赤い色




 赤い色を見た途端、あの時の光景が一気に蘇った。

 今までぼんやりとしか思い出せなかった記憶が、まるで靄が晴れるように鮮明に浮かぶ。どこを見ても広がっている血溜まり。瓦礫や鉄塊の下から覗く小さな手足。目の前に転がっていた虚ろな目をした人の頭。


 まだ幼い彼女が抱えるには、あまりに凄惨な光景。

 取り乱し泣き叫ぶメリーを、二人がかりで宥めようとする。


「メリーちゃん、落ち着いて!」

「大丈夫だから、ね?」


 車椅子から転げ落ち、床で頭を抱えるメリーに看護師が手を差し伸べる。その後ろで作業療法士が狼狽え視線を泳がせていた。差し伸べた手を払い除けられ、看護師は眉を寄せる。メリーの手を掴むと、ぐいと引き顔を上げさせた。


「ねぇ、メリーちゃんったら」

「いやぁっ、離して!」

「……ッ、もう、いい加減にしてよッ!」


 パン、と乾いた音が響いた。

 息を乱している看護師と、呆然と頬を押さえるメリー。


「ちょっとグレンダ、やりすぎよ……」

「だってベラ、こうでもしなきゃこの子大人しくならないでしょ。まったく……引っ掻かれたわ、最悪」


 赤く線の入った手の甲を見、忌々しげに吐き捨てるグレンダ。そうして、何かを思いついたように徐にそばにいたベラへと耳打ちをした。それを受け少し躊躇った後、パタパタと部屋を出ていく。

 目線を合わせるようにしゃがんだグレンダに、メリーがビクリと肩を震わせた。


「アンタは病気なのよ。だからあんたに相応しい場所でその病気を治してもらいなさいね」


 ニヤニヤと笑みを浮かべるグレンダを見つめるメリーの瞳が揺れる。怯えの色を浮かべるその瞳に、女の瞳が心底楽しそうに歪む。


 怖い、と思った。


 グレンダが手を上げる。また叩かれる。そう思い顔を覆ったが、彼女の予想は外れたようだ。頭を両手で抱えられ乱暴に撫でられる。

 それはまるで、幼い子供が人形を扱うようなぞんざいさだった。

 撫でられた後に頭を抱えられ抱き締められる。メリーはずっとされるがままだ。


「うふふ、あそこってすごくこわぁーいのよ? 可哀想なメリーちゃん。早く出て来れるといいわねぇ?」


 涙が一筋、メリーの頬を伝った。




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