嫌なものは箱の中
「今日はこれくらいにしてお部屋に戻りましょうか」
何度目かわからない『治療』が終わった頃に女がメリーへそう声をかけた。部屋の奥へと消えた彼女は、程なくして着替えとタオルを手に戻ってくる。
少し乱暴に髪をタオルで拭かれるが、それでもメリーは無反応だ。
「こんなに大人しくなって……良かったわね、治療の効果が出ているわよ」
メリーを着替えさせながら、女は微笑む。どうやらこの状態を良くなっていると言うらしい。
濡れていない車椅子へとメリーを移し、そのまま部屋を出る。2人は無言のまま廊下を戻り、病室へと戻ってきた。
鍵を開け、病室へと入る。ベッドの傍のテーブルに食事が用意されていた。スープからは湯気が立っている。
だが、メリーはそれへは視線を遣らずにずっと空を見つめている。
女はメリーをベッドへ移すと、そのまま病室を出ていった。扉が閉まり、鍵をかけられる。
「……おかえり、メリー」
自分のベッドからフレンが声をかけた。メリーは何も答えない。
ベッドの上に座り、目の前の壁をずっと見つめているメリーにフレンは眉を顰めた。
ベッドを降り立ち上がると、メリーへと歩み寄る。まだ濡れている彼女の髪を見ると僅かに目を見開いた。
「酷い……まだ小さいのに、こんなこと」
小さく呟きながら、フレンは何かを堪えるように唇を噛んだ。
そして徐に白いマントを脱ぐとメリーに頭から被せ、自分の胸に抱えるように抱きしめた。
「……聞いて、メリー。本当は、これはいけないことなんだけど……嫌なもの、見たくないものはしまっちゃおうか」
フレンの言葉に、僅かではあるがメリーが初めて反応を示した。
「メリーはおもちゃ箱って持ってる? 蓋がついてる大きな箱がいいな。それともう1つ……そうだな、夜空の小箱なんてどうだろう。メリーが辛かったことをその箱にしまってさ、大きな箱の中に入れるんだ。そうしたら開かないように星色の鎖で縛っておこう。メリーはきっと片付けも上手に出来るから、きちんとしまえるよね」
お話を読み聞かせるように。ゆっくりと、優しく、フレンは語りかける。それを聞きながら、メリーは目を閉じた。涙が一筋、頬を伝う。
体を預けるように凭れてきたメリーに、フレンは目を細める。壊れ物に触るように優しく頭を撫で、体を離した。
「スープだけでも食べられそう?」
フレンの問いに、メリーはこくりと頷いた。それを確認したフレンはベッド脇のテーブルへ手を伸ばすと、少しぬるくなってしまったスープの器を手に取る。
スプーンで少量のスープを掬い、「口、開けて」と言う彼の言葉に素直に口を小さく開く。口に入ったスープを飲み込んだメリーの頭を、フレンがまた撫でる。
静かな室内には、スプーンが器に当たる音だけが小さく響いていた。
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