12

 デゼノヴェと戦い終わってから、森を抜けるまではあっという間だった。

 妨害は何一つ入らず、障害になるようなものもない。念の為に森を抜けた最寄の村までアルマス家を送り届けてから、森に取って返して街に帰還する。アルマス家にはいたく感謝され、アメーリアにも別れを惜しまれたが、軽い挨拶をするだけに留めて、俺たちは帰路を急いだ。

 そもそも、本来の予定なら森の中で標的の討伐を果たした後、すぐに街に帰っているはずなのだ。森を抜けて、更に近隣とは言え村にまで足を伸ばしてしまった時点で、大分想定を超過している。

 ギルドに戻ると、案の定「お前たちまで食われちまったんじゃないかと、冷や冷やしていたよ」と、そんな言葉でもって迎えられた。とは言え、討伐の証明となる物品を提出したことで、無事に依頼の完遂も認められた。今回は相手が相手だっただけに、多少の帰還の遅れは不問に処してくれるらしい。報酬も満額受領、素晴らしいこったね。

 因みに、カレルの提案もあって、真相については報告しないことに決まった。あくまでも流れの魔物が棲みつき、それが人を襲っていたという脚本だ。まあ、ロレデジネとユーリエンの間の軋轢なんて、そうそう言い触らしていいもんでもないしな。

「では、報酬の分配比率についてだが。――標的を実際に討伐したアーリックが一番、その補佐をしたウォードが二番、カレルは自業自得の四番で、消去法で俺が三番だ。異論はあるか」

「ないでーす」

「ありません」

「ぐうの音も出ませんわ」

 そんな会話がなされたのは、傭兵ギルドの広間……ではなく、空いていた会議室の一つだ。さすがに衆人環視の中、報酬分配の相談なんてできやしない。部屋の中央に据えられた大机を、ザシャとそれ以外の面子とで左右に分かれて囲んでだ構図は、何かの授業のようだ。

「よし、ではアーリックから順に取りに来い」

「ういーす」

 ザシャの前に並べられているのは、大きさが異なる四つの皮袋。俺が席を立って歩み寄ると、その中で一番大きな袋が渡された。おお、ずしっとくるな……。

 念の為、席に戻ってから金額を確認してみたが、きちんと通達された通りのものが入っていた。さすがの大事件、報酬も段違い。これで半年は余裕で飯に困らなさそうだが、どうせ趣味もなければ、他に使い道もない。仕事をしてなけりゃ暇を持て余す身、必要な分以外はギルドに預けておくことにしよう。

 ギルドでは傭兵各個人が持つタグを証明として、資金の預かりや入出金の管理も請け負っているのだ。――そう、タグと言えば、俺のタグにはまた一つ戦歴の刻印が増えたんだった。

 刻まれたのは、「ネーリネスカの〈人喰い〉討伐」。これまた嬉しい文言じゃないが、自分がしたことを風化させずにおけると思えば、そう悪くもないのかもしれない。あれも楽しい仕事じゃないが、さりとて忘れてしまいたくもなければ、慣れてしまいたくもなかった。かつての仲間を相手取るのだから、どちらもしてはいけない、とも思う。

「レイン?」

 報酬の確認も終わってぼんやりしていると、ウォードに声をかけられた。

「んあ?」

 首を捻って傍らを見やれば、同じように報酬の確認を終えたところだったらしい。皮袋の口を縛り直しながら、「そんな気の抜けた顔をして」と苦笑される。いやいや、それだけ平和ってことで、いいことじゃん?

「確認は済んだのか」

「あー、終わった終わった」

「じゃあ、行こう」

「行く? どこへ?」

「打ち上げの会場だよ」

 ほら、と促されて、何となく立ち上がってしまったが、ザシャとカレルはまだ座っている。どういうことだ、と視線を向ければ、カレルがいかにも面倒くさそうな顔で唇を曲げた。

「俺とザシャの旦那は、ギルドに提出する報告書を片してから行きますわ」

「そういうことだ。先行して手配を頼む」

 そう言えば、お決まりの報告書はまだ提出していなかったっけか。特別に討伐証明となる物品を提出した時点で報酬を渡してくれたんだろうが、本来は証明物品と報告書をあわせて提出することで、報酬と引き換えられることになっている。

 複数人合同で依頼にあたった時は、隊長役の奴が書くのが不文律だ。カレルもそれを手伝うのは、どの程度情報を出して、何を伏せておくかを打ち合わせる為だろう。

「なーるほどね。了解……って、カレル、あんたは悠長に宴会に加わっていいのか?」

「こんな厄介な仕事押し付けられた後で、誰がまっすぐ帰りますかっつの。鯨飲暴食してから帰ってやりますわ」

「いや、それはまずくないか?」

「汚れ仕事で鍛えた内臓の見せ所って奴ですよ」

「それ、絶対違えと思う」

 そんなしょうもない話をしてから、俺とウォードはギルド支部を出た。

 通りに足を踏み出してみれば、燦々と陽光が降り注ぎ、抜けるような青空が頭上に広がっている。もくもくと大きな雲があちこちに浮かんでいて、濃い青と白の色合いが清々しい。

「お、いい天気だ」

「本当だ、よく晴れてる。もうすぐ夏だもんな」

 こっちだよ、と促すウォードの先導に従って歩き出す。

 聞けば、目的の店はウォードの知り合いの実家が経営している酒場らしい。その「知り合い」もギルド所属の傭兵で、生まれ育ったこの街を中心に討伐系の依頼を中心に受けているらしいが、今回はたまたま遠出しているのだとか。

「あいつもいれば、きっと今回の討伐隊に組み込まれたと思う」

「へえ、腕が立つんだ?」

「ああ、単純に腕も立つし、索敵の上手い奴だからね。……そういえば、レイン、次の『仕事』の情報が来るまではどうするんだ? 何か予定に決まりとかは?」

「いんや、何も。指示が来るまでは、その辺をふらふらするよ。当てずっぽうで探すにも限度があるしな。もしかしたら、どっかでかち合うこともあるかもだ。そん時ゃ、よろしく頼むよ」

「あ、だったら」

 そう言ったウォードが、不意に足を止めた。思いがけないことに止まりきれなかった俺は、一歩先に進んでから、半身に振り返る。

 どうした、と問えば、ウォードはどこか思い詰めたような表情で俺を見返す。

「このままネーリネスカに留まるのは、どうかな。これから行くところだけじゃなくて、他にも美味しい食堂とかあるし、それに、二月後には夏祭りもあるんだ。花火もたくさん上がって、賑やかになる。きっと、楽しいと思う。楽しいと、思えるんじゃないかと思う」

 余計なお世話だったら申し訳ないけど。そう添えて口を閉ざしたウォードの目は、やっぱりどこか必死に見えた。

 もしかしたら、森の中でデゼノヴェと交わした言葉を覚えていて、それを気にしているのかもしれない。こいつは、いい奴だから。……しっかし、俺みたいなのにまでそんなお節介焼いてちゃ、要らん苦労まで背負い込みそうだな。

 その辺、気をつけといてやった方がいいんだろうか。それこそ「余計なお世話」か?

「ほんと、物好きな奴だなあ、あんたは。……賑やかで、楽しい夏祭りか」

「うん、ネーリネスカの夏祭りは、この辺りでも有名なんだ。俺は去年も一昨年も見物してるから、案内(エスコート)するよ」

 任せて、と力をこめて答える目顔には、ひたすらな真剣さがあった。そんな生真面目な顔して言うことか? まるで一世一代の告白でもしたみたいだ。

 ……ま、実のところ、俺も呼び出しがかかるまでは、さして忙しい身でもない。そんな顔をして、そんな風に言われたら、この期に及んで断るのも野暮ってもんじゃないか。

「そうだな、じゃあ、よろしく頼む」

 そう答えた瞬間、ウォードの顔がパッと輝いて、

「ありがとう!」

 なんて言うものだから。

「それ、俺の台詞だろ」

 俺たちは、顔を見合わせて笑った。

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彷徨のルーヴエラン 奈木 @baldoria

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