09

 俺たちが馬車組と合流できたのは、太陽が中天に差し掛かった頃だった。

 その時馬車の外で警戒に当たっていたのは、ザシャだったらしい。俺たちの――もとい、ウォードに担がれた俺の姿を認めると、「アーリックはそれほど怪我がひどいのか!?」と目を丸くさせた。いやいや、とんでもない。そんなこたーない。ここまで運んでもらったお陰で傷もほとんど塞がったしな。

「んにゃ、ウォードが過保護なだけだよ」

「過保護なもんか。あれだけ血を流したんだから、休んでおくに越したことないだろ」

「はいはい。ありがとさん」

 やれやれ、とため息を吐くウォードの肩から下ろされていると、外での騒ぎに気付いたのか、わらわらと馬車の中からとアルマス家の面々と余分な一名が出てきた。

 俺を見つけたアメーリアが「レイン!」と叫んで走り出す。その勢いのまま飛びつかれたら、さすがに少ししんどい。内心でこっそり身構えていたものの、ザシャから負傷の連絡を聞いていたのか、寄ってくるかに思われた足を止め、

「レイン、こっち! 薬とか包帯とか、用意しておいたの!」

 早く早く、と馬車に向かって手招きされた。

「お、そりゃありがたい」

「手当より先に、身体を流した方がいいんじゃないか?」

「あ、それもそうか」

「それでしたら、水甕を出しておきましたが」

 そこです、と馬車の傍らを指差して言ったのは、アメーリアに続いて馬車から出てきたアルマス夫人だった。

 アルマス家では、馬車には注いだ魔力を清水に変換する甕型の魔術具を用意している。これまでの道中では、俺たちも大いにその恩恵に与ったものだ。小さな子供なら入り込んで隠れてしまえそうな大甕で、いつもは荷台の中に安置されているそれが、今は馬車の陰になる辺りに下ろされていた。

「じゃ、ありがたくお借りしますかね」

 歩き出そうとすると、今度はウォードに「レイン」と呼ばれた。肩越しに振り返れば、まだ過保護を引きずってるのか、心配げな表情を浮かべているのが目に入る。

「介助はなくて大丈夫か?」

「何、必要だったらしてくれんの?」

「からかうなよ」

 困ったような表情で、ウォードが唇を曲げる。へえ、そういう顔すると、意外に幼げになんのな。

「冗談だよ。お陰で傷の具合も大分いい。一人で大丈夫さ。先に使わせてもらうぜ、上着はまだ借りたままでいいか?」

「ああ、ごゆっくり」

 見送る言葉に手を振って、甕の傍へと足を進める。別に見られて困るもんでもないが、お子らに血まみれの傷とか見せたいもんでもないしな。念の為に目隠しの障壁を張っておく。

 気の利くことに、甕の上には柄杓が置かれ、洗濯用の木桶も立てかけられていた。俺とウォードの荷物も馬車の荷台に置かせてもらっていたが、それまで持ってきてくれたようだ。濡れないようにという配慮だろう、少し離れたところに鞄が置いてあった。ひとまず鞄から新しい着替えを引っ張り出してから、傷を気にしつつ水をかぶる。

 そうして行水に勤しんでいると、

「何だ、順番待ちなんてしてんですかい? 一緒に水浴びしてくりゃいいじゃねえですか。その方が手っ取り早いでしょ」

 カレルの声だ。内容からするに、ウォードにでも話しかけてるんだろう。

 一瞬の間の後、こめかみに震え。レイン、と呼ぶ声は、予想した通りの相手だ。

『君の、その、身体のこと、話しても大丈夫か?』

『ああ、いいよ、外見をいじってたことなら、俺の意図でやってることじゃねえし』

『そうなのか?』

『姉貴分が心配性でさ。十八の女一人で放浪してるよりは、十八の男の方がまだ心配が少ないってんで、持たされてただけだ。どうしても素性を偽りたい事情がある訳じゃない』

『分かった、ありがとう』

 どういたしまして、と通話を終える。そして、今度は頭の中ではなく、外界で発された声が聞こえてきた。ばしゃばしゃと水を浴びながら、何とはなしに耳を澄ませる。

「それはできない」

「へえ、そりゃまたどうして。これまで普通に並んで着替えるなりしてきたでしょうに」

「事情が変わったんだ。――女性の水浴びを、邪魔する訳にはいかないだろ」

「は?」

「何?」

「え?」

 思った以上に数の重なった、ひどく素っ頓狂な声。危うく噴き出して笑っちまうところだった。こりゃあ、アルマス家の方も聞き耳立ててたっぽいな。アメーリアが聞きたがったか?

「レインはまだ若いだろ。それで心配した家族が、そういう魔術具を持たせてたんだそうだ。でも、昨晩の戦闘でそれが故障した。だから、俺は彼女に対して、以前と全く同じように振舞うことはできない」

 生真面目な声で、ウォードが説明する。その声が途絶えても、辺りには時間が止まったかのような沈黙だけが落ちていた。


 身体や服を洗い、アルマス夫人の手も借りて傷の処理を終えると、時刻はもう昼近かった。

 手早く昼食の用意を整え、再襲撃に備えてアルマス家は馬車の中で、俺たち傭兵組は馬車の傍で食事をとることにする。もっとも、アルマス家を馬車の中に入れた理由の半分は建前だ。

 残り半分は、俺たちがこれから話し合うことを、アルマス家の面々に知られないようにする為に。デゼノヴェにまつわる情報は、俺の後ろ盾の方でもかなりの機密扱いされている。下手に触れれば、どう「処理」されるか分かったもんじゃなかった。知らなくていいどころか、知らない方がいい類の話なのだ、これは。

 とは言え、俺とウォードは、ほぼ丸一日ぶりの食事である。まずは胃袋を満たさないことには、話せるものも話せない。この際、お行儀が悪いのは勘弁してもらうとして、スープにパン浸して粥状にしたものをひたすらに掻き込む。二杯目のお代わりはスープだけになったが、それだって今はご馳走だ。

「あー、やっと人心地ついたわ。ご馳走さんでした」

「一日ぶりだもんな」

「そうそう、自白剤入りのスープを一口なんて、食事の内に入らないしな」

「ゲッ、そこまで気付かれてたんですかい」

「待て、自白剤だと?」

 おっと、ザシャはそこまでは把握していなかったらしい。カレルを睨む目が、見る見るうちに険しくなっていく。

 かくして、そんな会話の後、カレルの吊るし上げ――もとい、お話し合いは始まった訳だ。食後の茶なんて、洒落たものまでいただきながら。

「そんじゃま、こっちが手札を開示する前に、いくつか確認させてもらおうか」

 いいよな、とザシャに声を掛けると、無言で頷き。よし、ボスからの許可は出た。

 未だにしかめっ面のボスを横目に、カレルに向き直る。普段の軽薄な振る舞いは、おそらく装いの側面もあるのだろう。俺を見返す目には、油断のない鋭利な光が宿っていた。

「カレル、あんたはユーリエンの密偵で、あの『人喰い』を捕獲しに来た。だが、現場に派遣はされたものの、『人喰い』の正体も、ここに至るまでの経緯も何も知らない。だよな?」

「俺にも言えることと言えないことがあるんで、黙秘で」

「へえ、意外に口が固いな。まあ、俺は勝手に喋らせてもらうさ。――で、情報不足のあんたが情報収集の為に白羽の矢を立てたのが、この俺だ。突然にネーリネスカに現れ、『人喰い』との因縁をほのめかした。何か知ってると思ったんだろ?」

「そこは、まあ、否定はしねえですよ」

「では、こいつはお前から情報を引き出す為に自白剤を?」

 ザシャの問い掛けに、今度は俺が頷く。

「てェことなんだろうと、俺は読んだがね。ただ、あれは悪手だろ。ウォードも気付いてたし」

「いや、俺は何をされてるかまで分かってた訳じゃないよ。ただ、もらったスープから嫌な感じはしてた。それが俺のだけなのか、レインのもなのかまでは分からないから、言葉に出しあぐねてたんだけど」

「あー、そこに俺が口出しした格好になった訳だ。ともかく、仮に俺とウォードが揃ってお寝んねしてたとしても、ザシャの旦那を放り出して尋問には来られねえだろ」

 アルマス家の面々くらいなら、忍び寄って睡眠誘導の魔術でもかければ無力化できるかも分からんけどな。わざわざ馬車まで駆り出しての集団行動を図ったんだ、ザシャは分散しての警戒を提案したところで受け入れはしなかっただろ。

「こう言うと失礼かもしれねえですが、旦那一人くらいなら、幻覚を見せるなり眠らせるなりで足止めしておけると踏みましてね」

「舐められたものだな」

「これでも密偵としちゃ優秀な方でして」

「優秀な密偵の割には、傭兵一人に完全に出し抜かれているようだが?」

 ありゃりゃ、売り言葉に買い言葉ってか。ザシャとカレルが睨み合い始めたので、軽く手を叩いて注意をこちらに向けさせる。

「ハイハイ、そこ剣呑になるのは後で他所でやってくれ。要するに、ユーリエンの有能な密偵殿は、上からまともに情報提供も受けられずに無茶振りされて、どうにかしようと奮闘してたと。そういうことだろ?」

「ええ、まあ、有能な密偵と、奮闘してたとこだけは『ハイ』って答えときますわ」

「なるほどね。じゃあ、その有能な密偵殿は、大陸に名だたる超大国を敵に回す判断までも委ねられてんのかね?」

 訊ねた瞬間、また沈黙が落ちた。ザシャとウォードは目を瞠り、カレルは逆に「やっぱりですかい」と嘆き深いため息を吐く。お、そこは知ってたのか?

「ウチの『上』も割れてましてね。国内の治安維持に関する事柄で他国の干渉を許すなって派閥と、大陸の雄たるロレデジネと事を構えたくないって派閥と。とりあえず、俺は前者の御仁の指示を受けて、ネーリネスカでの調査を始めたんですわ」

 肩をすくめたカレルは、観念したような表情で語りだした。

「ま、気持ちは分かるさ。あの国は結構えげつないからな。言いなりになると見られたら、どんな無茶振りされるか分かったもんじゃない」

「かと言って、下手に反発しすぎても臍を曲げるでしょ。無抵抗は駄目、反発しても駄目って、どこの駄々っ子かってんですよ」

「否定できねえなあ。――でも、そっちも欲掻いて墓穴掘ったとこあるだろ」

 にやりと笑って言ってみせれば、カレルは小さく嘆息して顔を背ける。

「それも否定できませんわ。ロレデジネがそこまでして求めるものなら、自分らで回収して――って思惑がなかったと言えば、そりゃ嘘になりますもんで」

「どの国でも考えてることは変わらんってか」

 ですね、と物憂げにぼやく声色の相槌。お互い面倒な「上」に振り回されて苦労するなあ。そこだけは同情しなくもない。

「……で、結局はどういうことなんだ」

 話が一段落したと読んだのか、おもむろにザシャが口を開いた。三対の視線が、忌々しげにするボスに集中する。事情を最初から説明しろ、と低い声が要求してくる。

「どういうことって、詳しく聞いちまって後悔しねえ? ユーリエンのお偉方に目ェつけられても、俺は関知しないぜ」

「元より、そのつもりだ。ここまできて、今更引き返せん。ウォード、お前もそうだろう」

「そう、ですね。俺も気になります」

「やれやれ、物好きなもんだぜ」

 呆れた、と肩をすくめて見せれば、苦笑を浮かべたウォードが空になったマグに茶を注ぎ足してくれる。

「事の発端は、三年前だ」

 口に出した瞬間、ぴりりと空気が張り詰めるのを感じた。

 もしかして、と呟いたウォードに、軽く頷いてみせる。戦い、武力をもって日々の糧を得る傭兵であればこそ、その「三年前」に心当たりを見つけるのは容易いはずだ。

「エルラルド戦争」

 過去百年で最も激しく、凄惨を極めたと評される戦争だ。

 今は亡きエルラルド王国と、ロレデジネ王国の間で起こった戦争。開戦は十余年前にまで遡り、開戦当初は国境際での権益争いだったものが瞬く間に激化し、呆れるほど多くの土地が焦土と化した。長い戦乱の末、エルラルド王国は倒れ、ロレデジネ王国に併呑されることになったが、終戦から三年が経った今なお戦争の傷跡は色濃い。

「エルラルドの、トイヴォラ機関って知ってるか」

「……『九番目の悪魔』の所属元でしょう。俺自身は見たことも、戦ったこともねえですがね」

 ひどく重々しい声で、カレルが言う。その表情には、普段の軽薄さはほとんど見られない。もしかすれば、こっちの顔こそが本質に近いのかもしれなかった。

「その、トイヴォラ機関とか、九番目の悪魔って?」

「エルラルドのトイヴォラ機関は、生体兵器の研究開発所だ。主な研究内容は、人間と魔装具の融合による単体戦力の向上……だったか。要するに、人体に直接魔装具を埋め込んだ、文字通りの人間兵器を生み出していて、とんでもない狂技術者の巣窟だったと聞く。『九番目の悪魔』は、そこの最高傑作と呼ばれた化け物だ。全てを焼き尽す炎の悪魔イブリースなんて恐れられた。奴ひとりに、ロレデジネは随分と手を焼かされたらしい」

 ウォードの疑問に答えたザシャが、それでいいかと問うような目線を向けてくる。まあ、特に間違ったことは言ってないし、別に絶対に正しい情報が必要って場面でもないし、その解釈でいいんじゃねえのかな。

 肯定を答える代わりに、軽く頷く。

「そのトイヴォラ機関は、終戦に伴い、エルラルドの国そのものと同じくロレデジネに吸収された。ロレデジネも、ユーリエンと全く同じことを考えたのさ。分析して、あわよくば自国の利益に還元しよう、ってな。――だが、それに気付いて逃げ出した奴らもいた。俺はロレデジネのお偉方に命じられて、その逃げ出した連中を追ってるって訳だ」

「ロレデジネに命じられて? アーリック、お前は傭兵ではないのか?」

 ザシャが怪訝そうに俺を見る。そう問われるのも仕方がないが、そりゃあ誤解だ誤解。

「傭兵だよ。タグ見せたろ? あくまで俺はギルド所属の傭兵だが、別口でロレデジネの指図で動くこともあるってだけさ。――というか、今回俺が動くことになったのは、ユーリエンがゴネたからだよ」

 だろ、とカレルに水を向けるも、さすがに喋れないのか肩をすくめるだけの反応に留まる。

「ロレデジネはトイヴォラ関係の問題が他国で起こった時、一応その国に話を通そうとするんだ。そこそこの対価まで提示してな。例えば、『貴国のとある地方都市近郊にて、我が国に関するものを原因とした異変が起こっていると聞く。その調査と解決の為に部隊を派遣する許可を求む。その引き換えに』……そうだな、多少の技術供与や貿易上での便宜とかが常套手段だったかな。――だが、実際には正式な部隊の派遣はなされず、『傭兵』って身分を隠れ蓑に俺が送り込まれてる。てことは、ユーリエンとの交渉は決裂したってことだろ」

「……そこまでの話は、俺の聞き知るところじゃありませんもんで」

 カレルの応答は、あくまでもつっけんどんだった。

 まあ、この件に関してはユーリエンのお偉方の間でも、相当の機密になってるはずだ。現場で動く密偵にまで情報公開がされてるとは思えないから、黙秘っつーより本当のことかも分からんわな。

「ロレデジネにしても、ユーリエンが他国の兵に好き勝手されるのを好まない事情は分かってる。だから、『対象の討伐』として『状況の解決』に乗り出すまでなら、そう目くじらを立てやしない。……だが、『対象の捕獲』となると、連中は目の色を変えるぜ。ロレデジネはエルラルドやトイヴォラに散々煮え湯を飲まされた。その技術が他国に流出することを、絶対に許さない。何としても奪い返し、少しでも調べた奴があれば、その知識が広まる前に根絶やしにする。それくらいの所業は躊躇わないだろうさ」

 だからこそ、俺に与えられた選択肢も「連れ帰るか始末する」の二つしかない訳だ。全く気が滅入るぜ。

 ロレデジネは大陸の調停者を気取る、超巨大国家だ。国土も広ければ、軍備も厚い。ユーリエンは豊かで平和な国だが、国力ではロレデジネと比べ物にならない。しかも、ユーリエンは鉄鉱の大部分と、一部の魔石――魔力を含んだ鉱石で、魔装具を始めとした魔術具の製作に使われる――について、ロレデジネとその支配下にある国々の輸出に頼っていたはずだ。

 ロレデジネが分かりやすく攻撃的な行動を取らないとしても、その方面から圧力をかけていくことは、大いに想像のできる話だった。

「俺はロレデジネに指図されてるだけであって、忠誠を誓ってる訳じゃない。これまでの話で嘘も言っていない。これについては、父ヘイデンの名と、我が剣に誓って断言する。――だから、よく考えろよ、カレル。俺は事の次第を『上』に報告する義務がある。俺がここに出張ってきてる以上、あんたが『人喰い』の捕獲を果たす目はない。だが、『交渉に応じなかったユーリエンが、独自に標的の捕獲を試みていた』なんて聞けば、奴らは間違いなく臍を曲げるぞ。ここが分水嶺だ。今なら、まだ俺はあんたを『ユーリエンが状況の解決に派遣した密偵』と解釈し、『共闘した』と報告することができる」

 他の誰でもなく、カレル一人だけを見つめて告げる。白銀の髪に青い目という、涼やかな色合いの容貌を持つ男の顔は、心なしか青褪めて見えた。

 カレルが降参を答えるまでに、それほど長い時間はかからなかった。

 悩んでいる様子ではあったが、残り少ない茶を飲み干し、俺を見る目は落ち着いていたように思う。そして、小さく深呼吸をして、男は深々と頭を下げてみせた。

「俺はこの一件から手を引きます。我が父ラデクと、我が剣にかけて、そう誓います。――何卒、取り計らいの程を」

「了解した。『上』への報告は、貴国に非難が向くことがないよう留意すると約束する。……ってことで、話し合いは終わりな。さすがに俺も疲れたし」

 これ見よがしに息を吐いて、肩をすくめて見せると、いくらか硬直していた空気も緩んだ。

 どうにかカレルとの交渉は穏便に済んだ訳だが――ああ、ネーリネスカのギルドの方も、無視する訳にゃいかないか。

「ザシャ、ウォード、あんた方も面倒なことに巻き込んじまって悪いね。ギルドに対してどんな報告をするかは、カレルと相談して決めてくれ。この国のことだからな。後は……そうだな、俺もあんた方が依頼達成の報告をできるようには計らうつもりだから、損はさせないってことで勘弁してくれ」

 ギルドにおける討伐依頼の達成報告には、標的の装備や身体の一部を持ち帰り、証明として提出しなければならない。デゼノヴェの亡骸の一部を渡すことはできないが、鎧や爪くらいを残すくらいは見逃してもらえるだろう。

 そう述べると、ザシャは深々としたため息を吐いた後で、

「……仕方がない。依頼が完遂され、報酬が得られるのであれば、敢えてそれ以上のことは言わんさ」

「そう言ってもらえると助かるよ。―-さて、『人喰い』の奴も、まだもう少しの間は襲ってこないだろ。少し休ませてもらってもいいか」

 いい加減に、頭の後ろの方が熱を持つように重くなり始めていた。疲労はなるべく早くに解消したいところだ。成る丈申し訳なさそうに見える顔を作ってザシャを窺うと、意外に許可はすぐ下りた。

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