第二章 発情物語(外来種被害報告事例/周辺住民人間関係への悪影響)

その1

「はい、お待たせ。ナクル鳥の香草焼きにクリケピリット・オムレット、トマーニュのサラダと“栄光の翼亭”特製シチューだ、めしあがれ」


 ちょび髭のマスターが手際よく皿を並べ、あっという間にテーブルの上が埋まった。


 豪快な鳥の丸焼きから漂う香ばしいにおいに、揃って思わず唾を飲む。


「うし、俺は丸焼き切り分けるから、サラダとオムレットのほう頼むわ」


「ドレッシングをまーぜまぜー……絶望とー、堕落をー、くっつけるみたいにー……」


「三等分平等に、か……ふふ、騎士の血が滾るというもの……!」


 孤島出発から一ヶ月、一行がやってきたのは山間の小さな町トッカラケだった。新しい場所についたらそう、旅の楽しみ、ご当地ゴハンの時間である。


「ふぉっ……す、すごいです、このサラダ……! お野菜がとってもしゃきしゃきで、味が濃厚で、噛めば噛むほど甘くって!」


「私はこれまで、硬きことこそ強さの証と信じてきた……だがそれも、改めねばならぬやもしれぬ……こんな、とろふわホカホカしあわせな魅力を知ってしまっては……」


「くあ、なんだよこのパリパリの皮、溢れ出る肉汁! やっぱ、食って力つけるだけ

が目的の食事と味わうことを追求した料理は天と地の差だよなあ!」


 ナイフとフォークが止められず、団欒も盛りあがる。美味の元に笑顔は生まれ場が和み、来てよかったねガイドブック様々だねと会話も弾む――が、しかし。


「これでいいの?」


 少年が問い、女性陣が鳥を頬張りつつ首を傾げた。


「あのさ、何日も前から、言おうか言うまいかどうしようか悩んでたんだけど」


「どうしたんですパットくん」

「実質三百歳超えて思春期か」


 そうじゃなくてね、と手ぶりで示す。


「これ、本当に世界を救う大冒険か?」


 さもありなん。壮大な決意と共に海を渡り、陸路へ移ってここまでの道程ときたら、名所に寄って土産購入、道中うまいもの巡りなどばかりであった。


「想像してたわけ。襲い来る危険を千切っては投げ乗り越えて進むアドベンチャーを。だけどさ、もしかしてなんだけど俺たち、観光旅行してない?」


 禁忌に触れる覚悟の問いに、二人は揃って“やれやれ青い”みたいな仕草を取る。


「あのね、パットくん。世の中平和が一番なんですよ?」


「苦労は、しないですめばすむほどいいと思わないか?」


「正論なんだけどあんたらに言われると裏しか疑えねえ」


 あくまで懐疑的な眼差しを向けるパットに「しかたないなあパットくんは」とベラがローブの内側から、若干体温の移った地図を取り出す。


「今こそ見せてあげちゃいましょう。これはですね、わたしとマリーが練りに練った、プロミステラ救世ロードマップなのです」


 そこに記されているのは、旅の目的地・聖地神殿ナシャユミヤまでの地図と、どこを通るのかを示したルートの描き込みだった。それを示しながらマリーが言う。


「今回の旅における最大の懸念は“連中といかに出くわさないようにするか”だった。私たちの目的を知られてはいけないし、何をしでかすかわからない。君の修行の成果を信じていないわけではないが、やはり接触自体を避ける方が無難でな」


 賢者の隠れ島を目指す道すがら吟味を重ね、到着前日に完成させたのだという。


 最大限リスクを減らしてバクチを避けた、プロミステラ救済チャートを!


「わーすっげーかっしこーい」


 パットの生返事にも無理はない。何故なら二人がドヤ顔で見せびらかす描き込みは大半が観光情報で、たとえばトッカラケには“知る人ぞ知る絶品鳥料理、栄光の翼亭の丸焼きは神が死んでも要チェック”との筆が躍り、浮かれ気分が隠せていない。


「まあまあ、もどかしさもわかりますけれど、でもですね。パットくんの戦いかたはとってもすごい代わりに何度もできるものではないですし、温存しておいたほうがいいんです。それに、いいじゃないですか。楽しいだけの旅っていうのも!」


 不純ではあるが、善意からの本音である。パットもなんとなく、魔王の魔王らしからぬ笑顔に丸め込まれ「……そういうもんかね」と、切り分けた肉を口に運ぶ。


 そのジューシーさを味わおうとした瞬間、突如、乱打される鐘の音が鳴り響いた。


「んぐっ!? ふっ、げふげふげふげふっ!? な、なんだぁ!?」


 パットがむせている間に立ち上がったのは、冒険者ではないこの町の住人たちだった。その誰もが、青ざめた顔をしている。


「緊急避難――――! 急いで隠れて、まだ残っている人はそっちへ! 早く!」


 店主の叫びと同時に、支払いもすませぬまま外へ走り出す者がおり、吟遊詩人の演奏舞台の床下が開き大勢が雪崩れ込んだ。そちらが満杯になったと見るや、カウンタ

ーの裏に、戸棚の中や室内隅に並んでいる壺の中に飛び込んでいく。


「……どうなってんだ、こりゃ」


 鐘の音がぴたりと止み、店主が「もう、そこまで来てる」と観念したように呟いた。


「――すみません、旅の方々。私たちが油断していた。久々の客を普通にもてなしたくて、事前に伝えなかったせいで」


 やってくる周期はまだ開いていたはずなのに、と店主は頭を抱えた。


「今から逃げたら、そこを見られようものなら――逆に、興味を持たれかねない。息をひそめ、じっとしていてください。真夜中の墓場のように」


「え? あの、おじいちゃんから聞いた話ですと、リビングデッドやスケルトンの皆はむしろそっちのほうがオンタイムで、生きている間のしがらみから解き放たれてるから毎晩大騒ぎしてるらしいんですけ、んにゃっ!?」


 魔王ならではの文化の違いを姫騎士が押さえ、テーブルに突っ伏させる。

 直後酒場の戸が開き、住民から一斉に血の気を引かせた相手が、姿を現す――


「こんにちはー」


 ――何の変哲もない、いたって普通の穏やかな表情をした若者だった。

 亜麻色の髪、中肉中背の背格好、土汚れがある作業着を着た姿は、町の住人たちがあそこまで恐れる相手と思えないが……その認識は、マスターの返答で覆る。


「どうも。おひさしぶりですね――勇者タケト様」


「ひさしぶり。前から言ってるんですけど、そんなに改まらないでくださいよ」


「そういうわけにも参りませんよ、この世界をまるごと救ってくだすった方々に」


「はは。まあ、そうではあるんだけど。それでさ」


「貴方がウチに来たってことは、道具・雑貨・食料なんかがご入り用でしょう?」


「あたり。ちょっとリスト見せてもらっていいですか?」


 手書きの冊子を開き、品揃えを吟味する。


「これとこれとこれ。あと、それからこれもあるだけちょうだい」


「……探してまいります。少々お待ちください」


 店主が首筋に汗をかきながら小走りに裏へ引っ込む。


「あなた、旅の人ですか?」


 そうなれば必然、目が合った相手に興味が移る。勇者タケトと呼ばれていた若者が、顔をあげたままだったパットのほうへ歩いてきた。


「ああ。ここのメシは絶品だって聞いて、それでちょいと寄ったんだ。いいもんだな、危険な魔物も出やしない、魔王に脅かされてもいない、平和な世の中は」


「ですよね。本当にいい、穏やかな時代だ。……ところで」


 その二人はお連れですか? と声を潜めて視線をやる。

 ベラとマリーは、淑女の域を越えかけたような寝息を立てている。


「内緒だぜ? 実はこの二人、さるやんごとなき血筋の友人同士で、ここへは旅行で来たんだが、この通り、普段厳粛な規律に縛られてる反動で、ハメ外して酔いつぶれちまった。御主人に報告したら、御目付役が何してんだって俺が叱られんのかねえ」


 ふうん、と勇者タケトはやりすぎな泥酔の演技を続ける二人の後頭部を見下ろし、それからもう一度、パットのほうを見て……突然に、ハグしてきた。


「気の強い、個性的な女性二人に、立場が下の男性一人。とくれば、色々苦労があるでしょう。わかります。僕もわかります。その大変さは」


「は、はあ」


「何だか、他人とは思えないなあ、その境遇。ね、お名前聞いてもよろしいですか?」


「……パット。性はなくて、ただのパットだ」


「パットさん。僕はタケトです。勇者タケト。静かなところで生活したくって、最近

この辺りに越してきた者なんですが、よろしければお帰りの前に是非お立ち寄りください。偏った男女比の切なさについて。男同士語り合いましょう!」


 身を離した後も一方的に手を握られ、どうするべきかと考えあぐねていたところでマスターが帰ってきた。


 巨大な袋に詰められた荷物を受け取り、代金も支払わずに帰る。その際、勇者タケトは最後にもう一度パットを見て「きっとですよ!」念を押して去っていった。……店の外に待たせていたらしい同行者の「あ、終わったー? それじゃいこっかタケトー!」という、女性のものらしい甘ったるい声を引き連れて。


「……何なんだ、あいつ。あれも――あんなのも、勇者だって?」


 パットの独り言に、心労からかちょび髭もしおれたマスターが頷いて溜息を吐く。


「勇者だよ。だから皆、どうしたものかと困ってる」


「ああ、困るだろうなあ、そりゃ。万事あんな調子で、むかーしむかしに世界を救った功績を振り回していつまでもタカられたんじゃあ商売あがったりで」


「ンそれぇどころじゃねぇんだよォゥッ!」


 奇妙にくぐもった、悲しみにまみれた野太い叫びが飛んできた。


「一月前、奴が近くに巣ぅ作った時から、トッカラケは滅亡が始まったも同然だ!」


 声に導かれてパットが向けた視線の先には、無数の壺が並んでいる。


「見ろォい、旅の方ッ! このオラっちの姿こそ――勇者タケトがやりくさってやがる、真の傍若無人の証明だァ――――ッ!」


 そこから一斉に飛び出した。

 とびきりフリフリのピンクい衣装を身に包み、豊満な上半身を見せつける、

 マッシヴ・ポーズを決めた、筋骨隆々とした男衆が。


「「「「「ウゥ――――ッハッッッッ!」」」」」


「お客様」


 目を離せない、というか体が固まったまま、マスターの呟きだけが耳に届く。


「現在、予期せぬ事態からサービスを停止しておりますが――当店の目玉は、ナクル鳥を用いた料理と並び、プロミステラ各地からスカウトした自慢の“天使巫女”による、《キューティミラクル旅のラッキーお祈りタイム》でございます」


「「「「「セイヤ! セイヤ! セイヤ! セイヤ! いけいけはばたけトッカラケ! あなたのミライにハッピーテイク! キボウのツバサでどこまでもッ!」」」」」


「紹介しましょう。彼らこそ、ショーを楽しみに訪れたお客様に何も見せず帰すわけにはいかぬと、自ら戦う意志を決めた――天使巫女のプロデューサーズです」


「「「「「゛い゛ぇ――――゛いっっっっ! 盛ぉり上がってるぅ――――――――――ッ!?」」」」」(野太く擦れた濁声)


 ムキムキに隆起あがった大胸筋をこれでもかと主張しながらのコール。振り付けも歌詞も完璧で、客を楽しませるのだという熱意溢れるプロ根性だった。


 微動だにせず一曲を聴き終えたパットは拍手を送り、ありのままの感想を言う。


「どういう種類の地獄だこれ」

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