハウスって」

 ツーツー。って、まだ私が話してるのに、さとるくん切っちゃったの!?

 もう、都市伝説に忠実すぎなんだから!!

 って、それにしても、ウィンチェスター・ミステリー・ハウスってカリフォルニアでしょ? アメリカでしょ?

「どれだけ遠いんだって!!」

 さとるくんって、もしかして私よりお茶目さん?

 それもそうだけど、私だって……私だって……三代目メリーさんの電話を継ぐ者なんだから!!

 私、麻里まりさん。今、犬鳴トンネルの前にいるの。

 って、ちゃんといわせてよー!!

 これじゃあ私だけ、都市伝説の外で生きてるみたいじゃん。もう、さとるくんのバカ!!

 でも、でもね。

「やっぱり、さとるくんが好き」


 どうにかさとるくんをびっくりさせたくて、さとるくんの出現スポットに先回りしてやろうって私の計画、なかなかナイスなんじゃない?

 でもさとるくんの移動スピードが分からないから、犬鳴トンネルとウィンチェスター・ミステリー・ハウスの中間地点っていう、ちょうどいい場所が分からない。っていうか、どう考えてもそれは海の上だし……。

「うーん……どうしよう」

 って、悩んでても仕方ないよね。とりあえず、試着室で人がいなくなるって有名な百貨店前か、きさらぎ駅前が妥当だと思う。

 距離的にはきさらぎ駅前の方が近いし、そっちにしよう。すこーし見つけにくいって噂だけど、なんとかなるよね。

 ゆっくり向かってたら、きっと……って!!

「にゃあ!!」

 またスマホの振動でびっくりしちゃった。誰も聞いてないよね?

 っていうか、電源の切れたスマホに着信ってことは……!

 さとるくんだ。

 急いでスマホの画面をタップ。

「私、麻里さん。今……」

 あれ? ここどこだろ?

『今、犬鳴トンネルの前にいるよ』

 ちょっとちょっと。さとるくん、めっちゃ早いじゃん!! 都市伝説の人だからって、音速とか超えちゃってない?

 ツーツー。って、また切れちゃってるし……。

 もう!! さとるくんって、全然、

「女心! 分かってないんだからー!!」

 なんか後ろの方で、ガサガサゴソゴソいってる。

 なんだろう、この看板。

「きょ……あたま……オ?」

 うーん、よく分かんない。それより今は、きさらぎ駅に向かう方が大事。さとるくんめっちゃ早いから、急いできさらぎ駅に向かわないと。後ろの音なんて気にしてらんない。

 恋する乙女に、後ろを振り向いてる暇なんてないんだから!!




 <><><><>




 走って走って走って走って。

 やっとの思いで、きさらぎ駅前のロータリーまで来れた。

「本当、はぁ……はぁ……きさらぎ駅、場所難解すぎ……はぁ……」

 愚痴をこぼせるってことは、まだまだ私にも余裕があるってことかな。あたりをきょろきょろ見てみるけど、人影は全然ない。

 ちょうどいい。さとるくんに会う前にトイレにだけ行っときたい。

 駅舎に入って、すみませんっていっても誰もいなくて。結局勝手に失礼しますってトイレに駆け込む。

 本当はダメなんだろうけど……でも、誰もいないから仕方ないよね。って自分に言い聞かせる。

 蛇口をひねって、水を……って!!

「にゃあ!!」

 まってまって!! めちゃくちゃ水、冷たいじゃん。また変な声出ちゃったよ……。

 はぁ〜。って、ため息だって出ちゃうよ、まったく。

 あれ?

 改札横の人、誰だろう?

 あっ、さとるくん!!

 こっそりこっそり近付いて、そーっとそーっと耳元で、私はさとるくんに、

「私、麻里さん。今、あなたの後ろにいるの」

 って、ちがーーーう!!

 私は、さとるくんに後ろに立ってもらって、その時に、「私のこと、好き?」って質問をしたかったのに……これじゃあ意味ないじゃん!! こんな時に、三代目メリーさんの電話の本領発揮ってありえなくない!?

「今、麻里さんの前にいるよ」

「えっ?」

「今、僕は麻里さんの前にいて、麻里さんの視線を感じるよ」

「やっと、会えたね」

「やっと、会えたね。振り向いてもいい?」

「ダメ。そうしたら、私、さとるくんのこと殺さないとダメだから」

「そんなところで律儀なんだね、麻里さん。でも、そういうところが……」

 えっ?

 今なんて?

 もしかして、もしかして、さとるくんも私のこと……

「さとるくん」

「その、麻里さん。一個聞いてもいいかな?」

「なに?」

「僕のこと、好き?」

 えっ?

 ちょっと待って!!

 こんなのズルい。だって、だって、そのセリフは私がいいたかったのに。

「す……だよ」

「えっ?」

「好きに決まってるじゃん!!」

 あー、こんなつもりじゃなかったんだけど。でもでも、これからは似た都市伝説もの同士で、ずっとずっと仲良く出来るって確信が私にはある。

 さとるくんが、ちょっともじもじしてから、

「振り返ってもいい?」

 って聞いてきた。

「ダメ。殺しちゃう」

 って、私は答えるけど、もし振り返っても殺さないと思う。律儀な振りはするけど、実際は伝統なんかより、さとるくんとのこれからの方が大事だから。

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麻里さんと、さとるくん。 斉賀 朗数 @mmatatabii

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