その2

 勘付いていた違和感が、情報と結びついていく。


 それは男女比の偏りだ。トッカラケに辿り着き、栄光の翼亭に入るまで――入ってからも、この町には異様なまでに、女性の姿が見えなかった。


「成程。つまり勇者タケト、《ハーレム目》か」


「あの態度、《気弱科》ですね」


「何がこわいって、《やるときはやる属》だぜ、あいつは」


 合点がいったと頷くマリー、手帳へ書きこむベラ、そして事態を知る現地人として輪に加わる、先程センターで踊り狂っていた禿頭のプロデューサー。


「待って俺のわかる言葉でしゃべって?」


 そんな彼らの会話から、パットは完全に取り残されていた。


「なにその、モクとか、カとか、ゾクとかって」


「……おいおい。お嬢ちゃんたち、このあんちゃん正気か? マジに言ってんのか?」


「許してやってくれ。彼は最後の楽園から先日出てきたばかりのルーキーなんだ」


「スーパー世間知らずなのです。喋れる珍獣と思って一緒に愛でてくれませんか」


「ぶっとばすぞダブル元凶」


 ――プロミステラの広大な大地、そこら中に勇者あり。


 彼らの行う好き勝手、悪気はないけど迷惑すぎる活動から身を守るべく、人々は、その生態を研究・記録・分類したのだと、マリー&ベラが語る。


「戦いだろうと生活だろうと、相手の性質を知ることの重要性は語るまでもない。私たちも三百年、勇者の被害に遭いながらしてやられていただけと思うなかれさ」


「先程の勇者タケトは――《ハーレム目》《気弱科》《やるときはやる属》。《外来種勇者大事典》によりますと、周囲の異性を独占してしまうタイプの勇害なのです」


 懐から取り出した眼鏡を装着しつつ、同じく取り出した分厚い本を開きながら解説するベラ。そろそろそのローブの内側は一体どうなっているのか、どうやってそんな明らかに入らないものがしまってあるのかツッコみたくなる頃合いではある。


「……あれは、一月前のことさ。奴はふらりと現れて、近くの窪地にある廃屋に住み着いた。勇者だらけの世間に疲れ、世を捨てた手合いと誰もが思った。それを不憫に思い、困った時は来てくれと言いに行った、町でも有名な世話焼きの女の子がいて――」


「……それが、最初の被害者だった、ということだな」


 マリーの問いに、力なく禿頭のPが頷く。


「“面倒見のいい世話焼きタイプ”――元々ハーレム目と相性抜群な傾向の上に、《気弱科》と接してしまったとなれば……初対面から、もう危ない」


「誰が止めても聞かねえで、こんなふうに言った。『見るからにヒョロっちいし、話し方もイラつくんだけど、ほっとけないのよねアイツ』って……」


 その日の内に荷物をまとめ、初対面同然の男が住む小屋へ引っ越す――このおよそありえない現象を受け、ようやく住民たちは大事典を開き青年の正体を知る。


「トッカラケは、これまでずっと、運よく勇者被害を免れてきた平和な土地でよ……俺たちは誰も、本当の意味で知らなかったんだ、勇者の怖さってやつを……」 


 どれだけ注意しても対策しても防ぎ切れず、次々と虜にされ、取り込まれていく。

 軽度のうちは、日常で上の空になる回数が増加する。


 中度では、何かと理由をつけては過剰な奉仕・傍から見ていて異常な愛着を示す。

 重度に至ると、姿を消す。


「際限も見境もねえ。年の差も、すでに相手がいようと無駄なんだ。相談があるのはいいほうで、ひどい時は書置き一枚残して、家中の金目のもんまで持って出ていく。勇者タケトの住む、前は誰も住めないくらいボロっちかったはずの廃屋へ!」


「そうか。P殿よ、勇者タケトは――あの厄介な習性を持っていたのだな」


「お察しの通りだ、女騎士さん。勇者タケトはアレをやりはじめた――そう」


 禿頭のPは水を呷り、テーブルに叩きつけながら、吠えた。


「“のんびりのどかなスローライフ”を!」


「――――ヘイ。そこのいかにも解説ポジなローブメガネ、解説プリーズ」


「ンモー。しかたないなあパットくんはー」


 お教えしましょう、とわざとらしい咳払いをし、嬉しそうにベラが語りだす。


「“スローライフ”というのは、召喚勇者たちの中でも特に《気弱科》なんかに見られる習性なんだけど……一般に《大きな街や多くの人がいる土地から離れ、ほどよい自然に囲まれてしがらみに縛られず生きていくこと》を言うのです!」


「はあ。っていうと、ウチのジジイとか、エルフ、ドルイド連中みたいなもん?」


「世俗との関わりを断つ、という点で似ていますね。興味深いのが、時折気弱科以外の召喚勇者でも、主にセ・ビーロと言われる衣を纏う種類がこれを行おうとする傾向を多く見せたところなんですよ。その際『アバ・ヨクソ・ジョーシ』『ツブ・レロヤブ・ラック』『ニドトザン・ギョシナイ』といった詠唱をきまって行ったとか」


「……なんか無性に泣けるっつーか、同情しそうになるんだけどなんだこれ……ああ、いや、それはともかく。隠遁生活の賢者とは違う、もう半分ってのは?」


「“広げる”のです、彼らは」


 正確には“何故だか拡大してしまう”のだと、ベラは言った。


「そこがどんな僻地であろうと、スローライフを始めた勇者は、必ず、自分の住処を、大きくします。今回のように、山奥の廃小屋から始まったケースでも――」


「……笑える、いや、笑えない話なのだがな、パットよ。その生活の果てに――王国までも築いてしまったスローライフ勇者というのが、この世には、実在したのだ」


「これです」とベラがめくった事典のページには《スローライフ勇者の代表的な被害》として……巨大な城と、その周囲の町の絵が載っていた。


「実に、大陸の一地方がまるまる“巣”とされた勇者スズチの事例です。……これを行った勇者は『なんでこうなんの!? 俺はただ、目立たず静かにひっそり暮らしたかっただけなのにーっ!?』と言い残して失踪、王無き王都となったこの地は、規律が崩壊し、多くの悪徳をなされるがままに許し、瞬く間に滅びました」


 遅まきながら、パットにもようやく、事態の深刻さが掴めてくる。


「“ただ穏やかに暮らしたい”――平凡な願いかもしれん。だが、それをチーレムオーラという異常な性質と、チートスキルという傍迷惑なシロモノを持ち合わせる勇者がやろうとしたとき、プロミステラのほうが無事ではすまない。私たちに出来るのは、奴らが“巣”を作り始めた時、遠くへ逃げることしかないのだ……」


「……俺たちも、そうしたかった。あいつがスローライフを始めたのが、トッカラケの近くってだけならな。名物料理も、ショーも、別の場所でやり直せる」


 しかし、現実は残酷で最悪だった。


「なんでこうなるんだ! 《気弱科》のスローライフ習性に――《ハーレム目》の合わせ技なんて! こんなの――世界一凶悪な組み合わせだろがぃっ!」


“土地”を脅かす“スローライフ”。

“人間”をさらう“モテモテ性質”。


 この二つが組み合わさることで生まれたのは、まさしく、悪魔的勇者であった。


「見捨てて逃げろってのか、誑かされた女たちを! 他でもない、このオレっちがッ! 世界一の星にしてやるって大口叩いて連れてきちまった天使巫女も!」


 取り返しなどつかないもの。代わりなどありえないもの。


 それを人質に取られた形となって、トッカラケ住人は土地へ縛り付けられた。

 攫われていく女性が増える度、タケトの態度も横柄になっていった。『町の人が使う為なんだから』と堂々と物を奪っていく勇者に、笑顔で応えさせられる。


「《気弱科》《やるときはやる属》ってのは、“追い詰められたら豹変する”勇者ってことだ。下手に反抗すれば、トッカラケだけじゃない、女たちだってどうなるか……」


 いつのまにやら、人だかりまでできていた。よそ者であるパットたちに無念を伝えようと集まったのは、年齢も様々な“欠けてしまった”男たちだ。


 長い時間や大切な経験を共にした“隣の相手”、かけがえのない相方を――ハーレム勇者にしてスローライフ勇者タケトは、笑いながら持ち去った。


 絆も思い出も知ったことかと飛び越える、冒涜じみた反則で。


「俺たちが生まれる前、異世界からの勇者ってのは、世界だって救ったんだろうよ! でもな、こんなのそれ以下だ! 闘えもしねえ。文句も言えねえ、頭下げてわかりましたとしか言えねえなんて――そんなの、伝説上の大魔王よりタチが悪ィっ!」


 禿頭のPを中心とし、そこかしこから溢れ出始める男泣き。


 山彦にすらならんかというほどの慟哭を一斉に止めたのは、不意に店内を揺らした――パットが、テーブルに手をついて立ち上がった衝撃だった。


「悪い。実は、さっきからずっと腹痛いの我慢しててさ。もう限界。トイレどこ?」


 場の空気をまったく読まない発言と共に、少年は腹を押さえてへらりと笑った。

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