ゆめ





 灰色の世界に立っていた。


 メリーは首を傾げる。ここはどこだろう。

 見慣れない風景。といっても、もう自分の住んでいた町の風景すらほとんど思い出せないので実は見慣れた風景なのかもしれないが。

 足元を見る。立っている。自分の足で、確かに。

 不思議に思いながらもメリーは足を踏み出した。裸足で歩いているが、別段痛みは感じない。


「…………」


 しばらく歩いたところで、何かがメリーの行く手を遮った。それが何かを確認しようとメリーは顔を上げる。


「……お馬さん」


 真っ白な馬がメリーを見下ろしていた。特になにかする訳でもなく、ただ静かに。

 メリーが手を伸ばすと白馬は頭を垂れる。頬を撫でると気持ちよさそうに目を閉じた。

 馬の頬を撫でながら、メリーは口を開く。


 私ね、事故で足が動かなくなっちゃったの。

 でもね、パパが新しい足をくれるんだって。

 また歩けるようになるって。

 でもね、ほんの少しだけ怖いの。動かないはずの足が震えるの。

 ……あなたの足はとても綺麗ね。

 私の足もあなたみたいに綺麗だったらいいなぁ。


 メリーは話し終えると手を下ろした。俯いてしまった彼女の髪を白馬が食む。

 歩けなくなってしまった自分の足を、新たなものに付け替えて貰える。それはとても喜ばしいことのはずだった。



 それなのに、この漠然とした不安はなんなのだろう。



「……あいた、いたた、引っ張ったら痛いわよ」


 髪をぐいぐいと引っ張る白馬にメリーは苦笑した。反射的に痛いと言ったけど、別に痛くはないのだ。

 顔を上げてもう一度、白馬の顔を見つめる。この馬は、あの時のメリーゴーラウンドにとても似ている気がする。

 今はもう、よくは思い出せないけど。


「長い夢ねぇ」


 いつもならそろそろ目が覚める頃なのに、と首を捻る。どうしたものか。

 宛はないけれどとりあえず歩き出すと、後ろから白馬もついて歩く。

 ぺたぺたぺた。こつこつこつ。

 1人の足音と、1匹の蹄の音が静寂に包まれた町の中に響く。

 歩いても歩いても、一向に景色は変わらない。歩き疲れてきたところで、道の脇にある花壇へと腰をおろした。

 空を見上げてみるが、やっぱり灰色だ。

 つまらない世界だ、とメリーはため息をついた。

 どうやってこの時間を潰そうかと考えながら自分の足を見つめていると、コツ、という控えめな音が響いた。ヒールのような、馬の蹄のような音。

 音のした方へと目を遣る。


 灰色の世界に、赤い女性が立っていた。


 俯きがちで顔はよく見えないが、どこか見覚があるような気がした。

 唯一色を持っている赤いワンピース。フリルの下から覗いていたのは、人のそれではなく馬の脚。

 彼女はすっと左手を上げると、小さく手招きをした。それに誘われるようにメリーは立ち上がり、彼女へと歩み寄る。

 虚ろな目が、目の前に立ったメリーをじっと見つめる。しばらく見詰めた後、彼女はゆっくりと右手を持ち上げた。


 その手には、大きな鉈が握られていた。


 見開かれた瞳に、鈍く光る鉈の刃が映る。それでもメリーは動かない。否、動けなかった。

 彼女は振り上げた鉈を、メリーの頭目掛けて振り下ろす。






 自分の頭に振り下ろされるそれを、メリーは瞬きもせずに眺めていた。




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