黒い夢




 赤い道が続いている。

 メリーは立ち尽くしたまま、周りを見回し首を傾げた。ここは、一体どこなのだろう?

 周りには無限に続いているんじゃないかとも思えるような黒い空間が広がっていた。赤い道から逸れれば、この空間に落ちてしまいそうだ。もしかしたら黒い地面があるのかもしれないが、メリーにそれを試す勇気はない。

 立っていても仕方がない。メリーは赤い道の先へと歩き出した。

 

 どれくらい歩いただろうか。

 数百メートルかもしれないし、数キロかもしれない。

 歩いても歩いても変わらない景色にメリーが辟易してきた頃、ふと彼女の耳に音が届いた。その音に足を止める。


「……お馬さんの音楽だ」


 聞き覚えのあるあのメリーゴーラウンドの音楽が流れている。その音楽に導かれるように、メリーは再び足を動かした。

 進むにつれぼんやりと光が見えてくる。その光は形となり、やがてハッキリとその姿を表した。


「お馬さん……」


 踏み出したメリーの足に何かが触れた。それを見た彼女が悲鳴をあげる。


 彼女の足元には、頭が転がっている。金色の美しい髪を地面に広げ、海のように深い青をした虚ろな目でメリーを見て、首から血を流している。

 後退りした彼女が何かに躓きそのまま後ろに倒れ込む。ぐしゃりと、嫌な音がした。


「あ、ぁ……っ」


 体の下に広がる腕や死体。逃げようとするメリーの視界に、ふっと影が落ちた。見上げると、崩れかけたメリーゴーラウンド。

  ギィという音と共にそれが崩れてくる。


 そこでメリーの意識は闇に飲まれた。








「――……」


 長い夢を、見ていた気がする。


 重たい瞼を持ち上げたメリーは、飛び込んできた光に再び目を閉じる。今度は光に目を慣らすようにゆっくりと目を開けた。白い天井が視界に飛び込んでくる。

 見慣れない天井と、薬のような臭いにここが自分の家ではないことに気付いた。

 それならば、ここは、一体。


「……メリー?」


 呼びかけに目だけをそちらに向ける。メリーの手を握っていた母親が、彼女の顔を覗き込んでいた。

 お母さん、と呼ぶと母親は口元を手で覆い涙を零した。


「ああ、ああ、メリー……! 良かった……このまま目を覚まさなかったらどうしようかと……!」


 泣きながら抱きしめてくる母親を、メリーは意識の端でぼんやりと感じていた。

 頭がぼーっとしている。音が遠くで聞こえるような気がする。なんだかまだ、夢の中にいるみたいだ。


「お母さん」

「なぁに、メリー?」


 名を呼ばれ、メリーから体を離した母親が涙を拭いながら応える。それを眺めながら、母親にある事を告げた。

 瞬間、母親の顔から表情が消える。


「メリー……今、なんて……?」


 聞き間違いである事を願いながら、母親はもう一度メリーの言葉を待つ。そんな母親を数秒程見つめた後、再び同じ事を口にした。


「お母さん、足、動かないよ」




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