白うさぎの少年




「可哀想に……ああ、可哀想に……」


 車椅子を押す女がずっと呟いている。


 あの後、メリーは両親にも会わせてもらえず別の病棟へとつれて来られた。その時からずっと、背後の女は同じことを繰り返し呟いている。


「可哀想に……」


 もう何度目になるかわからない「可哀想」という言葉にメリーは耳を塞ぐ。これ以上聞いていたら頭がおかしくなりそうだ。

 ガチャン、と鍵の開く音が廊下に大きく響いた。軋みながら扉が開く。


「可哀想にね…… 」


 ベッドの前で車椅子を止め、女はそのまま部屋を出ていった。ドアが閉まる直前にもう一度「可哀想に」とだけ言い残して。

 残されたメリーは数秒ほど呆然とする。

 まだひとりで車椅子から乗り降りをしたことの無い彼女にはどうしたら良いのかわからなかった。そもそも、足をまったく動かす事ができないのだから誰かに助けてもらわねば車椅子から降りられない。

 

「…………」


 でもだからと言ってこのままいるのも辛い。

 手を使いなんとかベッドの傍まで車椅子を寄せたメリーは、そのまま腕の力でベッドへ移ろうと試みる。だが車椅子が動いてしまって上手くいかない。


「ん……ぐ……あ、わ、おちっ……」


 落ちる。そう思い目をぎゅっと目を瞑った。

 だが車輪が何かにあたり、車椅子はそのまま動きを止めた。


 何に当たったのか確認するために背後へ目をやる。


 そこには、真っ白なうさぎが立っていた。


 いや、正確にはうさぎ耳とフードのついた白いマントを着た人物が。片足でメリーの乗る車椅子の車輪を止めている。


「乗り降りする時はブレーキかけないと危ないよ」


 そう言いながら白いうさぎは脇のレバーを引き、車輪にブレーキをかけた。声的に男だろうか。

 車椅子の前まで移動した彼は、じっとメリーを見下ろす。視線がスカートで隠されている彼女の足に留まった。


「足、動かないの?」


 うさぎの少年の問いに、メリーは目を逸らし小さく頷く。ふーん、と気のない返事をした彼はメリーの前にしゃがむといきなりスカートを捲った。

 あまりに突然のことに、反応出来ずにいたメリーは状況を理解すると慌ててスカートを抑える。


「酷い傷だね。事故か何か?」

「な、なんでそんなことあなたに――」


 言わなきゃいけないの、という言葉は出なかった。

 メリーを見上げる少年の顔。彼の右目の周りは焼け爛れたような酷い傷痕が広がっていた。綺麗な翡翠色をした左目に対し、右目はもう機能していないのか赤黒く濁り視線も定まっていない。

 

「その目……」

「ん?……あぁ、これ?」


 自らの右目に触れた少年が目を細め、自嘲するように笑う。



「母さんに、やられたんだ」



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