灯(ひかり)  2

「戻ったよ」


コテージに戻ると、すでに肉や野菜は綺麗に切り分けられて下味も着けられていた。


さすがゆき兄、仕事が早い。


「おう、戻るの早かったな。なんだよその死にそうな顔は」


「うん、腹減りすぎてやばいから、早めに戻った…」


「はいはい、用意は出来てるからバーベキューしに行くか」


食材をクーラーボックスに戻すとそれをゆき兄が肩に掛けた。


俺ももう一つのクーラーボックスを肩に掛ける。


体に虫除けをスプレーする。準備はできた!


「出発だ!」




バーベキュー場に着くと、あちらこちらから肉の焼く匂いが漂っていた。


煙もアチラコチラから上がっている。どこからかカレーの匂いもしていた。




ドラム缶を半分に切って横にして足を付けたバーベキュー用コンロが等間隔で並べてある。


手作り感が半端ない。


網は水道がある流しの場所から持ってくるようだ。


「俺が網取ってくるから、火を起こしておいてくれ」


空いているコンロをに前に担いでた荷物を置くとゆき兄は網を取りに行った。




「火か……」


木炭を適当に並べてから着火剤をその上に置く。持ってきたアウトドア用の長いターボライターで


火を点けようとするが、どうもうまくライターを使えない。火が点くのが正直怖い。


何度も試すが、どうも手が震えてだめだ……




「なんだ、まだ火を起こせていないんかよ」


そうこうしているうちにゆき兄が網を持って戻ってきた。


「ごめん、やっぱ火は…苦手だわ」


子供の頃から、俺は火を点けるという行動が苦手だった。


理由は今もわからない。家のガスレンジを使うことも苦手というか、怖かった。


今の家はオール電化のマンションだから、全然問題はないんだけど。


少し悲しげな顔をゆき兄は俺に向けた。が、すぐに笑顔に戻る。


「まだまだ子供だな。そんなんじゃタバコ吸えないぞ?」


「ご心配なく。あんなもん一生吸う気ないから」


「じゃあ…彼女が出来ても一緒に花火が出来ないな」


「花火はするもんじゃなくて見るもんだと思ってるからいいし」


「なるほど、その考えもいいな」


言葉のやり取りしている間にゆき兄は着火剤に火をつけていた。


木炭をトングで並び直し、網を置く。


あっという間に炭に火が燃え移った。チリチリと音を立てて炭が灯ひかる。


網に牛脂を乗せ、溶けてきた油を塗る。ようやく準備が出来た。


結局ゆき兄が全部段取りをしてくれた。


「いいよ、肉置いても」


待ちに待ったバーベキューのスタートだった。




佐藤家の家訓として、焼き肉のスタートは牛タンからと決まっていた。


網いっぱいに次々と並べる。炭の火力であっという間に片面が焼ける。


トングを使ってひっくり返す。


いつもより厚めに切った牛タンが焼き上がる。レモン果汁に浸して食べる。


噛むほどに口の中に旨味が溢れてくる。


家の中で食べるよりこうして外で食べるほうが美味く感じるのはなぜだろう?


噛むほどに口の中に旨味が溢れてくる。


ああ、なんて幸せな時を過ごしているんだ俺は…




「佐藤じゃないか」


一瞬にして俺は恍惚の時から現実に引きずり戻された。


この声は……


俺はゆっくりと振り返る。




白のポロシャツに紺のスラックスという、いかにも!って服装で担任の森本が立っていた。


「どうも…」


俺は軽く頭を下げる。ゆき兄が目で語りかけてくる。


「うん、担任の森本先生」


ゆき兄が箸を置いて、森本の元へ歩み寄った。


「いつも弟がお世話になっています。兄の幸彦ゆきひこです」


「ご丁寧にありがとうございます。彼の担任をしております、森本といいます」


お互いに軽く頭を下げる。なんか名刺交換をしそうな大人の挨拶をする二人だ。


それを見ながら俺はカルビを焼いていた。


「今日は写真部の合宿で来られているんですよね、フェリーで弟が見かけたと聞きました」


「そうなんですよ、今も部員たちとそこで食事をしておりまして」


森本が指す方向を見る。


10メートルくらい先。本当に目と鼻の先に知った顔がこっちを見ていた。


「あ、本当にいた」


このよく通る甲高い声は今野か。


大北が片手にカレー皿を持ちながら手を振る。


骨付きカルビを齧りながら振り返す。


「ちょっと佐藤さ」


いつの間にか今野が目の前にいた。なんか険しい表情をしている。


「さっき夏向をシカトしたんでしょ。もう可哀想な位に落ち込んでんだけど!」


「何言ってんの?柏本とは、そもそもフェリーから今まで会ってないのにシカトするわけないやろ」


「宿舎の前で会ったって聞いたけど!」


「宿舎って?……上の方にあるコンクリの建物か?」


そういやなんか有ったな、なんだっけ… そういやあそこで!


「上の建物の玄関付近で誰かとぶつかりそうになったけど、それが柏本?」


「そう、それ!まさか気づいてなかったの?」


「だってよ周り暗かったし、まさかそこにいるとも思わねーだろ」


焼けた骨付きウインナーを食べながら、俺は必死に言い訳していた。


よくよく思い出せば、ぶつかりそうになった後に何かを話しかけられた気がする。


「こんな話してるのに、よく食べれるね。でもそれ……美味しそう…」


「うまいんだよ、これ。そうだ、柏本も呼んでこいよ。肉けっこうあるから一緒に食おうぜ」


「それいいね!カレーばっかだから飽きてたんだ」


小走りに今野は写真部の元に戻っていった。




「ではまた後ほど」


なんか森本も上機嫌でゆき兄に挨拶すると、戻っていった。


また後ほどってなんだ?何の話をしてたんだろ。まあいいや。


「なあゆき兄、友達も一緒にここで食べていい?」


「ああ、かまわんよ、食材も余りそうだからむしろ歓迎するよ。誰かがアホみたいな量を買うから」


「結果オーライってことでいいやん」




「お邪魔しまーす」


今野の元気な声が聞こえてきた。


バーベキュー第二ラウンド開始って感じだな。










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