隠れ里のものがたり

長門拓

隠れ里のものがたり

 とある森の奥深くには、エルフの隠れ里があるといいます。

 

 昔から人がなかなか立ち入らないような、たいそう辺鄙へんぴなところのようです。

 しかし何かの都合で、人間の子どもが一人、そこに迷い込んでしまいました(どう迷い込んだかは省きます)。ついでに言うと、この隠れ里は人間さま立入禁止区域です。

 人間の子どもはジョージといいました。五歳です。やんちゃな男の子です。

 エルフはマナの力によって生まれるので、男がいません。

 さて、エルフたちは悩みました。掟に従い、この子どもを生存競争のはげしい森林に放逐ほうちくするか。それとも、このままこの里で面倒を見るか。

 ちなみに、この掟はおよそ千三百年前に指定されたものでして、一部の良識あるエルフ市民たちからはカビの生えたおきての典型だとしてかなり感情的に非難されています。

 ただし一方では、一定のバランスを保っている環境圏のなかに異分子が入り込むことを快く思わない保守派も少なからずいるのです。何かの拍子に、免疫めんえきの存在しない病原体やらが拡散することも、ないとは言えませんからね。

 とりあえず、ジョージはエルフの長老の娘、アハバの家預かりの身となりました。隔離もかねて、離れの一室をあてがわれます。

「これからあなたの身柄をどうするか、長老たちの会議で決められる。どちらに転んでも、あなたの身に危害が及ばないことは約束するわ。よろしくねジョージ」

 ジョージはうなずきました。でも内心は不安です。

「いつ僕はおうちに帰れるの?」

「それも含めて、話し合う予定よ。そんなに遅くはならないわ」

 

 しかし、会議は紛糾ふんきゅうしました。


「人間と関わらないことで、この隠れ里は穏やかな日々を享受きょうじゅできたのだ」

「しかし、人間といえどまだ子どもです」

「法に情けは無用」

「エルフの一部もどんどん人間界と交流している昨今、ここの里だけが因習いんしゅうに縛られては時代に乗り遅れるぞ」

「若い者は血の気が多くていかん」

「病原体やウイルスの問題はどうなってる。隔離だけで片付く問題でもなかろう」

「多様性こそが進化のもとい

「エルフの純血が云々……」

 

 エルフ民族の社会学者、ガズラ氏によると、エルフの特質としてこんなことを述べております。エルフは一般的な人間よりも格段に頭は良いが、意見を綜合そうごうする、いわゆる弁証法の能力にかけて、遥かに人間に劣るとのこと。

 まあつまり、この長老会議にはまとめ役が存在しないのです。

 種々雑多な意見は出ますが、出っ放しです。

 そのことをおかしいと思う参加者も皆無です。

 まあただ単に、議論慣れしてないだけとも言えますが。

 なので、会議は長引きます。延長に延長を重ねましたが、まとまる気配がありません。


 その間、ジョージを不憫ふびんに思った里の娘たちが、勝手に長老の家の離れにやって来ては、ワイワイキャピキャピ遊んでおります。

 ジョージもエルフの雰囲気に慣れ、すっかり溶け込みました。

 まだ甘えん坊の年頃のこととて、夜はアハバの寝床でこっそり同衾どうきんです。

 もちろん性的なやーらしいことはありませんよ残念ながら。アハバのたわわなおっ〇いぐらいはモフモフしたようですがね。


 そんなこんなで、まとまらない会議は有名無実化し、エルフの里におけるジョージの存在が半ば公認のものとして定着し出した頃には、ジョージはすっかりたくましい青年となりました。


 幼い頃から可愛がっていた男の子がいっぱしのイケメンに成長し、村の娘たちの人気を一人占めです。アハバの心中穏やかではありません。そのつもりはないのに、ジョージについ冷たい態度を取っちゃいます。

 ジョージはジョージで、ツンツンそっけないアハバが何だか気になり始めます。

 余談ですが、エルフはマナの力によって生まれるとはいえ、身体の構造はほぼ人間と同じです。なので、普通に男がいれば恋愛感情が発生します(対象にもよりますが)。今まで男がいなかったので、そんな事態が起こらなかっただけです。

 アハバもジョージもそんなお互いのもやもやした感情が、淡い恋心のそれであると、なかなか気付きません。じれったいですね。でもそこがいwww(自主規制)。

 

 さて、そんなこんなである日のことです。

 アハバは村の泉で水浴びをしていました。そこに芝刈りをしにジョージが現れます。実はこれ、なかなか進展しない両者の間柄を一挙に白熱させようという、村娘たちの会心の作戦です。

 結果は失敗でした。アハバのあられもない裸体を目の当たりにしたジョージは、彼女に変態呼ばわりされた上に、軽い閃光呪文をくらって、全治二週間の怪我を負ったのです。村娘たちはため息をつきました。

 看病はアハバがしました。あ、これってなんだかんだでうまくいきそうですね。


 途中経過を省きながらストーリーを進行するといたします。

 結果、アハバとジョージの仲は淡い果実が熟れて芳香を放つように、周囲の目も気にせずいちゃいちゃするようになりました。

 子どもも生まれました。出産はマナの力を借りてですので、陣痛その他は伴いません。

 人間とエルフの間に子どもが産まれたことも長老会議にかけられましたが、例によってまとまりませんので心配はいりません。

 それからおよそ二十数年の間に、ジョージとアハバの間には、十五人の男の子、十一人の女の子がこしらえられました。テンポ良過ぎですね。あっつあつです。 

 エルフ族の特徴を持つ子どもが三割、人間族のそれが七割といったところでしょうか。どうも人間の遺伝子が強く出るようです。

 さて、そんなこんなで年月は過ぎ、ジョージもだんだんと体の衰えを感じるようになりました。

 ある日、いつものように燃料の薪を拾いに山の中へ出かけますと、歩き慣れた道だから油断があったのでしょう。濡れ落葉に足を滑らせて、滝つぼに転落してしまいました。

 かろうじて這い上がり、家までたどり着きましたが、肺炎をこじらせ、その夜のうちに亡くなってしまいました。アハバの悲嘆、尋常ではありません。

 アハバは思いつめたのでしょう。

 エルフの寿命は人間のそれと比べても遥かに長いのですが、アハバはその寿命の源であるマナの力を体内から取り出す禁忌きんき呪法じゅほうを執り行いました。

 翌日、年老いたジョージの遺体のすぐそばに、寄り添うように、若く美しいエルフ、アハバの息絶えた姿がありました。

 二人の遺体は並んで、泉のほとりに埋葬されました。

 

 この逸話はエルフ族の間に衝撃と感動をもって迎えられました。

 

 ジョージの子ども達はその後も、エルフ族と恋をしては交配を繰り返しました。

 先述のように、人間族の遺伝子はエルフ族のそれより強く表れるようですので、次第にエルフの里は、人間の里と変わらないようになりました。もちろん、何千年と、ゆるやかに時間をかけての話ではあります。

 世界中で科学技術が発達し、森林の開発が行われるようになると、その元々の隠れ里も隠れ里ではなくなりました。

 

 環境保護団体の一員の男性が、この区域の生態系の調査にやってきてから半年の、ある日のことです。

 調査を進めるうちに、帰り道がわからなくなり、とある泉の畔に迷い込んでしまいました。

 鬱蒼うっそうと茂っていた木々が、まるでその場所だけを包み抱くように、ぽっかりとひらけています。

 その男性は、何故か心が洗われるような印象を持ったといいます。

 泉のぐるりを巡っていると、今まで見たこともない大樹が見つかりました。何万年もの風雪に耐えた威厳が、それと認められました。

 その根元に、樹の成長に飲み込まれたのか、二つの岩石がその半ばをさらしています。

 男性はその石の表面に、文字の刻印を発見しました。

 今は失われた古代語であることがわかりました。所々欠けているために、解読には骨が折れましたが、大体の意味はこんな感じです。


 『永遠の愛、ここに眠る』

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隠れ里のものがたり 長門拓 @bu-tan

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