その7


 山間の町、トッカラケ。ほんの二日前、悲嘆に暮れ、苦渋の選択を迫られた人々の顔に、今日浮かぶものは、喜色満面の笑顔だった。


「蔵開けろ蔵! 逃げる為に集めた食料も、そんなもの必要なくなったッ!」


「こんな日に騒がないで、なァにが“浮世を発てるもてなしの町”だ!」


 誰も彼もが忙しなく駆け回る。二日連続の大宴会は、目の前の問題を浮かれて忘れるものではない、もっと底抜けに前向きな、未来への祝福に満ちていた。


「よう、あんちゃん」


 町中そこかしこにあふれる酒席と沸き立つ人たちの座から離れ、端からその様を眺めていたパットに声をかけてきたのは、目を真っ赤にした禿頭のPだった。


「一杯注がせてくれや」


 差し出した木のカップに、琥珀色の液体がなみなみこんもりと泡を作る。


「「乾杯」」


 一気に飲み干し、一緒に持ってこられた皿の串焼き鳥へ食いつく。


「本当によ、あんたらには、トッカラケ一同、どう礼を言ったらいいか……」


「んははははっ。いやいやそんなの、言葉以上にもらっちまってんだけども」


 目を瞬かせるスキンヘッドPをよそに、パットは二本目の串へ手を伸ばす。


「本当なら一見にゃ出さない、とっときの熟成肉が食い放題だぜ? なあ、また絶対寄りに来るから、こんな美味い文化、間違っても絶やさないでいてくれよな!」


 禿頭のPは、目端に浮かんだ涙を拭い、いつにない真顔を浮かべた。


「――――勇者」


「ぁん?」


「三百年前。異世界から召喚ばれた奴らが、プロミステラを救ってから……すっかり連中のモノみてえになっちまったが。それよりも前から伝わってた――求められてた“本当の勇者”ってのは、あんたみたいな奴、だったんじゃねえかな」


「……けっけっけ、よしてくれよ。言った通りに、俺は結局“志望”で終わった半端者だし、そんな御大層な“本物の勇者”がよ――――」


 否定の言葉を遮るように――または補助をするように、中央広場で歓声が爆発した。そこにあるのは、大工衆が怒濤の勢いで組み上げた一日限りの舞台だ。


『みんな、ただいま――――っ! わたしたち、戻ってきたよ――――――――っ!』


 今度こそ、野太い声なんかじゃない。そのスネに、剛毛なんて生えてない。

 トッカラケ名物――純白・清楚・天真爛漫、フリフリの衣装が抜群に似合う天使巫女たちが青空の下へ降臨した。


「「「「「おおおおォオァ――――ッ! エ――――ンジェルッ!」」」」」


 盛り上がりは最高潮、観光客だけでなく町内にもファンを幾人も抱える天使巫女の復活ステージは、万雷の拍手と涙さえ混じる歓声に迎えられていた。


『さっそくこれから復帰ステージを始めちゃうんだけどっ! な・な・ななんと今回は、特別スペシャルサプライズゲストを呼んじゃってるのッ!』


 期待感の高まりを、リーダーでありMCも務めるセンターのツインテール少女が受け止める。


『では――ベラちゃん、マリーちゃん、にっこり天使の笑顔でどうぞ――――っ!』


 熱狂が更に加熱する。舞台の床が開き、飛び出して、打ち上がって降りてくる。

 天使巫女装備尊みの羽衣の効果で、羽ばたきながら、ふわふわと。


『いえ――――いっ! くはははは、盛り上がっておるな愚民どもっ! 妾であるぞ! 頭が高い! しかし今日は許すとしよう! このめでたき日、魔王が天使を演じる一生一度の奇跡、余すことなく味わっていくがよいわっ! ねーっ、マリ―――ッ!?』


『ぅ、ぅは~い……その節は、勇者にさらわれ、ご迷惑をおかけ、い、いたし、ましたので……なのでぇっ! 今日は、私も、クッコロイヤル家に伝わる門外不出の《精霊の舞い》、三百年振りに日の目を見させて頂きますぅ……!』


 片や友達が戻った喜びで、浮かれまくりハイテンションな魔王と、片や未体験レベルの羞恥で目を伏せ、しきりにスカートの丈を気にする誇り高き姫騎士。


「ぎゃっはっはっはっはっはっはっはっ!」


 そんな仲間を遠巻きに眺め、実に傑作だと手を叩く功労者の少年。


「いいじゃん二人とも! 今回、実際の解決は俺一人でやったようなもんだし、こういう風に帳尻合わせてくれるんならば何の文句もありませんっ! ――おぉーい、あんまりもじもじしてっと逆にダッセぇぞー姫さんっ! “お詫びになんでもする”って言ったんだからよ、観客の皆さんをちゃーんと満足させてさしあげないとっ!」


 普段とは差がありすぎる露出をしたマリーが、野次を飛ばしたパットを睨みつける。そんなふうに恥ずかしがる友人の愛おしさと可愛さを誰より間近でベラは堪能する。


「とまあ、こんな具合にね。“本物の勇者”がさ、こんなゲッスい顔で、エッグいお願いしないでしょ?」


 極上の悪戯が最上の成果を見せた満足感に、笑いながら禿頭のPに向き直る。


「おい」


 たまげすぎて、パットは椅子からすっ転ぶところだった。

 大歓声があったとはいえ、接近の気配を感じなかったし、足音も聞こえなかった。

 それも当然。その人物は、獲物に気付かれぬ行動を常とする、凄腕の猟師である。


「え、えっと、あ、ああ、シェータ、さん、ですよね?」


「うむ。改めて、礼をな。トッカラケ一同、おまえたちに救われた。感謝している」


「う、うっす。……その、ところで、無礼なことを聞くかもしれないんですが」


「なんだ」


「どうして、まだそっちなんですか」


 栄光の翼亭マスターの祖父、シェータ・マグドニカ。

 寡黙な銃手で、トッカラケいちの猟師とされる人物は、未だ幼女の姿であった。


「俺をこうした魔法使いに聞いたのだが、勇者に使わされた未完成の転生術式は特別難儀な代物らしく、施した当人であっても効果が切れるまで解呪が出来んらしい」


「そ、そりゃあまた、なんというかお気の毒な。いつくらいには元に戻れるんです?」


「完成の暁には、長寿のエルフ連中に売りつけるはずだったらしくてな。はっきりとした期間は不明だが、少なく見積もっても百年だと」


「おファッ」


 淡々と語られたとんでもない事実に、鳩尾へいいのを食らった時の声を出すパット。しかし当の本人のほうがそんなことなどどこ吹く風だ。


「気にはしてない。あの馬糞から解放されて、トッカラケに戻れただけで十分すぎる」


「は、はあ……そうであれば、まあ、よかった……」


「戸惑いより、得たもののほうが大きい。お迎えも近い歳まで生きていた俺だが、これでまだまだ、銃の腕も猟師の生き方も追求できる。筋力も体格も落ちて、赤ん坊の頃から育てた孫が年上になったのはそれなりに堪えたが」


 二の腕を差し出し「揉んでみろ」と言ってくる褐色幼女。話を合わせねばなるまい、とパットはそれをふにふにとやり「成程」と頷く。元の性別が男で、かつ、老人であったなんて、事前に聞いていなかったらわからない、瑞々しさと柔らかさがあった。


「どうだ」


「うっす、女の子っすね、シェータさん」


「だろう。……ところで」


「はい」


「これ、どう思う?」


 シェータは一歩二歩と下がり、潜伏で汚れていた服から着替えた――トッカラケでは定番の、天使巫女の衣装を模した女児服を示して尋ねる。


「…………? えっと」


 ちょっとだけ、逡巡する。

 パットは“これから少女として、乙女としての人生を始めねばならない自分は、きちんとやれているか気になっているんだな”と判断し、迂闊なことを言った。


「よくお似合いです。とても、すごく――可愛いですよ、シェータちゃん。将来はあの舞台の、センターだって務められますね」


「――――こりゃ、まいった」


「え?」


「今度はこっちから、撃ち落としてやるつもりだったのに。二度までも撃ち抜かれた」


 何を言っているのだろう、という困惑に、明確な返答が来る。

 幼き子供の潤んだ瞳は、ほんの一瞬悩んでから、言葉にすることこそが自分に力を与えてくれると信じるように、勇気をふるって、宣言した。


「なあ、若いの。……いや。パット、おにいちゃん。俺は、さっそく――新しい人生の、目標ができちゃったぜ」


 照れくさそうに、誇らしそうに。そんなふうに笑った少女は、天使のように愛らしく。

 パットが呆気に取られているうちに、間合いを詰め、跳び込んできた彼女から――不意打ちで、額に一瞬触れるだけの、ささやかな口づけをされた。


「ばぁん」


 最後、心臓を狙い撃つジェスチャーを決めた幼シェータは、とてとてと走り去る。

 残された少年は、言葉が出ない。

 すぐそこで盛り上がる舞台、人の町へ降りた天使たちはこう歌う。


『愛を諦めないで 恋にまっすぐに そっけない運命を撃ち抜きにいこう』


「『真の勇者の素質持つもの、なんか知らないうちにハーレムを築かん』」


 禿頭のPが怪しい格言を囁きながら、パットの肩へ手を置く。


「この先、頑張れよあんちゃん。援護射撃ってわけじゃねえんだけどよ、シェータさん、料理が巧いんだ。栄光の翼亭のマスターに仕込んだ師匠も、あの人だぞ」


 晴れ渡る空を見上げ、少年はふと笑みを零し、それから――自分と同じくして旅に出ているであろう恩人のことを、現実逃避気味に思った。


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この続きは2019年1月30日発売のファミ通文庫新刊『侵略性外来種『勇者』』にてお楽しみください!

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侵略性外来種『勇者』 殻半ひよこ/ファミ通文庫 @famitsu

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