その4
「よう」
朝、魔力船の停泊する岸辺に現れた相手に、姫と魔王が驚いた。
「ついていくわ、あんたらの旅。文句ねえな、クソジジイ?」
大水晶に乗り、らしくもなく普通の魔法使いの服を着て杖に荷物をぶら下げていたファイハンタが、包みを「ほい」と投げて寄越す。中を確認したパットは顔をしかめる。
入っていたのは、ファイハンタのものでなく、パットが旅立つための一式だった。
「ひひ。言ったじゃろ、お師匠様は、およそなんでもお見通しじゃって」
「――は。出逢った時から三百年間、一日欠かさず食えねえやつ。……けどまあ」
「んむ?」
生意気な少年が、ゆっくり、深々と、頭を下げる。
「……ありがとう、ございました。あの日、助ける理由もねえガキを拾ってくれて」
「ふ。そういうのは、本懐を達せてから言わんかい。ええか、仕事を終えて一人前になるまでは、おぬしにかけた座標感知と監視の術式、解いちゃあやらん。悪さなんぞせんようきびしいお師匠が見張っておるから、くれぐれもお二人に迷惑かけるでないぞ?」
「っち。あーあー了解、とっとと世界でも救って、早いトコ自由になんねーとな」
舌打ちして頭をかき、木陰で着替えをすませて出てくる。
先日は、怪しい漂流者の如き風体だった。
今は、自分なりの使命に心を滾らせた、旅立ちに相応しい姿がそこにある。
師と弟子、二人の閉じられた世界で鍛えるだけでなく、いくつの道を行き、人と交わり、町を歩くための旅立ちの服を着た少年。
これから世界を救いそうな、立派で前向きで、精悍な面構え。
紐で括った長い髪が、吹き付けた爽やかな風に靡いた。
「一応、念の為に聞いとくけどよ。俺の仕事は、護衛ってことでいいんだな?」
「あ、ああ。私たちの目的は、プロミステラの勇者を残らず送り返し、元通りの世界を取り返すこと。その為に私は、かつてエリザベートが最初の勇者召喚を執り行い、その後、全ての儀式の元になった中心、聖地神殿ナシャユミヤを目指している」
「そこは以前、おじいちゃん――大魔王ヴェラヴィアディスドルファが封印をしてしまい、以降、人間では、勇者であっても近づくことが出来なかったんですけれど……直系の孫であるわたしの魔力なら、それを解除出来るんです」
「中に入りさえすれば、クッコロイヤルの血筋に連なる私が《勇者召喚契約満了》の儀式を行える。全ての勇者を強制的に元の世界へ送り返す、大逆転の一手をな!」
「へえ。なるほど、そういう手筈なわけか。確かにそっちのほうが、いちいち探し出して一人一人ブン殴るよか楽だもんな」
「はは。確かにかつては勇者被害へそのように対策する案もあったらしいが、そもそもチート持ちの勇者を“こんな世界にいたくない”と心の底から思わせるほどこらしめるなんて芸当は誰にもできなかった。チーレムオーラの影響が発表されて以降は完璧に不可能だと結論されて――む? この話、すでに君にしていただろうか?」
「いいじゃんいいじゃん、細かいことは! 何しろこれから、大冒険だろ?」
ぶん、と。何気ないふうに、パットが包みを放り投げると、山なりの軌跡を描き、離れた場所に停泊してあった魔力船の甲板へ落ちた。
「よっと」
本人もそれを追う。走り、水上を二度ほど跳ね、一足早く魔力船に乗り込んだ。
「大船に乗ったつもりで任せなって! 相手がどんなチートだろうが、チョーシに乗ったムカつく奴は、片っ端から殴り飛ばしてやっからさ! なっはははははっ!」
「がんばっとくれ、おふたりさん」
唖然とする姫と魔王へ、大賢者が笑う。
「あれを鍛える上での、儂の目論見は二つ。ひとつは、三百年後、結界の外の世界が大魔王に支配されとった場合のカウンター。そいから、もうひとつが《異世界勇者召喚》で世界がひとまず救われた後、よけいにねじくれてしもうた場合の修正役よ。いやーほんと、ちょうどいいのがちょうどいいタイミングで名乗り出てくれて助かった」
ひひひ、と。パットが訴えていた通りの、ひとでなしクソジジイの笑い方をした。
「これで、世のバランスを取る賢者の役目は果たしたということで。儂も久々に解放されたし、勇者氾濫時代が終わる前に観光しとこっかの。あの弟子がどういう仕組みで強いのかは本人から聞くとええが、くれぐれも活躍したがりを暴走させて、世界を助けるつもりで自分たちが新しい脅威にならんようになー」
言うだけ言って小屋に戻っていくファイハンタ。マリーとベラは顔を見合わせる。
「……これまた、どうやらとんだ連れ合いが出来てしまったな」
「……大丈夫です。わたしたちなら、道を誤ったりしませんとも」
覚悟を決めたように頷き合い、魔力船へ戻るボートに乗り込めば、待ち兼ねていたパットが意気揚々と彼方を指さす。
「いざ、出発しんこーう! 懐かしき三百年振りの、やりがい溢れるシャバへ! うははは、ただいま、プロミステラ――――!」
無根拠な勢いさえ推進力に、魔力船が海をゆく。
空は快晴、波は穏やか――そして、通り過ぎたその後に、一匹の小さな、翼を持った子供の鮫が水面を跳ねた。
■ ■ ■
「……あ、そういやあところでさ」
魔力供給さえすれば自動操縦の船上、ふと思ったパットが尋ねる。
「あんたらって、どうして世界を救うなんてしんどいことやろうと思ったわけ?」
「ははは。何を言うかと思えば、パット」
「うふふ。決まってるじゃないですか、パットくん」
姫騎士は鷹揚に、そして大魔王の孫はあたりまえのように、
「そんなものは、今一度精霊女王の時代以上にクッコロイヤルの名を民衆に讃えさせ、世界中に愛されて尊敬される女王の座に君臨したいからに決まっているではないか!」
「大魔王の直系と産まれたからには、一生に一度は夢見る世界の支配者ですし! 勇者を一掃した暁には軍を再編、今度こそ愚かなる人類を統べてやりたいと思ってます!」
ヤー、とハイタッチする、高貴な血筋の女性陣。
「今は手を組んでいるが、その時は負けないぞう、ベラ! 大魔王の孫の首、クッコロイヤル家が再び民に認められる求心力としてありがたく利用してやるからなあ!」
「そっちこそ覚悟していてくださいよ、マリー! 再侵攻の折にはクッコロイヤル家が魔族に協力していたって噂を流して、疑心暗鬼の処刑台に送ってやるんだから!」
キャッキャウフフ、とたわむれあう、立場も何も飛び越えた二人――現在の世界問題を引き起こした元凶の末裔と、そもそもそれが行われる理由となった侵略者の孫。
そんな様子を見ながら、パットは「うん」と頷く。
「俺、もしかして、選ぶ仲間を間違えたんではなかろうか」
空は快晴、波は穏やか――甲板に疑問があろうと、後悔しようと航海は続く。
この二人がヤバいことをしでかさぬよう見張ろう、と少年は固く誓った。
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