その3
似た手口で、パットは何度師匠の無茶振りをサボったかわからない。
「――――あっち、だっけな」
本来の順路、曲がりくねって延びる踏み締められた道を無視する。藪も木の枝も構わず、獣でさえ避けそうな深い自然の森を真っ直ぐに突破していく。
もう、ベラやマリーが、抜け駆けに気付いたところで追い付けない。
「どうせ、『道中の勇者にも事件にも関わるな。最終的に一掃するんだから今だけ耐えてもらえ。情報が流れたら面倒なことになる』――とかほざくんだろうが」
だとしても。それが正論だろうと、正解だろうと、大義の為のやむなしだろうと。
「しょうがねえよな。見過ごせないものを、見ちまったんだから」
ぼやきながらも速度は落ちず、普通なら考えられない短時間で、彼はトッカラケから森林を隔てたそこへ着き――
――なるほどなぁ、と見えたものに苦笑した。
「こいつは確かに、トンデモねえ」
森を抜けた先、広がっていた窪地には、ひとつの村ができあがりつつある。
「結構な規模じゃん。俺の生まれたトコよりか、全然立派で全然デケえ」
話によれば、この窪地回りは魔王の侵攻をきっかけに一度寂れ、近くにトッカラケが出来てからは寄り付く者もいない、開墾が必要なほどの土地だったはずだ。
にわかには信じがたい。こんなシロモノが、一月かそこらで形成されたなど。
「しかも、おーおー……皆様、随分と、おシアワセそうで」
それぞれの仕事へ従事する女性たちは活き活きとしていて、不本意や苦痛の中にある様子など微塵もない。どころか、満ち足りた幸福感がありありと伝わってくる。
そして、一番大きな家から出てきたのは、先程パットが話した勇者タケトだ。彼が手を振り声をかけたら、全員がそこへ集まる。どうも休憩の時間らしく、村の中央にある大きな木の下で、彼を中心とした団欒が始まった。
……なんとつけいりやすい、緩み切ったムードだろうか。
「えーっと……あ、あったあった」
近くに落ちていた程よい枝を加工して、木製投槍のできあがり。
目星をつけたのは本人ではなく、皆が集まる憩いの木だ。
音と動きで意識を誘導したところを、電光石火に近づいて拳をブチ込む。
「楽しそうなところ恐縮だが、悪く思うなよ勇者様。おまえが作って、与えてるらしい充実は――それ、本当は他人のもんだぜ」
パットの全身が、陽の下でも明らかな淡い光を帯びる。そして右手を振り被る。
「――でぇいッ!」
勇者駆除の槍が放たれた、その瞬間に――ふたつ、音が聴こえた。
ひとつは、パットの手を離れた槍が、眼前で砕け割れる音。
もうひとつは、少し遅れて、火の弾けるような音がした。
「っあぁぁっ!?」
目と鼻の先で生じた想定外、砕けた木槍破片の飛散に、反射的に目を閉じる。
「な、い、今の、まさか」
三百年も引き籠っていた間の出来事を、パットは道中マリーとベラから聞いている。
異世界からの召喚勇者たちは、プロミステラに様々な知識をもたらすことで変化を
招き、そのうちのひとつに、三百年前は存在していなかった武器があった。
「今の音――これが“銃”! 撃ってきたのは、銃手かっ!」
「爺のような台詞を吐く」
混乱から立ち直り、視界が回復した瞬間、左のこめかみに鉄の感触が触れた。
「勇者がおらん昔話からでも来たのか、小僧」
白い髪と、日に焼けた肌。
銃口を突き付けるのは、自身が構える得物よりも小さく、そして幼い少女だった。
ただし、その威圧感と、肌に感じる熟練の年季は、到底外見通りのものではない。
投げ放たれた瞬間の槍を撃ち落とし、その後の決して長くはなかった隙に気配もな
く接近してきたなど、いずれも並外れている。
「聞け。あるじからの命を伝える。『僕は平和主義者だから、一度だけ見逃します。一員になりたいのなら大歓迎なので、その時はどうぞ、真正面からお越しくださいね』」
「――――あいよ、リョーカイいたしました」
すごすごと引き下がるのは、そうするしかないと悟ったからだ。
背を向けて森の中、トッカラケへと戻る前、それを見てしまった。
村の中央、大きな木の下。前後左右に上下まで、“命より大切なもの”を守るよう
に奇妙な団子状になった女性たちが、無表情で、じっとパットを睨みつけるのを。
「そういうことかよ、ちくしょう……」
手を出せない、と言われた意味を、今こそパットは理解する。
ハーレム勇者、タケト。
あれを倒そうとしたならば確実に、固有チートの力で強化された――“魅了された被害者自身”が立ち塞がる。
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