差し出された物
足が動かなくなった。医者の話によれば、再び地に足をつけて歩けるようになる可能性は低いという。
そんな医者の言葉を、母親は泣きながら聞いていた。父親は悔しそうに拳を握りしめ、肩を震わせながら聞いていた。
ただ一人、メリーだけが表情を変えず静かに聞いていた。
「メリー……ああ、可哀想に……」
母親の言葉に、メリーは首を傾げる。可哀想って、誰のことだろう。
医者は言っていた。生きていたことが奇跡だと。両親も共に、彼女が目覚めた時涙を流して喜んでいた。
ならばきっと、自分は可哀想なのではないのだろう。
感覚のなくなった足に爪を立ててみる。やっぱり何も感じない。
「メリーちゃん、リハビリしようか。歩けるようになる練習」
車椅子に座るメリーと目線を合わせた看護師が優しく言葉をかける。だが反応はない。じっと目の前のテーブルを見つめたまま微動だにしない彼女に、看護師は困惑気味に両親へと視線を向けた。
よろしくお願いします、と母親が頭を下げると看護師は快く了承しメリーの車椅子を押した。
「体、痛くない?」
看護師の問いに、メリーは答えない。膝に爪を立てて引っ掻いたり抓ったりしているだけだ。
リハビリをするための部屋に入ると、看護師は2本の手すりのような器具の前で車椅子を止めた。
「最初は私が支えるわね。はい」
はいと目の前に差し出された手にすら、メリーは反応を示さない。困りきった看護師は、助けを求めるように周囲を見渡する。そして丁度近くを通った作業療法士を呼び止めると、事情を説明した。
「メリーちゃん、練習すればまた歩けるようになるかもしれないから頑張ろう?」
目線を合わせるように屈んだ彼女に、メリーは初めて反応を示した。空色の瞳がこぼれんばかりに開かれる。
「あ……ぁ……」
「メリーちゃん? どうしたの?」
メリーの視線は、ずっと作業療法士の手元に注がれている。その視線を追った彼女は、ああと手に持っていたものをメリーへと差し出した。
「これが気になるの?」
首を傾げながら差し出された赤いボード。
メリーの口から悲鳴があがった。
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