どんでん返しはミステリという閉じた系に垂らされた一滴の劇薬
- ★★★ Excellent!!!
すべてのピースがかちりとハマるその美しさこそがミステリには求められている。
クローズドサークルものに代表されるような、余計なものを極限まで削ぎ落した無駄のない箱庭のような構成。
しかし、緻密に計算の上に作られたミステリは、ときに人間が描けていないと批判をされたりもする。
ヴァン・ダインの二十則で排除すべきものとして情景描写やラブロマンスが挙げられているように、ドラマを深める要素はパズラーにとって邪魔になる。
結果、キャラクターは駒に成り下がってしまう。
本作はミステリだ。最終盤において伏線は綺麗に回収され、ミステリとして閉じられる。
しかし、ドラマがないがしろにされているかといえばそんなことはない。
むしろ、生きたキャラクターが織りなす人間模様が、丁寧に丁寧に描写されている。
不動産関係の仕事をする語り手、山瀬の日常は閉じていた。
職場を除けば、コンビニの店員さん、ネットカフェの店長くらいとしか言葉を交わさない。
趣味も建築巡りで、おひとりさまで完結してしまう都市型人間。
しかし、それは山瀬にとっては守るべき日常だった。
上司によるパワハラという要素以外は。
指示通り動けば「言われたことしかできないのか」と叱責され、気を利かせれば「余計なことをするな、言われたことだけやっていればいい」とまた叱責。典型的なダブルバインド型のパワハラだ。
ストレスを吐き出すのは、ネットカフェからアクセスする闇サイト。
ある日、そこで交換殺人を持ちかけられる。
交換殺人、それは日常を守るための犯罪だ。
復讐のようにすでに日常が壊れてしまっているわけではない。
完全犯罪により、帰るべき場所としての日常を損なうことなく、そこに紛れこんだ異分子のみを消す。
だが、殺人もまた日常を毀損する行為なのだ。
山瀬にとって、それは乗り越えてしまうにはあまりにも高い壁だった。
闇サイトで交換殺人について語りながらも、決心まで踏み出せない。
そんななか、それがあったからこそ耐えられた最後の「希望」をも打ち砕かれ、ついには心を決める。
その過程が、そして「計画殺人」という外因子によって間接的に人間関係へと広がっていく波紋がしっかりと描かれていく。
事態は混迷を極めた末、ミステリとして物語は閉じられる。
そして、その先に訪れる結末。
作者という神によって振り下ろされる「最後の一撃」。
それは、キャラクターに寄り添う視点でドラマが描かれてきたからこそのものなのかもしれない。