MERRY
闇璃
馬脚の少女
「おっす」
部屋の中で退屈そうに本を広げていた男はそんな声とともに顔を上げた。片手を上げた男の青い瞳と視線が絡む。
「アルフ先輩!」
部屋に入ってきたアルフを見るやいなや、男の顔がぱっと明るくなる。「またっすか?」という男の問い掛けに、彼はまあなと歯を見せて笑った。
「どうだ? アイツの様子は」
アルフは廊下の方へと視線をやるとそのまま男に問いかけた。広げていた本を閉じ、男はああと声をもらす。
「相変わらず大人しいもんすよ。コミュニケーションは0っすけど、指示にも従ってくれるし、要求も本くらいっすからね」
「相変わらず、ねぇ。ちょっくらいいか?」
親指で外を示しながら言うアルフに、男はどうぞどうぞと軽く返事をする。いつものことなので何のことを言っているのかはわかっているようだ。
部屋を出たアルフは目的の場所を目指し歩き出した。いくつかの牢を過ぎ、やがて足を止める。彼が会いたかった人物がそこに座っていた。
もう何度目になるかわからない対面。だがアルフに対して彼女が反応を示したことはただの一度もなかった。
いつも通り目の前で足を止めたアルフには目もくれず、その少女は絵の描かれている本から視線を上げない。
「よお、調子はどうだ?」
声をかけてみるが反応はなかった。静かな空間に本を捲る音だけが響く。
なにか気を引けるものはなかったかと、アルフは服のポケットをまさぐる。その拍子に、何かがポケットからひらりと落ちた。それは鉄格子の隙間を抜け少女の目の前に落ちる。
そこで初めて少女が反応した。
彼女は座っていたベッドから降りると、目の前に落ちた写真を手に取りじっと見つめる。
「可愛いだろう。俺の自慢の娘なんだ」
自慢げに言うアルフの言葉に、少女はピクリと反応する。無言で写真を彼へ差し出すと、静かに口を開いた。
「……この子、足がないのね」
写真を見つめたまま、少女が呟いた。その写真に映っている子供には、確かに両足がなかった。
「ああ、生まれた時から無いんだ。でもさ、見てみろよこの目元とか。俺に似てて可愛いだろ」
嬉しそうに愛娘の自慢を始めたアルフを少女は怪訝そうに見つめる。なんだよ可愛くねぇか? というアルフの問いに、少女は首を左右に振って否定した。
「可愛いわよ、すごく。……あなたは、本当に可愛いと思っているの?」
「そりゃ自分の娘だからな。目に入れても痛くねぇくらいには可愛いさ」
「おかしなことを言う人ね。目になんか入るわけないじゃないの」
アルフの言葉を間に受けた少女が彼から目を逸らす。それに言葉のあやだよ、と返せば嘘つきは嫌いだと返ってきた。
「……足がなくても、可愛いと思えるの? 心の底から愛せるの?」
「当たり前だろ。足があろうがなかろうが、子供ってのは愛しいもんさ。お前んとこの親御さんもそうだったろう?」
ぐっと口を結んだ少女はもう一度首を横に振った。
そして無言で指し示された少女の足元。そこにあるのは、可憐な少女には似つかわしくない馬の脚。
「パパとママはこれが嫌だったみたいよ」
冷たく言い放たれた一言。
彼女曰く、自身の足が異質だから両親は愛してくれなかったのだと。
「会った時から気になってたんだが、その足はどうしたんだ?」
「レディの足を気にするなんて、あなたって紳士の片隅にもおけない人ね」
ふんと鼻を鳴らし、少女は腕を組んだ。身じろいだ際に蹄が床に当たり、小気味のいい音が鳴り響く。
「疚しい気持ちがあった訳じゃねぇんだがな。俺には娘も妻もいるし」
「別にいいのよ。それが知りたくて何度もここへ来ていたのでしょう?」
少女の言葉にアルフは押し黙る。何度も来ているのに無視しやがったのはどこのどいつだ、という台詞はどうにか飲み込んだ。せっかく会話が成り立つようになったのに振り出しに戻るのは、彼とて望んでいなかった。
少女が再びベッドの上へと上り脚を畳む。関節の構造のせいか、椅子には座らないようだった。
「話してあげるわ。長くなるからあなたも座ったら?」
促され、アルフは近くにあった椅子を持ってくると牢の前に座った。それを確認した少女は一度深呼吸をすると静かに言葉を紡ぎ始める。
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