02

 案内された店は、ギルドから乗合馬車で五分ほどの場所にあった。何でも、傭兵を始めとして街から街へ移動する類の職業人御用達のよろず屋らしい。壁を廃し、通りに向けて全面が開かれた造りの店先の品台には、毛皮やら保存食やら、多種多様な売り物が並べられている。

 ウォードは店主とも親しいらしく、事情を伝えると、すぐに必要なだけの物資を集めてもらえた。金額も良心的だ。それでも背負い鞄に買ったものを一式詰め込んで、店を出る頃には二時半を過ぎていた。再び乗合馬車に飛び乗って、今度は一路南門へ。

「南門まではどれくらいかかんの?」

「十五分くらいかな」

 馬車の中には他にも数人の客がいたが、混み具合としては空いている方だろう。ややひそめた声で話していても、咎められることはない。

「ザシャの旦那、移動は馬車って言ってたよな。さすがに傀儡ゴーレムは傀儡だろうが、馬じゃないのか? わざわざ車引いてくのか」

 傭兵ギルドでは、必要に応じて依頼現場までの移動手段を借り受けることができる。普通の馬や馬車もあるが、最もよく使われるのが傀儡馬だ。

 ギルド所属の、或いはギルド提携の魔術師が作る、主に馬型の移動補助傀儡の一種で、総身が魔力で編まれている。胴体に表示された認識番号がなければ生き物にも見紛う精巧さだが、決して自発的には動くことはない。創製した魔術師の腕によって動きの精度に差はあるが、乗り手の意図に沿ってのみ動くので、乗りこなすのも比較的容易だ。用済みになった時は、予め仕込まれている術を起動させて貸主の下へ転送帰還させればいいので、返却や回収の手間もかからない。

 そして何より、生き物の馬と違って、万が一の時の賠償負担が小さくて済む。生き物でない傀儡馬は、破壊されても身体を形作る魔力を失って創製者の許に帰還するだけで、再び魔力を与えれば形を取り戻す。仮に出先で破壊されたとしても、予め決められた額の支払によって、穏便に事を収めることができるのだ。それは馬一頭贖うに比べれば、まさに雲泥の差の額だった。

 とは言え、各自馬に乗って向かうのと、全員を馬車に乗せて向かうのでは勝手が違う。騎兵四騎と馬車一台の機動性は比べるに及ばず、しかも、俺たちは討伐任務で森に出向くのだ。何かを運ぶ訳でも、何かを守りながら進む訳でもない。迅速を旨とするからこそ、疑問の残る選択だった。

 そこんとこどうなんだ、とウォードに問い掛けてみると、少し考えるような素振りを見せた後、

「やっぱり、警戒しているんじゃないか。これまでに討伐に向かった傭兵も、何人か喰われてる。どうも向こうもそれなりに頭が回るらしくて、生き残った奴の話だと、散開したところを各個撃破されたらしい。馬車を拠点に、ある程度まとまって行動するつもりなんだと思う」

「なるほどね、っつか、傭兵もやられてんの? そりゃまずいわ」

「ああ、やられたのもそんなに腕の悪い人じゃなかった――というか、そこそこ中堅だったかな。だから、ザシャが慎重になるのも無理はないよ。俺が選ばれたのも、その為だし」

「その為? ……そういや、祝福がどうとか言ってたっけか」

 世の中には先天的に特殊な能力を持って生まれる人間がおり、その能力は総じて「祝福」と呼ばれていた。未来視や千里眼なんかの強力な能力は国で保護されることもあり、お目にかかることはまずないが、少し傷の治りが早いとか、少し視野が広いとかの比較的弱い祝福持ちは傭兵稼業でも珍しくない。まあ、俺は持っちゃいないんだが。

 ギルドで、カレルはウォードを「ネーリネスカ指折りの祝福持ち」と評していた。おそらく、並みの祝福じゃないんだろう。率直に言って気になるが、祝福の有無や、その詳細は詮索しないのが暗黙の了解だ。当人が公言してるならともかくも、誰だって自分の手の内を探られたくはない。

「ま、そいつがどんなもんかは知らんけど、熟練の隊長が選んだ肝いりなら、信頼するに足るんだろ。よろしく頼むよ」

 そう言うと、ウォードはきょとんとして深緑の目を瞬かせた。

「どんなものか訊かないのか?」

「喋ってくれるなら聞くが、他人の事情を根掘り葉掘り聞く気はないよ。誰だって喋りたくないことや、伏せておきたい手札の一つや二つ、あるもんだろ」

 肩をすくめてみせると、ウォードは「潔いな」と小さく笑った。……ま、俺も色々と隠し事をしてる身なもんで、下手に突いて逆にこっちのことを探られたくないって事情もあるんだけどさ。

 因みに、その隠し事の筆頭――男の振りもといナリをしてるのは、傭兵稼業に足を突っ込むにあたり、心配性な姉貴分にそうしろと厳命されたからであって、俺の趣味って訳じゃあないことは主張しておきたい。カレルの奴が言ってたように俺は顔の出来がいいらしく、日頃も街中で声を掛けられることしばしばだが、その相手は高い確率で妙齢のお嬢さんやお姉さんである。実のところ、俺は「女顔」じゃなくて「男顔」なんだろう。

 であるからして、心配は全くの杞憂である気もするが、親愛なる姉貴分がそうせよとおっしゃるのなら、弟分(仮)としては従わざるを得ない。わざわざ身体的特徴を偽る魔術具まで作って渡してきたしな。何歳になっても、弟妹ってのは兄姉には弱いもんなのだ。

 加えて、魔術具の効果も顔形に至るまでの全般的なものでなく、あくまで容姿の局所的な変化に留まるので、身体能力にまでは影響を及ぼさないという。戦闘に支障はないから、と言い募られてしまえば、余計に反論の余地などありゃしなかったのだ。まあ、要らん面倒が回避できるなら、それはそれで価値があると言えなくもない……かもしれない。分からんけど。

 ――という回想は、程々にしておくとして。

「そうだ、祝福云々はともかくも、戦い方だけは把握しときたいな。俺は短めの剣を両手に持つ型なんだが、あんた方は? カレルの奴は弓兵だから、弓使いなんだろ?」

 傍らをちらと仰いで問い掛ければ、そうだな、と首肯。

「俺も直接見たことはないけど、そうだって聞いてる。噂じゃあ、随分な速射らしい」

「へえ、言うだけあるってことね」

「だと期待したいな。――ザシャと俺は、どっちも長剣使いだよ。ただ、型は少し異なる」

「どんな風に?」

「レインは双剣使いってことは、身軽に手数を多く攻める型だろ? ザシャは鎧を厚くして、相手の攻撃を耐え凌ぎ、隙を見て大きいのを一発入れて仕留める。俺は二人の中間かな。ザシャよりは動き回るけど、きっとレインほど手数が多くはないと思う」

「なるほどね。バランスはいいな」

 そんな風に話していると、馬車が次第に速度を落とし、動きを止めた。ウォードが「到着だ」と言うので、周囲の乗客が全員降りるのを待ってから、俺たちも馬車を降りる。

 通りの隅に築かれた停車場に立ち、辺りをぐるりと見回してみると、向かいには傭兵ギルドの紋章を掲げた貸し馬・貸し馬車の店舗があった。ザシャとカレルは、もうその中で手配でもしているんだろうか。店の中を窺い見るべく、通りに面した窓越しに目を凝らしてみようとすると、

「あれ、違えじゃん。外にいるし」

 見覚えのある背格好の奴が、店の軒先で何やら話しこんでいるらしい様子であることに気がつく。しかも、その場にはザシャとカレルだけでなく、三人目がいた。中年の男だが、パッと見た感じ、傭兵ではなさそうだ。中肉中背といった出で立ちで、あまり鍛えられている風には見えない。

 ウォード、と名前を呼んで店の方を指差してみせると、深緑の目が俺の指先を辿り、同じ景色へと視線が至る。そして、「あれ」と声が上がった。

「誰だろうな、知らない顔だ」

「ギルド関係じゃねえの?」

「ない、と思う。少なくとも、俺は見たことがない」

 頭を振って、ウォードはきっぱりと言った。ザシャによれば、ウォードは「この街に来てそこそこ経つ」らしい。だったら、その判断も信じてよさそうか。

「んじゃ、どこの誰だろうな」

 面倒なことでなけりゃいいんだが。胸の内で呟き、足を踏み出す。

 どこの国であれ一定以上の規模を擁する街は、往々にして防衛上の都合から厚く高い壁で囲われているものだ。出入りには四方に築かれた門を用い、その一つである南門に直結する通りは、さすがに人通りが多く、馬車の行き来も頻繁だ。

 ウォードと一緒に人波の間を泳ぎ進み、時に足を止めて走りゆく馬車を避け、ザシャとカレルの許へと向かう。近づいていくと、我らが隊長殿がえらく厳しい顔をしていることが見て取れた。どうも和やかな話題じゃなさそうだ。

「どういう案件であるのやら――おーい、隊長!」

 そこそこの距離にまで近付いたところで、声を掛ける。ザシャを筆頭に、三人の男たちが一斉にこちらを向いた。歩みを速めて残りの距離を詰め、向こうの反応を待たずに言葉を重ねる。

「馬車の準備はできたのか? こっちの準備は終わったぜ」

 すると、ザシャはあからさまに眉間に皺を寄せて、「取り込み中だ」と吐き出した。カレルはとぼけたような顔で肩をすくめるだけ。

 やだねえ、やっぱり面倒なことになっているとしか思えねー反応じゃねえの。

「おいおい、そんなことは見りゃ分かるぜ。俺が訊きたいのはさ、可及的速やかに出発するっつー予定はどうなったのか――どうなってるのかってことだよ」

「鋭意尽力している最中だ」

 不機嫌そうな答え。つまり、事実上頓挫しかかってるってか。

「何だよ、そりゃ。そこの御仁と問題でも起こしたのか?」

 お行儀はよくないが、敢えて顎で指し示す。この場における招かざる客、中年の男。

 俺とザシャのやり取りを、そいつは思いの外に油断のない目つきで眺めていた。何か目的があるんだろう、ただ絡んできたとは思えない顔だ。

「問題ではない」

「障害じゃありますがね」

 ザシャとカレルが口々に言う。ふーむ、こいつは一層に厄介な匂いがしやがるな……。

「おいおい、急ぎの仕事だって念押ししたのは、どちらさんだよ。一刻も早く片さなけりゃならないんだろ? 悠長にお喋りしてる場合じゃないぜ。傭兵に用事なら、他を当たってもらうしかない。いつまで呑気にお喋りしてんだ?」

 大仰に肩をすくめてみせて、目下の「障害」であるところの男に目を向ける。

 試しに、少し威圧でもしてみるべく意図して眼光を強めてみたが、少し頬を引きつらせただけで退く気配はない。意外と根性あるな。まあ、そうでもなけりゃあ、ザシャを相手にこんなに時間を使わせてないか。

「――あなた方は、南の森へ向かうとお聞きした」

 一呼吸分の間を置くと、強張った表情のまま、男は口を開く。予想しちゃあいたが、面倒な感じにしっかりとした声だ。緊張している風ではあるが、怯えてはいない。

「南の森、ね。それが?」

「我々も、その道行きに同行させていただきたい」

「ああ、そりゃ無理だ」

 ほとんど反射の領域で、返事が口を突いて出ていた。おそらくは、ザシャの旦那とカレルからも同じことを言われていたんだろう。男は眉根を寄せた歯痒そうな表情で、苦々しげに「何故」と呟く。

「何故も何も、簡単なお話だぜ。一つ、俺たちは討伐任務に向かうんであって、護衛を意図していない。つまり、あんた方の望む働きができる保証がない。二つ、『我々』ってことは複数人だろ。そんな足手まといを大量に抱えて出向くのは、俺たちにとっても自殺行為だ。三つ、素人を何人も連れて歩けば、必然的に行軍の足は遅くなる。俺たちは急いでるからな」

「だが、我々にも事情が――」

「そんなことは分かってるさ。事情も何もなしに、誰がこのおっかねえ面の傭兵隊長相手に長々食い下がったりなんかするかよ。んでもって、あんただって南の森に何が棲みついたか、知らん訳じゃないんだろ?」

 男の言葉を遮って、勢いよく続ける。悪いが、皆まで言わせてやるつもりはない。そもそも俺は議論をするつもりなんか、さらさらありゃしないのだ。

 早口に畳みかけていくと、男は小さく頷いた。なら、尚のことだ。人喰いがいると分かっている森に、敢えて行きたいと言う。見た感じ、自殺志願でも頭のねじの外れた物好きって訳でもなさそうだ。であれば、よほどの事情がないはずがない。

「だからって、その事情に巻き込もうとされても困るぜ。あんたの要求はさ、お互いの為にならねえよ。それに、何度でも言うが、俺たちには火急の先約がある。悪いが、あんた方に構っちゃいられないね」

「……であれば、我々は独自にあなた方の後ろをついていく他ない。我々とて、今日発って森を越えねば、食うに困る。人喰いに食われずとも、飢えて死ぬだけだ」

 苦渋の滲む表情で、男は告げた。……なるほどね、それでザシャはしかめっ面してた訳だ。

 俺たちが与えられた仕事を果たそうとすれば、護衛なんぞを並行して受けている余裕はない。だが、そう思って突き放しても、向こうは勝手に後ろをついてくると言う。ある意味、それは護衛をしているよりもよっぽど面倒な状況かもしれない。

 下手に放置して人喰いに食われようもんなら、確実に俺たちにまで累が及ぶ。物理的な被害は出なくとも、俺たちが突き放した奴らが俺たちが突き放したがゆえに死ぬなんてのは、向こうに落ち度があるとしても心理的によろしくないし、事の詳細が余人に知られれば、俺たちの判断自体が責められかねない。

 下手に力ずくで事を収めようとして、軍にでも駆け込まれたら、そっちのが厄介なことにもなるしなあ……。

「こりゃあ、確かにとんだ難物だ。どうするよ、隊長」

 結局のところ、何を喋ろうと俺に状況を動かす決定権はない。再びザシャに水を向けると、深々としたため息が落ちた。

「そちらの移動手段と、人員は」

「……傀儡馬二頭立ての馬車、人員は私の他に妻と息子と娘が」

「わお。まさかの子供連れかい」

 最悪に最悪を重ねたようなもんだ。思わず口を挟んでしまえば、視界の端でザシャの顔が一層凶悪に歪んでいくのが見える。おお、怖え。

「四人分の傀儡馬賃借料の負担、休息場所として馬車の荷台の提供、食料を初めとした必要物資の供給、道中において指示には全て従うこと。――これらの条件全てを呑むのであれば、同行を許容する。だが、こちらはあくまでも本来の依頼の遂行を第一とすることは了承してもらう」

 苦虫を噛み潰した顔で、ザシャは言った。その途端、男の顔がパッと輝き、「ありがとうございます」と深々頭を下げる。あーあ、とでも言ったげな顔で、カレルが肩をすくめた。

 俺はどう反応を返したものか迷い、

「まあ、せめてお子らが大人しい良い子であることでも祈るか」

「現実逃避か?」

「半分くらいね」

 ウォードと、そんな雑談を交わすくらいしかできなかった。

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