回転木馬の事故




 その日はとても天気が良かった。


「パパ! お母さん、早く!」


 赤いワンピースをふわふわと揺らしながら女の子が駆ける。そしてくるりと振り返ると、後ろから着いてきている両親を急かすように呼んだ。


「メリー、走ると転ぶわよ?」

「え? あっわぁ!?」


 母親の言った直後に、メリーと呼ばれた女の子が地面へと倒れる。だから言ったのに、と母親が苦笑した。

 彼女の傍らを歩いていた父親がメリーへと駆け寄り彼女の体を抱き起こす。


「怪我はないかい? メリー」

「うん、平気よ、パパ」

「だから走ったらいけないって言ったでしょう?」


 目線を合わせる2人の顔を見てメリーがえへへ、と照れたように笑う。その笑顔に釣られるように、2人もまた顔を見合わせ笑いあった。


「そんなに急がなくても遊園地はどこへも行かないよ」

「あら、だってパパ、私いっぱい乗り物に乗りたいの!」

「はは、そうかそうか。それじゃあメリー、次は何に乗るんだい?」


 父親からの問い掛けに、メリーはえっとねと辺りをきょろきょろと見回した。そして目的のものを見つけると、目を輝かせてそれを指差す。彼女の示す先にあったのは、この遊園地の要とも言える大きなメリーゴーラウンド。


「また? メリー、あなたもうこれで3度目よ?」

「いいの! 今日は私の誕生日なんだから、たくさん乗るの!」


 母親の呆れた声にメリーは頬を膨らませた。どうしてもメリーゴーラウンドに乗りたいらしい。


「メリーは本当にあれが好きだねぇ」


 父親の言葉にメリーが大きく頷いた。


「私ね、いつか本物のお馬さんに乗りたいの。それまであれで練習するのよ!」


 目を輝かせながら夢を語るメリーに、2人はまた顔を見合わせる。もしかして、遊園地ではなく乗馬の方が喜んでもらえたのだろうか。

 そんな心配を他所に、メリーは2人の手を引き早く早くと急かす。


「パパ、お母さん、ちゃんと見ていてね?」


 母親にリュックを預けたメリーは、父親に木馬の上に乗せてもらうとそう告げる。それにもちろんだよ、と返した父親がいそいそとさくの外へと出て外で待っていた母親の横に並んだ。

 程なくして楽しげな音楽と共に、メリーゴーラウンドが回り始めた。



 悲劇は突然起こった。



 ギィという音がしたかと思うと、メリーゴーラウンドが急停止する。突然止まった反動で木馬に乗っていた子供たちが投げ出された。


「メリー……ッ」


 悲鳴にも似た母親の叫びはメリーゴーラウンドの屋根が潰れる音で掻き消された。

 あっという間に屋根の部分が崩れ落ちたメリーゴーラウンド。一瞬の静寂の後、響き渡る悲鳴と泣き声。


「……ぅ……ぐ……」


 メリーもまた、崩れ落ちた屋根の下に埋もれていた。朦朧とする意識の中、泣き叫ぶ声と楽しげな音楽が彼女の鼓膜をさす。

 どうにか抜け出そうとしたメリーは、しかしその動きを何かに止められる。

 そろそろと自分の下半身へ目をやり、視界に飛び込んできたものに目を見開く。


 足が、ない。

 正確には鉄片らしきものに足を挟まれているのだが、それと地面の間には数ミリ程の隙間しかない。完全に押し潰されていた。

 その隙間から誰のものかわからない赤黒い液体が流れ、ワンピースを濡らしている。

 パニックになったメリーは息を乱し、何かに縋ろうと手を動かした。彼女の手に何かがこつりと当たる。手に当たったそれはゴロンと転がり、彼女の目の前に姿を見せた。それを見て短い悲鳴をあげる。

 メリーの前に転がってきたのは、頭だった。体を失い、ボールのようになっている。

 

「あ……ぁ……パ、パ……おか……さん……!」


 メリーは手を伸ばし、必死に助けを呼んだ。パパ、助けて。お母さん、出して。痛いよ。助けて。

 意識を失うその時まで、ずっと呼び続けた。



 だが、とうとうその手が取られることはなかった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る