キャパシティオーバー




「さぁ、今日も頑張りましょうね」


 にこりと笑う女を、虚ろな瞳が見つめる。浴びせる冷水を準備している彼女を見つめながら、メリーは考え込んでいた。

 フレンの教えてくれたおまじないは凄い。嫌なことをしまってしまうと、不思議と心が少し軽くなるようなきがした。あれがなければ、きっと今頃自分は発狂して死んでいただろう。


「それじゃあやるわね」


 了承など得るつもりのない女は、そんな言葉と同時に手元の紐を引いた。入れ物が傾き、冷水が降り注ぐ。それをメリーは目を瞑ってやり過ごした。

 あれから1ヶ月。もう、慣れてしまった。赤い部屋にも、冷たい水にも。

 身動きどころか声も上げないメリーに、女はパチパチと手を叩いた。


「素晴らしいわ、メリーちゃん。こんなに早く治療の成果が出るなんて」


 拍手をしながら女はタオルを手にメリーへと歩み寄った。頭にふわりとタオルを乗せ、少し乱暴に髪を拭く。これもいつもの事。

 

「それじゃあ、次のステップへいきましょうか」


 女の言葉にメリーは目を見開いた。今、何と言った?

 治療というものがこれだけだと思っていた彼女は動揺する。これ以上、他に何をされるというのだろうか。

 動揺するメリーを見た女がクスリと笑う。


「メリーちゃんも女の子なら、将来子どもを産むでしょ。そうしたら沢山の血を見ることになるのよ。その時にパニックになるのは、あなたも嫌でしょう?」


 びちゃ、という嫌な音が響きメリーの手に何かが乗せられた。そろそろと手元に視線を遣り、息を呑む。


 手に乗せられた小さなうさぎ。見開かれた目は何も映しておらず、半分ほど千切れた頸からは赤黒い液体が流れ続けていた。


「いやぁぁぁぁッ!!」


 思わずうさぎを床へ投げ捨てる。頸が変に曲がり、虚ろな目がじっとメリーを見つめた。

 それを拾い上げた女は、駄目でしょうと言いながら再びメリーの手へそれを乗せる。


「メリーちゃん、赤い色は好き?」

「きら、い……キライ! もうイヤこんなの! こんなの、おかしいよ!」


 投げかけられた質問にメリーは首を振る。そう、と静かに呟いた女はメリーから離れると壁際に置いてあった箱の中へ手を入れた。

 持ち上げられた手に掴まれていたのは、まだ生きているうさぎ。


「メリーちゃん」


 名前を呼ばれ、顔を上げる。女の手には、胴を掴まれ暴れているうさぎがいる。キィキィと鳴く声に、メリーは耳を塞ごうとした。しかし手に乗っているうさぎの死骸がその動きを止める。


「赤い色は」


 女の手が暴れているうさぎの片脚を掴む。メリーは目の前の光景から目を離すことが出来なかった。

 ぐっと引っ張られたうさぎの脚が伸びる。これから何をされるのか察したのか、うさぎが悲痛な鳴き声をあげた。


「好き?」


 骨の折れる音。そしてブチブチという音を立てながら、うさぎの片脚は胴体から離れた。悲鳴のような鳴き声が部屋中に響く。

 無意識に握りしめた手が、もう冷たくなったうさぎにくい込んだ。


「あ……ぁ……」

「ねぇ? 赤い色は好き?」


 女の手がもう片方の脚を掴む。やめて、というメリーの声はうさぎの鳴き声に掻き消された。呆気なく、もう片方の脚も引きちぎられる。


「どうかしら?」

「わ……た、し……は……」


 しまい込んで忘れてしまうには、許容量を超えていた。

 手の上に持っていたうさぎの死骸へ視線を落とし、そしてゆっくりとそれを抱きしめる。笑うように目を細めたメリーは、女を見上げて口を開いた。


「私は赤い色が好きよ」






 この日から少女は、徐々に狂っていく。








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